「ん〜……かなり鬱陶しいな、これは」
鬱蒼と茂る植物群を、掻き分け掻き分け進む祐一。
ガサガサという音に重なって、彼のぼやきが聞こえてくる。
一番先頭を歩いているので、障害物を排除するのは彼の仕事なのだ。
たかが植物と侮るなかれ。
歩く道の全てを覆うようにして生えている植物を、片っ端から掻き分けていかなければならないのである。
それはぼやきも口をつこうというもの。
「ふぃ〜……でもホントすごいよね、この森」
「はい……奥に行けば行くほど、どんどん植物の量が増えてるんじゃないでしょうか?」
「そうね。これも最深部にある大樹の影響なのかしら?」
そんな悪戦苦闘している祐一の後に続く女性陣。
祐一に比べれば、まだ余裕もあるためか、口々に森についての考察を述べていたりする。
汗をかいてたり息が微かに上がってたりするところから見て、疲れてないわけじゃなさそうだけど。
それでも立ち止まるわけにもいかないのだから、ここは我慢しかないだろう。
けれどまぁ、文句を言いたくなるのも当然かもしれない。
何せもう、進めば進むほど、どんどん植物の質も量も増えてきているのだから。
その結果、先頭を歩く祐一の仕事の量は増えてくることになる。
昨日まではほとんど必要がなかったことなのに、今日は違う。
自分の背丈ほどもある植物なんかが、道行く先に延々と立ちはだかっているのだ。
故に、あるいは掻き分けながら、あるいは蹴倒しながら、あるいは切り払いながら。
祐一達は、進む道を切り開かなければならない。
はっきり言って、魔物を退治するよりも大変な道中だったりする。
「あ〜、くそ。これで魔物が出てきたら手に負えねーぞ、しかし」
乱暴に植物を蹴倒しながらの祐一の愚痴。
そしてそれは、全員に共通する心配事。
「そだね、かなり戦闘しにくい地形だし」
「こんなところで炎の魔術を使ったりしたら、森林火災になりかねませんよ」
「それは勘弁願いたいわね」
三人が言うように、とにかく戦いにくい場所なのだ、ここは。
足に絡みつくような植物達のせいで、動きは間違いなく制限される。
それに加えて、炎を使いにくい状況。
湿度の高さを考えると、杞憂に終わる可能性もあるけれど、火災になる可能性もまたあるのだ。
とすれば、詩子は下手に魔術を使えない。
そして、茜の魔力は温存したい。
よって、基本的に戦えるのは、動きに制限を加えられている祐一&香里だけ。
ちょっと不安になってくるのも無理からぬところ。
「でもさー……」
「ん? なぁに?」
独り言にも聞こえるような祐一の呟きに反応したのは詩子。
喋るのしんどいだろうに、わざわざ話し始めた祐一に対し、軽く小首を傾げてみせる。
祐一は、両手を動かしながら、続きを口にする。
「そうやってさー、出てきてほしくないなー、とか考えてる時に限って……」
「ストップ! 余計なこと言ったらダメだよ。よく言うでしょ? 噂をすれば……」
と、詩子が言葉を言い切る前に、明らかに自分達とは違う存在の手が茂みを掻き分ける音が聞こえてきた。
音はどんどん近くなってきている……まさしく一直線に接近中。
遭遇はまずもって避けられない。
ため息をついたのは茜と香里。
やっぱりな、という顔をしつつ剣を構えるのは祐一。
後で文句言ってやるんだから、という顔をしながら後ろに下がるのは詩子。
厄介なことに、彼らはトラブルに好かれているらしい。
嫌なラブコールもあったもんだ……当事者からすれば、そう思わずにはいられないだろうけど。
のんびりお気楽夢紀行
24ページ目 やっと着いた大樹の前で
『ギャオォッ』
茂みから飛び出したのは、キラーエイプが二体。
本人達は不意打ちのつもりかもしれないけど、あんなに大きな音を出してちゃ意味がない。
攻撃に参加できない茜と詩子は、既に後ろに下がっていた。
前衛に祐一&香里。
後衛に茜で、中衛に詩子。
詩子は、あくまでもアシストに徹するつもりらしい。
できる限り魔術は使わずに。
暗黙の了解と言うヤツだ。
とにもかくにも、陣形は万全なのである。
「ほらよっ!」
祐一は、茂みを掻き分けていきなり眼前に現れたキラーエイプにも焦ることはなく、冷静に剣で鼻先を斬りつける。
それはかすり傷程度の傷ではあるが、敏感な部分だったこともあり、キラーエイプが痛みに顔をしかめ、一瞬立ち止まる。
その隙に、香里が横合いから、未だ木にかけられている手に、鋭い斬撃を見舞う。
瞬間的にそこに走る一条の赤い線。
遅れて小さく噴き出す赤い血潮。
『グガァッ!』
さすがにダメージは小さくなかったのか、悲鳴を上げて後ずさるキラーエイプ。
そんな仲間の様子に注意を払うでもなく、遅れてきたもう一体が、祐一に向かって腕を振り上げる。
キラーエイプの攻撃力は、人間のそれとは比較にならないほど高い。
一瞬逃げようと考えるが、足に絡みつく植物のために、俊敏な動作は不可能と判断。
下手に動いて転んでしまうよりは、と考えると、その場で動かず、その一撃を受け止めることを決意。
どっしりと腰を低くしながら体勢を整え、グッと腹筋に力をいれ、ギリッと歯を食いしばり、まるでハンマーのようなキラーエイプの豪腕に備える。
剣でしっかりと受け止めるべく、息を吸い込んで呼吸を止めた。
叩きつけるように振り下ろされるキラーエイプの腕。
それからすぐに訪れた衝突の瞬間に、鈍い音が辺りに響く。
空気を震わせる衝撃と、響き渡る重低音。
それが何よりも、威力の高さを物語る。
「……ぐっ……!」
噛み締められた歯の間から漏れる苦悶の声。
歪む祐一の表情。
みしっ……と、どこかから音が聞こえた。
明らかな痛打……刻み込まれた衝撃。
キラーエイプの一撃をまともに受けてしまえば、それも当然だ。
祐一の足は、若干地面にめり込んでしまっている。
それほどの衝撃。
けれど。
『グギャアァァッ』
拳から血を撒き散らしながら喚いているのは、攻撃したキラーエイプ。
何しろ祐一は、剣の刃の部分で攻撃を受け止めたのだ。
一歩間違えば、剣も折れてしまっていたかもしれないが、どっこいそこは特別仕様。
痛みにノイズが走る心の中で、しかししっかりと、鍛冶屋のオヤジに感謝する。
「……香里ッ!」
「わかってるっ!」
祐一も動けないが、それは思わぬ反撃を受けたキラーエイプも同じ。
この隙を見逃してはならない。
祐一の声が聞こえるその直前に、香里は行動を開始していた。
足は使えない。
となれば、取り得る選択肢は限られる。
目をカッと見開き、その一撃に全力を込める。
剣を持った右手を後方に捻るようにして、エネルギーを蓄えたのも一瞬。
その場を動かずに、腰の回転から繰り出された香里の峻烈な突きの一撃が、悶えるキラーエイプの喉元を、的確にえぐる。
鈍い音を残し、刃がその喉に吸い込まれ、反対側から突き出される。
容赦も手加減も一切ない、強烈な一撃。
キラーエイプは、悲鳴さえも上げられずに、その命を手放した。
まずは一体撃破。
けれど、それに安堵する暇もなく。
『ガァァッ!』
先ほどまで呻いていたもう一体が、横合いから香里に拳を繰り出してくる。
深く突き刺さった状態の刃は、すぐに引き抜けるものではない。
といって、攻撃直後の状態では、回避行動もとれない。
香里には、この攻撃を防ぐ手段はない。
すわ一大事かと思われたものの。
「なめんなっ!」
さっきまで衝撃で動けなかった祐一が、低い姿勢で香里の前に飛び出すと、襲ってきた腕を、横合いからぶった斬る。
腕を斬り飛ばされては、キラーエイプもそれは耐えられるわけがない。
甲高い悲鳴が上がる。
香里が隙だらけだったために、キラーエイプの注意が、逆に散漫になったことにより成立した攻撃。
実に運がいい。
宙を舞うキラーエイプの片腕。
傷口を抑えて悶えるキラーエイプ。
「くっ……!」
絶好の攻撃機会なのに、しかし祐一は動けなかった。
先の攻撃を受け止めたことによって体に刻まれたダメージが収まらぬうちに次の行動を起こしたため、体の各部が悲鳴を上げているのだ。
受け止めた両腕も、クッションもこなした両脚も、しばらく動いてくれそうにない。
というか、あまりの痛みに、むしろ倒れてしまいそうなくらいだ。
これはムリをした反動。
もう当分は動けそうにない。
「っ……!」
懸命に剣を引き抜こうとする香里。
半分以上が相手に突き刺さっている状態のため、引き抜こうとしても時間と手間がかかる。
このままだと、キラーエイプが立ち直ってしまうかもしれない。
手負いの獣ほど危険なものはないというのに。
そんな危惧を抱いた祐一と香里だったが。
「えいっ!」
後方にいたはずの詩子が、いつの間にか接近していて、大口を開けているキラーエイプのその口内に、炎の弾丸を見舞う。
そこに派手な威力はいらない。
一瞬で焼ける粘膜。
かき消される悲鳴。
そして。
「ー……たぁっ!」
どうにか剣を引き抜いた香里が、その剣を構え、動きを止めているキラーエイプの喉を狙う。
走ることはできないが、どうにか間合いに入り込み、勢いよく喉元に剣を突き立てる。
噴き出す鮮血。
けれどしかし油断せず、その突き刺した剣をそのまま横薙ぎの攻撃にシフト。
喉がぱっくり斬り裂かれ、さらに勢いよく血が噴き出した。
そして、さすがにこれには耐えられず、キラーエイプは静かにその巨体を大地に沈めた。
「ふぅ、助かったよ、茜」
キラーエイプを撃退してからしばらく。
茜の魔術で治療してもらった祐一が、笑顔で感謝の言葉を紡ぐ。
こちらはほっとした表情だったんだけど。
「精一杯とは言いましたけど、何もあんなムチャをしなくても……」
どこかもどかしげな茜の表情。
祐一を見る目は、非難をしているわけではないにしても、やっぱりどこか不満げで。
昨日茜と詩子に言われたとおり、祐一は自分の精一杯をやってはいる。
やってはいるが、いささかムチャが過ぎる。
調べてみると、しっかりと骨までダメージが浸透していた。
そりゃあ当然だろう。
キラーエイプのあの丸太のような腕から繰り出された一撃をまともに受け止めたのだから。
むしろ、よく生きていた、とさえ言ってしまいたくなる。
茜にしてみれば、気が気でないのだろう。
仲間のために頑張ってるのはわかるけど、自分の体のことも考えてほしいのだ。
もうちょっとこう、慎重にというか、安全にというか……どうにもこうにもじれったい。
けれどまぁ。
「大丈夫だって。ちゃんと受け止められるって思ってたし、あの状況だと、下手に動く方が危険だったからさ」
祐一は、あくまでも最良の判断を下したんだ、と言う。
加えて、ちゃんと茜に治してもらえるし、と続けられては、茜にしてもそれ以上の追求はしにくくなる。
はぁ、とため息一つ。
「……まぁ、いいんじゃない? とりあえず、考えなしにやったわけじゃなさそうだし」
そこで詩子が、苦笑しながら、茜の肩に手をやりつつ、そんなことを言う。
その顔に浮かんでいたのは、仕方ないなぁって感じの表情にも見えたけれど。
不満があるのは否定しないらしい。
それでも、祐一はそういう人なんだ、とよく理解しているのだから、説得は諦めるべきだろう。
苦笑交じりの詩子の表情を目にして、茜もつられて小さく笑う。
「それじゃ、行きましょうか」
話が終わるのを待っていたのか、そこで香里が祐一達を促す。
あんまりのんびりしていたら、また魔物に出くわしてしまうかもしれないから。
もちろん三人がそれに異を唱えるわけもなく、揃って小さく頷いた。
そして、また祐一を先頭に歩き始める。
「あ〜……鬱陶しいなぁ、もう」
「がんばれがんばれ♪」
「頑張ってくださいね、祐一」
「ご苦労様」
再び文句が口をつく祐一と、ちょっと楽しげにエールを送る三人。
魔物退治に進路の確保……仕事は多いし大変だ。
それでも、こんなところでへこたれるわけにはいきません。
ゆっくりと、でも確実に、四人は最深部へと一直線。
「そろそろだな……」
ざっざっ、と音を響かせて歩きながらの祐一の言葉。
ある地点を境に、これまでとは逆に、最深部が近づくにつれて鬱陶しい植物の数が減ってきたため、彼の仕事はなくなっていた。
仕事がなくなるということはすなわち楽になるはずなのに、逆に祐一の表情は硬くなっていた。
まるで、この先に待つ何かの威圧感に圧されているかのように。
「うん。何か、すごく静か」
「はい……どこか神聖ささえ感じられますね」
ちょっと緊張気味の茜と詩子。
その表情はやっぱりどこか硬く見えて。
二人の言葉どおり、進んでいくほどに、空間を満たす何かの密度が増していっているような、そんな感覚があった。
一片の淀みもない澄んだ空気。
植物の息吹さえ聞こえてきそうなほどの静寂。
それこそ、神様でもいるのかと思えるような荘厳な空間。
いつからか、魔物も姿を見せなくなっていた。
故に、ただ歩くだけ。
祐一達がすることは、できることは、歩くことだけ。
四人が歩く音以外に雑音もないため、余計に五感が冴えてくる。
その冴えてくる五感がまた、何かの脅威を敏感に感じ取る。
気を抜けば、空間の持つ威圧感に飲み込まれそうな気さえする。
ちりちりと肌を焼くような、あるいは心を冷却されるような、そんな不安。
「もうすぐ……なのね」
そして、三人以上に緊張している様子の香里。
彼女の双肩には、栞や両親の期待と夢もかかっているのだ。
少なくとも香里自身は、自分がそれを背負っている、と考えていた。
それ故に、緊張してしまう。
この先には、長い間自分達を苦しめてきたものを排除できる、そんな希望があるのだから。
震える声には、期待と不安が入り混じっていた。
表情が硬い。
歩様も硬い。
足を進めるごとに、空気が重くなるような、精神が研ぎ澄まされるような、そんな感覚があった。
森が、自分達の侵入を、無言で拒否しているような、そんな錯覚もあった。
それでも四人は止まらない。
一歩ずつでも確実に、足を先へと動かしていく。
そして……
突然視界が開けた。
一切の無音、完全なる静寂。
明らかに今までとは異なる空間。
まさに別世界。
思わず四人も、その入り口とでもいうべき地点で足を止めてしまう。
そして、四人並んで無言のまま、しばし目の前の風景に見とれていた。
長い長い森林探索の果てに、ようやくたどり着いた目的地。
鬱蒼と茂っていた木々を抜けた先に、ぽっかりと開いた広場。
そこは、まるで楽園。
まず目に飛び込んできたのは、とてつもなく大きな木。
樹齢数千年と言うのも、あながち誇張じゃなさそうだ。
あまりにも雄大で、どこか美しく。
それは神秘的な存在。
そんな大樹の上からは、柔らかな陽光が射しこみ、明るさと暖かさを広場に与えている。
木漏れ日ではあっても、それはこれまでと違い、確かな光となって、場を照らし出していた。
広場の地面を覆うのは、柔らかな緑。
地肌の黄色と相まって、それだけで美しさを醸し出している。
そして、広場の中ほどに位置する、不純物が一切ないだろう深い色合いの泉が、そんな緑と黄の織り成す景色に、静かに青を添える。
そんな絵に差し込んでくる光は橙。
ここには、あらゆる色があった。
そのそれぞれが溶け合い、混じり合い、幻想的な七色を実現する。
自然が創り出す壮大な芸術。
人の手には余る、どこまでも偉大な情景。
それは、芸術家でなくとも心を奪われる景色。
言葉も出ない。
祐一達は、どうしようもなく心をつかまれた。
しばし四人は、呼吸さえも忘れたかのように、微動だにせず、目を見開いて、ただその世界に見入っていた。
動くことすら、否、瞬きすることすら、今この場においては許されないことだ、と思っているかのように。
身動きすることもなく、思考も停止したまま、ただただ、その風景を目に焼きつける。
決して忘れまいとばかりに、深く心に刻みつける。
もし何事もなければ、祐一達はそのままずっとそれを見続けていたかもしれない。
けれど、祐一達に芸術鑑賞は許されないらしい。
幸いというか何というか、祐一達が動きを取り戻すためのきっかけとなる事態が、起こってしまうのだから。
後書き
さ〜て、ラストイベントだー……というところで次回に続く。
お約束だなぁ、とか言わないでくださると嬉しいところです。
ども、GaNです、ごきげんよう。
やれやれ、長かった森林探索編も、ようやくクライマックスの時が近づいてきましたね。
16ページ目からだから……10ページ以上かー。
長いなぁ、しかし。
美坂姉妹編で考えたら、11ページ目から、多分まだ数話続くでしょうから、20ページ近く……わぉ(爆)
のんびり進めすぎ? いやいや、これくらいで丁度いいんですって。
じっくりと、のんびりと。
決して焦りませんよ、うん。
まぁ、物語そのもののクライマックスというか完結は既に決まってますので、あとはいかに新しいイベントを考えられるか、にかかってますね。
美坂姉妹編が終わったら、次どうしようかな?
誰を出そう? 何をしよう? う〜ん……まぁ、終わってから決めればいいかっ(爆)
じゃあ今回はこの辺で。
それでは、次回にまたお会いしましょう。