――……ここは、どこだ……?――


ゆらゆらと。


ぷかぷかと。


まるで海中にたゆたうクラゲのように。


上下も左右も前後も分からず。


何も見えない、何も聞こえない、そんな真っ暗な空間で。


祐一は漂っていた。


――俺……どうなったんだ?――


香里に振り下ろされそうになったキラーエイプの腕。


それを知覚したときに。


香里に死の影がちらついたときに。


心の中で、何かが弾けた。


――そうだ……それで、俺は……――


体から何かが飛び出したような、そんな感覚があった。


でも、そこまで。


結局、自分が何をしたのか、自分に何が起こったのかは、分からない。


とは言え。


――でも、香里は助けられた……んだよな?――


何となく、そう思った。





――さて、どうしよ?――


ふわふわと漂った今の状態……夢でも見てるのだろうか?


とりあえず、目が覚めるのを待ってみようか?


そんなことを思ったとき。





――ねぇ……――


――ん?――


自分の声とは違う声が、場に響いた。


水面を揺らす小石のように、小さいけれど、強く。


水面に広がる波紋のように、ゆっくりと、でも広く。


――ねぇ? 聞こえる?――


まただ。


聞こえる? 何を言ってるんだろう?


――ねぇってば……――


――何だよ?――


答えなかったらいつまでも呼びかけられそうだったから、とりあえず答えてみる。


――あ、聞こえてるんだ。良かった〜……――


――は? 何言ってるんだ?――


嬉しそうな声。


何も知らない無垢な女の子のような、でも同時に、何もかも知ってる賢者のような、そんな不思議な声。


よく分からないけれど、でもどこか懐かしい声。





俺は……この声を、知ってる気がする……





――ねぇ、聞いてる? 聞こえてるんなら、話を聞いてほしいんだけど――


考え事をしている最中に、また声が響く。


――ったく……何なんだ? 一体誰なんだ? キミは……――





思い出せない……いや、もしかして……





――……そっか、まだ、なんだね――





少し、寂しそうな声。


ちくっと、心に刺さる。


小さな、棘。





――まだって……何のことだ? なぁ……?――


と、何だか周りが明るくなっていく気がする。


――ねぇ、いつか……――


まるで、海の中から体が浮上していくような、そんな感覚が体を包む。


待ってくれ……もう少しだけ、話をさせてくれ……何か、大切なことなんだ。


――なぁ、キミは? キミは、誰なんだ? 教えてくれよ……――


でも、どんどん周りは明るくなっていって、体は浮上していって。


あぁ……もう少しだけ……もう少しだけでも……


――いつか、ちゃんと名前、呼んでね……――


――呼ぶって何だ? なぁ、教えてくれ……キミは……?――


もう、その子の声も遠くなっていって。


目覚める1歩手前。


そこで。


祈るような言葉が、空間に響いた。




















――信じてるから…… ――





















のんびりお気楽夢紀行


18ページ目  探しモノはなんですか?















「……わ……ん」


浮上していく意識……でも、まだボーっとしている。


「……ざわ……ん」


どこか遠くの方から、誰かを呼ぶような声が響く。


「あ……ざわ……ん」


うるさいな……誰だ? 一体……って。


「相沢君っ!」

「うぉわっ!」

「きゃっ!」





意識は完全に覚醒。

そして、叫ぶような香里の声に反応し、突然体を起こした祐一に、香里が驚きの声を上げる。


「な、何だ?! って、香里か……」

「もう、びっくりさせないでよね」


ふぅ、とため息1つ。

そこで、はたと祐一が気付く。


「そ、そうだ! お前、大丈夫なのか?!」


キラーエイプに殴られかけた香里……なぜか意識を失った自分には、その瞬間を見ることは叶わなかったので、思わず大声で聞いてしまう。


「え、えぇ、大丈夫よ」


その声の調子に、少しびっくりした様子で答える香里。


「そ、そっか……良かった……」


見た目からして健康そのもの。

体のどこにも異常がなさそうな香里の姿と、無事を伝える声に、祐一も安心したような息を零す。

少し涙目。

香里がそれに気付く。


「な、何も泣かなくても……」

「む……しょ、しょうがないだろ? 安心しちまったんだから」


ちょっと恥ずかしいのか、そっぽを向きながら答える祐一。

でも、香里の視界には、頬の赤みが入っている。

クス、と笑ってしまう香里。

当然その小さな笑いに、祐一が気付かないはずがない。


「あ! 笑うなっ!」

「ふふふ……ごめんなさい、でも、ね……」


ちょっと、嬉しかったから……そんな言葉は続けずに、心にしまう。

そして、詰め寄る祐一と誤魔化す香里、という構図が、しばらく続いたりした。










「っと。こんなことやってる場合じゃないな」

「今頃気付いたの……?」


はぁ、とため息をつく香里。

この辺り、茜に通じる部分があるのかもしれない。

要するに、振り回される苦労人。



まぁ、それはさておき、確かに状況はそんなに楽しいものではないだろう。

なぜなら……





「で、どこなんだ? ここは」

「知ってるわけないでしょ?」

「ま、それもそうか。ギルドでもこんな情報なかったしな」

「えぇ、そうね。こんな所に入り込む冒険者なんて、ほとんどいなかったんじゃないかしら」





どこか呆然としたような、達観したような、そんな声が辺りに響いた。

そう……広く響くような、そこはそんな空間だった。



薄ぼんやりとした淡い明るさの中に浮かび上がる空間。

それは、いわゆる地下大洞穴とでも言えばいいだろうか。

見上げれば、相当な高さに、小さな穴が開いているのが見える……あそこから落ちてきたのか。

だが、穴の向こうは見えない……本当に高い。

そしてまた、広い。

1つの街がまるまる入ってもなお、お釣りがくるくらいの広さ。

正直、これほどの広さと高さがあれば、何だってできそうだ。



そして、そんな広い空間は、どこもかしこも苔生していた。

でこぼこな大地が、薄い緑色で覆われている様には、どこか不思議な美しさがある。

上の森よりもさらにひんやりと冷えた空気と、発光ゴケか何かの薄明りに浮かび上がるそこは、さながら妖精のステージ。

どこか月明かりの草原に通じるような、そんな神秘的な光景。

これもまた、自然の偉大な力の表れだろうか。

言葉をなくして、しばしそんな光景に目を奪われる2人。





「広いな、しかし……」

「どうしたらいいかしら?」


呟いた言葉が、少し白く染まる。

思った以上に気温は低いらしい。


「出口はあるのかな?」

「そうね……あってもおかしくないんじゃないかしら?」

「何で?」


不思議そうな顔をする祐一を1度見てから、徐に歩き出す香里。

とりあえず、その後を祐一が追う。


「見て」

「ん?」


香里が指差したところ……少し苔がはがれているところから見えるもの、それは……


「……レンガかしらね、これは」

「ってことは何か? 昔はここに人が住んでたとでも言うのか?」


そう、岩だと思っていたそれは、レンガ。

もっと言えば、壊れた壁の一部。


「さぁね。分からないけど、でも、何らかの生物がここで生活していた、と考えられるんじゃないかしら?」

「魔物かもしれないけどな」


そんなことを言う祐一。

その目で辺りを見渡せば、確かに、滅び去った都のような、そんな光景にも見えた。

目を凝らせば、他にも壁の破片のようなものが見える。





「だから、もしかしたらどこかに出口があるのかもしれないでしょ?」

「そだな」


もちろん、ないかもしれない。

だが、あるかもしれないわけだ。

そうなれば。


「んじゃ、じっとしててもしょうがないし、探してみるか」

「えぇ、そうね」


とりあえず、だだっぴろい空間とは言え、出口に近いものがあるとすれば、それは壁際にある可能性が1番高いだろう。

だから、まずはどこぞの壁際に歩いて近づく。

かなり広いため、そこまで行くのにも、時間がかかる。










「にしてもさ……」

「なぁに?」

「その……よく助かったな、キラーエイプの攻撃もそうだけど、あんな高いところから落ちてさ」

「え……? 何言ってるの?」


もっともな祐一の言葉に、しかし、不思議そうな顔をする香里。

どうも、認識に違いがあるらしい。


「は? 何ってなんだ?」

「だから……あなたが助けてくれたんでしょ? その、キラーエイプの攻撃からも、落下からも」

「え……?」


そこで、両者とも驚きの表情に固まる。

自然、足も止まってしまう。

その空間も相まって、完全なる静寂と停滞の瞬間。





「……なぁ、香里。あの瞬間から今までに、一体何があったんだ? 教えてくれよ」

「覚えて……ないの?」

「あぁ」

「そう……」


真剣な眼差しの祐一と、考え込むような仕草の香里。

祐一には、キラーエイプの攻撃の直前から香里に起こされるまでの記憶はなかった。

何か……そう、何か夢を見ていたような、そんな気はするけれど、それもまた覚えていない。


「で、何があったんだ?」

「そうね……どう言ったらいいのかしら? 風……」

「風?」


困惑した表情の香里の口から出てきた言葉は、祐一をも困惑させる。


「えぇ。風みたいな何かが、キラーエイプを上空へと弾き飛ばしたの」

「……それで?」

「で、目で追ったら、キラーエイプの体のさらに上空にまた風が集まって、それからキラーエイプを巻き込んで墜落した……って言えばいいのかしら」


あまりに非現実的な光景だったためか、どこかたどたどしい口調の香里。

言葉の端々から、混乱している様子が窺える。


「また……豪快な……」

「それで、その時の衝撃で地面が割れて、私達はまっ逆さまに落ちてきたわけよ」


とりあえず、落ちてきた経緯は何となく分かった。

よくは分からないが、とりあえず納得することにしよう。

だが。


「それで、何でそれが俺のおかげになるんだ?」


聞いた分には、それが何らかの力によるものだとは分かる。

だが、なぜそれが祐一の力だと分かるのだろう?

もしかしたら、妖精さんとか精霊さんの力かもしれないのに。

断定できる理由は何か?





「……あたし達が、落下して助かったからよ」

「はい?」

「地面が割れて、どうしようって思って相沢君の方を向いたら、相沢君の体を風が取り巻いてたの」

「なぬ?」

「で、驚いてたら、その風があたしも包み込んで、そのままここまで落ちてきて、最後にふわっと着地」


何ともおかしなお話だ。

どこか童話のような不可思議さ。

ホントに妖精さんか?


「それでね、その後、風が相沢君の体の中に消えたの」

「なんと?!」


それを聞くと、驚いた表情で、キョロキョロオタオタと自分の体を見回し、ピタピタペタペタと自分の体を触ってみる。

何も異常はない。

はてさて一体、どういうことか?





「……う〜ん、どういうことだろ?」

「……あれ、もしかしたら魔力なのかも」

「は?」


不意に呟く香里。

首を傾げる祐一。


「魔力って言われてもなぁ……って! 魔力?!」

「な、何?!」


そこでようやく思い至る祐一。

びっくりしたのは香里。





 「魔力を呼び覚ませ」


 「あぁ、今はな。だけど、お前は魔力を持ってるはずなんだ」


 「何ていうかな、お前の中で眠ってるっていうか、殻の中に隠れてるっていうか……そんな感じだって」






別れる前夜の浩平の言葉。

祐一の中に眠る魔力の存在。


「そっか……これが……」

「何の話?」


1人で頷く祐一に、香里が説明を求める。

それを受けて、祐一は簡潔に説明する。

まぁ、一緒に考えてくれ、ということらしい。

頷きながら、祐一の話に耳を傾ける香里。





「……ってわけだ」

「ふーん……魔力が眠ってる、か。そんな話聞いたことないわね」

「俺もだよ。でも……」

「……そうね、あたしは見たわけだしね」


祐一から現れ、自分達を助け、また祐一に消えた、魔力のような何か。

目の錯覚だ、と切り捨ててしまえば楽だが、見てしまったものを否定することなど、香里にはできない。

百聞は一見に如かず。

自分の目を疑うのなら、一体何を信じればいいというのか?





「何か心当たりはないの?」

「心当たり?」

「そうよ。普通、魔力があるのに隠れてるなんてことないんだから。きっと何か特別なことがあるはずよ」

「特別なことって言われてもな……」

「いい? 魔力は生まれつき持ってるか、それとも持ってないかのどちらかしかないの。それは知ってるでしょ? でも、あなたは持ってるのに、自分の意思で使えない……これはおかしいわ。あなたの魔力なら、あなたが使えるはずなのに」


魔力は、あるかないかだ。

あればそれが自分で分かるし、なければそれはどうしようもない。

要するに、もし自分の魔力を持っているのなら、それに自分が気付かないはずはないのである。

つまり……


「この魔力は、俺のものじゃないってのか?」

「わからないけど……誰かから継承された魔力って可能性は高いんじゃないかしら」


そう、その魔力が自分のものでないのなら、祐一が気付かず、されど魔力を持っている、という可能性もあり得る。

知らないうちに、あるいはそれと知らずに。

誰かから継承されていた、という可能性はゼロではないだろう。

そして、それならば、魔力の存在に気付けなくてもおかしくない。


「そんなことできるのか?」

「高位の魔術士なら、できないことはないはずよ」


魔力の譲渡……偉大な魔術士が、後継者にその魔力を継承させるというのは、そこまで稀なことではない。

つまり、魔力を他人に譲ることはできるのだ。

されば、祐一に魔力が継承されている、と考えることは、それほどムチャでもないし、辻褄だって合う。

でも、だ。





「……なぁ、そしたらさ、魔力も何もない俺に、何でまた魔力を継承させたりなんかしたんだ?」

「知らないわよ」


眉根を寄せて問う祐一の言葉に、そっけなく返す香里。

そう……魔術士同士ならまだしも、剣士に魔力を継承させてどうするのか?

しかも、それに本人が気付かないとなると、意味があるのかどうかさえ疑問に思えてしまう。

何が何だか分からない。


「むぅ、お手上げか……?」

「だから聞いてるのよ。何かあったんじゃないの? って」


過去に何かそれらしいことをした記憶がないか、その確認をすれば、話は早い。

けれど。





「うーん……って言われてもな……」

「何? 心当たりがないの?」

「いや、ないと言えばないんだが、ないこともないと言えなくもないというか……」

「何よ、はっきりしないわね」


言いよどむ祐一に、ちょっと不機嫌になってしまう香里。

歯切れがよくないのはどういうことか?

しばらく逡巡していた祐一だったが、やがてゆっくりと口を開いた。


「いやさ、俺、記憶が曖昧な時期があるんだ」

「え?」

「ちょうど3年半前の冬、だな……その辺りの時期の記憶が、すごく曖昧なんだよ。霧がかかったみたいな、そんな感じでさ」


そんな言葉が、重みをもって、場に広がった。

一時の静寂が、再びその場に訪れる。

2人を包む空気は変わらない。


















後書き



おいしいところで切ってみました。

ども、GaNでっす。

更新速度が落ちてきましたが、気長〜に待っていただけると嬉しいです。

書き上げたいという意志は強いので。



んで、肝心の中身なんですが……なかなか進みませんね。

まぁ、結構重要な部分でもあるわけですが。

その辺もまぁ、のんびりと進めたいところです(笑)



とりあえず、まずは4人が合流しないと。

なもんで、次回はちょこっとだけ続き書いて、あとは茜&詩子サイドのお話になるでしょう。

いやはや、森林攻略編はどのくらいかかるんだろう?

大雑把にしか決まってないから、こうやって先行き不透明になるんですよね〜……

話の大筋しか決まってないってのはマズいのかな?

まぁ、GaNは勢いで書いてる部分が大きいですから(爆)

これからも勢い重視で行きますよ〜♪(調子に乗るな、と)



まぁ、とりあえず今回はこの辺で。

それではまた次回に。





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