「祐一ぃっ!」

「相沢君っ!」


二人の必死の呼びかけ。

甲高いそれは、まるで悲鳴のように。

けれど状況は、二人にそれ以上のことを許してはくれない。


『ゴァァッ!』


低い唸り声に、二人がはっとする暇もあらばこそ、ゴーレムが再び行動を開始する。

片腕こそ斬り飛ばされたものの、まだもう片方の腕はほとんど無傷。

その脅威は、まだまだ消えてはいないのだ。

ゴーレムが、その無事な腕を振り被ったことを、背中越しに察知した二人は、とにもかくにもその場を飛び離れる。


「っ!」


二人が飛び退いた直後に、轟音を響かせながら、その場所を岩石が猛スピードで駆け抜けた。

痛みなどないだろうが、それでも逆上している様子が窺える。

どうやら片腕の喪失という事実が、ゴーレムを怒りへと導いているようだ。

もう防御も警戒もない。

とにかくメチャクチャにその片腕が振り回される。


「わっ!」

「くっ!」


ふらふらの体で、けれどどうにかそれを避け続ける二人。

狙いを定めた攻撃ではないため、かろうじて回避できているだけだが、それ以外何もできない現状では、それは救いにならない。

どのみち、攻撃手段ももうないし、何より体力だってほとんど空っぽだ。

となると、動き回らなければならない今の状況は、非常に危険と言うほかない。



実際、相当にヤバい。

いつまで回避できるかわからない。

いつ体力が尽きるかもわからない。

祐一も心配だ。

不安の種には事欠かず、救いの光はまだ射さず。

どうにもならないこの現状。



グオン、という音と共に、二人の顔の横を飛んで行く岩石の塊。

生じる風で髪が舞い、それにより刻まれる恐怖で精神を削られる。

二人の疲労度はもう限界。

最終局面、さてどうなるか?















のんびりお気楽夢紀行


26ページ目  妖精さん、こんにちは















攻防は未だ止まず。

もう喋る気力もないのか、肩で息をしながら、ただ腕を避け続ける二人。

フラフラの相手に、むきになって単調な攻撃を繰り返すゴーレム。

当たりそうで当たらない。

当てられそうで当てられない。

そんなギリギリの状況も、けれど終わりの時はくる。


「……ぁっ」


ドサッ、という小さな音と同時に、詩子が後ろに腕をついて倒れた。

倒れたというよりも、足がもつれて転んだ、と言うべきかもしれない。

尻餅をついたような状態で、動きを止めてしまった詩子。

体力は既に底をついている。

動きを止めた瞬間に、疲労は一気に顕在化。

一度倒れてしまえば、もう立ち上がることなんてできない。

下ろした腰は上げられない。

座り込んだ状態のまま、両腕を大地につけて、動きを止めてしまう詩子。


「詩子……っ」


息も絶え絶えに、けれど詩子を呼ぶ香里。

彼女もまた、今にも倒れそうだけれど、詩子の方は既に座り込んでしまっているのだ。

まさに格好の標的……そう思い、香里の顔は真っ青になる。

何とか立ち上がってくれるように、との想いをこめての声かけ。

座り込む彼女のそばまで駆け寄ることもできないくらい、香里も疲労してしまっているのだ。

けれどそれも、もう届かない。


『ゴッ……』


尻餅をついた詩子を見て取って、ゴーレムが正気を取り戻したようだ。

無機質なその顔が、詩子にのみ向けられている。

それはまるで標的を見据えるかのごとく。

そして、ゆっくりと詩子に狙いを定めて、腕を振り上げる。



詩子はもう、動けない。

香里ももう、動けない。

祐一は、既に倒れている。

そんな絶望的な状況で。










突如として、空間を切り裂くような音を纏い、風が巻き起こる。

それはまるで竜巻のように、渦を巻きながら中心部へと集まっていく。

荒れ狂う風の猛威は、さながら大自然の怒りのごとく。

その場にいるモノ全てに畏怖を覚えさせるような、そんな力を持った大気の奔流。

その中に立っているのは、茜。

突如起こったその嵐は、中心で構える茜へと収束し、そこからさらに上空へと吹き上がる。

これは、自然現象ではなく、茜の引き起こした、魔を伴う暴風。

そう、これは魔力の渦。

大気中の魔力が、彼女の周りで荒れ狂い始めているのだ。

茜の魔力に引き寄せられるかのごとく。

茜の魔力を吸い上げるがごとく。

獰猛な野獣をも髣髴とさせる、凶悪な魔力の奔流だ。



その中でも、茜は決して揺らがない。

髪を逆立たせ激しく揺らす風を気にも止めず、彼女はゆっくりと閉じていた眼を開いてゆく。

場を凍てつかせるに足る、恐ろしいほどの魔力の高まり。

大地が震え、空間が悲鳴を上げる。

何か途轍もないモノが現れようとしている、その前兆。

そして茜の唇が、それを決定付ける言葉を紡ぎ出す。





「――我が汝に捧げるは絶対者の祈り。我が汝に求めるは極北の冷気。誇り高き竜の眷族よ。我が願いに応え、その姿を今ここに――」





場に染み入るその言葉。

次の瞬間、ただ暴れ回っていただけの魔力が、茜の頭上へと集中し始めた。

天から、地から、全てがただ一点へと集約してゆく。

恐ろしい勢いで魔力が凝縮され、そこに闇色の球体を作り上げる。

茜から、そして大気中から、場に存在する全ての魔力をかき集めるかのようにして、球体はその体積を増してゆく。

魔力が渦を巻き、集約点から闇が広がる。

それは既に、目の前のゴーレムを呑み込んでなお余る大きさにまでなっていた。



と、荒れ狂っていた風が、いきなり止まった。

それと同時に、茜からの魔力供給も止まり、一瞬で場に静寂が訪れる。

恐ろしいほどの無音、怖ろしいほどの停滞。

誰もが動きを止め、言葉も出せない。

時が止まったかのような静寂はしかし、闇色の球体が蠢き始めると同時に消失する。



「な……」


零れたのは、香里の声ならぬ声。

震えるそれは、言葉にならず。

それと同時に、その場でへたりこんでしまう。

体力が限界だったこともあるけれど、それ以上に、その球体から感じられる力に気圧されたのだ。

信じられないほどの威圧感。

圧倒的な存在感。

未だかつて体験したことのない未知の衝撃に、彼女の体が微かに震える。

動くこともできず、ただ眼前の光景に目を奪われるのみ。

そしてそれは、詩子も同じ。

ただ呆然と、茜の方を……いや、茜の頭上の闇を見つめるのみ。

暴れ回っていたゴーレムさえも、動くことができない。

縫い止められたかのように、腕を振り上げたまま固まっている。

そして。





「グオオオォォォン」





大気を震わせる大音響の叫びと共に、闇が裂ける。

その凄まじいほどの声量に、そこにいた全員が、体をビクリと震わせる。

闇が裂け、まず見えたのは鋭い二対の角。

この角だけでも一メートル以上の長さを持っている。

それだけでもう、この存在が如何に異質か知れようというもの。



そして、鋭く尖った角に続いて、蒼の鱗に纏われた頭部が現れ始めた。

目は閉じているが、口元からは鋭利な牙がその姿を覗かせている。

人ならば軽く丸呑みにできるほどに大きな口。

人ならば容易に貫き通せそうな鋭い牙。

人ならば楽々と噛み砕けそうな強靭な顎。

見るもの全てに恐怖を抱かせるに足るその顔は、凶悪とさえ言えるだろう。



そんな頭部に続いて、首が、体が、翼が、腕が、脚が、尻尾が、順次その姿を世界に現してゆく。

全身を覆う青の鱗は鈍く煌いており、生半可な剣で斬りつけようものなら、剣の方が砕け散るだろう、とさえ思わせる。

腕と脚もまた、内包する力強さを隠すことなく誇示している。



今や伝説にしか生息しないとさえ言われるほどの希少生物。

また同時に、全ての生物の頂点に君臨する、とまで言われる王者。

それが、竜。

目の前に現れたのは……今、茜の横で静かにその真紅の眼を開いたのは、まさにその竜。

ブルードラゴンと呼ばれる存在。

人智を超えたその圧倒的な存在感は、見る者に畏怖の念を抱かせずにはおかない。





「……信じられない」

「すごい……」


香里も詩子も、その姿を目にして、完全に意識を奪われてしまっている。

その雄大な体躯には、感嘆の言葉すら見つからない。

二の句も告げず、呆けたように座りつくす二人。

けれど。


「詩子、香里。急いでこちらへ。巻き込まれますよ?」


同じく疲弊しているらしき茜の声に、二人はハッと我に返る。

目を上げれば、どうにか立っているような状態の茜。

確かに、ブルードラゴンが場に現れては、彼女達の出る幕はもうない。

ここで止まっていては、巻き添えを食ってしまう。

二人は、笑う膝を叱咤しながら、どうにかこうにか這うように茜の傍まで歩み寄る。

もう一人の祐一は、元々遠くに飛ばされてしまっているので、巻き込まれる心配はない。

つまり、これでもう、ブルードラゴンの邪魔をする者はいないということだ。


「さて、遠慮はしませんよ」


キッとゴーレムを睨みつける茜。

それにシンクロするかのように、ブルードラゴンもまた、ゴーレムを睨みつける。

その視線を受けて、ようやくゴーレムの硬直が解けた。

確実に、目の前のブルードラゴンを敵と認識しているらしい。





『ゴァァァッ!』


睨み合ったのも一瞬のこと。

ドスンドスンという激しい音を響かせながら、ゴーレムが茜達の方へと迫ってきた。

肉弾戦に持ち込むつもりなのだろう。


「グオオォォッ」


迎え撃つのは、もちろんブルードラゴン。

二本の脚で大地を踏みしめ、天高く首をもたげ、戦いの開始を告げるがごとく、その唸り声で大気を再度震わせる。

それから、爆音を残してその場を飛び立ち、ゴーレムにも負けない大きさのその体躯をぶつけてゆく。

両者の衝突の瞬間、ズガァッという音が場の空気を轟かせる。

大地が振動し、茜も詩子も香里も、体が揺れるのを自覚した。


「……すごすぎるわね」

「私のとっておきですから」

「はぁ……やっぱり茜は頼りになるよ」


一歩下がり、ゴーレムとブルードラゴンの肉弾戦を、遠巻きに眺める三人。

それはまさしく傍観者。

戦いは既に、人間が入り込めるものではなくなっていた。





『ゴァァッ!』

「グオォッ」


両者とも、叫ぶ声もかき消すほどの激しい音を響かせながら、肉弾戦を繰り広げていた。

その腕が、その脚が、その体が。

互いの全てを屠らんとばかりに、全力で繰り出される。

凄まじいまでの力と力のぶつかり合い。

ゴーレムの岩石の腕がブルードラゴンの体を襲えば、ブルードラゴンは、そのダメージを感じさせることもなく、両腕をハンマーのようにしてゴーレムを殴りつける。

吹っ飛んだゴーレムが体勢を立て直し、追撃にきたブルードラゴンの腹にカウンター気味の蹴りを放てば、ブルードラゴンはその脚を掴み、その巨体を振り上げ、そのまま頭から大地へ叩きつける。

ズドォン、という大音響を響かせて、大地が揺れた。

そのあまりの衝撃に、ゴーレムの体が軋みを上げる。

それでもなお追撃の手を緩めることなく、ブルードラゴンは、巨大な脚でゴーレムを蹴りつける。

爆ぜるように飛び、地面を転がるゴーレム。

その度にまた、大地が震動する。





「グオォォォッ」


倒れたゴーレムに向かって、ブルードラゴンが再び吼える。

それはまるで挑発のような響きを持っていた。


『……ゴッ!』


それに反応したのか、ゴーレムはゆっくりと体を起こすと、再びブルードラゴンに襲いかかる。

岩石の腕を振り上げ、渾身の力で振り抜いてくる。

だがブルードラゴンは、まるで見切っていたとばかりに、自分に叩き込まれるそれを、両腕で左右から挟み込むように殴りつける。

ゴーレムの腕は確かにブルードラゴンに当たっているが、そこにダメージなどほとんど認められない。

まさに圧倒的。

そして。


「グアアアァァァッ」


憤怒の声を上げ、ブルードラゴンは、さらに左右の腕に力を込める。

ミシミシと響く音。

パラパラと落ちる岩石の破片。

それに驚く暇もなく。



響いたのは、一際大きな破砕音。

どこか鈍さを伴ったその音は、何かが粉砕されたその証。

当然のことながら、粉砕されたのは、ゴーレムの腕。

ブルードラゴンが殴りつけたのは、肘の部分だったけれど、その衝撃の大きさのために、亀裂は肩の辺りまで一気に走り、完全にその腕を粉砕してしまったのだ。





「グオオオォォォン」


これで勝利だ、と主張するかのような雄叫び。

それは、勝敗が既に決したことを告げる咆哮。

両腕を失くしたゴーレムは、さすがに戦闘不能となったのか、力なく後ろに倒れてゆく。

ズズゥンという地響きと同時に、体を大地へと横たえさせたゴーレム。

その動きは完全に停止してしまっている。


「グゥゥゥッ」


だが、ブルードラゴンはまだ行動を止めない。

天高く持ち上がっていた首をゆっくりと動かし、その口をゴーレムへと向ける。

勝者は確定したが、いつゴーレムが動き出さないとも限らないのだ。

動かないゴーレムに照準を絞られている口。



そして、甲高い風切り音を響かせながら、大きく息を吸い込み始めた。

と同時に、強大なエネルギーがその口に集中し始める。

それは、ブルードラゴンの最大の攻撃である、凍てつく吐息のための準備行動。

もちろんそれは、ゴーレムの止めを刺すためのものだ。

全てを凍てつかせる極北の吐息こそが、ブルードラゴンのブルードラゴンたる所以。

勝利を確定させるに足る、強大な力。

場の気温さえも、少しずつ低くなってゆく。

冷気がブルードラゴンの口に集中しているのだろう。

そして、その高まりが最大に近づいた時に。















「わーっ! 待って待って待って! お願いだからちょっと待ってぇっ!」


可愛らしい声が、その場に立つ全員の耳に届いた。

思わず動きを止めてしまう三人とブルードラゴン。

そして、驚いている三人の目の前に、それは突然現れた。





「お願いだから、もう止めてよ。ボク達の負けでいいからぁっ」


突然聞こえてきた声と突然現れた存在に、三人の目が点になる。

それにリンクして、ブルードラゴンの目もまた点になっているのだが、それに意識を回すことができる者は、この場にいなかった。

三人の目の前にいたのは、ふわふわと宙を舞う体長十センチくらいの人型の生物。

いや、もうぶっちゃけ言ってしまえば、それは妖精だ。

透き通った煌く二対の羽をはためかせて、三人の目の前で泣きそうな顔をして飛び回っている。

降参の意思表示なのか、ご丁寧にも両手を上げたまま。

顔や体格から考えると、男の子のように見えるが、妖精に性別があるかどうかわからないので、とりあえずその問題はおいておく。

どうあれ可愛らしい容姿をしており、また頭にかぶっている白いふわふわのついた三角帽子が、さらに可愛らしさを強調していたりする。

突然現れたのは、そんな存在なのだ。


「……妖精、ですか?」

「あ……? ちょ、え、ど、どういうこと? 何なのよ、一体?」

「え? え? え? 何? 何なの?」


比較的冷静なのは茜だけで、他の二人は、目を白黒させながら、少し混乱している様子。

けれど、それはムリもないことだ。

今まで超重量級の怪獣大決戦が行われていたのに、すわトドメかと思われた瞬間に、いきなり可愛らしい妖精が飛び出してきたのだから。

とりあえず三人の動きが止まっていることに安心したのか、当の妖精は飛び回るのを止めて、唯一冷静そうな茜の目の前で両手を合わせる。





「お姉さん、ボクの負けでいいから、だからもうゴーレムを攻撃しないで。これ以上やったら治らなくなっちゃうよ〜」

「……治ったら私達が危ないじゃないですか」


妖精の懇願に、目をぱちくりとさせる茜。

次いで口をついたのは、冷静な感じの普通の言葉。

ただ、ツッコミどころが微妙におかしい気がしないでもない。

妖精の存在とか、樹液のこととか、聞かなきゃいけないことはたくさんあるのに。

もしかしたら、冷静に見えて、茜も実は少しばかり混乱していたのかもしれない。


「わ、わ、わ。もう攻撃なんてしないよ! 絶対にしないから、だからもう攻撃しないでっ」


また少し泣きそうな顔に変わる妖精。

慌てた様子に必死な言葉。

それを目の当たりにして、なぜか罪悪感が湧いてくる茜。

何しろ相手は小さな妖精。

茜はもちろん普通の人間。

こんな状況では、まるで自分がいじめているみたいな気がしてしまうのだ。

どうにも自分が悪者に思えてしまい、茜も言葉に詰まってしまう。

どうしていいやらわからない。


「お願いお願いお願いお願いお願い……」


ここぞとばかりに展開される、涙混じりのお願い連呼。

つぶらな瞳をこちらに向けて、両手を合わせて詰め寄る姿に、茜は思わず後ずさり。

傍から見れば、どう考えても妖精いじめ。

これではさすがに、ゴーレムを攻撃するなんて言えなくなる。





「……私達は、樹液を取りにここに来たんです。それをいただけませんか?」


妖精の出現に戸惑いはしたけれど、目的を忘れるわけにもいかないし、ある意味折角のチャンスにも思える。

このゴーレムと妖精こそが、大樹の守護者のようなものだということは、どうやら間違いないっぽい。

このことを踏まえて、茜の頭は瞬時に計算を繰り広げ、今なら交渉すれば手に入りそうです、と結論付けたのだ。


「え? それってどれくらい?」


茜の言葉に、顔を上げて尋ねてくる妖精。

軽く首を傾げてる辺りが、結構可愛らしい。

休戦を決めて、罪悪感という感情が取っ払われてしまえば、その可愛らしさに意識がいってしまう。

可愛いもの好きの茜は、思わず抱きしめたくなる衝動を抑えるのに、実は必死だったりする。


「え……っと、女の子一人に使う分だけあればいいんですが」


思わず上がりそうになる腕を懸命に抑えて、言葉を続ける茜。

いけないいけない、まだダメだ……交渉は終わってないんだから。

そんな茜の葛藤なんて、当の妖精は気付きもしない。


「あ、それくらいなら別にいいよ」


茜の言葉を聞いて、少し不安げだった顔が、パッと笑顔に変わる。

攻撃の意志がないことを感じ取ったのだろう。

安堵した様子の満面の笑み。

これまた実に可愛らしい。

あぁもう本当に可愛らしい。





「ちょっと待っててねっ」


結局そんな茜の内心に気付くこともなく、妖精は大樹の方へと飛んでいった。

あ……と小さく呟いた茜。

少しだけ上げられた手が、行き場を失ったように止まっている。

どうやらもう少しで実行するところだったらしい。

危ないところである。

妖精の体は人間のように頑丈ではないので、下手に抱きしめたりしたら、エラいことになってしまうのだ。

知らないところで危機一髪。

何はともあれ問題回避。

これは双方にとって僥倖だったと言えよう。





「お待ちどうさまー」


それからほどなく、三人のところに妖精が戻ってきた。

手に雫を入れた袋をぶら下げながら。

持っているのが、自身の体くらいある大きさの袋のせいか、飛ぶ様は少し頼りない。


「はい、これ。まずはあっちのお兄さんに飲ませてあげるといいよ。ちゃんとあと四人分あげるからさ」


袋を差し出されながら言われたその言葉に、ハッと思い出す三人。

いきなりの展開のせいで考えが及んでなかったけれど、祐一は現在相当に危険な状態なのだ。


「「祐一っ!」」


疲れなんてどこへやら。

茜と詩子は、樹液を手に祐一の傍へと駆け寄る。

少し遅れて香里も続く。





「祐一!」

「……よかった、まだ呼吸はあります」


祐一はかろうじて呼吸をしていた。

あれほどの攻撃を直接受けて、まだ息があるというのは驚くべきことだけど、とりあえず今はその事実に感謝する。

傷ついた頭部を刺激しないようにして、微かに開いた口から、樹液を口内へ落とす。

煌く雫が祐一の口内に消えた後、変化はすぐに起こった。

祐一の体が、いきなり柔らかな光に包まれたのだ。

その光が、祐一の傷を一気に癒してゆく。

驚く暇さえなく、驚異的なスピードで傷は全快。

ほどなくして、祐一が身じろぎする。





「うーん……あれ? 茜? 詩子? え? もしかして、もう戦闘終わったのか?」


ゆっくりと体を起こしながら、祐一が言う。

どうやら完全に回復したらしい。

一瞬呆気に取られたものの、茜も詩子もすぐにその表情を微笑みへと変える。


「うん、もう大丈夫だよ」

「はい、目的は達成できました」


二人のその言葉を聞いて、祐一も笑顔に変わる。

気絶していたとはいえ、茜と詩子のその笑みが、祐一にとって何よりの勝利の証。

そして遅れてやってきた香里の方に向き直ると、同じく笑顔を交し合う。


「やっとクリア、だな」

「そのセリフは帰ってからでしょ」


祐一の言葉に香里が軽く返し、そこで四人は声を上げて笑う。

辛かったけれど、どうにか勝利。

苦しかったけれど、何とか勝利。



樹液も手に入り、目的も完遂。

あとは来た道を帰るだけ。

安堵の息だって零れもしよう。

油断はダメでも今だけは。

せめて今だけは、喜びに浸ろう。

苦労を分かち合った仲間と一緒に。


















後書き



あけましておめでとうございますー。

ずいぶん間は開きましたが、どうにか26ページ目をお届けします。

時間はかかってるけど、書いてないわけじゃないんだよ、と小さく言い訳してみたり。

まぁ見てる人はほとんどいないかもしれませんが(泣)

気を取り直して、ごきげんよう、GaNです。



さてさて、どうにかこうにか森林最深部攻略完了です。

あとは帰るだけ……なんですけどね(微妙に思わせぶり)

まぁ、とりあえず最大の難関は突破したわけですので、あとはもう気楽なもんです。

このペースだと、後日談とか含めると、やっぱり30ページくらいまで行きそうだね、うん。

まぁ、焦らずマイペースがモットーですし、何も問題はないかなっ(オイ)



あ、妖精さん、『ボク』とか言ってるけど、あゆじゃないっすよ。

あゆの登場は……まぁ、それはひとまず置いといて(マテ)、とにかく妖精さんはあれです、完全にオリキャラですよ。

そこのところよろしくです。



まぁ夢紀行はね、特別急いで書く理由もないし、のーんびりと進めていくつもりです。

次はいつになるかなー……(遠い目)

そ、それではこれにてっ。





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