最初に気付いたのは祐一。
静寂の空間に、微かな音がする……それは静かな落下音。
自分達の遥か上空から、何かが落ちてきているのだ。
反射的に上を見上げると、陽光に紛れて、木の頂点付近から落下してきているらしき黒い点が目に映る。
そんな祐一につられて、茜と詩子と香里もまた、上を見上げた。
全員の視線が、その黒い点に集約される。
次の瞬間、驚愕に染まる四人の瞳。
「やばいっ! みんな、後ろに飛べっ!」
呆けていたのは一瞬。
祐一の叫ぶような声で、全員がはっと我に返り、後方へと飛び退く。
その間にも、落下音はどんどん大きくなってゆく。
黒い点だったものも、どんどん大きくなり、それはやがて、ずんぐりとした人形へと、そのシルエットを変えていく。
そして、一呼吸後。
ズズゥン、という大地を揺るがす振動音と共に、祐一達の前へとその全体像を披露する。
相当の高さからの落下であったにも関わらず、そのことによるダメージがあるとは思えない立ち姿。
誰か、あるいは四人全員が、その姿を見て小さく息を呑む。
「……ゴーレム、か?」
「そうみたいですね」
「でもさ、それにしては大きすぎない? これ」
「ガーディアンには相応しいんじゃないかしら」
祐一の不思議そうな声音に、他の三人は、それぞれの意見を返す。
その全員に共通する感情、それは確かな驚きと……微かな恐怖。
目の前に立つのは、体長五メートルは優にあるだろう石人形……いわゆるゴーレム。
全身が強固な岩石で作られており、知性は乏しいものの、その攻撃力と防御力は桁違い。
一般的なゴーレムの見解はそれで正しいのだが……実際人の遭遇するようなゴーレムなど、体長はせいぜい二〜三メートルまで。
然るに、目の前のそれは、間違いなく五メートルは下らない。
故に驚異。
そして当然のことながら、体長に比例して、横幅も奥行きも相当に大きい。
故に脅威。
腕の太さは丸太のように。
拳の形は岩石そのもの。
足は根を張る大樹のように。
体の硬さはまるで鉄。
「あー……ラスボスっぽいな、確かに」
ため息をつきながらも、しっかりと剣を抜く祐一。
ゴーレムは、微動だにせず祐一達を見ているだけ。
思わずごくりと喉が鳴る。
「茜、全力でいってね」
「はい。時間は相当かかりますよ」
「やるしかないわね……」
詩子の言葉に一つ頷き、茜は魔術発動の準備にとりかかる。
一切遠慮はしない……自分の持てる全てを使おう。
その表情は真剣そのもの。
息を呑むのは、時間稼ぎ担当となる祐一&詩子&香里。
どうにも相手が悪すぎる。
それでも何とかしなくちゃならない。
その眼差しに宿るのは、不退転の決意。
集中してゆく茜の魔力に気付いたのか、ゴーレムが動きを開始する。
さてさてこれが、ラストバトル。
決戦の火蓋は切って落とされた……勝つか負けるか、生きるか死ぬか。
さぁ、いざ決戦だ。
のんびりお気楽夢紀行
25ページ目 最後の関門
「だぁっ!」
先手は祐一。
唸り声を上げるかのように、その場で両腕を振り上げているゴーレムの隙を見て取ると、抜き放った剣で、一気呵成に斬りかかる。
これまでの道程で、多くの魔物を叩き伏せてきた攻撃。
けれど。
「ぐっ……!」
祐一の剣がゴーレムの腕に接触した瞬間、祐一の両腕に激しい負荷がかかる。
思わず剣を取り落としそうになるほどの、それは大きな衝撃。
詰まったような鈍い音と共に、祐一の剣が止められてしまっていた。
一瞬苦痛に顔を歪める祐一。
けれど、すぐにバッとその場を跳び退く。
追撃を恐れてのことだったが、幸いそれはなかった。
「気をつけろ! こいつ、マジで硬い!」
後方に下がりながら、祐一がそんな言葉を発する。
主に、同じ剣士である香里に対する注意の喚起。
祐一の腕は、まだ軽く痺れている……このゴーレムの体は、ただの岩石なんかじゃない。
さすがは大樹の守護者というところか。
生半可な攻撃力では、逆に攻撃した方がダメージを負いかねない。
それはつまり、祐一の力の高さをも同時に証明したことにもなるわけだけれど。
とはいえ、結局ダメージらしきダメージを与えられないのでは、全く意味はない。
実際、上げていた腕を下ろして佇んでいる目の前のゴーレムに、傷など一つも見当たらない。
「厄介ね……」
それを見て、香里が舌打ちをする。
明らかに香里よりも攻撃力の高い祐一でさえ、傷一つつけられない体。
となれば、彼女が攻撃したとて、何になろうか?
むしろ、相手に攻撃のチャンスを与えるだけの事態になりかねない。
時間稼ぎだけすればそれでいいのに、その時間稼ぎさえもできるかどうか、という今の状況。
それは舌打ちの一つもしたくなるというものだ。
「下手に攻撃しようとしなくていいよ。私が炎で攻撃するし、二人は、動き回ることでアイツの気を引いて」
魔力を両腕に集めながら、詩子が香里に声をかける。
それはつまり、ダメージを与えようなんて考えるな、ということ。
剣士に言うには酷な言葉だけど、命の方がずっと大事。
だから、祐一も香里も一つ頷いて、心を決める。
と、詩子の方へ向けていた視線を前に戻すと、ゴーレムが振りかぶっているのが見えた。
逡巡する暇もない。
横っ飛びにそれを回避する。
「くそっ!」
『……』
祐一が飛び去った場所を、ゴーレムの拳が猛烈な勢いで突き抜ける。
当たればきっと、岩だって砕けるような一撃。
だが、その攻撃が、一度で終わるわけがない。
逃げる祐一を追うように、ゴーレムが拳を振り回してくる。
一発だってくらうわけにはいかない……必死になって回避を続ける祐一。
その度に髪が揺れ、表情にも強い緊張が走る。
「でかい、速い、強い、硬いってよ! いくらなんでも卑怯すぎだろ!」
悪態をつきながら、祐一は、迫る拳を避け続ける。
けれど、避けた先から次の攻撃が迫ってくるのが現状。
一度距離をとりたいところなのに、それは許されないらしい。
祐一の言葉通り、このゴーレムは本当に強い。
攻撃力もそうだが、攻撃速度も尋常じゃないのだ。
言ってみれば巨大な岩石を振り回しているような状態なのに、その速さはもう異常と言っていい。
もちろん、祐一達に比べれば相当に遅いのではあるが、図体が大きすぎるのと相まって、回避するのはかなりギリギリの状態だ。
もし一撃でもくらってしまえば、おそらくアウト。
死なないまでも、戦線離脱は避けられないだろう。
とにかく防御なんて論外なレベルの攻撃力を持ちながら、防御力もまた桁違い。
そのくせ、速度で撹乱したくとも、むしろこちらが避けるので精一杯な状況。
正直、撹乱どころの騒ぎじゃない。
祐一でなくとも、反則だと叫びたくもなるだろう。
「冗談じゃないわ……よっ!」
悪態をつく余裕さえ失われつつあるのは香里。
自分の横すれすれを走り抜けた岩石に、恐怖を感じずにはいられない。
ゴーレムの攻撃のたびに、彼女の長い髪は大きく揺れる。
けれど、そんなことなんて気にすることもできない。
そう……祐一だけでなく、香里にもゴーレムの攻撃が襲いかかっているのだ。
もちろん、後方に逃げてしまえば、香里は無事だろう。
だけど、ここで逃げれば、祐一に攻撃が集中してしまう。
そうなったら、祐一がすぐにもノックアウトされてしまうことは想像に難くない。
二人でちょろちょろ逃げ回っているからこそ、ゴーレムの攻撃が分散し、どうにか回避できているのだ。
故に、いくら恐ろしかろうとも、ゴーレムの傍を離れるわけにはいかない。
香里も祐一も剣士だ。
剣一本で戦い抜いてきた自負だってある。
けれど今、それは何の役にも立たない。
二人もいながら、逃げ回るのが精一杯というこの現状は、どうにも悔しい。
けれど、自分達に攻撃の手段はなく、また、時間稼ぎをしないことには、そもそも勝ち目がないのだ。
ここは我慢の一手しかない。
「うぅー……私の炎も通じないなんて」
詩子が放った炎……結構威力をこめたはずなのに、これもやっぱりゴーレムにはほとんど効いていなかった。
もっと力を溜めれば、あるいは通用するかもしれないけれど、そうすると、多分詩子が狙われる。
魔術士が魔力を蓄積している間は、かなり無防備になるからだ。
それを見逃してくれるほど、ゴーレムは甘くないだろう。
茜一人だけならまだしも、四人のうち二人が隙だらけになるなんて論外だ。
となれば、詩子にできるのは、祐一達のフォロー……相手の目元や足元などの攻撃で、動きの牽制を狙うくらいしかない。
けれど。
「えいっ!」
詩子の放った炎が、ゴーレムの目元に襲いかかる……が、全くの無傷。
というよりも、こちらを見ようとすらしない。
相手にもされていない。
まずは、ちょろちょろと動き回っている祐一と香里を片付けてから、と考えているのか。
それにはさすがにちょっとムッときたらしく、詩子が頬を膨らませる。
「むぅ……こうなったら……」
詩子は、油断なくゴーレムを見据えながら、魔力を蓄積させようとする。
ちょっとくらいなら溜めても……
『……』
と、ゴーレムがいきなり左腕を詩子に向ける。
それを見て顔色を変えたのは祐一。
「詩子っ! 避けろぉっ!」
「え……っ?!」
祐一の叫び声に反応した詩子は、何も考えずその場でガバッと伏せる。
考えての行動じゃなかった。
そして、その詩子の行動とほとんどタイムラグなしで。
「きゃっ!」
詩子の頭上を、何かがすさまじい勢いで通り抜けた。
直撃ではなかったが、頭上の空気が震わされ、振動が詩子を襲う。
思わず悲鳴を上げて、頭を手で覆う詩子。
「魔術まで使えるのかよ……」
「ホントに厄介ね」
祐一の言葉のとおり、今詩子の頭上を通り抜けたのは、ゴーレムの右腕から放たれた魔力の塊。
近接戦闘だって苛烈なのに、何とまぁ遠距離攻撃まで可能ときた。
祐一も香里も、さすがにこれにはショックを隠せない。
ともあれ、何とかギリギリで避けられた詩子。
祐一と香里には、けれどそのことに安堵する猶予すらない。
すぐに自分達への攻撃が再開されたせいで。
「ぅー……ムチャクチャだよ」
ほどなくして、詩子がバッと身を起こし、少し情けない声でぼやく。
どうやらこのゴーレムは、ある一定距離内のことなら、全て把握しているらしい。
そうなると、離れている茜ならともかく、かなり近くにいる詩子が魔力を蓄積するということは、もはや不可能だ。
何しろ魔力を蓄える隙などないのだから。
と言って、後方に退避すればいいというわけではない。
下手に逃げてしまえば、追いかけてくる可能性は高い。
そうすると、今度は茜が危険に晒される。
それはイコール祐一達の敗北だ。
何があっても、ヤツを茜に近づけさせるわけにはいかない。
となれば、今は、三人にゴーレムの意識と手を集中させておく必要がある。
結局、今の状況を続ける以外に、取れる選択肢なんてなかった。
「くぅっ!」
押し殺したような祐一の声。
ゴーレムの拳が振り抜かれる度に、ごぉっという音が耳に響く。
攻撃が残した風を浴びるたびに、神経が削られる気さえする。
重量も硬度も、尋常ならざるもの。
間近でそれに晒され続けている祐一と香里の表情には、強い疲労の色が滲み出てきていた。
危険な兆候。
縋るような目で、詩子が茜の方を見ると、彼女は必死な表情で魔力を練っていた。
まだまだ時間はかかる様子だ。
と。
「っ!」
感じた危険な気配に、詩子がその場を飛び退く。
瞬間突き抜ける衝撃。
どうやら、余所見することさえできなくないらしい。
「こうなりゃ、一か八か……っ!」
「相沢君っ?!」
と、詩子に攻撃の矛先が移動した瞬間に、祐一が剣でゴーレムに斬りかかる。
驚きの声を上げるのは香里。
硬度の高さを考えると、こちらから攻撃するのは無駄でしかない。
いや、体力の消費やその後の隙などを考えると、むしろマイナスだ。
そんなことを思った香里だが。
「ここならどうだっ!」
祐一が狙ったのは、ゴーレムの膝の部分。
体全体で剣を振りかぶり、叩きつけるように振り下ろす。
『ゴ……ッ!』
ガギンッという鈍い音とともに、膝の部分の岩が少しだけ削られる。
と同時に、初めて漏れ出たゴーレムの声。
察するに、ノーダメージではなさそうだ。
納得の表情になる香里。
「そういうことね」
関節部……確かに、ここなら他の部分よりも強度が脆いのも当然。
いくらゴーレムでも、関節部まで固まっていては、ただの岩石になってしまうのだから。
となれば、そこだけは攻撃が通じてもおかしくはない。
「っ!」
と、そんな祐一の攻撃に対し、ゴーレムもただで済ましたりはしない。
元より、祐一の攻撃は微かに欠けさせた程度のもの。
行動に制限を与えられるはずもないのだ。
勢いよく、ゴーレムがその拳を横薙ぎに振り回してくる。
何とかそれをバックステップで回避する祐一。
だが。
「?!」
眼前を通り過ぎると思われた拳が、祐一の真正面でいきなり止められてしまう。
疑問のためか、表情が固まる祐一。
ゴーレムの握り拳と祐一が睨めっこしている状態。
拳と祐一の距離は、三メートル程度。
祐一は飛び退いている最中なのだから、何もできない。
そのことに、祐一が顔を青ざめさせる間もなく。
「うぁっ!」
「相沢君っ!」
「祐一っ!」
ゴーレムの拳から、すさまじい勢いで石のつぶてが飛び出してきた。
当然、その全ては祐一に降り注ぐ。
それはさながら石の雨のように。
魔術によるものなのか、その勢いは止まるところを知らない。
何発も何発も、祐一の体に打ち込まれてゆく石つぶて。
声も出せず、防御もできず、逃げることもできず、ただその攻撃を受け続ける祐一。
鈍く響く衝撃音に、香里と詩子の悲痛な叫びが重なる。
「かは……っ」
微かに血を散らしながら後方に吹っ飛ばされた祐一の口から、潰されたような呻き声が漏れる。
それはさながら、ゴーレムにダメージを与えた代償のようで。
一瞬だけ、香里と詩子の動きが止まる。
「香里、詩子……! 止ま、るな……っ!」
耳に届いた苦しげな祐一の言葉に、ハッと我を取り戻す香里と詩子。
前を見れば、ゴーレムが再び攻撃を開始しようとしていた。
「っ!」
「させないっ!」
だが、足の関節に受けた攻撃が想定外だったこともあってか、その動きに、さっきまでのキレはない。
それを見て取った詩子が、避けるために動く香里に当たらないように注意して、その関節部に炎をぶつける。
『ゴッ!』
ゴーレムの口から漏れた声には、まるで慌てているかのような気配があった。
その隙に、香里が先程の石つぶての残りを拾い、同じく関節部を狙って投げてみる。
『ゴ……』
ゴーレムはというと、腕でそれを防ぐ。
巨大な腕に阻まれ、石はそこまで届かない。
これは……
「香里、いけるよ!」
「そうね、関節を狙えば……」
二人の目に、光が宿る。
祐一が身を挺して見出した勝機。
あれだけの巨体となると、確かに関節部には相当大きな負担がかかっているはず。
加えて、柔軟な動きが求められるため、他の部位よりも硬度は小さい。
となると、そこを狙えばいいというのが自然な発想。
さっきまでは万全の状態だったこともあり、攻撃する隙などなかったが、今は少し違う。
「やっ!」
詩子の炎が、別の角度から関節部に迫る。
それを腕でガードするゴーレム。
「たっ!」
その隙をついて、香里の剣が関節部に向かって振るわれる。
それは掠める程度の攻撃だったが、確かに膝の部分を斬り抜けた。
剣を振り抜いた先から少し散る破片……間違いなく、ダメージがある。
『ッ!』
バックステップしながら、ゴーレムの反撃を避ける香里。
それをわかっていたのか、追いかけるゴーレムの腕は、香里の真正面で静止する。
石つぶてがくるか、と思われるも。
「えいっ!」
今度は、詩子の炎が香里の攻撃と同じ箇所を襲う。
炎に包まれるゴーレムの膝。
僅かに揺らぐ巨体。
当然、香里に追撃がくることもない。
ダメージの程度はどうあれ、それは紛れもなく一進一退の攻防だ。
実質綱渡りではあるにしても、香里や詩子も攻撃が可能となったことは事実。
ゴーレムが香里に目を向ければ詩子が。
詩子に目を向ければ香里が。
それぞれ関節部を執拗に狙う。
そこが急所と分かっているゴーレムは、自然に防御を考えざるを得なくなる。
そのおかげで、僅かだけれど状況は好転していた。
でも、それも束の間。
相手にも知能があるらしく、ついには片腕を完全に防御にまわされ、香里も詩子も、関節を狙うことはできなくなった。
それでも、片腕のみの攻撃となり、大分回避も楽になったけれど。
よほど祐一の攻撃に驚いたのだろう……少し警戒気味なゴーレムの動きから、そのことが窺える。
関節部から生じた衝撃……これが、今はゴーレムを少し萎縮させている。
だから、香里も詩子も何とかやり合えている。
ギリギリでも、何とか戦えている。
けれど……
「……」
「はぁっ、はぁっ」
少しずつ追い詰められているのは、祐一達。
香里の息が上がってきている。
詩子の魔力も大分減ってきている。
祐一に至っては、かろうじて動けるといった程度。
間違いなく、ピンチなのは彼らだ。
今はまだゴーレムも警戒を解いていないが、こちらの消耗度の高さが一定を超えたと判断すれば、間違いなく攻撃一本でくるだろう。
そうすれば、アウト。
「えい……っ!」
詩子も、少しずつ疲労が表に出てきていた。
いつもの軽やかな動きも、少しずつ重いものになってきている。
それでも、関節部を狙うようにして炎を撃ち続ける。
もちろんこれは防御されるけれど、狙いは時間稼ぎなのだから、これでいい。
瞬間迫るゴーレムの腕も、何とか回避。
それでも。
「……結構、辛い、かな……」
額に浮かぶ汗。
早くなる呼吸。
止まるわけにはいかない。
炎を撃たないわけにはいかない。
それはわかっているけれど、でも。
少しずつ、少しずつ。
詩子の限界も、近づいてきていた。
「くっ……」
香里に至っては、呼吸は既に荒い。
動きにも、もはやキレは見れない。
剣を持ってはいても、振るうことさえできるかどうか。
かろうじて回避できているだけ、という状態だ。
精神的にも肉体的にも、もう限界は近い。
『ゴ……ッ!』
それを認識したのか、ゴーレムが防御にまわしていた腕を上げる……もう、防御はいらないと判断したらしい。
それを見て、詩子が何とか炎を撃つが、それもすぐに防がれる。
威力も落ちていれば、速度も落ちているのだから、それも仕方がなかった。
といって、香里はもう攻撃など不可能。
詩子の魔力も残り僅か……とても魔術を使える状況ではない。
連発も連携もできない。
それを見て、ゴーレムがまるで笑うかのように顔を歪める。
その目の先には、ふらつく香里。
「香里っ!」
甲高い詩子の声を耳にして、振るわれる腕をどうにか回避する香里。
けれど、足元が覚束ない。
ふらつく体を支えられない。
そこに照準を絞るゴーレム。
くるのは……
「あ……っ!」
香里の目に飛び込んできたのは、ゴーレムが振りかぶるところ。
それも、真正面から自分に狙いを定め、拳を振り抜こうとしているところ。
岩の塊を叩きつけられては、香里が無事でいられるはずがない。
恐怖に背筋を凍らせながら、それでもどうにか体を動かそうとするけれど。
「っ!」
上手く動いてくれない。
ここまでの攻防でたまった疲労が、一気に吹き出てきたのだ。
必死で動こうとするのだが、速度はやはり遅い。
また、既にゴーレムは照準を絞り、拳を振り上げていた。
「このっ!」
香里の危機に、詩子が炎を撃って邪魔をしようとする。
だが、もう威力も何もあったものじゃない炎で、ゴーレムを止められるはずもなかった。
庇うように置かれたもう片方の腕に遮られて、関節部にさえ届かない。
詩子には、もう打つ手はない。
そして、香里に向けて凶暴な一撃が放たれる、まさにその瞬間に。
「これでもくらえぇっ!」
横合いからゴーレムに迫るのは、倒れていたはずの祐一。
悲鳴を上げる体に鞭打って。
残された全ての力を振り絞って。
絶叫に近い声で吼えながら。
大きく振りかぶった剣を、香里を狙っていた腕の関節部目掛けて振り下ろした。
それは、今までの彼のどの攻撃よりも、鋭く、速いもの。
『ゴァッ!』
轟く激しい破砕音。
無機質なゴーレムの悲鳴。
それらの織り成す不協和音と共に、なんとゴーレムの腕が、肘から斬り飛ばされた。
宙を舞う肘から先の部分。
砕け散り、辺りにばらばらと散らばる関節部の岩石。
苦悶を表しているかのように反り返るゴーレムの体。
信じられない、という表情でそれを見ている香里と詩子。
目を大きく見開いて、ただ呆然と目の前の光景に見入っている。
いくら関節部と言っても、極めて強固な岩石でできているはずなのに。
それなのに、今、二人の目の前を回転しながら飛んでいるのは、紛れもなくゴーレムの片腕。
信じられなくとも、これは現実……絶対の真実。
だが同時に、その代償があることもまた、現実。
「っ! 相沢君! 危ないッ!」
響く香里の声に、悲痛の色が混じる。
彼女の視線の先には、今の一撃の反動で、力なく揺れている祐一の体があった。
今の一撃で力を使い果たしたのか、放っておけば倒れてしまいそうな体。
だが、その香里の声が祐一の耳に届くよりも先に、ゴーレムは既に動きを開始していた。
「祐一ィッ!」
その瞬間、詩子の口から甲高い悲鳴が上がる。
大きく見開かれた目。
悲痛に歪む表情。
二人の視線の先で、ゴーレムのもう片方の拳が、凄まじい速度でもって振り抜かれた。
それが祐一の体を打ちつける瞬間が、二人の目に焼き付けられる。
鈍く響いた打撃音。
まるで何かが砕けるような嫌な音。
宙を舞う祐一の体。
時の流れが緩慢になる感覚。
見開いた目をそのままに、まるで人形のように飛んでいく祐一の体を、ただ視線で追うことしかできない香里と詩子。
長い一瞬の後、どさり、という小さな音と共に、祐一の体が力なく大地に転がる。
それを認識した時、二人の瞳は大きく揺れた。
後書き
終わんなかったなぁ……ま、いいか(オイ)
ども、GaNでっす。
祐一くん、またまたピンチ。
何というか、自滅に近いように見えますが……まぁ、それはひとまずおいといて(オイ)
とにかくゴーレムはかなり強いんだ、ということです、うん。
それこそ、虎穴に入らずんば〜って感じで戦わなきゃいけなかったのですよ。
これからどうなるのか、とかは次回に持ち越しで。
や、それにしても結構長いね、この話。
よもや美坂姉妹編でここまでいくとは思わなかったです。
あぁ、なんて行き当たりばったり(爆)
このままだと、30ページ目くらいまで行っちゃうんじゃないかな(笑)
色々な事情のため更新速度は落ちますけど、続きを書いていく気は満々ですので、気長にお待ち頂けると嬉しいです、はい。
書きたいんですけどねー……ままなりませんね、世の中(オイ)
ではではっ。