「お願い?」


祐一が首を傾げる。

何が何だかわからないけど、面倒ごとの予感はひしひしと。

自然に、ちょっと身構えてしまう。


「えぇ」

「その前に1ついいですか?」


茜が少女に問いかける。

少女の目が自分の方に向いたことを確認してから、口を開いた。


「ギルドに頼めばいいのでは?」





これはごもっとも。

この世界では、厄介ごとや問題は、ギルドに持ち込めば、大抵解決することだ。

大きなことから小さなことまで。

よっぽどのことでない限りは、誰だってギルドに依頼を出す。

何だかんだ言っても、仕事の成功率は結構高いんだし。

お金はかかるが、迅速確実。

御用の際はギルドまで。

これが世界の常識だ。





「そうだよね〜、何で私達に直接聞いてきたの?」


詩子も首を傾げる。

ギルドに持ち込めば、多くの人間がそれを見てくれるし、腕の立つ人間が見つかる可能性は高い。

直接聞いてきた理由は何?

これは聞かずにいられない。


「依頼は出したわ、もうずっと前にね……でも、誰も依頼を受けてくれないのよ」

「そりゃまたどうして? そんなに厄介な仕事なのか?」

「そうね、確かに厄介な仕事。でも、それだけじゃなくて……」


そこで言いよどむ少女。

何やらすごく言い辛そうだ。

ますます首を傾げる祐一達。

仕事の難易度以外で、仕事を受けない理由とは?

とにもかくにも、ややこしそうだ。

旅立つ前の、もう一仕事?

そんな予感を感じたり。















のんびりお気楽夢紀行


12ページ目  夢はありますか?















と、そこで何かに気付いた茜。


「……もしかして、報酬が少ない、とか?」


茜の言葉で、観念したようにため息をつく少女。

どうやらビンゴらしい。


「えぇ、そうなの……あたし達の家、そんなに裕福でもないから」

「客が少ないのか? こんなに美味しいのに」


祐一が周りを見回す。

確かに、自分達以外に客がいない。

むむむ、これは……!


「お昼時をかなり過ぎてしまっているからでしょう」

「ずいぶん遅かったもんね、私達」


茜と詩子のツッコミ。

なるほど、それは一理ある。


「えぇ。店は繁盛してるの、おかげさまでね。ただ……」

「ただ、何だ?」

「……さっきの子、あたしの妹なんだけど……」

「あぁ、栞とか呼んでたな。あの子がどうかしたのか?」


まさか、詩子のように激しい浪費癖が?! などと考えてしまう祐一。


「むむっ! 祐一、今何か変なこと考えなかった?」

「滅相もない」


ずずいっと身を乗り出して、祐一に詰め寄る詩子……なかなか勘の鋭いことで。

内心冷や汗ものの祐一だが、平静を装ってごまかしてみる。

けれど、ごまかしきれていないのは、詩子の疑いの目から明らかだ。





「……それよりも、その栞さんがどうかしたのですか?」


茜が話題の軌道修正。

助かったのは祐一で、ちょっぴり不満げなのは詩子。

まぁでもとにかく、追求よりも話の内容が気になるのは事実。

というわけで、3人揃って少女の方を向き、次の言葉を待つ。


「えぇ、実はあの子、生まれつき体が弱くて……」

「……」


黙って聞く3人。


「だから、何をするにも制限がかかるの。ちょっと遠出すれば調子を崩すし、些細なことで病気にもなる」


そう言う少女の表情は、本当に辛そうだった。

そしてそれは、この少女が妹を強く想っていることの何よりの証。


「あの子は、毎日のように病院の世話になってるわ。入院することだって少なくないの」


それはきっと、辛いこと。

栞という子も、そしてこの少女も、もちろん両親も。

苦しんでいること、苦しませていること。

誰も悪くないのに、でも、みんな苦しむ……それはきっと、悲しいこと。


「……あの子、絵を描くのが大好きなのよ。ヒマさえあればスケッチブックに何かを描いてるわ。あたしの似顔絵を描いてくれたりもして……」


少しだけ、微笑み。

悲しそうな、微笑み。


「でもね、あの子が一番好きなのは風景画。それなのに、あの子が描けるのは、窓から見える風景だけ」


ベッドに横たわり、スケッチブックを広げ……そんな絵が思い浮かんだ。

窓の外の風景に目を走らせ。

スケッチブックに筆を走らせ。

その子は、どんな想いで筆をとり、どんな想いで描いているのだろう?

窓の向こうに、何を見ているのだろう?


「あの子、世界中の色んな風景を描いてみたいって……山を、海を、砂漠を、静かな湖畔を、野に咲く花を、自然に生きる人や動物を、色々な街の色々な景色を、一日の始まりや終わりを、自分の心で感じたものを、自分の筆で書き表してみたいって……」





「素敵な夢ですね……」


茜がポツリと呟いた。

何となく、口にせずにはいられなかった。


「そう、夢なの、それがあの子の。ホントに些細な、だけどすごく素敵な夢……叶わない、夢」

「叶わないって……」


詩子が思わず口を挟む。

だけど、詩子も分かっていた。

それが、叶わない夢だってことを。


「街から出ることもままならないのに、世界を旅して回るなんて、それこそ夢のまた夢……それが現実」


少女は、寂しそうに言う。










「……頼みたいことって、もしかしてそれか?」


祐一が少女をじっと見据える。

少女もまた、祐一をじっと見返す。

お互いに真摯な眼差しで。


「そうね、そういうことになるわね」

「どういうことですか?」


眉根を寄せる茜。

体の弱い栞を連れ回せとでも言うのだろうか?

いや、いくらなんでもそれはないだろう。

だけど、そうなると一体何を頼みたいのか?





「……この街の北に、樹齢数千年という大樹があるの。この大樹の中を流れる樹液は、いかなる病をも治してしまう特効薬と言われてるのよ」

「なるほど、それをとってきて飲ませれば、体質の改善ができるかもしれないってことだな」

「えぇ。可能性は高いわ」

「あれ? そこまで分かってて、何で取りに行かないの?」


詩子が疑問を口にする。

わかっているのなら、行動すればいいのに。

そう考えるのもムリはないところ。

だけど。





「ギルドに依頼を出しても解決しないだけの難題があるんですね?」


茜が詩子の疑問に答える。

それ以外には考えられない。



確かに、どんな病気も治してしまうくらいの特効薬が、そんな簡単に手に入るなんて都合のいい話が、そうそうあるわけがない。

綺麗なバラには棘がある。

うまい話にゃ罠がある。

これはある意味法則だ。



そして少女も、その通りだとばかりに頷く。

そして続けた言葉。


「大樹のある森自体が魔物の巣窟みたいになっている上に、その大樹を護る存在もいるらしいの」


それはまたお約束。

世の中そんなにうまくは行きませんってことか。

それはさぞかし苦労しそうだ。















「それで、私達に依頼したい、ということですか」

「えぇ」


なるほど納得。

難易度は結構高い……それなりの経験を積んだ冒険者でないと、それは尻込みもするというものだ。

となれば、タイガーアントの巣を殲滅させた自分達に注目するのも自然な流れ。

でも、肝心な問題が残っている。

それは。


「それで、報酬はどれくらい用意できるんですか?」

「……金貨10枚」

「相場から考えると、かなり安いですね」


茜が遠慮なく言う。

ビジネスの話となれば、情や遠慮は考慮しない。

危険を冒して仕事をするのだ。

当然、それに見合った報酬はほしい。

話から察するに……


「ギルドなら、最低でも金貨30枚は用意するように言うんじゃないですか?」

「……えぇ、そう言われたわ」


これはあくまでも、“最低”、である。

魔物の巣窟に侵入し、奥のボス的存在と対峙することが前提となっているような危険な仕事なのだから。

実際に引き受けてもらいたいのならば、もっと高額を用意した方がいいだろう。





「金貨10枚だけでは、引き受けることはできませんね」


茜は、はっきりと告げた。


「ムチャな要求なのはわかってるわ、だけど、あたしはどうしてもあの子の夢を叶えてあげたいの。だから……」

「気持ちは理解できますが、仕事となると話は別です。ハイリスク・ローリターンときては、引き受ける気にはなれません」


茜の言葉はどこまでも冷静だ。


「お願い! あたしにできることなら何でもするから、だから……!」


少女の声は、悲痛な色を帯びていた。

きっと、妹の夢を叶えてあげることが、この少女の夢なのだろう。

だが、仕事の話に感情を持ち込むのは、正しいことじゃない。





「あなたにしてもらいたいことはないです」

「そんな……」

「ですが」


そこで、茜の声のトーンが変わった。

そこまでの無機質なものではなく、どこか温かなものを持った、そんな声。


「成功報酬として、その少女が描いた世界の風景画が頂けるのであれば、引き受けても構いません」

「え……?」

「体に問題がなくなって、旅に出て、世界を回って、見た風景を描いて。そんな夢の暁に描かれた絵をプレゼントしてくれると約束していただけますか?」

「それで……いいの?」

「金貨10枚もいただきますけどね」

「ホントに、引き受けてくれるの……?」

「はい」


茜が微笑む。

見ると、祐一も詩子も微笑んでいる。


「うんうん、見てみたいよ、私も。その子の夢の結晶を」

「俺も。きっと、感動できるくらいにいい絵ができそうだしな」





茜も詩子も祐一も。

危険は重々承知しているし、できれば危険な仕事はしたくない。

情に流されることが正しいわけじゃないこともよくわかっている。

けれど、夢を叶えようと頑張っている人がいるのなら、手を貸してあげたい、と思う。

助けを求めてる人がいるなら、できるかぎり協力してあげたい、とも。



まぁ、そこでちゃっかり報酬ももらっちゃうところが、何とも3人らしい。

でも、慈善事業じゃないんだから。

もらえるものはもらいましょう。

世の中、バランスが大事。

そしてお金も大事。

もっと大事なのが、想い。

だから、引き受けることにしたのだ。





「じゃ、そういうことで……えーと、そういや自己紹介もしてないな。俺は相沢祐一」

「私は里村茜です」

「私は柚木詩子だよ」


3人が恒例の自己紹介。

それを受けて、少女も笑顔で答える。


「ありがとう……あたしは美坂香里。よろしくね、相沢君、里村さん、柚木さん」


そして4人はがっちり握手。

仕事を抜きにしても、仲良くやれそな、そんな気配。


「あぁ、よろしくな、美坂」

「香里でいいわよ、栞だっているんだし」

「そうか、わかった、香里」


確かに、妹の栞と会話する機会もあるだろうから、名字で呼び合うのはちょいと難アリ。

どうあれ、こうして4人は挨拶完了。





とりあえず、自己紹介が終わったところで、早速仕事の話。

いつ出発するか、どうやって行くか、どんな情報があるのか。

聞けば、ギルドにも情報があるとのこと。

そういうことなら話は早い。

4人並んでてくてくと。

ギルドに入って情報収集。

これは茜と香里が記憶。


「って、香里も来るのか?」


ちょっと驚いた顔で、祐一が問いかける。

3人で行くつもりだったのだが、どうやら香里もついてくるつもりらしい。

とは言え、声の調子から察するに、別に咎めているわけじゃなく、単に確認しているだけのようだ。


「えぇ。私も一応剣士だしね。足手まといにはならないと思うわ」


祐一の方を見ながらの香里の言葉。

まぁ、長旅を潜り抜けてきた祐一達には及ばないかもしれないが、それなりに腕は立つのだろう。

それなら、特に否定する理由もない。


「そっか。んで……情報はこれだけか?」

「そうみたいだね」


祐一の質問に、紙の束をトントンと揃えながら詩子が答える。

もらった資料や聞いた話。

その量は決して少なくない。

幸先がいいな、と4人で笑う。





そして、喜び勇んでギルドを辞して、向かった先は美坂屋。

打ち合わせもしなきゃならないし、両親に報告もしなきゃならない。

出発は、明日じゃちょっと慌しいので、明後日の早朝ということに決定。

後は細部を詰めるだけ。





一筋縄じゃいかないだろうけど、頑張れ頑張れ4人とも。

夢に向かって一直線。

さてさて一体どうなるか。

願わくば、そこに神の祝福があらんことを。


















後書き



むむむ、ちょっぴりシリアス風味だったかも。

や、どうも、GaNです。

栞は病弱ですけど、死病にはかかってません。

のんびりお気楽ってわけにいかない展開にしたくなかったもので。

だから、夢の障害物を取り除くってのが目的だ、と。



あー、ちなみに栞の絵、このお話の中では、下手とかじゃないです。

それなりに上手いって感じで。

って言うか、報酬に組み込んじゃったわけだし、あんまりアレなのもちょっとねぇ……

そもそも、原作でも栞の絵ってそんな下手とかじゃなかった気もしますし。



まぁとりあえず、今度は、香里+祐一達という4人の冒険ですね。

さてさて、何話で終わるかな?

作者の自分がわからないんだから、始末に負えない。

大雑把にしか決まってないもんなぁ。

何だかもう、作者が一番お気楽じゃないですか(爆)

……がんばろ。

えー、それではこれにて。





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送