「うん、やっぱ美味い」
「美味しい美味しい♪」
「……」
明けて次の日。
宿の食堂にて、祐一達が朝食をとっていたのだが……
満足げな祐一&詩子に対し、少し物足りなさそうな茜。
その心は?
「やっぱこのくらいの味じゃないとな〜」
「だよね〜」
「……もう少し甘い方がいいです」
前日の栞特製メニューの効果だろうか……朝食が淡白な感じを受けるのだ。
別に、今日の味付けが甘さ控えめとかそういうわけでもない。
昨日の朝食の味付けと、何も変わってはいない。
あくまでも、栞が特別なのである。
結果、甘さにやられてた祐一&詩子は、今日のメニューが美味しく感じられる。
反面、甘さ全開の昨日のディナーに舌鼓を打っていた茜は、不満に思ってしまう。
まぁ、良くも悪しくも栞のメニューは、色々な点で様々な禍根を残した、とも言える。
と言っても、残すわけにはいかない、そりゃもう絶対に。
茜は、少し不満げな様子を崩さなかったが、それでもちゃんと全部食べていた。
そんな茜の様子に、ちょっと苦笑しつつ、詩子が話の口火を切る。
「さて、と。今日はどーすんの?」
「ん? まぁ、まずは俺の剣を取りに行かせてくれよ」
「そう言えば、今日仕上がる予定でしたね」
祐一の言葉に、1つ頷く茜。
実際、剣がなければ、祐一に攻撃手段はない。
されば、取りに行かねば、何も始まらない。
「おっけ〜♪ んじゃ、その後で美坂屋に行こっ」
「だな」
「ですね」
自然な流れで今日の昼食は決定。
って言うか、昨日の段階で決まっていたも同然ではあったんだけど。
と同時に、祐一&詩子は、今日のメニューは香里に作ってもらおう、と考えてたりする。
また、茜は、ぜひとも栞に作ってもらおう、と考えてたりする。
似た者と言うべきか、言わざるべきか……ちょっとだけ複雑な気もしたり。
とりあえず、3人は笑顔で話しているわけだし、どっちでもいいんだろうけれど。
のんびりお気楽夢紀行
14ページ目 明日に備えて
「よっ、兄ちゃん。剣できてるぜ」
「おっ、さすがだな、オヤジ」
朝食後、一服してから宿を出る。
それから一直線にやって来た工房での1コマ。
双方とも、常連じゃないの? というくらいにくだけた口調。
そして、にこやかなやり取り。
どうやら2人はウマが合ったようだ。
まぁ、元々人の良いオヤジなのだろう。
そして、肝心の鍛冶の腕はというと……
「ほれ、これだよ」
「どれどれ…………へぇ、いい仕事してるな」
渡された剣を鞘から静かに抜き放ち、その輝きに満足気に頷く祐一。
今までの剣よりもやや鋭く、そして軽く。
力で相手を潰すのではなく、文字通り斬ることに主眼を置いたフォルム。
体への負担の軽減や、剣速の上昇も期待できる。
まさに祐一の望み通りの一品。
間違いなく、腕もいい。
「当然よ。お、そういや、もう1つ頼まれてたヤツも、ほれ、できてるぞ」
「おぉ、ありがとよ、オヤジ」
さらに、祐一に袋に入った何かを渡す鍛冶師のオヤジ。
笑顔で礼を言いながら受け取る祐一。
そしてそれからすぐに、オヤジと祐一の間で、武器談義が始まる。
鍛え直した剣についてあれこれ。
最近の武器のありようについてそれこれ。
近所の噂話についてこれこれ。
そんな風に展開される雑談を、遠巻きに見ている茜&詩子。
不思議そうな顔をしているのは、彼女達が魔術士だからか。
剣についての話には興味はないだろうし……まぁ、一部武器以外のネタが飛び交っていたりはするけれど。
ともあれ、それから少しの間、彼女達は待ちに徹することになる。
「悪い、待たせた」
「お帰り〜」
「気にしないでもいいですよ」
それからも結構ぺちゃくちゃと話し込んでた祐一も、ようやく2人のところに戻ってきた。
しばらく2人をおいて話し込んだことを謝る祐一に、けれど茜と詩子はにこやかに迎える。
自分達も待たせることがあるんだから、少し待ったくらいで怒りはしない。
そして、その後一言二言話すと、意味あり気な笑みを向けてくるオヤジに見送られ、3人並んで街へと歩き出す。
「ん〜……のどかだな、しかし」
「そだね〜」
「はい……」
空高くさんさんと輝く太陽が、活気溢れる街並みを明るく照らす。
空高く飛ぶ鳥の鳴き声が、優しげに響く。
吹き抜ける風もまた、優しく頬を撫でてゆく。
なんだか、眠くなりそうなくらいに気持ちがいい。
自然と、3人ともリラックスした気分になる。
「そーいや、買い物とかないのか?」
「あ、今買っといた方がいいよね」
「大丈夫です。必要なものはすでに買ってありますから」
のどかな雰囲気だけど、でも明日にはまた戦闘を交えた冒険に赴くのだ。
気を抜いてばかりもいられない。
必要なことはちゃんとやっとかないと。
もっとも、茜というしっかり者がパーティにいるのだ。
その辺りに抜かりがあるはずもない。
「ん。じゃ、一安心だな」
「うんうん」
「では、美坂屋に向かいましょう」
さてさて、やることがないのなら、とりあえず美坂屋に向かうことにしよう。
表向きは、明日の相談に。
本音は、あの姉妹に会いに。
だって、2人はもう自分達の大切な友人なんだから。
「いらっ……あ、祐一さん、茜さん、詩子さん。こんにちは」
美坂屋に到着した祐一達を出迎えてくれたのは栞。
まだ午前中だから、彼女が店で出迎えてくれるのも当然と言える。
ほんわかと和んでしまう微笑みがそこにあったためか、3人にもまた、微笑みが零れる。
「よっ、栞」
「こんにちは」
「こんにちは〜♪」
店先で雑談するわけにもいかないので、とりあえず席に案内してもらう。
で、席につくなり、奥から香里が登場。
「いらっしゃい、相沢君、茜さん、詩子さん」
「おぉ、元気そうだな、香里」
「こんにちは」
「やっほ〜、お仕事大変だね〜」
ひらひらと香里に手を振る祐一達。
笑顔の3人に、香里もまた笑顔を送る。
幸か不幸か、今は店にほとんど客もいない。
だからわざわざ出てこれたのだろう。
奥の方では、彼女の両親らしき人の話し声が微かに聞こえてたりもする。
「それでは、今日はどうしますか?!」
栞の気合満点の言葉。
早い話が、“私にお任せ”、と言いたいのだろう。
お任せすれば、きっと昨日のディナーに負けず劣らずのレベルのお食事が出てくるはず。
となれば、祐一&詩子の答えは1つ。
「「香里さん、よろしく!」」
「そ、そんなこと言う人嫌いです!」
そんな2人の言葉に、機嫌を損ねたらしく、ぷくっと頬を膨らませる栞。
けれど、不満げなその顔でも、どこか可愛らしく見えるため、祐一達にプレッシャーを与えることは期待できない。
と、そこに救いの手は差し伸べられた。
「栞さん、お願いしますね」
「あ、茜さん……」
期待を込めた眼差しを送る茜と、それに感動する栞。
2人の友情は不滅です……そんな感じの茜&栞の様子。
茜の味覚にジャストミートした栞のメニュー。
これは、茜の甘党ぶりに驚愕すべきなのか、それとも茜を満足させる栞の料理の味付けを驚愕すべきなのか。
ともあれ。
「分かったわ」
クスクスと笑いながら、祐一&詩子の要望に答える香里。
笑っているのは、栞の様子に対するものも含まれているのかもしれない。
くるくると変わる栞の表情は、客観的に見ても相当に可愛らしい。
となれば、姉である香里が、それを目にして微笑ましげな気分になるのは、至極当然のことと言えるだろう。
で。
「任せてくださいっ」
茜の期待に応えるかのように、どん、と胸を叩いて栞。
家族の誰も理解してくれなかった自分の料理の味方……そんな茜の期待に背くことなどできようか? いやできない!(反語)
されば、腕の限りを尽くしてみせましょう。
至高の甘味、至高の味わい。
自分の持てる腕を、余すことなく振るうことを、今ここで誓います。
気合満点の栞と、やはりどこか嬉しそうな香里。
頼もしげに微笑みながら見る茜。
少し引きつった笑顔の祐一&詩子。
美坂屋のお昼は、まぁそれなりに平和だった。
「「「いただきます」」」
「「はい、どうぞ」」
3人の唱和した声に、2人もまた唱和した声で返す。
祐一&詩子の目の前には、香里の作った普通のメニュー。
茜の目の前には、栞の作った激甘のメニュー。
メニューの違いはあれど、微笑みの質は同じ。
まずは2人の心のこもった料理を堪能しよう、ということで。
美味しそうに食べる3人を楽しそうに見る2人。
と、2人の前にも、両親が料理を運んできてくれた。
明日のことを考えて、今日はもういいとのこと。
5人で楽しく談笑しながら、昼食時間を過ごしたとさ。
昼食終了後、栞と香里と一緒に、この街のケーキ屋に顔を出した祐一達。
当然これは、茜の強い要望によるものである。
まぁ、その際に、栞の強い援護射撃があったことは、言うまでもないだろう。
各々好きなものを選び、待つことしばらく。
運ばれてきたデザートに目を輝かせる2人。
苦笑気味なのは祐一と香里。
楽しそうなのは詩子。
「美味しいです……」
「美味しいですぅ」
これ以上ないくらいに幸せそうな茜と栞。
深く深く味わうように、ゆっくりと食べる。
もちろん、持ち前の甘味物についての知識を生かした批評だって欠かさない。
甘味がどうとか、デザインがどうとか、使われている材料やその質がどうとか。
さながらここは、品評会のように。
「あれだけ甘いモノ食った後でよく食う気になるもんだな、しかし」
「それが茜だよ」
「それが栞よ」
そんな品評会から一歩引いているかのような3人。
2人を見ながら思わず零れた呆れ混じりの祐一の言葉に、詩子と香里が、真理でもってツッコミを入れる。
すなわち、それでこそ彼女達なのだ、と。
甘味物の探求が、アイデンティティーに関わってくることは、果たして幸せなことなのだろうか?
意味もなく悩んでみる。
ちなみに、もちろん詩子も香里も普通に注文したわけだが、彼女達の昼食は至って普通だった。
故に、普通にデザートを食べてるだけと言っていい。
そして祐一の場合、当然と言うかなんと言うか、注文したのはコーヒーだけだったりする。
目の前で激甘メニューの昼食を食べられ、今また目の前で甘いモノがずらりと並んでいる。
それを目にしただけでも、もう祐一にはお腹一杯なのだ。
「で、明日は何時に出発にするんだ?」
祐一の言葉。
さぁさぁここで、スイッチ切り替え。
明日の話をすることに。
「そうね……あたしは何時でもいいけど」
香里がコーヒーを口に運びながら言う。
実際、彼女は別に朝が弱いわけでもないし、そもそもいつ出発するのがベストなのか知っているわけでもない。
そんなわけで、経験豊富な祐一達の決めた時間でいいと判断したわけだ。
「ん〜……じゃあ、朝10時くらいでいいんじゃない?」
「そうですね、そのくらいなら」
詩子の発言は、茜の朝の弱さを考慮に入れてのもの。
茜もまた、そのことは重々承知しているので、ちょっと申し訳なく&感謝しながら、頷いてみせた。
「そんじゃ、決定ってことで」
祐一が締める。
まぁ、1日目は森の一歩手前でキャンプなわけだし、あまり早く出る必要もない。
だったら、その時間で問題なんてあるわけがないのだ。
「……みなさん、本当にありがとうございます」
そこで、ちょっと神妙な顔をしながら、栞が頭を下げる。
そこに見えるのは、無限の感謝と、微かな申し訳なさ、そして隠せない心配。
それを見てとった祐一は、笑顔で栞に話しかける。
「気にすんなって。俺達がやるって決めたんだからさ」
「そうですよ。私達がやりたいと思ったから、引き受けたんですよ」
「そうそう。夢は大事にしなきゃ♪」
祐一の言葉に、これまた笑顔で続く茜&詩子。
やらされるわけじゃなくて、自分の意思でやることを決めたのだ。
だからこそ、申し訳なくなんて思ってほしくない。
そんな想いが伝わったのか、栞も柔らかく微笑む。
「……はい」
申し訳なく思ってもらうより、素直に喜んでもらった方が、祐一達だって嬉しいというもの。
栞もそれを感じ取ったらしく、その表情から、申し訳なさの色は姿を消した。
「ま、心配しなくても大丈夫だって」
「そうですよ」
「うんうん。私達、こう見えても結構経験豊富なんだよ」
そして続いたのは、安心させるための言葉。
これは決して嘘なんかじゃない。
まぁ、前回は浩平チームがいなかったら危なかったけど、それでも戦い抜くことはできたのだ。
それまでだって、色々な仕事をやってきたし、死線だって幾度となく潜り抜けてきた。
魔物との戦いは、言ってみれば常に死と隣り合わせなのだから。
そして。
「そうよ、栞。きっと大丈夫だから、安心して待ってなさい」
香里は、祐一達を信用している。
出会ったばかりだけど、それでも心から信頼しているのだ……彼らという人間を、そして彼らの強さを。
だからこそ、こうやって微笑みながら、言葉を紡ぐことができる。
きっと栞の夢を叶えてやれると、理屈じゃないけど、そう信じられる。
「……はい。期待して待ってますね」
姉の言葉が決め手になったのか、微笑みとともに、どこか軽い調子を取り戻した栞の言葉。
姉が信頼している人達ならば、妹が信頼できない道理はないのだ。
となれば、彼らを心配するのではなく、無事を信じ、成功を期待するべきだろう。
そんなことを思いながら、栞は4人の顔を見回し……
「それでは、祐一さん、茜さん、詩子さん。お姉ちゃんをよろしくお願いします」
そう言って、ペコリと頭を下げる。
的確なような、ズレているような、そんな栞の発言に、笑いを隠せない3人。
ちょっと苦笑気味の姉と、ちょっと照れ気味の妹。
どこかのんびりとした、楽しそうな雰囲気。
夕闇がその身を包むまで、5人はそんな雰囲気を楽しんでいた。
明日を信じて。
未来を夢見て。
さぁ、明日が旅立ちの時だ。
大切な人がいるから。
譲れない想いがあるから。
叶えてあげたい夢があるから。
そして、それを知っているから。
4人は、誓いを新たに明日を待つ。
準備は万端。
やる気は満々。
どうかその進む道に、神のご加護がありますように……
後書き
どもです、GaNです。
や、これで準備完了ですね。
次回から、ようやく本番ということになります。
にしても、問題は盛り上げられるかどうかですね。
実際、細かいトコまで決まってるわけじゃないですから。
そりゃ大まかには決まってますけど……でも、あくまでも大筋だけです。
なもんで、何話で終わるやらわかりません。
予定してる話数を超えることは大いにあり得ますね……やれやれです(半泣)
んで、かおりんにも見せ場を作ってあげたいんですが……どうなるかなぁ?
や、でも主人公は祐一と茜と詩子ですからね〜。
あんまり主役食われても困るわけで。
とりあえず、出たとこ勝負で行くつもりですけど(笑)
さてさて、それではまた次回にお会いしたいものです。
戦闘シーンの連続がまた始まるのか、と思うと少しヘコんだりしちゃうんですが。
まぁ、ぼちぼち頑張りますので、どうかご容赦を。
ではごきげんよう。