「弱いッ! 弱すぎるぞッ! お前らァッ! この俺の熱くたぎる血潮を静められるヤツはいないのかァッ!」


タイガーアントの死骸の山の上で、浩平があらん限りの声で吼える。


「調子に乗るんじゃ……ないッ!


それを見て、振りかぶりました七瀬留美。

張り上げた声と共に放たれ、一直線に浩平に向かうは、壊れた壁の破片。

当たれば痛い。



――ゴィンッ――



「いでっ!」



――ヒュー……ドサッ――



「……はぁ」


それはもう深い深いため息をついた瑞佳嬢。

今に始まったことじゃないとは言え、いい加減学習してほしい。

そんな瑞佳の親心。

けれど、親の心子知らず、とはよく言ったもの。


「七瀬ぇっ! 何しやがるっ?! 人が折角盛り上がってたのによ!」

「バカなことばっかやってんじゃないわよっ!」


相変わらずと言えば、こちらも同じ。

面白いように浩平の奇行に反応し、いちいちツッコミを入れる。

だから調子に乗るのである。


「相沢君達、大丈夫なのかなぁ〜……」


再び始まる大口論。

互いの意地のぶつかり合い。

今度はどれだけかかるやら。

瑞佳の心はここにあらず。

自分達がここで苦戦することはなかったが、彼らは果たしてどうなのか?

まだまだ道は遠いのか……呆れた眼差しで見やると、留美の拳が浩平の頭に吸い込まれていくところだった。

ここでまた、ため息が零れたことは、もはや言うまでもないだろう。















のんびりお気楽夢紀行


8ページ目  女王様はご機嫌ななめ















「ん……」

「……気が付きましたか?」

「だいじょーぶ?」


祐一が軽く身じろぎしながら目を覚ました。

ちょっと驚いた様子の祐一。

まぁ無理もない。

魔物をほぼ相打ち状態で撃破して、気を失って。

んで、次に目を覚ましたら、視線の先には微笑む茜と詩子の顔。

それは驚きもするだろう……もちろん、悪い意味など欠片もないけれど。


「えっと……とりあえず、大丈夫か? 2人とも」

「はい」

「一番重傷だった祐一のセリフじゃないよ」


軽い調子の詩子の言葉だが、その目は優しげ。

だからか、祐一の顔にも微笑が広がる。


「っと。悪いな、茜。しんどかっただろ?」


と、自分が膝枕状態だったことに思い至り、少し慌てて起き上がる祐一。

ちょっと申し訳なさそうな顔を見せる。


「いえ、大丈夫ですよ」

「うんうん、可愛い寝顔も見れたからね〜」


けれど茜は笑顔で返す。

そもそもイヤなら膝枕なんてするわけもないし。


「からかうなよな……」


ちょっと頬を染めて、そっぽを向く祐一……どうやら少し恥ずかしいらしい。


「今さらですよ」

「そうそう♪」


すっかりいつもの調子を取り戻した2人。

そして、祐一も。

3人揃ってホッと一息。





「あ、俺、どのくらい寝てたんだ?」

「15分くらいですよ」

「そんなものだね」


とりあえず、扉突撃の準備をする。

あのタイガーアントの強さから考えても、この扉がビンゴである可能性は、結構高いはず。

さてさて覚悟はよろしいか?

3人は1つ頷き、扉に手をかける。



――ギイイイィィィ……――



重々しい音。

まさにまさに、ラスボスご登場って雰囲気。

思わずごくりと息を呑む。

扉の奥は、一寸先は闇状態。


「こりゃあ、当たりだな……」

「間違いないね〜……茜、連絡した方がいいよ?」

「今してます」


茜が瑞佳に渡された道具に色々と話していた。

それが終わると、2人の方を向く。


「すぐにこちらに来るそうです」

「でも、場所わかんのか?」

「そだよ。結構広いしさ、ここ」

「コレが場所も発信してるとか言ってましたが」

「そんなことまでできんのか?」

「もう何でもアリだね」


とりあえず、扉から1歩下がって雑談する3人。

親衛隊であの強さ。

それならラスボスも相当に強いはず。

早くきてくれ3人衆。

けどまぁ、そんなに世の中甘くない。










――ゴゴゴゴゴ……――



「……なぁ、何かすんごくヤな予感がするんだけど」

「私もです」

「同じく〜」

「やっぱりビンゴだったんだなー……」

「みたいですね」

「運が良いのか悪いのかわかんないね」


事ここに至っては、慌ててもしょうがないと判断したのか、淡々と話す3人。

ある意味、それが混乱してる証拠とも言えたりして。

そして。










『キシャアァーーーッ!』


そんな叫びと共に、闇の中から巨大な何かが少しずつ姿を表してきた。


「……でか」

「これは……また、何とも……」

「すんごいね〜」


それはもう、タイガーアントといえるものではなかった。

いわゆる女王アリ……クイーンアントの名にふさわしい姿。



高さにして5mという位置にある頭は、凶悪としか言えないもので。

発達した前脚2本は、その長さからして人間の大人の身長並みで、おまけに太さも十分……もはや豪腕と言ってよし。

体を支える4本の脚はその巨体を支えるに足るもの……1歩ごとに地面が揺れている気がする。


そしてそして、何より驚きなのが、いわゆる腹の部分。

ひたすらに長い腹部が、4本の脚のついている部分の後ろから、ひたすら闇の奥へと続いている。

この部分だけでも10m以上は楽にあるはず……闇に隠れている部分がどれだけの長さなのか、見当もつかない。



祐一達も、一瞬静止せずにはいられなかった。

だが、そのクイーンアントの目に宿る怒りの色を見るにつけ、はっと我を取り戻す。


「っし! とにかく時間を稼ごう!」

「そうですね、攻撃はあの人達が来てからがいいです」

「私達だけじゃ勝てそうにないもんね♪」


詩子のセリフはごもっとも。

でもでも、それをこの場で言うのはどうか?

茜も祐一も渋い顔。

それを見て、詩子もてへっと舌を見せる。

けれど。


『シャアーーッ!』


戦場でそんな風にのんびりしてられるわけがありません。

怒りのままに振り下ろされた右腕。

詩子と祐一はそれぞれ左右に別れステップ。

茜は後方へ。

いつも通りの戦法だ。





「この図体だッ! スピードメインで行くぞ! 詩子!」

「りょーかいっ!」


図体がでかい、ということは、どうしても俊敏な動きがしにくくなってしまう。

当たればヤバいが、なればこそ、避けることはそこまで難しいことではないはず。


「ふっ……!」


祐一が右サイドから、駆け抜けながら脚に切りつける。

あくまで浅く……走り抜けるスピードを殺すわけにはいかないから。



――ズッ……ドンッ!――



祐一が駆け抜けたすぐ後ろに腕が振り下ろされている。

祐一は背中のプレッシャーに、冷や汗たらり。

喰らえばまず死んでしまう。


「くそっ……冗談じゃねーぞ?!」


こんなところで死んでたまるか……心の中で叫ぶ。

自分の命も、2人の命も、こんなところで散らせるわけにはいかない。


「はっ!」


腹部に大剣を撫でつけるようにして、広く浅い傷をつける。

と同時に、その際の減速を利用して、反転。

また背中に緊張が走る……一撃いれる度に、死を意識してしまう。





「やっ!」



――ボゥッ――



『グゥアーーーッ!』



――ブオンッ――



「わわわっ……」


苦戦しているのは詩子も同じ。

走りながら炎を連発。

ダメージよりも、意識を集中させることが狙いだから、威力も精度も低めである。

けれど、それが逆に癪に障るのか、怒りをそのまま叫びにしたような声と共に振り回される腕が、詩子を恐怖させる。


「うぅ〜……やっぱり運が悪いんだ〜!」


悪態をつきながら、からくも全ての攻撃をかわし続ける。

今はまだ持ちこたえられるが、それもいつまで続くか……

何せ、祐一にしろ詩子にしろ、決定的な攻撃手段がない。

これだけの図体の化け物を仕留める攻撃なんて、とてもじゃないが用意できません。

可能性があるとすれば、茜の魔術。

で、ちらっと茜の方を見やると、一瞬目が合う。


「ごめんなさい、魔力が足りません」


申し訳なさそうな茜の声。

まぁ確かに、あれだけ魔術を使いまくっていたのだから、魔力が尽きていてもおかしくはないけれど……

強力な魔術は、それに見合うだけの大きな魔力を必要とする。

つまり、魔力が少ない状態では、弱い魔術しか使えない。

当然、それではコイツは倒せない。


「あぁ〜、ますます状況悪化……」





悲嘆に暮れつつ、1歩下がりながら祐一の方を見ると、祐一は目の前の腕の対処に手一杯で、こちらを向いてもくれない。


「こんにゃろっ!」


掛け声とともに放たれる斬撃は、確かにクイーンアントを傷つけてはいるものの、どれだけのダメージになっているやら。

図体がでかいということは、それに見合う体力があるということ。

割かし状況は絶望的。


「何とか持ちこたえないとね」


けれど、彼らなら。

あの3人なら、何とかしてくれそうな感じがする。

端から他人任せというのは、少し寂しいけれど。

まぁ、ムリなもんはムリだし。


「えいっ♪」


そう考えると少し気が楽になった。

そうだ、時間を稼げるだけ稼ごう。

多分、祐一もそう考えているはず。


「くそーっ!」


……結構本気?

無茶するもんである。


「祐一っ! ムリはダメだよっ!」


だから、ちゃんと忠告。

頭に血が上りやすい祐一だから、2人がちゃんとストップをかけてあげないと。


「んなこと言ったってよ!」

『キシャァッ!』



――ドゴォッ――



危ない危ない……間一髪で振り下ろされた攻撃を祐一が回避。

話すヒマさえないのだろうか。


「祐一、倒そうなどとは考えないことです!」


珍しく茜も声を張り上げる。

今は魔力もないため、自分は何もできない。

それが悔しいけれど、でも、冷静さを失うわけにはいかない。

そして、祐一達にも、失わせるわけにはいかない。


「でもよっ!」

「大丈夫っ! 援軍がくるまで持ちこたえれば、何とかなるよっ!」


詩子も負けじと声を張り上げる。


「そうです。ムリする必要なんてないんですっ!」

「わかった!」


2人の言葉は、祐一にちゃんと届いたようで。

茜と詩子に、笑顔を送ってから、再びクイーンアントへのヒットアンドアウェイを繰り返し始める。

ただし、今度はもっと防御に比重を置いて。

だから2人もちょっと安心。

自分1人の体じゃないんだから。

今度は祐一&詩子のコンビネーション攻撃で。

付かず離れず、すぐ傍で。

何とかかんとか時間稼ぎ。










『グゥゥゥアアァッ!』



――ゴァッ!――



「うわっ!」

「きゃぁっ!」

「祐一! 詩子!」


ちょろちょろ動き回り、攻撃が全く当たらないことに業を煮やしたのか、クイーンアントが魔術攻撃まで出してきた。

その巨体の周りから巻き起こった爆風が、祐一&詩子を問答無用で切り裂き、吹き飛ばす。


「2人とも、大丈夫ですか?!」


後方にいた茜の傍まで吹き飛ばされた祐一&詩子。

慌てて駆け寄る茜。


「ぐっ……だ、大丈夫、とは言えないか」

「うん……ちょっと、キツいかな」


風の魔術により、全身が傷だらけ。

致命傷には程遠いとは言え、2人とも満身創痍だった。

祐一も詩子も、折り重なるように倒れたまま、立ち上がることもできないらしい。


「何とか回復を……」


茜がフェアリーを呼び出そうとする……が、それを見逃してくれるはずもない。


『シャアァーーッ!』

「「茜ッ!」」


2人の叫びが響いた刹那、クイーンアントが再び魔術発動。

その風は、無防備の茜に命中するかと思われた……が。










――パキイィィン……――



「「「え?」」」


3人の声が期せずして重なる。

見れば、3人固まった状態でいるのは変わっていないが、3人の周囲には、先程までなかった光の膜が張り巡らされていた。


「良かった……間に合ったんだよ」

「あっ……」

「長森さん……」

「助かった〜……」


そう、扉の傍で杖を構えているのは、長森瑞佳。

これは彼女の魔術なのだろう……おそらく防御系の。





「あとは俺達に任せとけ!」


その横を風のように駆け抜ける1人の影。

折原浩平は、不敵な笑みを浮かべながら、剣を鞘から抜き放ち、魔力を込める。


「挨拶代わりに受け取れぇっ!」



――ズガァッ!――



『ギャアァァッ!』


浩平の一振りと共に発せられた魔力の込められた剣閃が、深くクイーンアントの体を傷つける。

だが、それはまだまだ序の口で。


「ほらよっ!」


掛け声と共に、駆け抜けざまに、祐一がつけた傷をさらに深く切り裂くことで、脚を1本切断。


『ギャアッ!』


そこで右腕を浩平に振り下ろすが、いとも容易く受け止める。


「うぉっ……何つー怪力……」


ちょっと慌てた感じの浩平の声。

容易くではないらしい。





「折原っ!」


祐一が叫ぶ……が、浩平は、祐一に目をやりニヤッと笑う。


「心配いらんぞ、相沢! お前はのんびり、3人一緒に仲良く見てろ!」


確かに3人とも動ける状態じゃないのだから、心配しても何もできない。


「ちょっと待ってね、すぐに回復してあげるから」

「いや、援護とかは……」

「大丈夫だよ」


祐一の不安げな言葉を、笑顔で否定する瑞佳。

すぐに詠唱を始める。

そして、浩平と瑞佳のその確信の理由はすぐに分かった。





「頭が隙だらけよッ!」



――ズバァッ――



『ゲェェッ!』


いつの間にそこにいたのか、クイーンアントの頭部に立った留美が、回転しながらの斬撃で、2本の触角を両方とも切断していた。

クイーンアントの触角は鋼鉄よりも硬いのだが、そんなことを微塵も感じさせない力強い剣撃。

なるほど、これなら2人が安心していたのも頷ける。





「折原ァッ!」

「合点ッ!」


具体的な単語などなくとも、それだけで全てが通じたのか、触角を失い動きを止めたクイーンアントを、2人が上下から同時に攻め立てる。



留美が跳躍した後、背後からの切り下ろし。

浩平が、魔力を込めた正面からの切り上げ。



その強力な連携攻撃により、クイーンアントの体が、見事に真っ二つとなる。

悲鳴を出すことさえ出来ずに、クイーンアントは、その命を散らせた。










「「っし!」」


2人が掛け声と共に拳を合わせる。

何とも凛々しい姿。

浩平も留美も爽やかな表情をしていた。

もう何というか、スポーツで軽く一汗流したよ、と言わんばかりの。

そして笑顔を祐一達の方へ向ける。



ともあれ、何とも容易くクイーンアントの撃破は完了。

回復してもらった3人は、お互いに支えあいながら立ち上がり、瑞佳と共に、2人のところへ歩き出した。

めでたしめでたし……まぁ、まだ仕事は残っているけれど。


















後書き



むむむ、魔物の巣攻防戦、完結しませんでしたね。

ども、GaNです。

や、浩平くん達の強さを書きたかったんですが……どうも今イチでした。

もうちょっと長く戦闘して、細かく描写すれば良かったのかもしれませんが、そしたら楽勝っぽくならないし……

難しいです。

まぁ、今後にご期待……(マテ)



さて、とりあえず、次回で魔物の巣攻防戦は完結。

浩平くん達とのお別れの時も間近ですね。

おそらく、次回かその次にはお別れです。

まぁ、これは3人旅ですから。

あんまり長々浩平くん達と一緒にいてもね。

まぁ、これからも、KanonキャラとかONEキャラとかをちょこちょこ出していきたいな、と思います。

ではでは、よろしければこれからも見てやってくださいです。





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