「どうですか、皆さん。この栞特製ディナー・フルコースヴァージョンは!」

「甘すぎ」

「甘いよ」

「美味しいです」

「嘘ッ?!」


誇らしげな少女――栞の声に、祐一と詩子は甘いの一言しか返さなかったが、茜はそれを美味しいと言う。

これには香里もびっくりだ。


「ぶぅ……祐一さんも詩子さんもわかってませんね」

「いや、これはいくらなんでも甘すぎだ」

「うんうん、ちょーっと厳しいかなー……」

「いえ、このくらいでちょうどいいんです」

「まさか栞についていける人がいるなんて……」


ついていけない3人をよそに、そこから始まる甘味物談義。

甘い味を好むもの同士、友情が芽生えたのだろう。

嬉々として甘い物の話を繰り広げる。

祐一達にしてみれば、聞いてるだけでも口の中が甘ったるくなってきてしまう。



祐一も詩子も、とりあえず目の前の食事を片付けることにする。

甘すぎとは思うが、食べられないわけでもない。

食べ物を粗末にしちゃいけません。

残すなんて論外なんです。



でもでも、やっぱり辛そうな祐一&詩子。

同情の眼差しを向ける香里。

盛り上がる茜&栞。

食卓は、なんだか泥沼みたいな様相を呈し始めていたりした。















のんびりお気楽夢紀行


13ページ目  時間の壁を越えて















「なぁ、いつもあんな感じなのか?」

「茜があんなに楽しそうに会話してるなんて……」

「……えぇ、すごく不自然な気もするけど、あれが栞よ」


話を聞いてた分には、『薄幸の美少女』、といった感じなのかな、と思っていたのが、これがまた意外や意外。

元気一杯じゃないですか、と問いたくなるほどに、パワフルトークを展開中。

甘い物好き同士、意気投合しているという面もあるにしても、何とも明るいお嬢さんだ。

まぁそれはそれで大変に結構なことなのだが、祐一&詩子にしてみれば、想像を裏切られたみたいな感じ。



そしてそして、何より驚いたのは、常とは異なり多弁な茜。

笑顔で栞と言葉を交わし続けているその姿。

初対面の人とここまで打ち解けるなんて、今までなかったのに。

超甘党の友情は、時間の壁を越えるのか?

まるで古くからの友人のように、楽しそうに会話を弾ませる茜&栞を見ていると、そんなことを考えてしまう。





と、そこで茜が懐をゴソゴソと探る。

取り出したるは茜メモ。

彼女が辿った足跡に存在する甘味処の情報が、余す所なく記されている、甘党必見の書だ。


「なっ……! あ、茜がメモを見せるなんて!」

「そっ、そんな! そこまで打ち解けたって言うの?!」

「そ、そこまでびっくりしなくてもいいんじゃない……?」


かっと目を見開きながら驚愕の表情を見せる祐一&詩子に、少し引き気味の香里さん。

少しこめかみの辺りが引きつっているのは、彼女の理性の表れだろう。

そんな香里に、祐一&詩子は、『わかってないね』、と言わんばかりの表情で説明を加える。


「お前な、あの茜メモは門外不出。茜が誰かに見せたことなんて今まで一度もないんだぞ? それが今、覆されたんだ。これに驚かずして何に驚けと?」

「そうだよ。茜が自分からあれを見せるなんて、もうミステリーの領域かもしれないよ?」

「……単に話が通じる超甘党が今までいなかっただけじゃないの?」

「「あ」」


香里の冷静な言葉に、はたと思い至る祐一&詩子。

ぴたりと動きが止まってしまう。



確かにそうだ。

茜クラスの甘党でなければ、甘味処食べ歩きなんて、そうそう興味は持たないだろう。

なれば、茜のメモに興味を抱く人間もまた、茜クラスの甘党だけだろう。

そりゃあ、誰も見てなくても当然だ。



ただまぁ、それはすなわち、栞が茜クラスの甘党だってことを証明しているわけだが。

思わぬ方向から導き出された事実に、ちょっと考え込む祐一&詩子。





「……まぁ、茜に友人ができるのはいいことだし」

「うんうん。共通の趣味を持った友達って大事だよね」


結論。

芽生えた友情を歓迎しよう。


「はぁ……ま、いいけどね」


少し呆れ加減に見える香里。

けれどもちろん、本当に呆れてるわけじゃない。

その目に湛えられていたのは、確かな優しさだった。










「さて、いい加減本題に入りたいんだが」


その後もしばらく、微笑ましい気持ちで待っていたりもしたのだが。

いつまでたっても終わる気配を見せやしない。

2人は仲良くお話中。

それこそ、放っておいたら一晩中でも語り明かしそうな気配。

それじゃマズいと方向修正を試みたのが祐一。

そういうわけで、茜と栞に声をかけるけれど。


「今忙しいんです!」

「そうですよ、祐一、今はそれどころじゃ…………いえ、これもいい機会かもしれませんね。ちょっと祐一、こちらへ」


栞に続いて祐一の言葉を切って捨てるかと思われた茜だったが、はたと何かを思いついたらしい。

祐一の腕をがっしりと掴んで、自分の隣に腰を下ろさせる。

いつになく強引な茜……どうやら栞のテンションの高さにあてられているらしい。


「おい、俺の話を聞けって。茜……」

「そんなことは後でいいです。栞さん、そのデザートを渡してください」

「はい、これですね」


と、栞が祐一の目の前においたのは、いかにも甘そうな香りを漂わせるワッフル。

どうでもいいかもしれないけれど、2人の言葉と行動にはほとんどタイムラグがなかった。

この2人、即席の割には、実にいいコンビネーションを見せている。





「こっ、これ、蜂蜜練乳ワッフルじゃねーのかっ?!」


心なしか震えている祐一の声。

その脳裏によみがえる悪夢……茜の超絶お気に入りメニューが1つ、『蜂蜜練乳ワッフル』。

1度、茜にムリヤリ口にねじ込まれた時は、祐一も本気で死を覚悟したという。

そんな半分トラウマと化している代物を前に、冷や汗を流す祐一。

心拍数は急上昇だ。

数分後の自分を思うと涙だって出せるだろう、もちろん哀れみの。

涙を流すのも流される対象も自分だということが、また涙を誘ったり。


「いいえ、それより1ランク落ちる『練乳ワッフル』ですよ」

「大して変わらないだろ?! って、オイ! まさかそれを俺に食えってんじゃ……」


安心させるような声音で、祐一の不安をかきたてる茜。

もちろんわざとやってるわけじゃないだろうけれど、それだけに性質が悪い。

祐一の顔色が心なしか悪くなる……あまりにも想像どおりの光景が展開されている事実が、彼から余裕を奪い去ってゆく。


「ふっふっふ、ご明察ですよ、祐一さん」

「はい、では口を開けてください。食べさせてあげますから」

「ちょっ、ちょっと待て!」


いつの間に来たのか、栞が両手で祐一の右腕を押さえ、茜が片手で祐一の左腕を押さえ、もう片方の手で持った激甘ワッフルを、祐一の口に運ぼうとする。

2人の表情は、それはそれは楽しそうなもの。

決定的な言葉を前に、祐一もとうとう青ざめてしまう。


「いや、マジで待てって! 俺は甘い物ダメだって言ってるだろ?!」

「だからこそですっ! 甘い物を食べられないなんて、天が許しても、この美坂栞が許しませんっ!」

「そうです、これはいい機会なんですよ。甘い物嫌いを克服させてあげます」

「ムリヤリ食っても改善なんてされるわけがないだろうがっ!」

「ショック療法というやつです」

「以前失敗しただろーがぁっ!」

「チャレンジ精神を忘れてはいけませんよ」


とうとう絶叫のようになってしまった祐一の声にも、全く耳を貸さない茜&栞。

どうやら、2人のテンションは、アルコール摂取時に近いレベルの領域に到達しているらしい。

自分と同レベルの甘党との出会いは、かくも多大な影響を精神に与えるものなのか。



ともあれ、怖いくらいの笑顔で、祐一の口にワッフルを突っ込もうとする茜。

逃げられない状況だが、それでも何とかしっかりと口を閉ざし、茜の手を回避しようとする祐一。

それを見て取って、片方の腕を祐一の脇へと伸ばす栞。


「うわっ……むぐっ!」


くすぐられて思わず開いた口に、一瞬でねじ込まれるワッフル……完璧なコンビネーション。

視線で互いの健闘を称え合う茜&栞。

みるみる顔が青ざめていく祐一。

笑って見ている詩子。

ついていけずに呆然とする香里。





そして、この意味のない喧騒は、あまりの甘さに目を回した祐一が倒れたため、ようやく終わりの時を迎えたりした。















「うぅ〜……」

「だ、大丈夫? 相沢君」

「もう、だらしないなぁ、祐一は」

「こんなに美味しいのに……」

「まったくです」


気分悪そうにしている祐一。

机に頭を預けてうなだれるその姿は、お世辞にも大丈夫とは言えまい。

あれから割と時間は経ったのだが、口の中になお残る甘さが、祐一のテンションやらやる気やらを、這い上がる間もなく奈落の底へと叩き落す。

だが、心配する声は常識人たる香里のみ。

詩子は笑ってるだけだし、茜&栞に至っては、むしろ祐一を非難する勢いだ。

2人は美味しそうにワッフルを口に運んでいるが、それがまた祐一の回復を妨げている一因であることは間違いないだろう。

どうやら、テンションはまだ下がっていないらしい。


「うぅ……口を開くのも辛い……」


泣きそうな声の祐一。

ちょっぴりかわいそうかも。


「それよりも、本題に入ろうよ」


そんな祐一の悲痛な声を、軽やかにスルーして、詩子が話を本筋に戻す。

それはそれで自分の望んでいたことなのだが、どうにも釈然としない感じの祐一。

藪を突っついたら蛇が出てくるのはお約束、とでも言えばいいのか。

そんなことを思っていたり。

ともあれ、茜と栞の2人が甘味物談義をしてるときは、もう絶対に近づくまい、と心に固く誓う。





「そうね、じゃ、この地図を見て」


詩子の言葉を受けて、香里がテーブルの上に地図を広げる。

ギルドでもらってきたものだ。

そんな香里に触発されたのか、茜も気持ちを切り替えたらしく、身を乗り出して地図を覗き込む。


「ここがアジーナ。で、北に20kmほど行った所にあるこの森林……ここが目的地よ」

「ふーん」

「割と時間がかかりそうですね」


詩子と茜がその地図を真剣な眼差しで見る。

祐一は机に突っ伏している。

まだ立ち直れないらしい。


「まぁ、1日2日で帰ってこられる道程じゃないわね」

「森の入り口近くで一泊して、次の日の朝から攻略開始ってした方がいいかな」

「それがいいですね、焦りは禁物ですし」

「うぇ〜……」


意図的に机に垂れてる男の子を無視して会話を進める女の子達。

見ようによってはシュールだ。


「で、目的の大樹は、森林の中心付近に存在してるわ。森に入ってからの直線距離は、大体10kmってとこね」

「う〜ん、大変そう」

「長期戦を覚悟しなければいけませんね」

「うぅ〜……」


祐一がノロノロと体を起こし、栞に水を要求する。

栞は1つ頷いて台所に向かう。

その合間にも話は進む。


「問題は森に生息している魔物。特に注意すべきなのは、キラーエイプとオーガ」

「どっちも攻撃力の高さが問題だね」

「動きにくい森の中、ということを考えると、スピードでかく乱する、ということも難しいかもしれませんしね」

「それは向こうも同じだろーし、何とかなるんじゃないの〜……?」


水を飲んで、ちょっと回復したのか、祐一も発言。

ただ、間延びした語尾から察するに、完全回復まではまだ遠そうだ。


「確かに何とかならないことはないでしょうけど……1番大変なのはやっぱり、大樹を守る魔物でしょうね。詳しいことは知らないけど、相当強いって話だし」

「そんなに大変なんだ……」

「苦戦も覚悟しなくてはならないわけですね」

「ん〜、でもあれだろ? 別に戦闘が目的じゃないんだし、その点は楽だと思うけど」


祐一の言葉に、3人も頷く。

もちろん、相当手強いだろうし、気を抜くことなんてできるわけがない。

それでも、この前の魔物の巣殲滅戦に比べれば、確かにまだ楽だ。


「そうね、魔物退治が目的ってわけでもないし」

「うんうん。いざとなったら逃げてもいいんだし」

「あまり楽観的過ぎるのもどうかと思いますけど」

「だーいじょうぶだって。何とかなるさ」


詩子と香里と違って、ちょっと慎重な茜だったが、祐一に明るい笑顔で言われてしまえば、それ以上は言えなくなる。

もちろん祐一だって甘くみてるわけじゃないんだから。

渋い顔も、ため息1つで笑顔にチェンジ。



旅立つ前から悲観的なんてらしくない。

気持ちは前向き、どんどん行こう。

今までだってそうしてきたから。

警戒するのは大切だけど、臆病風に吹かれちゃマズい。

軽く見てたら危ないけれど、気持ちにゆとりは大事です。















「それでは、私達は宿に戻りますね」

「明日のお昼ご飯もここに食べにくるよ♪」

「ん。じゃ、また明日な」


話も終わってふと外見れば。

既に日は暮れ、闇の中。

出発は明後日だけど、疲れを残しちゃマズいのだから、宿に戻ってゆっくり休もう。


「あら、もうこんな時間なのね」

「うー……折角ですし、うちに泊まっていってくださいよぅ」


栞が3人を引き止める。

久しぶりの、家族以外の人との楽しい一時。

特に茜は超甘党同士。

もちろん祐一&詩子とも、既に仲良しお友達。

されば、名残惜しいのも当然だ。


「宿をとってますから」

「うん。それに、また明日会えるんだし」

「そうそう。絶対明日また来るからさ」


3人が笑顔で栞に言う。

まぁ、いきなり訪れた人間が、他人の家でいつまでもくつろぐわけにもいかないし。

それに既に払った宿代と、置いてる荷物もあるんだし。

何より明日もまた会える。

だから優しく栞を諭す。


「そうよ、栞。ムチャ言わないの」

「……仕方ありませんね。それではまた明日です」


栞もわがままを押し通そうなんて思ってないし、それに、4人の気持ちがわかったから。

だから笑顔でお見送り。


「はい。では、また明日」

「うんうん。また明日ね」

「おぅ、また明日だな」


栞の笑顔を見て、3人も心からの笑顔を返す。

店を出ても、姿が見えてる間は、笑顔で手を振り、宿へと歩く。

見送る姉妹も、笑顔で手を振り、3人を送る。

平和でのどかな夜の出来事。

夜空にぽっかりと浮かぶ月が、5人の笑顔を優しく照らしていた。















「お姉ちゃん、どう思う?」

「? 何が?」


見送り終わって、家に入ったところで。

ふと口をついた栞の言葉に、思わず立ち止まる香里。


「もう……分かってるでしょ? 祐一さん達だよ」

「え? あぁ、いい人達よね」


危険な仕事なのに、笑顔で引き受けてくれた。

仕事の結果とか報酬じゃなくて、栞の夢の実現を願ってくれた。

それが、何より嬉しかった。

香里が微笑みながらそう言ったんだけど。


「違うよ! あの3人の関係をどう思う? って聞いてるの!」


拳をぐっと握って力説する栞。

香里の考えてたことと、これまたずいぶん違うところに注目してます。

ちょっと面食らう香里。


「ど、どうって……」

「もしかして三角関係なのかな?! それとも二股?! 出会いとかもやっぱりドラマチックだったりするのかな?!」


らんらんと目を輝かせて香里に詰め寄る栞。

香里はその勢いに負けてます。

内心、家の中に入ってからで良かった、などと思っていたけど。


「ふ、二股って……」

「そうだよね! 3人とも仲良さそうだったもんね! 二股で納得してるのかな?! 茜さんも詩子さんも!」


香里のツッコミを、意見と勘違いしたのか、さらに栞のテンションは上がってゆく。

彼女の頭の中では、めくるめくラブストーリーが展開中なのかも。

ちょっと焦り気味の香里がブレーキをかけようとするんだけど。


「ちょっと栞、落ち着きなさいって」

「確かに祐一さん、ちょっとかっこいいですもんね〜……いいなぁ、2人とも」


香里の言葉も何のその。

夢見る乙女の目をした栞は、止まるところを知りません。

そんなこんなで、それからもしばらく、香里の苦悩の時間は続いたとさ。















そんな美坂家の一幕を知らない祐一達。

宿に着いたら部屋に戻って、冒険の準備をしておくことに。

一通りやることやったら、あとはのんびり笑顔で雑談。

そして、普段よりも早めの就寝時間。



明日を夢見て、のんびりお休み。

きっと明日もいい天気。


















後書き



最近美坂姉妹がお気に入りです。

だからどうした、と言われますと困るのですが。

ども、GaNです、ごきげんよう。



とりあえず、栞と茜は仲良くやれそうだと思うんですよ。

栞はそこまで甘党じゃなかったかもしれませんが。

まぁ、それは置いといて(オイ)

森に行ったらまた戦闘続きになりそうだし、ここらで軽いお話を入れとかないと。

『のんびりお気楽』 の名が廃るってもんです(笑)



さてさて、次回はどうしましょうかね。

行き当たりばったりだなぁ、ホントに。

書いてて楽しいんですけどね、『夢紀行』は。

ただ、話の整合性とかは大丈夫かな〜、とか不安になることもあります。

一応気をつけてはいるんですが……

とりあえず見直しだけは忘れちゃいけませんね。

それでは今回はこの辺で。





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