「さて、今回は上手く切り抜けられたけど……」
「これからどうかは分からないよね〜」
「はい」
「そうね……いつもいつも都合のいいフィールドとは限らないものね」
3体のオーガを撃退してから、再び歩き始めた祐一御一行。
慎重に歩を進めながら、お互いに注意を促し合う。
先程の戦闘は、比較的動きやすいところでのものだった。
そういう意味では、こちらに有利な場所だったと言える。
防御にしろ攻撃にしろ、普段通りにこなすことができたのだから。
だが、これからもそうとは限らない。
もっと狭いところで襲われたら?
もっと敵の数が多かったら?
状況次第では、十分危機に陥る可能性はあるのだ。
だからこそ、注意の喚起は大切だ。
「まぁ、できるかぎり戦闘しやすい地形を考えながら進もう」
「だね」
「そうですね、いざという時に移れるような場所……それを考えながら進むべきです」
「それがいいわね」
歩いていて敵と遭遇するのは、ある意味避けられない。
だったら、敵に出会ったとき、少しでも広いところで戦えるように、視界にそういうものを常に収めながら進むべきだ。
そうすれば、いざ襲われたときに、そこに移動すれば、少しは戦いやすいだろうから。
森での戦闘は、結構大変だ。
「あ〜、鬱陶しいよな〜」
「ホントホント。もうイヤガラセだよね」
「文句を言っても始まりませんよ」
「言いたくなるのは分かるけどね」
4人はまだまだ余裕のようで。
でもでもここは、魔物の世界。
さてさて何が待っているのか?
目指す大樹はまだまだ先だ。
のんびりお気楽夢紀行
17ページ目 天然のトラップ
「はぁっ!」
『グゥッ!』
「ちっ! 浅いかっ!」
祐一の剣が、オーガの皮膚を切り裂く。
けれど、防御を優先して考えているため、踏み込みは若干浅め。
そのため、相手の体につく傷が、かなり浅いものになってしまうのもムリはない。
だが、致命傷とは言えないにしても、それなりにダメージは大きいらしい。
剣を戻しながらバックステップする祐一に、手負いのオーガは追撃できないでいた。
胸から流れる自分の血に動転しているのかもしれないけれど。
「ふっ!」
そんな隙を逃すわけにもいかない。
香里が相手の死角から鋭く切り込んで、相手の足に狙いを定める。
立ち直る前に、一撃。
『グォォッ……』
深く抉るようにして振るわれた香里の剣が、オーガの足と体を切り離す。
足の切断により、バランスを崩すオーガ。
そして。
「止めだよっ♪」
詩子が、今まさに倒れ伏さんとするオーガに、炎の塊をぶつける。
叫び声を上げることもできず、炎に包まれるオーガ。
それはオーガの体だけを焦がし、やがて消える。
後に残ったのは、オーガの死体のみ。
そこで、ようやく3人は一息ついた。
剣を収めて、後方の茜のところに集合する。
「ふぅ、結構多いな……」
「もう何体目だろね?」
「今ので18体目です」
「いちいち数えなくても……」
数えで18体目になるオーガを倒した後、再び奥へと歩き出す祐一達。
今回は1体だけだったから、かなり楽だったが、こんなことは稀だ。
大抵の場合、3、4体で出てくるので、割と戦闘に時間がかかってしまう。
当然、ノーダメージとはいかないものの、大したケガはまだない。
故に、フェアリーを召喚する必要もない。
よって……
「まぁ何にせよ、茜の魔力を温存できてるのは大きいよな」
「うんうん。ボス戦では茜頼みだもんね〜」
「頑張ります」
「そ、そんなにすごいんだ……」
茜の実力を知らない香里が、驚きの声を上げる。
それに対し、チッチッチ、と指を振ったりして否定する祐一&詩子。
「おうよ。茜は俺達の生命線だぜ」
「うんうん。攻撃力が1番高いのは、間違いなく茜だよ。だから、茜の魔力をどこまで温存できるかが、鍵になるの」
「……2人とも、褒めすぎです」
「ふーん……でもそうね、確かにそれが1番かしら」
ちょっと照れている茜を他所に、香里も納得の表情を見せる。
ちなみに、その視界の向こうでは、祐一&詩子が、茜をさらに褒めちぎっていたりするのだが。
確かに、祐一も詩子もそれなりに強いと言える。
けれど、茜の強さと2人の強さは、方向性が明らかに異なる。
例えば、攻撃力を縦に、時間を横にとった長方形で強さを表せば、それははっきりと表れるのだ。
横はかなり短いが、縦がかなり長い茜。
逆に、縦はそれほどの長さではないが、横は相当に長い祐一&詩子……香里ももちろんこっちに含まれる。
発動までの時間が長く、また持続時間は短い、という風に、時間に難はあるが、その分威力が相当に高いのが茜。
瞬時に状況に対応でき、また行動も早い代わりに、発揮できる最大攻撃力はそれほどでもない祐一&詩子&香里。
当然、迷宮探索において、この両者の役割は、はっきりと分かれることになる。
攻撃力も防御力も極めて高いような存在……いわばボス的存在を倒すには、茜のようなタイプが。
逆に、1体1体の強さは大したことはなくても、数が多いような、いわばザコ敵を倒すには、祐一&詩子&香里のようなタイプが。
それぞれ最適であると言える。
だからこそ、茜はこれまで一切魔術を使っていないのだ。
魔力を温存し、ボス戦で最大規模の魔術を発動できるように。
この辺り、前回のタイガーアントの巣での攻防戦の経験が活きている、と言える。
あの時、ラスボスのクイーンアント戦で、茜は魔力を使い果たしていたため、浩平達がいなければ死んでいた可能性が極めて高い。
そんな苦い経験があればこそ、3人は自身を厳しく律して進んでいけるのだ。
同じ轍は2度と踏まない……これは当然の姿勢。
過ちて改めざる、という風な姿勢の人間が、冒険者として生きていけるはずもないのだから。
「ん? あれは……」
「今度は……キラーエイプだね」
「数は、2体ですね」
「内訳はどうするの?」
「そうだな……じゃ、俺が1体仕留めるから、香里と詩子で1体やってくれ」
「りょーかい」
「わかったわ」
その言葉に1つ頷き、まっすぐ飛び出す祐一。
他所を向いていたキラーエイプも、すぐにそれに気付き、祐一の方に向き直る。
それを見て、祐一は瞬時に右にステップする。
2体が同時にそれを見ている隙に、左に移動しながら、詩子が、向かって左側のキラーエイプに、炎を当てる。
威力はあまりないが、キラーエイプの意識をこちらに向けるには十分な、詩子の攻撃。
結果、見事に2体は分断。
茜はと言うと、適当な位置で、辺りを警戒している。
『ガァァッ!』
ブンブンと腕を振り回すキラーエイプ。
しかし、木々の合間をすり抜けるように移動する祐一には当たらない。
当たるのは、林立する木々のみ。
もちろん、その威力はオーガのそれよりもさらに高い。
葉が舞い落ちて、幹が大きく揺れる。
それでも祐一は回避を続ける。
そして。
「はっ!」
拳が木に当たって一瞬できた隙に、祐一が木の合間からその腕に斬りつける。
当然、傷は浅い。
だけど。
『ガァッ!』
ダメージは小さくとも、痛覚への刺激は大きい。
痛みに顔を歪め、冷静さを失い、さらにがむしゃらに腕を振るう。
それは、木を抉り、空気を突き破るような攻撃。
振り回される腕のスピードはかなりのもの……まともに当たれば、木がへし折れてもおかしくはない。
それを丁寧にかわしながら、また隙をついて足や腕などを斬りつけていく祐一。
足場はさしていいわけではないが、その辺りは慣れたもの……決して遅くないスピードで、相手を霍乱し続ける。
まずは、攻撃をくらわないこと……これが肝心なのだ。
「っ……鬱陶しいな、まったく」
頬を切るように通り抜ける風に、思わず舌打ちをする祐一。
唸るような音とともに振り回される拳は、危険以外の何物でもない。
一見優勢のように見えても、相手は一撃でひっくり返せる攻撃力の持ち主……なので、殺すまで安心できない。
『ウゥゥゥ……アァッ!』
「うわっ……」
と、業を煮やしたのか、大地へと、フルパワーで怒り任せに両の拳を振り下ろすキラーエイプ。
大地がなぜか震える……その振動に足をとられる祐一。
その隙を見たキラーエイプが、にやっと笑うように顔を歪める。
「祐一っ!」
遠く眺める茜の、悲鳴のような声。
だが、それでキラーエイプが止まるわけもない。
『ゥガァッ!』
大地に叩きつけた拳を、そのまますくい上げるように、祐一へと向けるキラーエイプ。
放つ体勢は悪くとも、それは十分な威力を秘めている。
絶望的か、と思われる攻撃。
「っ!」
視界の端に捉えた、今まさに放たれようとしている、キラーエイプの攻撃。
回避はできそうにない。
そこで、祐一は覚悟を決め、覚束ない足のまま、剣を構える。
切っ先を向けるのは、迫るキラーエイプの拳。
どうせ避けられないのなら……
「ぐっ……!」
『ギャアアッ!』
拳は、祐一が構えた剣先に炸裂。
拳を深々と傷つける。
大きな悲鳴を上げるキラーエイプ。
だが、祐一も無事では済まない。
直撃は避けられたものの、その衝撃を殺しきることなどできるはずもない。
振りぬかれた拳の勢いそのままに、後方へと吹っ飛ばされる。
そして、かなりのスピードを保ったまま、後ろの木に激突した。
「っ……くぅ……」
激しい衝突音とともに、木が揺れる。
押しつぶしたような呻き声が、祐一の口から漏れる。
『グァァッ!』
傷つけられたせいか、怒りの表情で、祐一に向かって走り寄るキラーエイプ。
射程距離に入るや、無事な方の腕を振りかざす。
「……」
祐一は木にもたれかかったまま動かない。
だが、目は薄っすらと開いている……目の前のキラーエイプを睨みつけるように。
『ガァッ!』
「……させるか……よっ!」
キラーエイプが振りかぶるのと同時に、カッと目を見開いた祐一。
その腕をすれすれで避け、同時に剣をその腕に撫で付けるように動かす。
『グッ……グゥッ!』
今の剣による攻撃のダメージは大したことはなかった……が、もっと重大な事態が、キラーエイプの身に起こっている。
「バカな猿だな……」
ダメージは残っているものの、それでもキラーエイプを……いや、木に突き刺さったキラーエイプの腕を、睨むように見る祐一。
そう、あまりの威力に、木に拳が深々と突き刺さってしまったのだ。
怒りに目が眩んだキラーエイプのミス。
当然、祐一がそれを見過ごすはずがない。
「じゃあな」
渾身の力で、キラーエイプの心臓に狙いを定め、剣を刺しこむ祐一。
大剣が、深々と体に飲み込まれる。
『ァ……ッ』
ゴプッ、と血を吐くキラーエイプ。
即座に剣を抜くと、その箇所からも、ゴボゴボと血が溢れ出す。
その目から光が失われていく。
そして、断末魔の声を上げることもなく、キラーエイプは力なく沈んだ。
「あっちは……?」
ホッとした様子の茜に手を振ってみせると、改めて詩子と香里の方へと駆け出す祐一。
かなり強い攻撃をくらっていたのに、意外にタフだ。
というのも……
「あ〜、鎖かたびら着込んどいて良かった……」
つい呟く祐一。
長い戦いになることを想定し、防御力を上げるために、鎖かたびらを装備しておいたのだ。
鍛冶師のオヤジに頼んでいたもの……それがこの鎖かたびら。
動きを制限しない程度の重さで、且つ防御性能もそこそこに高い。
祐一が装備するにはうってつけ。
一つ息をついて、2人の方へと向かう。
祐一の視界の先では、香里が、丁度剣を振りかぶったところだった。
「これで終わりよっ!」
『ッ……!』
香里の剣が喉を切り裂き、言葉を失うキラーエイプ。
どうやら、2人がかり故に、比較的楽に倒せたようだ。
祐一も、ホッと一安心。
そこで、祐一に気付いたのか、香里がこちらに振り返る。
「あら、相沢君、少し苦労したみたいね」
香里も勝利を確信し、その場を離れながら、歩み寄ってきた祐一に笑顔を向けた。
その時。
「まだ生きてるよっ!」
詩子の声が、空気を震わせる。
ハッとして見ると、喉の傷が浅かったのか、血を噴き出しながらも、腕を振りかぶるキラーエイプの姿が、香里の目に飛び込んでくる。
一瞬の油断。
硬直する香里。
そして。
『ガ……ッ……!』
喉から溢れる血の量は決して少なくない……放っておけば間違いなく失血死するだろう。
だが、まだ動ける。
まだ、戦える。
最後の力を振り絞って、場を離れつつあった香里に向かって、両の拳を振り下ろす。
祐一はまだ遠い。
さらに遠い詩子も、魔術を発動できない。
茜だって何もできない。
香里は、動けない。
スローモーションの世界。
祐一の周りから、音が消える。
ゆっくりと振り下ろされていく拳。
祐一だけでなく、茜も、詩子も、何かを叫ぼうと口を開いている。
だが、香里には届いていない。
ただ目を見開き、予想外の事態に身を固めているだけ。
もうダメだ……そんな想像が頭を過ぎる。
香里が死ぬ…………かおりがしぬ…………カオリガシヌ…………
“マタ”、タスケラレナイノカ…………?
“マタ”、メノマエデナカマニシナレルノカ…………?
“アノトキ”ノヨウニ…………?
「やめろぉぉぉっ!」
祐一の叫び声……静寂を打ち破り、時間の壁を壊す声。
それでも、キラーエイプの動きは止まらない。
香里も、動かない。
拳が香里を捉えた……そう誰もが思った次の瞬間に、ソレは起きた。
身を震わせるほどの大音響。
地上のものを巻き上げながら、場を駆け抜ける何か。
その速さ、まさに風の如く。
『ガバッ……!』
と、血を撒き散らしながら、キラーエイプの体が、いきなり空高く跳ね上げられる。
まるで下から何かに突き上げられたかのように、拳を振り下ろすこともできず、キラーエイプは上空に吹っ飛ばされた。
それにも関わらず、香里には、一切のダメージがない。
ただ、髪を大きく巻き上げられただけ。
それは信じられない光景。
「え……?」
香里が驚きの声を上げ、反射的にそれを見上げた次の瞬間に。
またも、凄まじい衝撃音が、耳をつんざく。
今度は分かった……香里も、詩子も、茜も、分かった。
風のような何かが、空高くあるキラーエイプの体のさらに上空に集まり、そしてその体にぶつかっていた。
姿を目で捉えられたわけではないが、渦を巻いた何かの存在が、確かにそこには感じられた。
信じられないが、答えは1つ。
何らかの存在が、キラーエイプの体を空中へと叩き上げ、そして、今叩き落そうとしている。
それに気付き、香里が急いで横に転がる。
硬直していた体は十分に動かなかったから、転がることしかできなかったのだ。
そして、刹那後。
今度は、重い物体が地面に叩きつけられる音。
凄まじい勢いで落下したキラーエイプの体が、大地を激しく揺らす。
だが、各自がそれに考えを巡らせる間もなく、次の事態は起こってしまう。
「えっ?!」
「っ! 祐一っ! 香里っ!」
キラーエイプの体が叩きつけられた部分を中心に、大地が突然崩落したのだ。
それはまるで、地上のものを喰らおうと、大地が大きく口を開けたかのように。
当然、その近くにいた祐一と香里は、それに飲み込まれてしまう。
一瞬の浮遊感。
響く詩子と茜の声。
けれど。
「……」
「え……?」
2人はそれに反応することもできなかった。
気を失ったかのようにふらつく祐一と、突発的な事態に混乱しているような香里は、ただ重力に従うのみ。
茜と詩子が駆け寄る間に、祐一と香里は、もう闇の底へと姿を消していた。
言葉もなく闇を見据える茜と詩子……2人もまた、混乱していた。
覗き込んだ闇は深く、それこそ地の底まで繋がっているように見える。
何が起きたのか?
確かなことは2つ。
普通では助からなかったはずの香里の危機を、何かが救ったこと。
そして、その何かのために、香里と祐一が、地下へと飲み込まれてしまったこと。
「……一体……?」
「な……何なの……?」
茜と詩子の言葉に答えるものは何もない。
順調だった探索に、初めて訪れた試練のときか。
分断されてしまった、祐一&香里と茜&詩子。
香里を助けたのは何なのか?
2人は果たして無事なのか?
さてさてどうなる? 4人とも。
目的地はまだまだ遠い。
後書き
ちょっぴりシリアス風味。
ども、GaNです。
色々とややこしいお話でごめんです。
とりあえず、何が起こったか、とかは置いておきましょう。
まぁ、魔物の巣窟だけに、一筋縄ではいかないってことです。
さ〜て、頑張って書いてかないと。
にしても、今回はちょっと難儀しました。
こう、テンポが悪いというのか、そんな感じ。
まぁ、シリアスっぽいお話だと、しょうがない部分はありますけどね。
こんなんだと、お気楽の名が泣くぞ、と(え?)
けど、もっと先では、もっとシリアスな部分があったりするんですよね〜……
とりあえず、最後には笑顔になれるような、そんな文章を目指す、と言うことで(強引に締め)
ではでは、また次回にお会いしましょう。