パチパチ、という音が耳に響く。

そんな音に合わせて、火の粉が飛び散る。

紅い火が闇に映える。

そして、その火に照らされる4人の顔。

全員の頬が紅に染められている。

夜も更けて、辺りは既に真っ暗だ。


「ん〜、そろそろ寝るか?」

「さんせ〜い……」

「そうですね……」

「ホント、眠そうね」


祐一の提案に、とりあえず反対意見はなさそうなので、寝床の準備にとりかかる。

祐一は1人用の、茜と詩子は2人用の圧縮テントを準備。

と、香里は……





「あれ? 圧縮テントは?」


設置完了した祐一が、不思議そうに問いかける。

確か、準備しとくように言ってたはずなんだけど。





「……あ」


香里の表情は驚き一色……これはもしかして?


「もしかして忘れちゃったの?」

「……そうみたい」


驚きとともに発せられた詩子の言葉に頷く香里。

ちょっぴり青ざめてるっぽい。

一瞬訪れる静寂。


「……どうしましょうか」

「え〜……っと……」


らしくないミス。

栞のこと、旅路のこと、そうしたことにばかり気を取られ、また大概の荷物は祐一達が準備してくれていたので、つい忘れてしまったのだ。

しかし、やぁ失敗失敗、と明るく済ませられる問題じゃない。

さすがに地面に寝転がって、というわけにもいかないだろう。

これではお手上げ、どうしようもありません。

さてどうするか? と悩んでいたら。





「しゃーないか。ほれ、香里、これ使え」

「え? でもそれって……」


祐一が頭をがしがしとかきながら指差したのは、自分がたった今設置したばかりの1人用テント。

香里は、ちょっとびっくり……それを香里が使ったら、祐一はどこで寝るのだろう?


「あぁ、心配すんな。寝袋があるから」

「……いいの?」


同じく圧縮グッズの1つ、寝袋を取り出しながら言う祐一に、香里の心配そうな言葉が重なる。

そう……圧縮テントには、簡易ながらも防護魔術がかけられており、多少の防御性能を持っている。

だが、圧縮寝袋には、そんなものはない。

ただの寝袋……とてもとても安眠には適しません。

だからこそ、香里は少し心配そうに言うけれど。





「へーき、へーき。何とかなるよ」


祐一は変わらず軽い調子。

心配させまいという気持ちと、遠慮しそうな香里への配慮からの発言だろうけど、でも、根本的な解決にはなってない。





「うーん、それじゃ祐一、私達のテントで寝る?」


笑顔で発せられた詩子さんの言葉。

けれど……


「何言ってんだよ。そのテント2人用だろ? 3人も入れないって」


祐一の言葉通り、そのテントは2人用。

だからムリだと言ったのだが。


「ん? 引っ付いて寝れば大丈夫だよ」

「なっ……引っ付いてって、そりゃムチャだろ!」


ちょっぴり慌てふためく祐一。

そりゃそうだ……宿で同部屋というのとはわけが違う。

3つのベッドで別れて寝るのと、おんなじベッドで引っ付いて寝るの……それは全然違うだろう。

ということで、顔が赤くなっちゃうのも仕方がないところ。

赤く照らしてくれる焚き火に、少し感謝をしてみたり。


「だいじょうぶだって♪」

「そうじゃなくてなっ!」


楽しそうに笑いながら詩子が言う……もしかしたら、単にからかっているだけかもしれない。

ともあれ、それから数分間、話が長引いた挙句、祐一は寝袋に決定。

誰かが、残念そうな、ホッとしたような、そんな表情をしてたのは、ここだけの秘密。















のんびりお気楽夢紀行


16ページ目  森を歩けば















一夜明けて早朝。

まだ日も昇りきらぬ頃。

少し冷えた空気と、空高く飛ぶ鳥の鳴き声に呼び覚まされたかのように、祐一の意識が覚醒へと導かれる。


「ん〜……あぁ、そか。俺、寝袋だったっけ」


第一声がこれ。

まぁ、目を覚ましてすぐ目に入ったものが青い空となれば、それは驚きもするだろう。

それでなくとも、寝起きでボーっとしている頭。

昨日の一悶着も忘れて、何でテントじゃないの? と疑問に思ったとしても、誰がそれを責められようか、いや責められない(反語)。

さておき。





「ん…………はぁ〜、とりあえず起きよ」


深呼吸1つ後に、もぞもぞと寝袋から体を起こす祐一。

そして立ち上がり、体の各関節の動き具合を確かめるように、ストレッチをしてみたりする。

多少硬くなってはいるものの、さして問題があるわけでもなさそうだ。

とは言え、やっぱりテントより寝心地は悪い……頑張って、パパッと終わらせることを改めて決意したりする。





自分の手元の鞄を探って、着替えを手早く済ませる……3人が寝てるうちに済ませないと、色々とマズいから。

着替えも終わって、寝袋も片付けて、さてどうするか、と考えていると、テントの1つの入り口が開く。

そこからひょこっと顔を出した香里と目が合う。


「おはよう、相沢君」

「おう、おはよう、香里」


一瞬後、香里が笑顔で朝の挨拶を祐一に送る。

当然、祐一も笑顔で答える。


「ゆっくり休めたか? 今日は大変だぜ」

「えぇ、おかげさまで。ありがと」


祐一の言葉に、優しい笑みを浮かべながら礼を言う香里。

朝の静寂の空気もあってか、どこか見とれてしまうくらいに、それはきれいな笑顔だった。


「あ、あぁ、まぁ気にすんな」

「?」


ちょっと横を向いた祐一と、少し疑問顔の香里。

少し不思議な光景。

けれど、それも長くは続かない。

なぜなら……





「あっかね〜! あさだよ〜! 起きて〜!」

「……ねむいです……」

「あぁ〜、また寝ちゃうの禁止〜!」


愉快な声が、もう1つのテントから響いてきたから。

まぁ、本人達にとっては真剣そのものなんだろうけど、やっぱりちょっと笑ってしまいたくなる言葉達だった。

なかなかに苦戦しているご様子で。


「ははっ、相変わらずだな」

「ふふ……朝が弱いってホントなのね」

「あぁ。まぁ別にいいんだけどな……お、そうだ。香里、お前も起こすの手伝ってやってくれよ」

「そうね、分かったわ」


少し笑いながら言葉を交わした後、香里がテントの中に入っていく。

祐一は、朝食の準備だけでもやっておくことにした。


「あ、香里、手伝ってくれるの?」

「えぇ。ほら、起きなさいって、茜」

「香里まで、私の睡眠を邪魔するんですか……?」

「もう朝よ」

「そうだよ、茜」

「あと少しだけ……」

「「ダメ」」


いつの間にやら、お互いに名前を呼び捨てにするようになっている女性陣。

それゆえに、起こすことにも遠慮はありません。

実力行使も辞さない覚悟。

さぁ、まず朝1番の決戦だ。

……ちょっと大げさかもしれないけれど。










「ごちそうさまっ」

「ごちそうさま〜♪」

「美味しかったです」

「あら、ありがと」


ニコニコ顔の4人。

それもそのはず。

今日の朝食は、現役料理人の香里が作ってくれたのだから。

いつもは茜の仕事だけれど、香里が作ってくれるという言葉に甘えることに。

結果でてきた朝食は、4人のお腹を優しく満たす。

味は絶品、量もばっちり。

それは満面の笑顔にもなろうというものだ。





「さ〜て、と……」

「いよいよだね〜」

「はい、ここからが本番です」

「えぇ……」


食後しばらく休憩の後、森の目前まで移動。

そして今、森の一歩手前で気合を入れているところなのだ。

鬱蒼と茂る密林……人の手も、陽の光も及ばぬ、魔物達の領域。

何の目印もなく、詳しい地図もない、天然の迷宮。

目指すはそこの最深部。

決して簡単ではないだろうが、それでも進まなきゃならない。


「うし、んじゃ行こか」

「お〜」

「はい」

「そうね」


悩んでたって、怖がってたって、問題は解決しないのだから。

時間をムダにするくらいなら、少しでも先に、少しでも早く。

いざ行かん、未踏の地へ。

決意を胸に、森の中へと歩を進める祐一達。

その姿が完全に森の薄闇の中に消えるのに、時間はさほどかからなかった。















「むぅ、進みにくいな……」





どこかで鳥か獣かが不気味な鳴き声を上げている、そんな森の中。

先頭に立ち、進行の邪魔になる植物群などを排除しながら進むのは祐一。

陽の光も遮られるほどの高く大きな植物達の根元付近でありながら、なぜにこれほど生息しているのか?

そう問いたくなるほどに、彼らの行く手を阻む植物群は多かった。

このあたりは自然の神秘と言えるかもしれない。



少し薄暗い森の中を、彼らはざっくざっくと進んでいた。

あるいは木の枝を切り払い、あるいは足元の植物を薙ぎ倒し。

まぁ大丈夫だろうけど、苔むした根元で足を滑らさぬよう気をつけながら、森を歩き続ける。

歩く速度は、そういうわけで決して速くはない。

ひんやりとした空気が辺りに満ち、そんな雰囲気もまた、この森林の神秘性に拍車をかける。

澱んでいるというよりもむしろ澄んだ空気なのだが、なぜかそれが重苦しく思える。

森に息づく魔獣の気配がそうさせるのだろうか?





「何かすごい森だね〜」

「太古の頃より、この地に根ざし、保存されてきた天然の迷宮……といった風情ですね」

「不思議な感じ……まるで森そのものが、1個の生命体みたいな気がするわ」


その後ろを歩く3人もまた、この森に何かを感じているらしい。

静かに息づき、静かに命を繋いできた、そんな世界。

そう、ここはもう人間達が住んでいる世界とは切り離された、別世界なのだ。



耳を澄ませば、森の息吹が聞こえそうな。

無心になれば、森の話し声を聞くことさえできそうな。



そんな不思議な感覚。



神聖にして荘厳な。

雄大にして絶対の。



そんな不可侵の世界。





「なぁ、この方向であってんのか?」

「はい。幸い方位磁針はちゃんと機能してますから」

「うんうん、助かるよね」

「そうでなかったら、お手上げよ」


幸いと言うか何と言うか、方角を間違えることはなさそうだ。

そうでなかったら、文字通り迷宮……出ることさえも叶うかどうか。

1つ頷くと、また改めて前進していく。

けれど。










ガサガサッ、と植物を掻き分ける音。

一瞬で場が緊張に包まれる。


「……来たな」


祐一の呟きとともに、臨戦態勢に入る4人。

そんな簡単に先に進ませてくれるわけもない。

ここは魔物達のテリトリーで、祐一達は侵入者。

戦闘にならないわけがない。

油断なく構えながら、戦いやすいように、少しずつお互いの距離をとるように動く。

そして。





『ゴァァッ!』


そんな叫びを上げながら、茂みの中から飛び出したのは、オーガが3体。

緑色の体表をした、いわゆる鬼のような存在で、身長は3m近くある巨体。

そんな魔物が、太い木の枝……これはもう、棍棒と言うべきかもしれないが……を手に、力任せに殴りかかってくる。

一足飛びでその場を離脱し、第一撃を全員が回避。

だが、当然回避だけで終わるわけがない。





「はっ!」


香里が、その鋭い剣でもって、まず目の前のオーガの棍棒を根元から斬る。

いきなりダメージを狙うのではなく、まずは相手の攻撃力の低下を狙う……攻撃力に劣ると自覚している香里ならではの攻撃法だ。

これにより、相手の攻撃力とリーチの低下は確実。

そして、香里はバックステップすることにより、他の2体から距離をとる。

状況は分かりやすい……香里に1体、祐一に1体、詩子に1体。





「っ……」


そんな香里とは対照的に、祐一は目の前のオーガの棍棒の攻撃を、ただ回避し続けている。

澄んだ空気を切り裂くように、重い攻撃が祐一に迫る。

くらえば、最悪即死もあり得る攻撃……セオリー通りにいくなら、香里の戦法を選ぶべきかもしれない。

けれど。


「当たるかよっ!」


速度もある。

威力もある。

だが、まだ甘い。

この程度なら、余計な行動はいらない。

オーガの攻撃は、モーションがいちいち大げさで、その軌道を読むことは難しくないのだから。

知性に乏しい力馬鹿。

だからこそ、回避は容易で、恐怖はない。

最小限の動きでただ回避し続け、目的の攻撃を繰り出してくるのを待つ。

と。


『ガァッ』


いつまでたっても攻撃が当たらないことに苛立ったのか、オーガは棍棒を力任せに上から振り下ろしてきた。

これもまた問題なく回避。

すると棍棒は、大地に振動を伴って突き刺さる……これこそが、最大の勝機。

その馬鹿力故に、深く突き刺さった棍棒。

これを引き抜いて再度攻撃に移るには、かなりの時間がかかってしまう。

そして、それを待ってやる義理なんかないのだ。

即座に攻撃に移った祐一の剣が閃く。


『ギャァ……!』


断末魔の悲鳴が、途中で途切れる。

最初の一撃で相手の腹部を斬り裂き、さらに返す刀で相手の喉を斬り裂いたのだ。

さすがにこれには耐えられない……そのオーガが力なく倒れた時には、祐一は香里の方へと駆け出していた。





『グゥッ!』

「当たんないよっ」


振り回される棍棒を涼しい顔でかわしているのは、詩子も同じだった。

彼女の動きの速さは、オーガのような鈍重な魔物が及ぶところではない……要するに、“相性が悪い”ということだ。

最小限の動きで回避しながら、確実に魔力を練ってゆく。

茜に至っては、魔術発動の準備さえしていない……こんなところでムダ使いするわけにはいかないから、それも当然だけど。

そして。


「ほいっ」


相手の攻撃を潜り抜けざま、するっと相手の体のそばまで接近し、一気に魔力を展開する。

触れるような位置から、強力な炎が一瞬にしてオーガの体に絡みつく。

紅く染まり、焼けてゆく体。


『ゲァアァァッ!』


苦悶の声を漏らすオーガ……生命力が高いが故に、まだまだ死にそうにない。

だからか、詩子は冷静に追撃を加える……今度は叫び声を発するために開いたその口に。


「止めっ!」

『……ッ!』


悲鳴にもならず、口から炎をちらつかせながら、オーガが倒れる。

倒れた体は、ほどなくしてその動きを止める……さすがに体内から焼かれては、生きていられるはずもない。

そして、ガッツポーズの後、茜とハイタッチを交わす。

余裕の勝利。





「はっ!」

『ガァッ!』


無難にヒット&アウェイを繰り返す香里。

オーガはまるでスピードについていけず、その拳は空を切るばかり。

このまま行っても、間違いなく香里の完全勝利なんだけど。


「隙あり」


突如乱入した祐一が、後ろからその心臓を一突きにする。

オーガは、目を見開き、苦悶の表情のまま、力なく倒れる。

引き抜いた傷口から血が溢れて流れていく。

剣を一振りして血を払う祐一は、涼しい顔だ。





「相沢君」


いきなり乱入されたからか、香里は少し不満そうだ。

獲物を横取りされたという心境なのかもしれない。

けれど。


「まぁ文句言うなって。俺達の目的は魔獣退治じゃないんだし」

「あ……」


そう、目的地はまだ遠く、相手もまだ多い。

時間も体力も、ムダには使えない。

されば、隙を見つけて攻撃するのは至極当然。

正々堂々とか、自分の意地とかは、この際どっかに置いておこう。

栞を助けるためなんだから、そのための最良の行動をとらなければ。


「そうね、こんなところでムダに消耗できないわね」

「そういうこと」


そこでにっこり笑いあった香里と祐一。

そして、そこに合流してくる茜と詩子。

まだまだ道は遠いけど、とりあえず今のところは順調だ。

さてさてこれから何が待つ?


















後書き



ふぅ……というわけで、森に侵入開始〜なお話でした。

ども、GaNでっす。



戦闘シーン入れると、容量が増えるな……(爆)

や、何だかかんだか、いつまでたっても戦闘シーンが上手く書ききれない……

こう、長ったらしい割りに、あっさり終わってるって気がしてしまいます。

と言って、あんまりくどくどと、あっちを攻撃こっちを回避、とか書いても、それはそれで見にくいでしょうし……

まだまだ暗中模索です。



さてまぁ、まだまだ苦戦とかトラブルとか起きてませんが(っていうか初っ端から起きててたまるかってトコです)、これからです。

これから、それなりに苦労してもらいたいところです。

祐一くんも茜さんも詩子さんも香里さんも。

どうなるでしょうね(ニヤソ)



それではまた次回にお会いいたしましょう。

あ〜、何話くらいになるかな〜、美坂姉妹編は。

かなり長くなりそうなんですよねー……(遠い目)

……ボチボチいこっと。





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