街道沿いをてくてくと。
ゆっくりとした足取りで歩く四人組。
縦に一列きれいな隊列。
時折周りをきょろきょろと警戒したりはするけれど、どこかリラックスムード漂う行進だ。
「魔物、出ないね」
「だなぁ」
「油断してはダメですよ」
「そうよ、何があるかわからないんだから」
祐一と詩子の間延びした声を聞いて、微かに眉を寄せる茜と香里。
実際それほど気を抜いてるわけでもないし、そのことを理解してもいるだろうけれど、それでも諌める言葉が口をつく辺り、二人とも保護者の素質は十分だ。
もっとも、それを聞いても特に態度が変わらない二人を見るに、効果の程は疑問符が付くが。
「わかってるって」
「そうそう。ずっとピリピリしてたってしんどいだけだろ?」
「それはわかりますけどね」
「何もないのが一番だけど、そうそう簡単にはいかないでしょ」
手を後頭部で組んでぽてぽてと歩く祐一と、そのマネをしている詩子が軽く言えば、茜も香里も小さな溜息と微かな苦笑で返す。
森を出てからしばらく。
魔物と遭遇することもなく、一本道をひたすら歩くだけの、実に平和で実に順調な行程。
それはそれで素晴らしいことなんだけど、だからって、それがずっと続くとは限らない。
というより、続かない方が普通なのだ。
「まーねー。でも、今は大丈夫でしょ」
「そうそう。今は見通しもいいしさ、いくらなんでもこれで不意打ちにあったりなんてしないって」
あくまでも楽観的な詩子と祐一。
顔を見合わせて、うんうんと頷き合う。
「むしろ、その安心しきっている精神状態が心配の種なんですが」
「茜の言う通りよ。今はよくても、魔物が出た時が問題なんだから。いつ出てきてもいいようにしとかなきゃ」
慎重派の茜と香里からすれば、二人の余裕は油断に思えるわけで。
お互い顔を見合わせて、やはり小さく溜息一つ。
「はーい、わかりましたー」
「同じくー」
「はぁ……」
「長生きするわよ、二人とも」
ぴしっと敬礼する詩子と祐一を見て、茜と香里は本格的な呆れ顔。
それでもそんな表情はずっとは続かない。
次の瞬間には、茜も香里もふっと表情を緩ませる。
固いことは言いっこなし。
油断するのは問題だけど、精神をすり減らすのもいいことじゃない。
緊張状態が続いて、いざという時に動けなかったりしても困るのだ。
それに。
「……」
不意に浮かべていた笑いを消し、無言で剣を手にする祐一。
同じく剣を手に、その隣に並ぶ香里。
それに合わせて一歩下がる詩子と茜。
いつのまにやらフォーメーション完成。
場に変化はないはずなのに、四人の表情はもう戦闘に入った人間のそれ。
強い眼差しが向かう先には、大きな大きな岩一つ。
「じゃ、手早く片付けるか」
「もちろんよ」
臨戦態勢に入ってしまえば、祐一にも詩子にも先程までの軽さはない。
茜や香里は言わずもがな。
気合は十分、準備は万端。
当初はぎこちなかったこのフォーメーションも、今やもう完全に手の内だ。
「がんばってね」
「くれぐれも油断しないようにしてください」
後ろで応援する詩子と茜に手だけで答えると、祐一と香里は四肢に力を込め、思い切り前方に飛び出す。
目指すは視界の先にある大岩の、その向こう側。
「一体ずつな!」
「わかったわ!」
一足で岩へと飛び乗り、その頂点で空高く跳躍。
一瞬の浮遊感。
二人の眼下には、機を窺っていたサーベルタイガーが二体。
岩陰に隠れて不意打ちするつもりだったのかもしれないが、そうは問屋が卸さない。
魔物がいるのに気付かない祐一達じゃあないのだ。
いざ真っ向勝負。
あの森林の戦いを潜り抜けてきた祐一達からすれば、負けるような相手じゃないけれど。
のんびりお気楽夢紀行
29ページ目 家に帰るまでが冒険です
そわそわと、美坂屋の店内で、一人の少女が落ち着かない様子を見せていた。
店の中を歩き回っていると思ったら、暖簾をくぐって外に顔を出したり、思い立ったように椅子に腰掛けたかと思ったら、また立ち上がったり。
お仕事だってあるのだけれど、どうにも心はここにあらず。
常連客が多い店だから、それほど問題はないけれど、お店の人間としてはちょっとよろしくないことだ。
まぁ、姉や友人が自分のために命をかけているとあれば、それは落ち着かないのも無理はないところ。
それがわかっているからか、両親も彼女に強く注意はしなかった。
「ぅー……」
眉根を寄せて、店内をちょこちょこと忙しく歩き回る栞。
もちろん注文を聞いたり料理を運んだりもしているけれど、その表情はいつもと違う。
お客さんに見えないようにと一応気を使っているのか、客のいない通路とか、厨房内部とか、店の外とか、そういうところを歩くようにはしているらしい。
けれどまぁ、看板娘たる栞だから、どうしても注目が集まってしまうのだ。
もう一人の看板娘の香里がいないこともあり、それと関係があるのかも、と考える客は多かったみたいだけれど、特に気を悪くした風な客は一人もいない。
それはそのまま、彼女の人気の高さを物語っているわけで。
そんな彼女の動揺は、そのままお客に伝播し、店の外にも流れていって。
何となく忙しい一日。
知らぬは本人ばかりなり。
「栞、何も今日帰ってくるとは限らないんだぞ」
「わかってますけど……」
出発前の大雑把な試算では、一日目に森林前でキャンプ、二日目は森林の奥のどこかでキャンプ、で、三日目には森を脱出。
そんな流れになっていたから、予定通りにいっていれば、四日目の昼には帰ってきていいはずだ。
そして今、とっくにお昼は過ぎ去っている。
なのに四人は帰ってこない。
一秒一分と、時計の針が進む度に、栞の心もゆらゆら揺れる。
もしかしたら何かあったのかもしれない。
いやいや、そもそも予定通りにいくとは限らないじゃないか。
でもでも、それはつまり何か良くないことが起こった証では。
心の中でせめぎ合う、天使と悪魔の囁き声。
信頼と不安の間で揺れる心。
ただただ、無事に帰ってきてほしい。
帰ってきて、笑顔を見せてほしい。
それだけは叶えてほしいのです。
でも、今はこうやって祈ることしかできず。
叶うことならば共に行きたかった、と思いはするものの。
そもそも自身の体が弱いからこそ、四人は旅に出たわけで。
あぁ、自由にならないこの身の、何と歯痒いことでしょう。
「栞ちゃーん、注文したいんだけどー」
「あ、はいっ、ただいまっ」
手を振りながら注文を求める声に、胸の前で握り締めていた手を解いて、ぱたぱたと栞がそちらへ向かう。
ぴょこんとお辞儀して笑顔で対応。
悲劇のヒロイン演じるよりも、まずは商売繁盛のために。
少女栞は働きます。
幸い今は体調もかなり良好。
新しい友人ができたことや、もうすぐ薬が手に入るという期待が、どうやらプラスに働いているようだ。
病は気からの言葉の通り。
なればこそ、いない香里の分までも、働くことこそ栞の仕事。
主演女優の役どころ、これはひとまずお預けか。
「ごちそうさま、また来るよ」
「ありがとうございましたー」
けれどまぁ。
値千金の笑顔を振りまき、一生懸命働く彼女は、とりあえずこの街では人気を博しているわけで。
彼女の頑張りは、たくさんの人の力になっているのだ。
祐一達は、自分にできる精一杯をやっているはず。
それならば、栞だって負けてはいられないところ。
無理せず楽せず頑張ろう。
決意を新たに厨房へ。
それでも少し落ち着かない様子だけど、栞はただいま奮闘中。
時は流れて日も傾いて。
街道を歩く四人も、少しお疲れのご様子。
その足取りも、ちょっと重いものになってきているようだ。
まぁ、この日はずっと歩き通しだったのだから、それも仕方がないところ。
「ちょっと休憩入れるか?」
「そうね。早く帰りたいところだけど……」
「無理しちゃダメだよ。疲れたら休まないと」
「そうですよ、帰り着くまで、冒険は終わりじゃないんですから」
少し気持ちが急いている香里だけど、無理はいけないことくらいきちんと理解している。
だから四人は休憩をとることに決定。
見通しのよい場所で、静かに腰を下ろして、大きく深呼吸を一つ。。
「はぁー……」
「ふぅ……」
「お疲れ様」
「お疲れ様です」
祐一と香里の吐き出した重い呼吸を見て取って、茜と詩子が労わるように声をかける。
ここまで何度も魔獣に襲われたけれど、二人が全部蹴散らしたのだ。
それは疲れもするだろう。
次いで茜は、水を取り出し二人に手渡す。
ありがと、と言ってから、受け取ったそれを一気に飲み干す祐一と香里。
冷たい水が喉を通り、それが体に染みこんで行く。
じわーっと力が抜けていくような感覚。
気を抜いた途端に、疲労はしっかり顔を出してしまった。
やっぱり体は正直だ。
街までそれでもまだもう少し。
ここで終わりじゃない以上、少しでも回復しておきたいところ。
楽な姿勢で、ゆっくりと深呼吸をする二人。
すぐに出立とは行かないか。
「うーん、大分しんどそうだね」
「大丈夫ですか?」
「んー……しばらく休めば何とかなるよ」
「えぇ。それに、できれば今日中には帰りたいし」
そう言ってから見上げた香里の目には、既にその身を紅く染めつつある太陽。
空は既に、夜の準備に入っている。
闇という名のカーテンを用意して、太陽という役者が舞台袖に消えるのを、のんびりと待っているのだろう。
常にマイペースを崩さない太陽は、一度舞台裏に引っ込んでしまったら、カーテンコールにも応えてはくれません。
何とかその前には街に帰り着きたいところだ。
「あとどのくらいだっけ、茜」
「今日中に帰り着くのが不可能な距離ではないですよ。もちろん、夜も更けてからの到着となるでしょうけど」
「そっかぁ。なら、頑張らないとな」
「……ごめんなさいね、無理を言って」
ここでテントを張って眠りにつけば、確かに楽には帰れるけれど、一日余分に待たせてしまうのは避けたかった。
心配しているだろう栞や両親のことを考えると、やはりできる限り早く帰りたい。
だからこそのわがまま。
それに付き合わせてしまっていることに、少し申し訳なさそうな顔をする香里。
「気にすんな。俺達も早く帰りたいんだしさ。まずあれだ、美味い料理が食いたいし」
「うんうん。それに栞ちゃんにも会いたいしね」
「はい。それと、ふかふかのベッドが私を待っていますから」
それでもそれは、無用な心配。
不可能じゃないのなら、仲間のためにも頑張ろう。
会いたい人がいて、待ってる人がいて、その気持ちは皆同じなのだ。
本心からの三人の笑顔は、すぐに香里に伝播する。
そう、最初っから謝る必要なんてない。
「ありがとう」
口にするのは感謝の言葉。
それだけで十分なのだ。
笑いあった後は、しっかりゆっくり一休み。
空腹を満たして、体を楽にして、帰り着くための体力を回復させて。
それからしばらく経った後。
「っしゃ! 行くか!」
「おーっ」
「はい」
「えぇ」
掛け声にも力がこもる再出発。
気合を一つ入れ直して、あとは街へと一直線。
警戒は絶やさず、それでも歩みは遅くせず。
四人はてくてく街道を進む。
そうして歩くことしばらく。
陽は完全に山の向こうへと姿を消し、周囲が薄闇に包まれた頃。
やっぱり一筋縄では行かない道程のようで、またしても魔獣の気配を四人は察知。
ぱっと散開し、すぐに戦闘開始。
襲ってきたのは四体のヘルハウンド。
「のやろっ!」
「相沢君! 後ろっ!」
そのうちの一体が飛び掛ってきたところを、即座に一刀両断にする祐一。
それからすぐ後に聞こえた香里の声に反応し、息をつく間もなく、ほとんど反射的に大剣を背後へと振るう。
勢いのままに振り抜かれた大剣は、背後から噛みつこうとしていた敵の上顎を、まるで抵抗なく切り裂いた。
瞬間走った激痛に、ヘルハウンドが悲鳴を上げる。
飛び込んできていた状態だったため、そのまま体当たりのように祐一に激突。
「離れ……ろぉっ!」
左腕を掲げてそれを受け止めた祐一は、そのまま左手を振り下ろすようにして、ヘルハウンドを遠くへ飛ばす。
大地を踏み締めるように足に力を込め、思いっきり前方へと飛び出した。
着地したヘルハウンドも、彼の殺気にあてられたのか、再度大きく口を開き、祐一に噛みつこうと、少し遅れて跳躍。
両者が交差するか、と思われた瞬間、祐一は大地についた右足に力を込めて、体の運動方向を強引に左方向へと変えた。
標的を失って空を噛む顎。
そのすぐ後に、通過していく真っ赤な横っ腹目掛けて、祐一は右手に持った剣を振り上げる。
まるで豆腐でも切るかのように、大剣はすっぱりとその腹部を斬り裂いた。
悲鳴も上げられず、血を撒き散らしながら大地に沈むヘルハウンド。
次いで、その場で膝を落とす祐一。
強引な運動方向の変化のせいは、さすがに負担が大きかったようだ。
剣を大地に突き刺して、膝立ちの状態のまま、少し呼吸を荒くする。
「きっつー……」
大きく息を吸い、大きく息を吐く。
それを繰り返して、まずは酸素を体に取り込む。
大きく上下する祐一の肩が、その疲労の深さを物語る。
そこに駆け寄ってくるのは、すぐ近くで別のヘルハウンドを撃退していた香里。
「大丈夫? 相沢君」
「ま、何とか、な……」
心配そうに顔を覗き込んでくる彼女へと、祐一は小さく笑って返す。
視界の向こうからは、観戦していた茜と詩子が、同じく心配そうな表情で駆け寄ってきているのが確認できた。
そんな心配も当然だろう。
一体一体は大したことがなくても、数が多いとさすがに厄介になってくるというもの。
祐一にしろ香里にしろ、そろそろ限界が近づいている。
「大丈夫? 祐一」
「今、回復を……」
「待った待った、だいじょぶだって、まだいけるからさ」
魔術を使おうとした茜を、手を振りながら止める祐一。
確かに、魔術で回復してもらえば、かなり楽になれる。
そして、そうするのがきっと最良だということもわかっている。
だけど、それでは意味がないのだ。
祐一にだって、男の子の意地ってものがある。
街に帰るまでは自分が戦って、二人には魔術を使わせないと言った以上、それは守りたかった。
何より、茜も詩子も、ほとんど魔力は回復していないのだから。
こういう時に頑張らないと、それこそ立つ瀬がないというもの。
そんなわけで、素早くその場を立ち上がって、まだまだいけると強く主張。
「でも……」
「そうだよ、祐一。意地張ったってしょうがないでしょ?」
「大丈夫だって。大体、あとちょっとじゃないか、街までさ」
なお言い募る二人に向けて、腕をぐるぐる回しながら、まだまだいけるとアピールする祐一。
頑として譲らない様子の彼を見て、一瞬顔を見合わせる茜と詩子。
やがてその表情は、仕方ないなぁと言わんばかりの苦笑に変わる。
こうなった祐一は何を言っても無駄だ、と二人はよく知っていた。
伊達に長い付き合いをしてないのだ。
それに、もう街のすぐ傍まで来ていることは確か。
既に日は暮れてしまっているが、そろそろ街が見えてくるというような所にいるのだから、これ以上戦闘はないかもしれない。
仕方なしに、魔術発動は諦める。
「それじゃ行こうぜ」
「そうね」
茜と詩子を説得できたと判断した祐一は、隣でくすくすと笑っていた香里に声をかけ、さっさと歩き始めた。
遅れて続く香里と茜と詩子。
「苦労するわね」
「うん、ホントに」
「ああ見えて結構頑固ですからね、祐一は」
苦笑している三人を置いて、祐一はどんどん歩いていく。
ちょっと離されそうになったことを確認して、三人も駆け足で追いかける。
少し遅れて祐一の横に並ぶと、再び四人は足並み揃えて街へと向かう。
「はーらへったなー」
「そーだねー」
「もう少しの辛抱ですよ」
「帰ったら、たくさんご馳走するわ」
空腹を訴える祐一と詩子に向かって、香里がそんなことを言う。
まぁ、特に考えなく口にした言葉なのだろうけれど、それを聞いて祐一も詩子も目の色を変える。
「うし! 聞いたぞ!」
「うんうん、久しぶりだもんねぇ」
大きく頷き合って、祐一と詩子が、街で待つご馳走に思いを馳せる。
あれを食べたい、これを食べたい。
脳裏を過ぎるメニューの数々に、思わず知らず頬も緩む。
見上げた先にある真っ黒なキャンバスに描かれるのは、美味しかった料理の数々。
疲れも吹き飛ばす美味の誘惑。
その瞬間、二人の瞳に光が宿る。
「そうと決まればっ!」
「全速前進っ!」
目を輝かせた祐一と詩子の歩くペースが一段上がった。
何とも現金なものだけど、こうなった二人は、魔獣の群れでも止められない。
のんびり歩いている場合じゃないのだ。
心は既に、一足早く美坂屋に着いている。
「効果覿面ですね」
「ホントに」
苦笑しつつも、後ろの茜と香里だって気持ちは同じ。
美味しい食事が楽しみでないわけがない。
同じくペースアップして、二人の後を追いかける。
心なしか足取りの軽くなった四人は、夜の街道をただただ進む。
幸いこれ以降魔物に会うこともなく、すぐに街の灯りが目に飛び込んでくる。
微かな光が、ゆっくりと大きな灯りへと変わってゆく。
そこまで確認した時には、四人揃って駆け出したのは、まぁ言うまでもないことだろう。
後書き
長かったなぁ、いや色々と。
とりあえずご帰還です。
まぁ次回で一通りの決着もつきますし、肩の荷が下りた気分ですね。
書きたい話とか色々あるんですが、なかなか自由な時間が取れないだけに、結構歯痒かったりしますが、少しずつでもSSは書いていきたいなぁとか考えてます、わりと。
そんなわけで今回はこの辺で。
ではでは。