「出発、だぁーっ!」
「しゅっぱーつっ!」
「……行ってきますね」
「……行ってきます」
翌日の午前10時、街の入り口にて、数人の人影があった。
そのうちの2人が気勢をあげる横で、静かに挨拶する2人の声も小さく響く。
静かな2人は、気合を前面に押し出している2人を見て、逆に冷静になっているのか、はたまたブレーキ役を担うことを予感しているのか。
ともあれ出発直前の4人。
誰が誰なのかは、まぁ言わずもがなというヤツだろうか。
当然、祐一&詩子&茜&香里である。
「はい、絶対ムリはしないでくださいね」
「皆さん、気をつけてください。香里をよろしくお願いします」
「香里、ムリはダメよ。皆さんも、どうかお気をつけて」
それを見送るのは、栞と、姉妹の両親。
少し不安げに、でも頼もしげに見るその眼には、心配と期待が入り混じっていた。
栞は、とにかく4人の無事と安全を祈っている。
その眼には、申し訳なさはもうなくなっていたが、やはり心配そうな色は隠しきれなかったようだ。
まぁ、それも無理もない。
魔物はたっぷり。
危険はどっぷり。
魔物退治が仕事じゃないわけだから、安全策をとっていくだろうけれど、それでも戦闘は避けられないはず。
だからこそ、心配するのも仕方がない。
けれど。
「ん? あぁ、大丈夫ですって。安全第一をモットーにいくつもりですしね」
「うんうん、心配なんていらないですよ〜」
「ご心配なく。絶対に4人で帰ってきますので」
「父さん、母さん、栞。心配しないで、大丈夫だから。ちゃんと目的のものを持って帰ってくるから」
明るく笑顔で、そう返す4人。
暗い影など微塵も見えない。
そんな笑顔を目にすれば、見送る3人の不安も薄れてゆく。
「……はいっ! きっと大丈夫ですよね!」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いしますね」
栞が力強く頷く横で、静かに頭を下げる姉妹の両親。
不安げな顔で見送っては、むしろ4人に悪いだろう。
そう考えればこそ、また信頼すればこそ、3人も笑顔で見送れる。
頑張ってくれる人に対しては、心配をするより期待を抱くべきだろう。
不安になるより、安全を信じるべきだろう。
後の再会を誓い合い、4人が笑顔で出立。
後の再会を信じ、3人が笑顔でお見送り。
暖かい陽光が、街の入り口と7人を、優しく照らし出していた。
のんびりお気楽夢紀行
15ページ目 いい日旅立ち
「はぁっ!」
遮るもののない広い草原に、気合のこもった声が響く。
低い軌道で振るわれた祐一の剣が、目の前のサーベルタイガーを、足元からすくい上げるように斬り裂いた。
ほとんど抵抗もなく、きれいに左右に真っ二つ。
鮮血が辺りに飛び散る。
『ガォォッ』
と、視線の向こうで、香里に襲い掛かるもう1体。
見れば、香里は別の1体を倒した直後らしく、そいつに背中を向けている。
詩子は別のヤツの相手をしているところ。
茜は後方待機。
すわピンチか、と思い、祐一がそちらに飛び出そうとした刹那。
「おぉっ」
飛び出すことを忘れ、思わず感嘆の声を漏らす。
どうやら心配は無用だったらしい。
背中を向けていたのだが、香里はその場で綺麗に素早く3回転。
1回転ごとに、サーベルタイガーの体を、これまた綺麗に斬ってゆく。
最初は前脚、次は牙、最後に首。
サーベルタイガーの飛び掛る速度をさらに超えた速度で繰り出された斬撃は、力ではなく速さに主眼を置いた攻撃。
結果、前脚を弾き、牙を砕き、喉をぱっくりと斬り裂いた。
『ゴボッ……』
悲鳴にもならず、喉からゴボゴボと溢れ出す鮮血。
力なく倒れる体。
死にきれずもがいているその身に、香里が冷静に止めの一撃を振り下ろす。
なるほど、十分に強い。
「やるじゃん、香里」
「ホントホント」
「はい、これなら十分戦えますね」
襲い掛かってきたサーベルタイガーを全滅させ、笑顔で香里を褒める3人。
茜の言うとおり、この分だとこれからも戦っていけそうである。
冒険者でもないからどうかな? などと思っていたのが、嬉しい誤算だ。
「あら、ありがと。でも、あなた達には負けるわよ。さすが経験豊富って言うだけあるわよね」
香里は、少し照れながら、でも3人に賞賛の視線を送る。
まぁ、それも当然。
襲ってきたサーベルタイガーは10体。
道を歩いていて、隣の林からいきなり飛び出してきたのだ。
驚いたのは香里1人。
祐一はすぐに剣を抜き放ち、詩子も牽制するように炎を撃って、そしてその隙に茜は後方に移動し、魔術の準備。
洗練されたフォーメーションと言おうか、経験の差がそこに出ていた。
不測の事態にも、まるで焦らず自然に対応……それができなきゃ生きていけないことを、香里は肌で感じた。
とは言え、祐一と詩子の先制攻撃のおかげで我を取り戻し、すぐに香里も攻撃に参加。
後は前述の通り、4人の圧勝に終わりました、というわけである。
ちなみに内訳は、祐一が4体で、香里が2体、茜と詩子が4体である。
とにかく、実力の違いよりも、経験の違いを見せ付けられた格好だ。
ともあれ。
「まぁそうかもしれないけどさ、香里も胸張っていいと思うぞ」
「うんうん」
「はい、これからも期待してますね」
「そうね。もちろんやるわよ、あたしにできる限りのことを」
とりあえず、この最初の戦闘の成果は大きかったと言えそうだ。
香里のこともそうだが、それに加えて。
「ん〜、でもこの剣、格段によくなってるよ、マジで」
「あ、確かに剣速からして違ってたもんね、今までと」
「はい。それに祐一もレベルアップしてますよ」
鍛え直した剣の斬れ味に感嘆の息を漏らす祐一と、それに同意しつつ、さらに付け加える詩子&茜。
攻撃力の増加は、剣だけによるものじゃない、と。
あの魔物の巣攻防戦は、彼らにとっていい経験になった、ということだろう。
その後も4人は、もちろん警戒を怠ることなく、けれどある程度はリラックスした状態で街道を進んだ。
途中襲ってくる魔物を蹴散らし、道を確かめながら。
実に順調な旅路。
4人は、足取り軽くお昼まで歩き続けた。
「「ごーはん♪ ごーはん♪」」
「……もう少しです」
「…………ねぇ?」
唱和する祐一&詩子の声に何の動揺もなく返す茜に対し、香里が恐る恐るといった感じで問いかける。
少し引きつり気味の頬が、ちょっぴり印象的。
「「はーやく♪ はーやく♪」」
「……何でしょうか?」
「その……いつもこうなの?」
これ以上幸せそうな笑顔はないだろう、と思えるくらいの2人に目をやりながらの香里の問いかけ。
気楽な2人の様子が、彼女の常識に疑問の提唱を促したというところだろうか。
で。
「「まーだか♪ まーだか♪」」
「えぇ、そうですけど……はい、できましたよ」
「そ、そうなの……大変ね、ホントに」
冷や汗たらり。
どうも自分の知る日常とは、斜め45度ほどズレているらしい……そんなことを思ったとか思わなかったとか。
その数字の出所は不明だが。
ともあれ、目の前の光景に衝撃を受けているうちにも、4人の前には美味しそうな昼食が並ぶ。
昨日買ったばかりの新鮮な食材を用いた料理……美味しくないはずがない。
一際目を輝かせるのは、祐一&詩子。
「いっただっきま〜す♪」
「ま〜す……って、何か祐一だけ豪華じゃない?」
笑顔の祐一と対照的に、詩子はちょっと疑問顔というか不満顔というか。
確かに、祐一の目の前のメニューと詩子の目の前のメニューを比べた場合、差が存在することは否定できない、断じて。
「それは約束ですから」
「う〜、そういえばそうだった……」
「サンキュ、茜」
「どういたしまして」
納得しつつも、少し残念そうな詩子……やはり美味しい食事は旅の醍醐味。
やっぱりどうにも諦めきれない……まぁ、しょうがないわけだが。
「? どうしたんです? 食べないんですか?」
「え? う、ううん、食べるわ、もちろん」
ちょっとしたショックのようなものを受けていた香里も、茜の言葉にどうにか自分を取り戻した様子。
まぁ、彼らの食への執念を知らなければ、硬直してしまうのも無理はないところ。
何というか、危険な旅を潜り抜けてきた冒険者、というモノに抱く印象とは、どうしても重なりにくいから。
危険云々よりも、むしろ微笑ましい光景にしか見えない。
まぁ、これも彼らの個性なのだ、という風に考えた方がいいのだろう、きっと。
「ぷは〜、美味かった〜。ごちそうさまでしたっ!」
「ごちそうさま〜♪」
「はい……」
満足気な笑顔で満足気な言葉を紡ぐ祐一&詩子に、微笑みながら言葉を返す茜。
香里の脳裏に、“手のかかる子供と優しい母親”という構図が、なぜか浮かび上がってくる。
『……これも個性よ、うん、きっとそうなのよ』
心の中で、静かに呟く美坂家長女。
何というか、もっとこう、危険な旅路の食事の光景なんだから、少しくらい緊張感があってもいいんじゃないのか? とか。
このほんわかのんびり穏やかムードは一体何なの? とか。
それともこれが常識なの? 旅人はみんな、食事時にはのほほんとしてしまうものなの? とか。
そんな風な思考が頭の中をぐるぐると駆け回っていたのだが。
まぁ、それなりに見通しのいいところなわけだし、魔物の襲撃があれば気付くのだから、問題はないのかもしれない、と、どうにかこうにか心に折り合いをつける。
「どした? 香里? 何か心配事か?」
「あれれ? 何かボーっとしてるね?」
「どうかしましたか?」
いろんな意味で慣れてる3人は、そんな香里の苦悩なんて露ほども知らず、きょとんと首を傾げるばかり。
いやはや、経験豊富とは、こういうところにも当てはまるのだろうか?
「え? う、ううん、何でもないわ」
「そか、ならいいけど」
「何かあるんだったら遠慮なく言ってね♪」
「そうですよ。気になることがあるなら、いつでも言ってくださいね」
優しく微笑む3人。
そんな3人の言葉に、香里も笑顔を見せる。
とりあえず、単に気を抜いてるだけ、というわけでもないらしい。
休める時に休んでおこうということだろうか。
まぁ、休む時にはしっかりと休む、確かにこれは大切だ。
考えてやっているのか、はたまた単なる天然か。
どちらかはわからないけれど、でも、理には適っている。
とにもかくにも、信じることにしよう。
食事も終わって、とりあえず一服。
食後すぐの運動はいけません。
ということで。
「ん〜、でさ、結局目的地まであとどんくらいなんだ?」
「結構来たよね」
「はい。このペースで行けば、日没までには森の手前に着きますよ」
「えぇ。で、今日はそこでキャンプっていうことになるわね」
問いかける祐一&詩子に対し、地図を広げながら茜と香里が返事をする。
魔物と幾度か戦闘したし、これからもすることになるだろうけど、街道に出る魔物ならば、そこまで苦戦することもなく。
まぁ、だからと言って、これからもそうだとは言い切れないものの、距離を考えれば、十分日没までには着くはずだ。
「ふむふむ、順調だな」
「うんうん、順調だね」
「というより、こんな出だしで躓いてどうするんですか……」
「そうね、問題は森に入ってからなんだし」
だけど、それも当然。
森に住む魔物と街道の魔物。
どっちが強いかなんて、比べるべくもない。
それはもう、火を見るより明らかである。
加えて、森の中という戦いにくいフィールド。
大自然の織り成す天然のトラップは、人の作るそれよりも、遥かに雄大で、遥かに危険だ。
慎重に、且つ迅速に行動するという、実に矛盾した要素を同時に求められてしまう。
一筋縄ではいかない相手なのだ。
けれどまぁ。
「大丈夫だって。きっと上手くいくさ」
「そうそう。だいじょぶだいじょぶ♪」
「……まぁ、悲観的になるよりはいいですけどね」
「ホント、羨ましいわね、その楽観的思考」
どこまでも前向きな2人と、どうにも呆れ加減な2人。
でも、呆れてる感じの2人にしても、深刻な様子は窺えない。
行く前から悲観的になってどうするのか?
警戒するだけじゃ何も変わらない。
信じて進むと決めたのだから。
だったら、このくらい前向きの方が都合がいい。
怯えてるヒマがあるのなら、足を進めよう。
震えてるヒマがあるのなら、剣を振るおう。
積極的な2人に元気をもらい、茜と香里も微笑みながら談笑を続ける。
警戒を忘れちゃいけないけれど、警戒するだけじゃダメなんだし。
祐一&詩子がアクセルで、茜&香里がブレーキ。
何だかとってもいいチーム。
「よーっし! じゃあ行くかっ!」
「おーっ!」
「はい」
「えぇ」
明るい笑顔をそのままに、意気揚々と歩き始める4人。
元気に仲良く行進を。
目的地まではまだもう少し。
目的のモノはまだまだ遠い。
だからこそ。
彼らの歩みは止まらない。
4人の速度は変わらない。
当然笑顔も消えたりしない。
そんな旅立ち第1日目。
後書き
ふぅ、のんびりお気楽の言葉通り、まだ森にも着かないよ……どもです、GaNでござります。
いやはや、香里さんはスピードタイプということで。
まぁ、そこそこ戦えそうな予感。
あくまでも、そこそこ。
さて、どうなることやら。
や、まぁ結構長引きそうな気配がしますねぇ、どうしても。
とりあえず、じ〜っくりと話進めていきます。
細かいトコまで考えないとな〜……どうしようかな?
ラストシーンとか、森の中でのエピソードみたいなのは考えてますけどね。
戦闘はどのくらいになるか、全く分かりません。
戦闘シーン書くときって、もう無心というか何というか、筆の進むままに〜って書き方ですから。
こんなものですが、これからも読んでいただければ幸いです。
え〜、それでは今回はこの辺で。
また次回にお会いしましょう。