――オオオオォォォォ……――



耳障りな音と同時に、ぶわぁっと風が巻き起こる。

一気呵成に斬りかかろうとした祐一&香里は、瞬時に危険を察知し、攻撃を断念。

2人はそれぞれ左右に別れて、その場を飛び離れる。

そして、その直後。


「くっ……!」

「なっ……!」


2人が避けたところを、黒い霧状の何かが通り抜ける。

間一髪というところだ。

見れば、目の前にいるゴーストの右側面の真ん中あたりから、それは伸びていた。

どうやらこれは、このゴーストの腕にあたる部分らしい。

不定形だからはっきりとは言えないけれど。

ともあれ、この攻撃をくらえばどうなるのか、はっきりとはわからなくても、かなり危険なものであることは間違いなさそうだ。


「くっそ……反則だろ、コレ」

「遠距離攻撃ありで、魔術も使えるはず……迂闊に近づけないわね」


思わず知らず、2人の口から愚痴が零れる。

伸びていた腕は、祐一&香里が体勢を立て直したときには、もう元に戻っていた。

相変わらず本体はふよふよと漂っており、それがどうにも腹立たしい。

何だかバカにされてる気分。



しかししかし。

今現在の2人の状況は、やはりと言うか、かなりヤバい。



相手は腕を伸ばしてくるし、魔術だって使ってくるだろう。

いや、腕どころか、どこが伸びるかわからないのだ。

このゴーストには、はっきりと決まった形なんてないだろうから。

下手に接近すれば、回避もままならない。

だからと言って、受け止めたり防御したりという選択肢は、精神に干渉してくる可能性を考えなければならないのでアウト。

結局取り得る行動は、避けることのみ。

んで、避けることを最優先に考えるならば、そうそう近づくこともできない。

けれど、近づかなければ、攻撃できない。

2人とも剣士なのだから、遠距離攻撃なんて持ってるはずもないのだ。



近づいたらやられる。

でも近づかなきゃやれない。



ジレンマというよりも、もうぶっちゃけ八方塞がりに近い。

相当に危険な状況。

さて、どうしたものだろう。


「ダメ元で特攻ってのはヤバいよな」

「当然ね。オーソドックスにいくなら、片方が相手の気を引いて、もう片方が隙を見つけて斬り込む。これしかないわ」

「どっちも危険だぞ?」

「承知の上よ」

「……っし、香里の方がスピードあるからな。俺がアレを引き付ける。何とか隙を見つけてくれ。くれぐれもムチャすんなよ」

「えぇ、あなたもね」


一瞬だけ視線を交わし合うと、再びふよふよと漂う眼前のヤツに目を向ける。

ゴーストはというと、今のうちに攻撃もできただろうに、ただゆらゆらと漂っていただけ。

……やっぱりバカにされてる気がする。


「……頼むぞ、香里!」

「気をつけて!」


ゴーストを睨みつけながら、祐一がその場を勢いよく飛び出す。

香里は、力を溜めて機を待つのみ。

2人の作戦はどう出るか?

吉? それとも……















のんびりお気楽夢紀行


21ページ目  この力、誰の力?















「くそっ!」


ひゅぅっという音を響かせて、黒い霧が祐一に迫る。

間一髪で回避に成功する祐一……表情には、緊張の色がありありと浮かんでいた。

回避して安心する間もなく、体勢を立て直したところを、さらにゴーストが攻撃。

それを祐一がまた回避して、さらにまたゴーストが攻撃して……延々とそれが繰り返される。

祐一は、剣を構えてはいるものの、それは形だけで、実質踏み込むこともできず、防御に徹するほかなかった。

ゆらりゆらりと力なさげに揺れるその闇はしかし、押しても引いてもびくともしないのではないか、と思わせるには十分で。

その闇から伸びて、祐一を屠ろうとするかのように振るわれるそれもまた、十分すぎるくらいに力強くて。



祐一のすぐ横を、あるいはしゃがんだ上を、跳んだ下を。

びゅんびゅんと払われるその闇に、祐一は悪態をつかずにはいられない。

恐怖に負けそうな心を奮い立たせるために、言葉を発さずにはいられない。

闇が傍を駆け抜けるたびに、寿命が縮まっていくような錯覚に襲われてしまう。



祐一の頬を、つーっと汗が流れる。

しかし、背中を流れる冷たいそれに比べれば、気にもならない。

目に、耳に、心に……その闇は、優しくなかった。





「……」


少し離れた位置で力を溜めている香里は、そんな祐一の苦戦の様子を、苦渋の思いで見ていた。

ギリッ……と奥歯を噛み締め。

グッ……と剣の柄を握って。

とにかく、繰り出されるゴーストの攻撃ごとに、香里もまた冷や汗を流さずにはいられない。

ゆらゆらと揺れるその腕は、けれど得も言えぬ恐怖を喚起させる。



ゴーストの攻撃は、その物理的な効果よりもむしろ、精神への攻撃が恐ろしい。

下手に触れると、精神や神経を傷つけられたり、侵害し破壊されることがあるのだ。

ゴーストを構成する、さまざまな生物の怨念が、人の心身には耐えられない、ということだろうか。

もっとも、このゴーストがその攻撃をしてくると決まっているわけではない。

けれど、その可能性がある以上、警戒は最大限にせざるを得ない。



とにかくゴーストの攻撃は、そんな風に危険なのだ。

そんなモノにずっと晒され続けている祐一を、香里が平然と見ていられるはずはない。

回避するたびに、腕がすぐそばを通り抜けるたびに、祐一の神経は、どれほど磨り減らされているだろうか?

相手の注意を引き付けるのが狙いなんだから、ゴーストの攻撃は、当然全て彼が一手に背負っている。

精神的にも、肉体的にも、疲労は著しいはず。

苦悶の色さえ見える彼の表情が、それを何より如実に物語っている。

もう、いつ直撃をくらってもおかしくはない。

そして、直撃したら、その一撃だけでも、彼の命に関わるかもしれないのだ。





「……お願い、何とか……!」


祈るような気持ちで、回避し続けている祐一を見る。

ゴーストは、まるで遊ぶかのように、祐一へと腕を振るい続けていた。

いや、あれは間違いなく祐一で遊んでいるのだろう。

なぜなら……


「くっ……右腕1本で充分ってことかよ……! ナメやがってっ!」

『ヒュィーッ』


どこか、祐一の悪態をからかうかのように、嘲笑うかのように、ゴーストが変な声を上げる。

おそらく顔にあたる部分の、その微妙な揺れ方を見るに、本当に笑っているのかもしれない。

そして、どこか楽しそうに腕を振るう。

それをまたサイドステップでかわす祐一。

祐一の回避行動の後で、ゴーストは、また腕を手元に戻す。

ずっとその繰り返し。





「……バカにして……っ!」


香里もまた、怒りを隠せない。

もう間違いない……コイツは遊んでいる。



さっきからの攻撃だって、今だって、追撃をしようとはしていない。

右腕1本だけで攻撃をし続け、他の部分は動かす気配も見せない。

右腕にしても、ただぶんぶんと振り回すだけで、そこから攻撃を発展させることだってできるだろうに、そんなことをしようともしない。



そして、見れば、攻撃ごとに顔に当たる部分が不自然に揺れている……笑っているのだ、祐一の必死の回避行為を。

人間の怨念も混じっているのか、その行動は、いやらしい知性を感じさせる。

いつでも殺せる、と、そう考えているのだ。

獲物が死ぬまで手元で弄ぶネコのように、祐一で遊んでいるのだろう。





「っ!」


何かをこらえるかのように、強く唇を噛み締める香里。

軽く見られて、遊ばれて……それが悔しくないはずがない。

だが、悔しくても、それが現実なのだ。

今の自分達では、勝ち目が薄いことは明白。

となれば、ゴーストが本気を出さないのも仕方がないかもしれない。



時間の経過とともに、祐一にどんどん疲労が溜まってゆくのがわかる。

動きも、少しずつ切れがなくなっていく。

既に呼吸も荒い。

汗も滴り落ちている。

そして、それがまた、ゴーストを笑いへと導く。





「ちっ!」


一瞬だけ祐一の足がふらつくも、どうにかまた攻撃を回避。

避けたというよりも、まるで倒れかけたように見える祐一の動き。

そんな彼の顔の横スレスレを走り抜ける闇。

危ない危ない……もう、ギリギリだ。

そして、その必死な様を見て、ゴーストがまた笑う。

ゴーストの意識が、祐一にのみ注がれている。

悔しいけれど、でも、狙い通りに事が運んでいる、と言える。

本気も出さず、やる気も見せず、油断し過ぎで隙だらけ。

まさに希望通り。





「はぁっ!」


鋭い声が耳を打つ。

ゴーストの攻撃の直後、祐一が左にステップするのと同時に、静かに死角に隠れていた香里が、一足飛びでゴーストに迫る。

溜めに溜めた力を使っての攻撃……その速度は、祐一のそれよりもずっと速い。

香里の特攻に気付き、ゴーストが慌てて右腕を戻そうとするのがわかる。

だが、それよりも早く。





「たっ!」


香里の剣が、唸りを上げてゴーストに迫る。

トップスピードに入った香里の剣は、祐一よりも確実に速い。

油断していたゴーストに、それを避けられるはずがなかった。

右腕が戻るよりも早く、香里の剣が、その体に吸い込まれる。

闇を切り裂く……剣が、まるですり抜けるかのように、その闇の中を駆け抜けた。

けれど、ノーダメージとはいかない。

物理的に干渉可能な部分を持ち合わせているため、ゴーストと言えど、物理攻撃によるダメージがないわけじゃないのだ。

そして。


「くらえぇっ!」


苦痛でも感じているのか、一瞬動きを止めたゴーストに、畳み掛けるように祐一が剣を振るう。

待ちに待って、ようやく掴んだ攻撃のチャンス……これを見逃すわけにはいかない。

疲れた体に鞭打って、祐一が、大剣を全力でゴーストに叩き込んだ。

後のことなんか考えられない……そんな余裕なんか存在しない。

右からは香里が、左からは祐一が。

双方とも全力で剣を振るった。

時間差を持って闇に吸い込まれる2人の剣。

風を斬るかのような手応えだが、それでも闇が少しずつ散っているのがわかる。

そう、間違いなくダメージを与えているのだ。

そんな様子が、祐一と香里を勇気付ける。


「香里っ! 斬って斬って斬りまくるぞ!」

「もちろんよ!」


2人は剣を止めることなく、再度振りかぶる。

コイツは、今ここで倒してしまわなければならない。

この勢いのまま、押し切ってしまわなければならない。

もし、ここで攻撃の手を緩めてしまえば、もうこんなチャンスが訪れることはないだろう。

もう相手がこちらを軽く見てくれることはないだろう。

だから、力の限りに、剣を振るい続ける。

ただ1つの祈りでもって、ただ1つの希望でもって。

ゴーストはというと、ただされるがまま。

まるで動きをみせようとせず、ただ2人の攻撃を受け続ける。

そして、闇の体積が少しずつ減っていき……





「最後っ!」

「これで終わりよ!」


2人の声と共に振るわれた剣に振り払われて、闇が消え去った。

それを2人が認識すると同時に、一気に疲労が吹き出てくる。

何度斬ったか覚えていない。

何度腕を振るったかも覚えていない。

ただ、疲れた。


「はぁ……はぁ……お、終わったか……っはぁ……」

「ど、どうかしら……」


肩で息をする祐一と香里。

剣を構えたまま、その場で座り込みたくなるのを抑えて、2人はじっと前を見据える。

しかし、場は静寂のまま。

闇は現れない。


「やったか……」

「ふぅ……」


そこで、ようやく息を抜く2人。

お互いの顔を見詰め合い、軽く笑う。


「はぁ〜……」

「これで……」


どうにかこうにか撃退成功、ということで、2人は笑顔だった。

そして、互いの健闘を称え合うために、右手を上げて、ハイタッチすべく向かい合った。




















『ヒューッ……』


そんなどこか不快な音が耳に届いたのは、2人の手が重なる直前だった。

そして、それに驚愕する暇さえなく、衝撃は容赦なく訪れる。


「がっ……!」

「あ、相沢君っ!」


いきなり横手から闇が伸びてきて、祐一のわき腹に突き刺さった……と同時に、一気に吹っ飛ばされる体。

数m宙を飛んだ後、ゴロゴロと床を転がり、壁にぶつかってようやく止まる。

その瞬間に零れ落ちる、苦痛に満ちた祐一の呻き声。

息を抜いていたこと、不意打ちだったこと、著しい疲弊。

そういったものがあったことを抜きにしても、それは強力な一撃。

祐一の体を行動不能にするには十分なほどの一撃。

先程までとは明らかに異なる、本気の一撃。





『スコ……スコ、シ……』


祐一の方に目を奪われていた香里の耳に、そんな不気味な声が届く。

反射的に闇の伸びた方向に目を移すと、そこに見えたのは黒い霧。

先程のゴーストと同じ体積の闇の塊が、香里を睨みつけるようにしている。


『スコ、シ……イタ、イタ……イタ、カッタ……タ、ゾ……』


ゴーストの口と思われる部分が歪にゆがみ、そんな言葉が、無機質な声でもって場に響いた。

それは、恐怖を歓喜させるに足る光景……故に戦慄する香里。

勝利したと思った瞬間に、それを呆気なく崩されたのだ……その衝撃は、戦意を奪うに足るものだろう。

もう彼女には、怒りを感じる余裕もなかった。


「……そんな……」


カラン……と、香里が剣を取り落とした音が静かに響く。

目を見開き、ゴーストが笑っているのを見ることしかできない。

既に体力はなく、また取り得る策もないのだ……自失してしまうのも無理なからぬところ。

けれど、ここでじっとしていればどうなるかなど、想像に容易い。


「ぐ……か、香里……逃げ……ろ……」


はいつくばった状態のまま、祐一は何とか首だけを起こして、香里に呼びかける。

出した声はかすれてしまっていた。

たったそれだけの動作でも、胸が痛い。

そして何より、呼吸が辛い。

まるで胸を槍で貫かれるような激しい痛みが、祐一を間断なく襲う。



おそらく、肋骨が何本も折れているのだろう。

あるいは、内臓だって傷つけているかもしれない。

とてもじゃないけれど、立ち上がることなどできそうもなかった。

激痛が絶え間なく、波打つように体に押し寄せ続ける。

呼吸をするたびに、首を動かすたびに、ギリギリと体を痛めつける。



だけど、それでも言葉をかけずにはいられなかった。

ただ殺されるだけなんて、ただそれを見てるだけなんて、絶対に許せない。

しかし。





「かお……り……っ!」


そんな祐一の必死の叫びさえ、今の彼女には届かない。

もう、届かない……





『コロ、コロシ……コロシ、テヤ、ヤ、ヤル……』


一切の抑揚がなく、けれど、愉悦を感じているだろうとわかるような声が、ゴーストの歪んだ口から発せられる。

それは死の宣告。

もう遊び飽きた、ということ。


「……」


目を見開いたままの香里。

逃げることもできず、取り落とした剣を拾うこともできず、ただ立っているだけ。

そんな様子から、彼女の心を絶望で染め上げたことを察し、ゴーストが悦びを感じたのだろう……1度、大きく身を震わせた。


「かお……りぃっ!」


祐一の叫びにも、香里は一切反応を示すことができない……また、ゴーストが笑った。

闇が深まる……空気が重くなる。

祐一の表情が歪む。





2人が剣で襲いかかった時に、ゴーストが何の反応も示さなかったのは、まさにこの時のためなのだろう。

1度偽りの希望を与え、安堵させた瞬間に、再び奈落の底へ突き落とす……残酷で、悪質で、でも効果的な人間への対処法。

2人は見事に引っ掛かってしまった。

剣では、こいつは、殺せない……





「ち……っく、しょう……」


震える声が、祐一の口から漏れる。

と同時に、その視界が滲んだ。

痛かった……苦しかった……そして、それ以上に、悔しかった。

完全に遊ばれていた。

剣でしか攻撃できないことを見て取ったから、あんな風に戦っていたのだろう。

ただ、絶望に落ちる人間を見るために。



そして、その通り。

もう何もできない。

重傷を負って、地面に這いつくばった今の祐一には、何もできない。

香里が、ゴーストに殺されるのを見ている以外には、何も。










「……っくしょう……魔術さえ、使えたら……っ!」


そう、魔術を使えれば、こんなことにはならなかった。

物理攻撃には滅法強いゴーストだが、魔術攻撃にはそんなに耐性がない。

もし、魔術が使えたら……





『ゲシ……ゲシ、ゲシ……ゲシシシシ、シシ、シシシシ、ゲシシッ……』


不気味な笑い声を上げながら、少しずつ香里に迫るゴースト。

それはまるで焦らすように、煽るように。

それはまさに無言の言葉……何とかできるものならやってみろ、という祐一へのメッセージ。

何もできないことを見越した上での挑発。

目の前にゴーストが近づいているのに、まだ呆然としている香里。

そんな状況が、さらに祐一の心を激しく揺さぶる。





「魔術……魔術……っ!」


と、ここで気付く。

祐一の体に眠る魔力。

香里をキラーエイプから救い、自分と香里を墜落から救った魔力。

もしかしたら……!





「ぐっ……がはっ……」


激痛に呻き声を漏らしつつ、体を起こす。

僅かな動作でも、胸部に剣をねじ込まれたような強烈な苦痛が沸き起こるけれど、それでも祐一は止まらない。

止まってしまったら、香里が殺されるのだ……たとえどれほど苦しくとも、どうして止まることができるだろうか。

奥歯を噛み締め、激痛に耐え、震えながらも、少しずつ腕を持ち上げる。

どうすればいいのかなんてわからない。

何をすればいいのかなんてわからない。

だが、もし本当に、祐一の中に魔力があるのなら。


「……っ! 俺の、中の……魔力っ! 今、だろっ! 目覚めるのは、今だろぉ……っ!」


激痛が全身を苛む。

体はほとんど言うことをきいてくれない。

一言喋るだけでも、信じられないくらいに辛い。

それでも、寝転がって仲間が殺されるのをただ見ているだけの辛さに比べれば、如何程のものだろう。

もう、この自分に眠っているという魔力に望みを託すしかないのだ。

これ以外に、祐一が香里を助ける手段など存在しない。

だからこそ、祐一は止まることなく、必死で体を動かす。

仲間を守りたいという一念でもって、激痛のため失いそうになる意識を保つ。

何とか身を起こし、膝立ちのまま、ゴーストに強い目を向けた。

震える左手をゴーストに向けて、右手の剣を支えにして、体が倒れないようにする。

キラーエイプを倒した時のように、体から魔力が飛び出すことだけを念じて。

全力を振り絞り、ゴーストを睨みつけると同時に。





「……っ! うおおおぉぉぉぉぉっ!」





叫んだ。

吼えた。

力の限り。

想いの限り。















けれど。


「…………で……なんで、何も…………」


呆然としたような、祐一の呟き。

何も起こらない。

何の変化も起きない。

激痛が、沸き起こるだけ。

上げた腕が、震えるだけ。

魔力の欠片さえ、生じない。

あの、キラーエイプを倒したときのような、体から沸き起こる何かの存在なんて、少しも感じられない。

魔力があるはずなのに、それは姿を見せてくれる気配すら見せない。



霞む祐一の視界の先で、ゴーストの目の部分が、ゆらりと揺れた。

ゴーストの口の部分もまた、静かに揺れた。

それはまるで、祐一を嘲笑うかのように。

愚かだな、と見下しているかのように。



祐一の頭がそれを理解した時、ひどく苦い感情が、一瞬のうちに彼の心に沸き起こってきた。

激情となったそれは、心を吹き荒れ、そして言葉となって外へと溢れる。





「なんで……なんで、なんだよ……っ! 俺の、力なんだろ……俺の、魔力、なんだろがぁっ! なんで……なんでっ!」


血を吐くような祐一の叫び声が、静寂の中に吸い込まれてゆく。

溢れ出す感情のままに、激痛さえも忘れて、ただ叫ぶ。

最後の希望と思われたものも呆気なく潰え、残されたのは絶望のみ。

それ故に、心を吹き荒れる感情に身を任せる以外には、何もできない。





その目の前では、ゴーストが祐一を見続けている。

その場を動くことなく、目と歪な口をこちらに向け続けていた。


『ゲシシ、ゲシシ、ゲシシシシ……』


イヤな笑い声が、広い洞窟内に響き渡る。

祐一の動きを、単なる足掻きと思っているのだろう。

絶望にやられた人間の、愚かな足掻きにしか見えないのだろう。

そしてそれがたまらなく愉快なのだろう。

その平坦な笑い声は、祐一の心をさらにかき乱す。





「なんでッ! いうこときかないんだよォォッ!」


そんな甲高い叫びと共に、雫が宙を舞った。

きらきらと。

きらきらと。

緩やかに、静かに。





祐一の心の叫びが。

心の雫が。

闇の中へと溶けていった。


















後書き



わぉ、めっちゃシリアス。

ども、GaNでっす。

のんびりお気楽の言葉を裏切るような展開、マジごめんです。

でも、多分次もおんなじ感じ。

できれば我慢してくださいませ。



さて、祐一くん、ピンチ。

香里さん、大ピンチ。

おあつらえ向けの舞台なのに、お約束通りにはなかなか行きません。

はい、祐一くんの魔力でゴーストを撃破とか思った人、素直に手を上げて(オイ)

……残念ですが、そうは問屋がおろさないのですよ。

こんなところで目覚めてもらっちゃ困るんです、うん。

まぁ、いずれ……ですね。



それでは今回はこの辺で。

次回は……いつになるかな?(汗)

ま、まぁ気長にお待ちくださいです。





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