「……」


一瞬息を呑む香里……言葉の意味を、もう一度頭でリフレインさせてみる。

そして、1つ息をついてから、改めて祐一に問いかける。


「記憶喪失……ってことかしら?」

「……ちょっと違うかな、他のことは思い出せるんだから。ただ、その冬のことだけが思い出せないんだ」


思い出そうとしても思い出せない。

全く変わり映えのしない日常で、何の印象もなかった、ということではないだろうと思う。

もしそうだとするなら、何か少しくらい思い浮かんでもいいはずだから。

けれど、心に霞がかかったように、何も浮かんでこないのだ。

3年半前に、何があったのか……全く見えてこない。


「それなら、その時期に何かあったのかもしれないわね……」


その時期に魔力の継承が成された、と考えれば、とりあえず矛盾はない。

しかし……


「……何が……?」


一体、何があったんだろう?

なぜ、記憶が曖昧なんだろう?

いや、思い出せないんじゃなくて……


「もしかして、思い出したくない何かが、あるのか……?」





今までは、無意識に考えないようにしていた。

でも……

不安が過ぎる。

少し怖い。

何が? 何があったというのだろう?

自分が何かしたのか? それとも何かされたのか?

いや、もしかして、自分ではなく、誰かが……





「相沢君っ!」

「っ!」


肩が揺らされるのと同時に聞こえてきた声で、ハッと我に返る祐一。

横を見ると、香里が祐一の肩を掴んだまま、心配そうな表情をしている。

そこで、自分の背中を、冷たい汗が流れていたことに気付く。

そんな祐一を労わるように、香里が柔らかい笑顔を見せる。


「大丈夫? ムリに思い出さない方がいいわよ」

「あ、あぁ。そうだな」





心臓の音が聞こえる。

どくどく、と。

まるで早鐘のように、うるさいくらいに鳴り響いている。

内なる警鐘……それは、思い出すことへの警鐘か、それとも、思い出さないことへの警鐘か。





「慌てなくてもいいじゃない。今は、2人に合流することを考えましょ」

「……だな」


香里の言葉に、小さく頷く祐一。

確かに香里の言う通り。

今はまず、2人に合流しなくては。

きっと心配しているだろうから。





「それと、ありがとう」

「ん?」

「どうあれ、あなたには助けられたわ。だから、ありがとう、よ」

「……そっか」


少しだけ、表情が和らぐ。

よくわからないけれど、でも、香里を助けられた。

それでいいじゃないか。

とりあえず、魔力を持っていることは確かになったわけだし。

今のところは、この疑問は置いておこう。



いつか……

いつか、思い出すときがくるまでは。



どこか頭の奥の方で響く、誰かの声はしかし、祐一の記憶に残らない……




















――信じてるから…… ――





















のんびりお気楽夢紀行


19ページ目  見つけにくいモノですか?















「祐一っ! 香里っ!」

「あ、茜! 落ち着いてっ!」


その頃の地上にて。

大地にぽっかり開いた穴の間近で、そこに飛び込もうとしている茜を、詩子が必死に止めていた。

両者とも、その表情は険しい。


「詩子! 離して下さい!」

「だからっ! こんなとこから飛び降りるなんて危なすぎるよ!」


茜が必死に訴える。

身をよじり、どうにかして祐一と香里を追いかけようとする。

だけど、それでも詩子の腕を振り解けない……詩子は、絶対手を放さない。

こんな穴に飛び込むなんて、ムチャ以外の何物でもないのだから。

だけど、それでも茜は止まらない。

必死の表情で、詩子を振り解こうともがく。


「ならなおさらです! 祐一がっ! 香里がっ!」

「お願いだから落ち着いてよ、茜!」


双方とも、少し涙目になっている。

こんな底の見えない穴に落ちて、果たして2人が無事でいられるのだろうか?

もしも……そんな考えが頭を過ぎり、けれど必死でそれを頭から追い出す。

とにかく、一刻も早く2人を追いかけないといけない。





「詩子! どうしてそんなに落ち着いていられるんですか?!」


茜の涙声。

もし、2人に何かあったら……そう思うと、落ち着いてなんていられるはずがない。

なのに、詩子は落ち着いているように見える……それが、少し腹立たしくさえ思えてしまう。


「私だってっ! 私だって落ち着いてなんていられないよっ! でも、落ち着かないと、冷静にならないと、2人を助けることなんてできないんだよっ!」


負けじと声を張り上げる詩子。

雫が宙を舞う……きらきらと、少しだけ輝きを放ちながら。

涙を湛えた目で、茜をしっかりと見据え、少し震える声で。

色々なものを、グッと堪えながら。

そんな詩子の表情を見て、茜もようやく動きを止めた。



泣いていても、喚いていても、何も変わらない。

取り乱しても、冷静さを失っても、2人を助けることなんてできない。



そのことに、ようやく気付く。

そうだ……2人の身を案ずるならば、まずは冷静になることだ。





「……ごめんなさい、詩子」

「……うん。大丈夫、2人はきっと無事だよ」


安易な楽観論だけど、でも、2人の無事を信じなければ、行動できないのだから。

だから、きっと無事だって信じよう。

心から、そう信じよう。


「はい……」


少し微笑む詩子に、同じく少し微笑みを返す茜。

とりあえず、冷静に考えられる状態にはなったようだ。

さて、これからどうするか?










「詩子。まずは地下への入り口を探しましょう」

「そうだね。こんなに広い空間なんだから、きっと、どこかに入り口があるはずだよ」


しばらく考えてから発せられた茜の言葉に、頷いて同意を示す詩子。

広い地下空間が存在する以上、どこかに入り口があって然るべきだろう。

そして、それを信じること……まずは、これが第一歩だ。


「では、この辺りを中心に探してみましょうか」

「うん。でも、どうやって探すの?」


首を傾げながらの詩子の言葉。

探すのはいいけれど、一体どうやって探したらいいのか?

そもそも、どこにあるのかも分からないのに。

一体、何を手がかりにすればいいのだろう?


「……そうですね……」

「うーん……」


必死に考える茜と詩子。

2人とも、ものすごく真剣な目をしていた。

考えて、考えて、考えて。

しばらくしてから、茜がゆっくり顔を上げる。





「……モノは試しです。詩子、この木に登ってくれませんか?」

「え?」


茜が、目の前の大木を指差しながら言った言葉に、驚きの言葉を返す詩子。

高い高い木……これを登れと? 何のために?

そんな思いを込めた目で、茜を見つめる詩子。


「地下洞穴への入り口があるような場所なら、森の他の部分とは、何かが違うかもしれません」

「! そっか。上から見れば、それが分かるかもしれないってことね」


例えば、小高い山のようになっていて、木が不自然に盛り上がっているかもしれない。

あるいは、その部分だけ木がなくて、すっぽりと木々が抜けているかもしれない。

茜の言うように、モノは試し。

やってみる価値はある。

ということで。





「じゃ、詩子、行きまーす!」

「お願いしますね」


ビッと敬礼する詩子に、グッと励ましの言葉を送る茜。

瞳が交差した後、詩子が、目の前の大木にバッと飛びつき、そのままどんどん登り始める。

茜は、詩子を見送りながら、魔物がいつ来てもいいように、魔術発動の準備にかかる。

幸い、今のところは、そんな気配はなかったけれど。





「んしょ! んしょ!」


必死で登る詩子。

木は大きく、また取っ掛りも少ないため、かなり登りにくい。

幹を掴んでいる手が少し痛い。

額を汗が流れる。

でも、頑張らないと。

自分で自分に活を入れ、少しずつ登っていく詩子。


「詩子さん、ファイトっ!」


応援も自前。

1人きりの戦いだけど、それでも詩子はくじけない。

大切な仲間のために。

祐一と香里のために。





「はぁ……はぁ……こ、これで……っ」


そしてそして、さしたるトラブルもなく、辺りを一望できる高さに到達。

選んだ木が、他の木よりもほんの少しだけ高い木だったのは、運が良かったと言える。

そこで動きを止めると、ちらと下を見てしまう。

木の幹と葉以外には、何も見えなかった。

今いるのは、高所恐怖症でなくても怖くなってしまうほどの、まさに目も眩むような高さ。

下にいるはずの茜も、そこにあるはずの大地も、全く見えない。


「う〜……」


少し震える詩子。

怖いものは怖いのだ。

でも、ぐっと堪える。

いくら怖くても、そんなことを言ってる場合じゃないんだから。

んで。


「え〜……っと」


少し荒い呼吸をどうにか抑えつつ、がっしりと木に掴まりながら、ぐるりと周りを見回してみる。

状況が違えば、その目に映る光景に、感嘆の息を漏らしたかもしれない。



それは、どこまでも広がる緑の絨毯。

久方ぶりに見た陽の光が、そんな緑一色の世界を、優しく照らしていた。

木と木の距離を考えれば、もちろん不可能なのだが、その上を歩けるんじゃないか、とさえ思える。

そのくらいに、きれいで雄大な緑の園。

木々に青々と茂る葉の織り成す、不思議な草原。



けれどまぁ。


「変なトコ、変なトコ……」


今の詩子には、そんな光景に見とれるヒマなどありません。

祐一と香里のことで頭は一杯。

あくまでも、茜が言っていた、他とは違うところを探そうと、必死で目を凝らす。

きょろきょろとせわしなく頭を動かしながら、あっちでもないこっちでもない、と探し続ける。

2人を助けたい……ただその一念が、詩子を動かす。

そんな祈りが通じたのか。





「あ! あった、あれだ!」


少し先に、不自然に緑が抜け落ちている部分があった。

緑の絨毯に、ぽつりと開いた黒い穴。

つまり、その部分だけ木が存在していない、ということ。

これはもうビンゴ?!

でもでも、一応、他にもないかの確認を。

はやる心を抑えて、しっかりと全体に目を配る。


「…………うん、ないね。アレだよ、きっと」


けれど、他にはそうした不自然な部分は見つからない。

それで納得すると、しっかりともう一度、さっき見つけた場所の方向を見る……距離にして1kmほどか。

その方向を記憶して、間違えないようにする。


「よし、急がなきゃ」


そして、今度は木を降りる。

んしょ、んしょ、と、できる限り早く。

でも、落っこちたらシャレにならないので、安全第一で。

下を見ながらだから怖いし、疲れてしまっているし、と、かなりの悪条件だけれど、目的のモノを見つけた喜びが、それを封じ込める。

しばらく降り続けると、やがて見上げている茜の姿が見えてきた。



やっぱり手は痛いけど。

汗も流れてるけど。



もう、気にならなかった。

詩子は、笑顔だった。










「詩子! どうでした?!」

「あったよ、茜! あったあった!」


興奮気味の2人。

手を取り合って、喜ぶ暇もあらばこそ。

すぐに詩子が指差した方向に、同じく目を向ける茜。

そして1つ頷くと、揃ってその方向へと駆け出す。

歩いてなんていられない。

詩子にしても、木登りの後で疲れてるはずなのに、そんなことを感じさせない動き。





「詩子、大丈夫ですか?」


だから、茜は不安げに、申し訳なさそうに尋ねる。

取り乱してしまって、ムチャさせてしまって。

そんな思いが溢れてくる。

でも。


「へーきへーき。大丈夫だよ、茜」


にっこりと笑って、茜を見る詩子。

その目には、確かな優しさがあった。



仲間を助けるのに、理由なんていらない。

仲間を助けるためなら、労力を惜しんだりなんてしない。



詩子の目は、そんなことを語ってるように見えた。

だから、茜もまた、にっこりと笑う。


「わかりました。急ぎましょう、詩子」

「もっちろん!」


少しだけ、速度が上がった。

今は、自分にできることをしよう。





と。


「こんなときに……」

「茜、下がって!」


茂みから飛び出したのは、キラーエイプが3体。

茜と詩子だけで対峙するには、少しキツい相手だ。

けれど。


「詩子、大丈夫です。こんなこともあろうかと、魔力を溜めておきました。いつでも発動できます」

「え?」


内心冷や汗ものだった詩子だが、茜の言葉で拍子抜け。

見れば、茜の指が魔方陣を描いている。

魔力を蓄積した状態のままにしていたらしい。

蓄えた魔力の維持には、少なからず魔力を奪われるのだけれど……今回は、それが功を奏した形。


「――我が汝に捧げるは深遠なる祈り。我が汝に求めるは凄絶なる力。闇より深き深淵に住まう者よ。我が願いに応え、その姿を今ここに――」


茜の気合の込められた詠唱。

いつぞやとは違い、一切手加減はしない。

詠唱が完成し、魔方陣が光の粒子となり、足元へと吸い込まれる。

迫るキラーエイプ。

だが。

茜の足元は、すでに黒く染まっていた。





と、茜の足元から、黒い球体が突然飛び出す。

闇よりもなお暗いそれは、まさに深淵。

周囲さえも黒く染め上げんとするその闇に、キラーエイプも恐怖を感じたのか、動きを止める。

あるいは野生の勘で、すさまじい力がそこにあることに気付いたのか。

けれど。


「私達の邪魔をするのは許しません!」


茜を怒らせた以上、この3体に明日はない。

茜の凛とした声が響いた後、身を震わせるキラーエイプに、黒き球体が牙を剥く。

ぶわっと闇が広がり、まるで一枚の布のようになったかと思うと、そのまま3体を呑み込もうとする。

驚き逃げようとするも、到底逃れられるものではない。

瞬時に、闇が3体を、悲鳴ごと飲み込んだ。

そして、静かに闇が収束してゆく。

どんどんと、その体積が小さくなっていくのが、目に見えて分かる。

そして、その闇はそのままさらに小さくなっていき、ついには消滅……完全に姿を消した。

キラーエイプは、結局、断末魔の声さえ上げることなく、闇に消えた。





「や、やっぱりすごいね、シャドウは……」

「はい。さぁ、急ぎましょう」


詩子の感嘆の声に1つ頷くと、茜が再び走り出す。

そして、すぐに詩子もそれに続いた。





「あと少しだよ、茜」

「はい」


しばらく走った後、詩子が言った言葉に頷く茜。

上から見た限りでは、もうそろそろ着いてもいい頃だ。

じっと前を見据える。

目に飛び込んでくるのは、延々と立ち並ぶ木ばかり。

高速で目の前に現れ、また高速で後ろへと消えてゆく木々。

ザッザッザッ、という音が、2人の耳を駆け抜ける。

そんな単調な調の中で、2人はただひたすらに、前へと駆ける。

そして、目の前に光の点が現れた。

と、それに気付いた次の瞬間には、目に映る光景は一変していた。





「っ! ここっ!」

「……すごい……」


光の点が視界一杯に広がった瞬間に、それは現れた。

光の中にぽっかりと開いた闇への入り口。

薄暗い森の中から、木々が途切れ陽射しが降り注ぐ場所へと出たために、一瞬目が眩んだのだろう。

すぐに慣れた目を凝らし、改めて目の前を見据える。

2人の少し先に位置するそれは、まさしく洞穴への入り口。

大地が開けた口。

地の底へと誘う、その始点。

そこに至るまでの道には、木は生えておらず、原っぱのようになっているため、余計にその闇が際立って見える。


「……おっきいね、これ……」

「はい……」


不自然なほどに盛り上がった小山に開いた口は、深い闇を湛えていた。

詩子が言うように、それはとてつもなく大きな穴。

人どころか、家の一つや二つだって、軽く入ってしまうほどの大きさ。

思わず立ち止まり、呆然と眺める体勢に入ってしまう。

しばらくそのままだったのだが、やがてゆっくりと動き出す茜と詩子。





「とりあえず、ここを探索してみよ」

「はい、1番可能性が高いですから」


不安はある。

恐怖もある。

もしかしたら、2人はケガもなく、ぴんぴんしてるかもしれない。

でも、動けないほどにケガをしてる可能性は、決して低くないし、最悪の場合……

そこまで考えてしまうと、すぐにぶんぶんと首を振って、その考えを追い払い、とにかく地下へと向かうことにする。

大丈夫……大丈夫……


「茜……2人は、きっと私達を待ってるよ」

「そうですね、きっと……」


2人の、それは希望。

ここが当たりなのだ、と信じること。

2人の、それは願望。

だから。


「急ご、茜」

「はい」


足を踏み入れた2人を、闇が包む。

とは言え、すぐに目は慣れるけれど。

どうやら、発光ゴケか何かのおかげで、薄っすらとだが視界は確保されているらしい。

それを頼りに、歩を進める2人。



さぁ、2人の先に待っているのは何なのか?

それは誰にも分からない。

心配だけど、それを隠して。

目指すは祐一と香里のところ。

森林探索はまだまだ続く。


















後書き



ふむぅ、森林探索が洞窟探索になってるっぽいですが、まぁお気になさらずに。

ども、GaNです、ごきげんよう。



祐一&香里サイドと違って、ちょっと焦ってるっぽい2人でした。

詩子さんが茜さんのブレーキ役になってます。

や、ピンチの時は、茜さんより詩子さんの方が冷静に行動できるだろうな、と思うのですよ。

改めて、茜さんと詩子さんって、やっぱりいいコンビだなぁ、とか思ったり。



さてさて、次回はまた、祐一&香里サイドに移ります。

いやはや時間がかかるなぁ、森林探索。

まぁ、それもまた良しってことで(え?)



そういや、第1話以来でしたね、今回の茜の召喚。

シャドウさんでした……詳しい説明は端折りますけど。



さて、ではまた次回に、ですね。

次は……いつになるかわかりませんが(汗)

まぁ、気長〜にお待ちくださいませ。





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