祐一と香里が落下してきた地下の都市跡に、なぜだか4人の人影が。


「腹へった……」

「お腹すいた〜……」

「……」

「もうちょっとよ」


空腹を訴える2人と、無言の1人と、苦笑気味の1人。

そう……時刻も夜に近くなっていたため、きっと外より安全だろうこの場所で夜を明かそう、ということになったわけだ。

そして今は夕食の準備の真っ最中。

担当はもちろん香里。

その調理技術の高さは既に証明済みだからか、待つ3人はどこか楽しそうで。





あの後、祐一は“今後魔力を頼みにしないこと”という約束をさせられることに。

祐一からすれば、あるはずの力をないものと思うことに不満がないわけじゃなかったけれど、茜と詩子にしてみれば、これも当然。


『背伸びはしないでいいから、今自分にできる精一杯をしてほしい』


こんなことを言われた以上、祐一もしっかり受け止めざるを得ないだろう。

浩平にも言われていた……焦るな、と。

少し使えたからといって、ちょっと調子にのりすぎた、とも言える。

決して、祐一はその魔力に目覚めたわけじゃないのだ。

結局、根本的な謎を解かなければならない、ということなのだろう。


“どうして、祐一が魔力を継承したのか?”

“その魔力は、元々誰のものだったのか?”


この謎が解けないことには、きっと魔力は使えない。

しばらく話し合ってから、そんな結論に達しました。





そんなこんなで時間も過ぎて、夕食時になったのだ。

何はともあれ腹ごしらえ。

そうと決まれば話は早い。


「「「いただきます」」」

「はい、召し上がれ」


唱和する声にテンポ良く返ってくる声。

香里もどうやら染められたようで。

とりあえず、笑顔が4つ、これでよし。















のんびりお気楽夢紀行


23ページ目  気を取り直して、いざ進め















「くー……」


食後しばらく、何とはなしに談笑してたのだが、ふと気付けば、聞こえてくる寝息が1つ。

ちらと視線をそちらに向けると、いつの間にやら寝転がっている祐一。

心身ともにお疲れなのだろう。

その無防備な寝姿に、くす……と笑いが零れる。


「……大分疲れてるみたいね」

「無理もありません」

「祐一、いっつも自分で何とかしようとするからね〜」


香里の言葉を耳にして、疲れたようなため息を零すのは、茜と詩子。

3人の視線の先で、祐一は、そんなことなど露ほども知らず、完全に熟睡状態。


「……そうね。そのおかげで、あたしは助かったんだし」


香里が、そっと微笑む。

祐一を見つめる視線は、どこまでも優しくて、その表情は、どこか嬉しそうで。


「香里、まさか……」

「ダメだよ? 祐一は私達のものなんだから。絶対にあげないよ」


茜と詩子の言葉には、ちょっぴりの笑いと、ちょっぴりの不安が込められていて。

それを目にした香里は、一瞬きょとんとした顔を見せたけれど、すぐにそれは微笑みに変わる。


「ふふ……心配しないでもいいわよ。今のあたしは、栞の夢を叶えてあげることが最優先なんだから」


優しげな眼差し。

祐一、茜、詩子の3人に羨望を覚えたのは確かだけれど、彼女の中での最優先事項はもちろん栞なのだ。

3人の間に割り込むような無粋なマネなんて、する気にはならない。



少しの間、見つめ合う3人。

それから、揃って軽く笑う。

寝ている祐一を起こさないように声を殺しながら。

けれど、少しだけ声を零しながら。

3人で楽しそうに。

しばらくの間、笑っていた。





「それじゃ、テントの用意しなくちゃ」


それから少しして、詩子がそんな言葉で場を締める。

1つ頷く茜と香里。

3人とも、森の行軍でかなり疲れている。

寝ないと明日が大変だ。

いそいそとテントの準備をしながら、茜が香里に一声かける。


「じゃあ、祐一のテントは香里が使ってくださいね」

「えぇ、それはありがたいけど……相沢君はどうするの?」


こんな状態の彼を放っておくのは忍びない。

確かにここには魔物はいない。

けれど、寝ている間に来る可能性がないとは言えないだろう。

疲れ果てて熟睡している彼をこのまま放置するというのは、危険以外の何物でもない。

かと言って、熟睡しているのをいきなり起こすのもかわいそうだ。

さてさて一体どうすれば?





「大丈夫です」

「うんうん、心配ないよ」


茜と詩子は笑顔で答える。

少し首を傾げる香里。

放置しておくつもりなの?

そんなことを思ったけれど。


「私達のテントがあります」

「そ。ちょっと狭いけど、十分寝られるから」


寝ている祐一をテントに運んで、一緒に寝れば問題なし。

そんな意味の2人の言葉。

一瞬ぽかんとしたけれど、香里も笑って。


「そうね、それがいいんじゃない?」


なんてことを。

もし彼が起きていたら、きっと真っ赤になりながら否定してただろうな、と。

そんなことを考えもしたけれど。

ともあれ。





「それじゃ、お休み」

「お休みなさい」

「えぇ、お休みなさい」


祐一をテントに転がして、茜と詩子が笑顔でお休みの言葉。

香里も笑顔でお休みの言葉。

それから互いにテントに入る。

明日のためにも、今は休もう。

それでは皆様また明日。




















「っ!」


次の日の早朝。

とは言っても、地下だから日の光も指さず、光るものと言えば発光ゴケしかないため、朝でも夜でも大して明るさは変わらないのだが。

ともあれ、一応早朝にあたる時間に、押し殺した悲鳴が、けれど少しだけ漏れて、静寂の空間に広がった。

幸いと言うか何と言うか、それで誰かが目覚めたわけではないけれど。


「な……な……な……」


2つ並んだテントの1つから、明らかに混乱しているとわかる声が、断続的に漏れていた。

そこにゆっくりと歩み寄る1人の影。


「おはよう、相沢君」


しゃっ、とテントの扉を開けて、とびっきりの笑顔で、香里が祐一に朝の挨拶をする。

どうやら既に起きていたらしい。

変な声を耳にして、こうしてテントに顔を出したのだろう。

その表情は、どこかいたずらが成功した子供のような無邪気さを伴っていたが、混乱中の祐一がそんなことに気付けるはずもなく。


「なっ……何で、こんな、っていうか、どうして……」

「あら? ホントに仲がいいのね」


混乱しながら、首だけ動かして、右を見たり左を見たり上を見たりしている祐一。

せわしく首を動かしている様子を見て、くすくすと笑いながら、茶化すように話す香里。


「え? あれ? えっと……って、香里?!」


そこでようやく自分の状態がはっきりわかったのか、祐一がびっくりした顔で香里の名前を呼ぶ。

どうやら香里がいることにも気付いていなかったらしい。


「えぇ、おはよう、相沢君」


改めて香里が挨拶。

からかうような表情をしていたけれど、祐一はそれに気付かない。


「あ、あぁ、おはよう……じゃなくて! えっと、これは、あのさ、だから、その、俺にも何がなんだかわからなくて……」


しどろもどろの祐一。

まぁ、それも無理はない。

今現在の彼の状態は……


「両手に花、なんていい身分じゃない」


本当に楽しそうな香里の表情。

笑いを堪えきれない、といった感じだ。





そう……今の祐一は、まさに“両手に花”状態。

右腕には茜が。

左腕には詩子が。

それぞれしがみつくようにして、くっついてるのだ。

それはまるで、絶対に離さない、と主張しているかのように、べったりと。

誰にも渡さない、と主張しているかのように、しっかりと。



なもので、祐一は大混乱。

右を見れば茜の寝顔。

左を見れば詩子の寝顔。

そりゃ2人の寝顔を見たのは初めてじゃないけれど、こんな超至近距離で見ることなんてなかった。

だからこそ、これだけ混乱しているのだ。



両腕にかかる、温かさと柔らかさと重さが。

首にかかる、2人の吐息が。

ほのかに漂う、甘い香りが。

祐一の思考から余裕を奪う。



視覚も、聴覚も、嗅覚も、触覚も。

その全てが、2人に支配される。

そんな状態だったわけだ。



なもので、香里に声をかけられるまで、祐一は混乱の極み。

声をかけられてからは、狼狽の極み。

昨日のことなんて覚えていない。

気が付けば眠っていたのだから。





「ふふ……昨日のこと、覚えてないの?」


それを見透かしたような、少しばかり意地悪な質問。

解釈次第ではどうとでも取れる質問。

そんな質問を笑顔でするものだから。


「え? え? え? ちょ、ちょっと待ってくれよ、俺、何かしたのか? な、なぁ? 香里?」


狼狽がさらにグレードアップ。

見てて面白いくらいに慌てふためく祐一。

それを目にして、とうとう声を上げて笑いだす香里。

どうにも不思議な光景が展開されていた。


「ごめんごめん、あなた昨日相当疲れてたから、いきなり寝ちゃっただけよ。で、そのまま地べたに寝かせとくわけにもいかないから、2人のテントに運んだってわけ」


くすくすとまだ笑い声を零しながら、香里が祐一に説明してくれた。

さすがに、ちょっとからかい過ぎたと思っているのかもしれない。

ともあれ、それを聞いて祐一もようやく一安心。

何が一安心なのかは置いといて。


「にしても……」

「ん……」


と、何かを話そうとした祐一を遮るかのように、詩子がゆっくりと目を開ける。

瞬間そっちを見る祐一。

寝ぼけ眼の詩子。

2人の目と目がしっかりと合う。

一瞬の静寂。


「……おはよ、祐一」

「お、おう、おはよう、詩子」


それから、文字通り目が覚めるようなきれいな笑顔で、朝の挨拶を口にする詩子。

そんな詩子に、ちょっとどもりながら挨拶を返す祐一。

朝日を受けたわけでもないのに、頬に赤みが差している。


「と、とりあえず、茜を起こそうぜ」


それを自覚しているのか、少し慌てた様子でそんなことを言う祐一。

言外に、離してくれという意味をこ込めたのだけど。


「ん〜……」


少しいたずらっぽい笑みを浮かべると、再び腕の力を強くする詩子。

いたずら心に火がついた、という感じ。

当然、それは祐一をますます慌てさせることになってしまう。


「わ、おい、起きろって、いや、もうマジで!」


香里は楽しそうにそんな2人の様子を見やり、詩子は詩子で楽しそうに祐一にじゃれついている。

何となくのんびりとした朝の光景。

洞窟内だから、明るさはあまりないけれど、でも、ここだけはすごく明るいような、そんな気がした。


「じゃ、あたしは朝食の準備をしてるわね。どうぞごゆっくり」

「あ! おい、ちょっと……」

「うん、よろしくね〜♪」


楽しそうな笑顔そのままにテントを離れていく香里。

それを見て、思わず声をかける祐一。

祐一の腕にしがみついたまま、笑顔で見送る詩子。

同じく祐一にしがみついたまま、まだ眠り続けている茜。

平和は平和なんだけど、どこか騒がしい光景が、それからもしばらく展開されていた。










「美味しいです……」

「うんうん、美味しいね〜、やっぱり」

「あら、ありがと」


そして朝食時、楽しそうな笑顔そのままの女性陣に対し……


「……だな」


どこか遠くを見ているような祐一。

結局、あれから茜を起こして2人から離れるまでに、結構どたばたしてたのだ。

それは多少なりとも疲れてしまうのも無理はないだろう。

と言っても、別にイヤだったなんてわけがない。

祐一だって男の子。

2人にそうやって慕われて、嬉しくないわけがないのだ。

色々な意味で。


「どうしたの?」


香里が聞く……やっぱり楽しそうな笑顔で。

あるいは祐一の内心を読み取っていたのかもしれないけれど。


「ん? いや、なんでもないよ」


祐一も笑顔で返す……昨日のことはどうにか思考の果てに追いやることができたらしい。

まぁ、今朝の出来事がそれだけ大きな衝撃を与えたということか。

その意味では、茜と詩子の行動は、最良の結果をもたらした、と言える。

考えてやったことではないだろうけれど。

ともあれ。


「おかわり、いいか? 香里」


この笑顔を取り戻したのは、間違いなく茜と詩子。

それが微笑ましくて、やっぱり少し嬉しくて。


「えぇ、いいわよ」


香里もまた、笑顔で答えた。

そんな朝食。

4人の風景。

いつも通りの騒がしさを取り戻し、楽しい時間は過ぎていった。










「さて、行くか!」

「おーっ」

「はい」

「えぇ」


祐一の号令に、それぞれが了解を返す。

既にテントは片付けている。

食後の休憩もバッチリ。

準備は完了。


「今日こそ大樹にたどり着かないとね」

「だな」

「はい」

「そうね」


全員で改めて目標の確認。

予想外の出来事に時間をとられたけれど、とにかくまた、ここからだ。

何はともあれ、みんなこうして無事だったんだから。

改めてここからが、冒険の第2ラウンドだ。

仕切り直してがんばろう。

4人はそれぞれ気合を入れて、洞窟を脱出すべく、茜と詩子が昨日やって来た道を戻る。

道中、テラーバットの話を茜と詩子に聞いていたから、雑談することはありません。

慎重に、慎重に。

幸い1度も戦闘はなく、4人は出口へご到着。





「ん〜……久しぶりの太陽だな」


伸びをしながら祐一が言う。

洞穴から入ってきた茜&詩子と違って、祐一はこの出入り口のことは知らなかったから、見上げた空から零れる陽光に、少しだけ驚いたわけだ。


「ホントね……」


同じく久しぶりの日の光を見て、眩しそうに目を細める香里。

しみじみと、短い言葉を口にする。


「さて、改めて大樹を目指すわけですけど……」

「方角は北でいいんだよね?」

「はい」

「距離はどのくらいかな、と」


感動に浸る祐一&香里を置いといて、茜と詩子は地図とにらめっこ。

一応この洞窟に来る際に、距離や方位を確かめておいたので、どう行けば大樹に辿りつくかはわかる。

そんなことを相談している2人。

やがて、祐一&香里も地上の空気を堪能し終えたのか、2人のそばに歩み寄ってくる。





「それじゃ、行こうぜ!」

「うん!」

「はい」

「えぇ」


改めて気合を入れて、再び森の奥へと歩き出す。

さぁ、寄り道したけど、どうにか戻ってこれました。

いざ仕切り直し。

目指すは森林最深部。

何が待つのかわからなくても、4人の足は止まらない。

さぁ行け、いざ行け4人とも。

夢に向かって一直線だ。


















後書き



うぃ、どうにかこうにか帰ってこれました、いやもういろんな意味で。

ども、GaNです、ごきげんよう。



1話でいきなりのんびり風味。

変わり身早すぎかもしれませんが、これもまぁ茜と詩子の作戦(?)通りということで。

ショックは、より大きいショックでかき消してしまえ、と。

強引ですけど、まぁ、こんなのもアリかな〜なんて。

え〜……どうかご容赦を。



さてさて、そんなこんなでどうにか地上にご帰還。

18ページ目から23ページ目まで、実質6ページ分を地下で使ったのか……

まぁ、一筋縄ではいかないのがダンジョンですから。

前回の浩平チームとの合同探索の何倍かかってるんだよって感じはしないでもないですけどね。

でもまぁ、一応必要イベントでもありましたし。

とりあえず、もう少しお付き合いくだされば嬉しいところです。



では、今回はこの辺で。

また次回にお会いしましょう。





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