「腹減った」

「疲れたよ〜」

「……」

「腹減った」

「疲れたよ〜」

「……」


ここは、比較的旅人の往来の多い街道。

それというのも、この街道はほぼ一本道で、視界も広く、障害物になるようなものもほとんどないため、旅がしやすいからだろう。

暖かく穏やかな気候というところも見逃せないファクター。

けれどまぁ、多いといっても、一日歩き続ければ、何人かに出会うという程度のもの。

いくら街道とはいっても、魔物が出ないわけじゃないし、されば、人の往来がそう多いわけもない。

あくまでも、比較的、である。


「腹減った〜……」

「疲れたよ〜……」

「……うるさいです、2人とも」


そんな街道を歩く3人組み。

少年1人に少女2人。

少年は、背中に大剣を背負っているが、防具は軽装。

少女は、2人とも似たような魔術士専用のローブを身に纏っている。


「茜〜……メシ〜……」

「茜〜……一休みしようよ〜……」

「ダメです」


泣きそうな声で発せられた要求を、一言で切って捨てたのは、茜と呼ばれた少女。

本名は里村茜。

三つ編みにされた亜麻色の豊かな髪が、結構印象的だ。


「昼飯〜……」

「しつこいです、祐一」


未練がましく食事を要求し続けているのは、祐一と呼ばれた少年。

本名は相沢祐一。

目元にかかるほどの長い前髪と、背中の大剣が、彼の特徴と言えるだろう。


「茜〜、一休みした方が能率が上がるって〜」

「詩子の一休みは長いからダメです」


祐一同様に食い下がっているのが、詩子と呼ばれた少女。

本名は柚木詩子。

セミロングにした鳶色の髪が、さらさらと風に流れていた。

今は、それを気にする余裕もないほど疲れているように見える。


「……オニ……」

「……ケチ……」

「2人とも、夕食は抜きにしてほしいんですね?」

「「滅相もない!」」


無表情で発せられた宣告に、祐一と詩子の息がぴったりと合う。

それを見て、軽くため息をつく茜。

何と言うか、力関係が如実に知れる一コマだった。




















のんびりお気楽夢紀行



1ページ目  そんな3人





















ぶーぶーと文句が絶えないものの、とりあえず歩き続ける3人。

茜が先頭で、2人が並んでついて行ってる状態である。

何だかんだ言っても、3人の中で最も発言力が大きいのは、茜のようだ。

その茜が前進している以上、2人は大人しくついて行くしかない。


「は〜らへ〜った〜」

「つ〜かれ〜たよ〜」

「……」


後ろから聞こえるBGMはさらりと聞き流して、どんどん歩き続ける茜。

結構な精神力だ。





この世界において、旅人は珍しいものでもない。

商売をする者は、街から街へと旅をするのが常識だし、単に旅を楽しむ者だっている。

ただし、決してその数は多いわけではない。

その理由は1つ……魔物の存在だ。


人が昔から存在するのと同様に、魔物もまた、昔から存在していた。

人類の歴史は、そのまま魔物の歴史にもリンクする。

魔物が人を襲い、その命を脅かすこともあれば、魔物の巣窟を、人間が叩き潰すこともある。

共存のできない存在……それが、魔物と人間なのだ。


故に、旅をする者には、魔物に対抗できるだけの力が要求される。

自分に力がある者はそれでいいだろうが、そんな者は、それほど多いわけがない。

まぁ、ほとんどの人間は、剣士なり魔術士なりを雇って、護衛してもらうことで、この問題を解決する。


旅には危険が付き物であり、細心の注意をし、万全の態勢を整えるのが常識。

旅人達は、いつ訪れるやも知れぬ魔物を警戒するものなのだ。

そんな常識を嘲笑うかのように、実にのんびりとした3人。

もし他の旅人が見ていれば、心配するか、馬鹿にするか……まぁ、決して良い感情は持たれないだろう。





「あっかね〜、メシにしようぜ〜」

「休もうよ〜、ねぇ〜」

「……それだけ喋れる体力があれば大丈夫でしょう?」


呆れたような声の茜。

いや、間違いなく呆れている。

何せ、これはいつもの光景なのだから。

もう、いい加減聞き飽きたし、言い飽きたのだ。



なおも祐一と詩子が口を開こうとした時、遠くから小さな悲鳴が聞こえた。


「あ〜、悲鳴だな〜」

「うん、ホントだね〜」


祐一と詩子は、ちらっ……と、茜の方を窺う。

その視線を受けて、ため息をつく茜。


「わかりました。助け終わったら、食事にしましょう」

「「よっし!」」


パン――と、ハイタッチを交わす祐一と詩子。


「行くよ、祐一」

「おうよ、詩子」


呼吸はぴったり。

互いに笑顔のまま、悲鳴の上がった方へと走り始める。


「これですもんね……」


茜のため息再び。

疲れただの腹減っただの、とぼやいておきながら、この元気。

けどまぁ、いつものことだし、と思い、茜も走り始める。

その横顔には、呆れだけでなく、微かな笑みも浮かんでいた。










『グゥゥゥッ……』


駆けつけた祐一と詩子の目の前にいたのは、狼に似た外見を持ち、全身を赤い体毛に覆われているヘルハウンドが9体。

そして、それに囲まれて震えている商隊らしき面々。

ヘルハウンドの単体としての力はそれほどではないが、如何せん数が多い。

並みの冒険者なら、祈りを捧げたくなっても何もおかしくない状況だ。


「おぉっ、大漁だな、おい」

「う〜ん、珍しいね、こんなことって」


それにもかかわらず、涼しげな声の祐一&詩子。

けれどふざけているわけではない。

背中の大剣に手をやって、静かに間合いを詰める祐一と、手に魔力を集中させる詩子。

ほどなくして、茜も追いつく。


「丁度いいな、1人3体で」

「おっけー♪」

「仕方ないですね」


その言葉が合図になったように、ヘルハウンド達が、一斉に3人の方に飛び掛ってくる。

食事の邪魔を許さない、といったところだろうか?


「っし!」


その瞬間、祐一の方も飛び出す。

そして、1体目とのすれ違いざまに、大剣を抜き放ち、その勢いのままに横凪の一撃。

その一撃で、血飛沫を撒き散らしながら、1体目が絶命。

その隙に、茜と詩子は、それぞれ左右に展開していた。


「あと2体!」


と、1体目の背後から、鋭い爪が伸びる。

それを横っ飛びで避ける祐一。

見れば、綺麗に3体ずつに別れて、3人に襲い掛かっている。



――ヒュッ――



祐一に襲い掛かる2体が、波状攻撃を仕掛けてくる。

1体が右から牙を向ければ、もう1体が左から時間差で爪を振るう。

それらの攻撃を、ギリギリで避ける祐一。

振るわれた爪により、少し前髪が散る。


「甘いッ!」


波状攻撃は悪くなかったが、最初に1体蹴散らされたのが痛かった。

2体程度では、いくら波状攻撃を仕掛けようとも、攻撃に隙が生じてしまう。

振るわれた1体の前脚に狙いを定め、祐一が大剣を振り払う。



――ザンッ――



その直後に襲いかかる爪は、バックステップで避ける。

そして、その刹那に体制を整えなおして、もう1体にも一閃。

苦悶の声を上げる手負いのヘルハウンド。

前脚を失っては、戦う術はない。

所詮はヘルハウンド……祐一はそのまま、2体に止めを刺した。





「あははっ」


軽く笑っているのは詩子。

祐一が飛び出している間に、右へと移動しながら、手に集中させた魔力を、形にしてゆく。

イメージするのは炎。

赤く、紅く……燃え上がる紅蓮の炎が、目の前の敵を殲滅する、そんなイメージ。


「こっちこっち」


目の前の魔物にも匹敵する速度で移動し続ける詩子。

魔術発動の準備は整った。

自分達にも、商隊の人達にも、影響のない場所……そこで、改めて3体と対峙する。


「じゃーねー♪」


3体が、一直線に襲い掛かってくる。

だが、遅い。



――ゴォッ――



牙をむく3体を、文字通り炎が飲み込んだ。

詩子の前に広がった炎は、ヘルハウンドを、骨さえ残さずに焼き尽くす。

それはまさしく、炎の壁だった。


「一丁上がりっ♪」


その俊敏な移動速度を利用して、魔術発動の時間を稼ぎ、一気に相手を沈める……詩子のスピードを上回れない以上、ヘルハウンドに勝ち目などない。





「面倒ですね」


左へとワンステップした後、詩子と違い、その場にとどまっている茜。

その周りを、距離をとって、3体がぐるぐると回る。

飛び掛るタイミングを窺っているらしい。

それを見て、茜は、また軽くため息。



――ジリッ……――



それを見て、3体が同時に包囲網を狭め始めた。

少しずつ、だが確実に。

ヘルハウンドが、茜の退路を封じながら、確実にしとめられる距離までにじり寄る。


「甘いです」


スッ、と手をかざす茜。

そのまま、人差し指を、恐ろしいほどのスピードで動かす。

見れば、指の先が淡く輝き、その光の軌跡が、魔法陣を描いている。


「――我が汝に捧げるは深遠なる祈り。我が汝に求めるは凄絶なる力。闇より深き深淵に住まう者よ。我が願いに応え、その姿を今ここに――」


その言葉が紡がれた瞬間、魔法陣が光の塵となり、茜の足元へと吸い込まれる。

その隙に一斉に飛び掛る3体。

しかし、もう遅い。

茜の足元が黒く染まり始めているのだから。

闇よりなお暗きその色が放つは、明確なる死の香り。



――ズドドドドッ!――



と、大地より、何本もの黒き光が飛び出し、ヘルハウンド達を、徹底的に貫いた。

それは刹那の出来事。

結局、その魔術を喰らってなお立ち上がれるものは、その場にはいなかった。


「まぁ、こんなところでしょう」


表情を変えずに呟く茜。

自分達の目的や、これまでの道程を顧みれば、こんな魔物に後れをとっていられるはずがない。










「す……すごい……」


商隊の面々は、呆気に取られていた。

この街道で最悪の部類に入る遭遇をしてしまったはずなのに、突然現れた3人組みが、あっという間に片付けてしまったのだ。

それは驚きもするだろう。



魔物全体から見れば決して強くなどないヘルハウンドだが、この地方では、十分に強い魔物だ。

故に、この地方を中心に旅する者にとっては、絶望に足る遭遇なわけである。

商隊の者達にとってみれば、祐一達の力は、衝撃的でさえあった。










「さってと、ケガはないか?」


大剣を背中の鞘に収めながら祐一。

それを聞き、まだ呆然としているようだった者も、どうにか首を縦に振ることで返事をする。


「よかったよかった♪」


笑顔の詩子。

その笑顔は、人の心を穏やかにする何かがあった。

そのためか、落ち着きを取り戻した商隊の面々。


「では、早速ですが……」


と、そこで懐から紙を1枚取り出した茜。

少し訝しげに見ている者達を他所に、茜がその紙に何事かを書いている。

ほどなくして書き終えた茜が、その紙を手渡す。

反射的に受け取り、それに目を通す。


「えー……魔物退治料、金貨3枚、正に領収致しました……って、えっ?!


紙に書かれているのは、どこからどう見ても領収書。

そんな? 助けてくれたんじゃないの? と言わんばかりの驚きの表情の面々。


「まさか、無料で助けに来てくれたヒーローと思っていたわけではないでしょう?」


冷静に言う茜。

しかし、とんでもない……ヒーローだと思っていました、という表情の面々。

茜は、再びため息をついた。


「慈善事業じゃないんです。私達にも生活があるんですよ。魔物退治に報酬をもらう……これは常識でしょう? お払い頂けないのであれば……」


ふと見れば、祐一と詩子が、笑顔で近くに立っている。

それはもう、清々しいほどの笑顔で。


「……金貨3枚ですね」


実に爽やかな……脅し。

ヘルハウンドにさえ叶わない面々では、大人しく従うしかない。

けれどまぁ、そもそも命さえ危なかったことを思えば、金貨3枚くらいどうということはない。

それに、茜の言う通り、魔物退治をした者に報酬を払うのは常識。

それ故、むしろ感謝すべきところなのだ。


「毎度っ!」

「ありがとー♪」

「……確かに」


隊のリーダーが差し出した金貨を、にこにこしながら受け取った3人。

そんな笑顔を見て、商隊の面々の顔も、ほころんでしまう。


「何なら、一緒に食事でもどうですか?」


だから、思わず知らず、そんな言葉を口にしていた。

もちろん、それを断る理由などあろうはずもない。

3人は、笑顔でそれに応じた。















「気をつけてねー♪」

「じゃあなー」

「それでは……」


食事の後、笑顔で手を振りながら別れを告げる。

出会いと別れは、旅を彩る華。

まぁ、今回の場合、命の危険があったり、商売が絡んでいたりしたのだが、それもまた一興。


「さぁ、行きましょうか」

「お〜!」

「そだね〜」


そして、3人は再び歩き始める。

穏やかな日差しと、暖かな風に加えて、美味しい食事の直後。


「言っておきますが、眠りたい、などと言ったら……わかりますね?」

「「……了解です」」


呼吸はやはりぴったりで。

少しがっかりしたような、でも楽しそうな声。

それを聞いて、茜も表情を和らげる。

そして、改めて歩を進める。

今度は3人仲良く並んで。



頭の後ろで手を組んでいる祐一。

その真似をする詩子。

それを見て微笑む茜。



何も特別なことのない、いつもの光景だったが、楽しそうに会話を弾ませる3人。

旅はまだまだ終わりそうにない。


















後書き



わーい、連載作品増やしちゃったよ(え?)

もう、どうすんでしょうね。

どうも、へたれSS作家のGaNです。

これはあれです、あんまりシリアスを入れないで、タイトル通り、のんびりと気ままな旅の景色を書いていけたらなーって感じのブツです。


まー、一応旅の目的みたいなものは3人ともあるんですが、とりあえずは、お堅いこと抜きの気楽なSSになるかと。

てきとーに肩の力を抜いてっていう風な姿勢で読んでいただければ幸いです。



さてさて、言うまでもないかもしれませんが、これはいわゆるファンタジーってやつです。

あれですね、剣と魔法の世界。

祐一くんが剣士で、茜と詩子が魔術士ってことです。

まー、剣士はさておき、魔術士について、少し補足説明を。

魔術士と一口に言っても、この世界においては、たくさんのタイプがいます。

詠唱によって発動するタイプもいれば、イメージするだけのタイプも、魔法陣を書くタイプもいますし、もっと別の形をとる者もいます。

基本的には、その人が、“最も魔術発動に適している”、と思う形をとるのが普通なんですね。

また、魔術の種類も千差万別。

共通しているのは、“イメージしたものを具象化する”、ということ。

魔術士の数だけ、魔法があるんだ、とでも思ってくだされば。

お決まりの『ファイア』とか、『ヒール』とかの魔法を使う人もいますけど、少数派ですね。



で、茜と詩子ですが、茜は自分のイメージする魔獣みたいなのを呼び出すタイプです。

魔力を媒体に魔法陣を描き、詠唱によりイメージを形にする、という発動方式ですね。

まぁ、ぶっちゃけ召喚士ですね。

強いんですが、発動に時間と手間がかかる上に、その間は隙だらけなのが欠点です。

まぁ、今回みたいに、弱い魔物相手なら問題はないんですけどね。



で、詩子は、もっと簡単で、イメージするだけで発動する方式をとってます。

まぁ、威力は茜よりも劣るけれど、スピードが早い上に、隙が少ないのが長所ですね。

ちなみに、詩子が使う魔術は、いわゆる炎系のものだけです。



茜にしろ、詩子にしろ、どんなことができるかについては、これから少しずつ出してこうかなーって思ってますので、今回はこの辺で。



あと、通貨単位ですが、この世界においては、ありきたりですが、金貨、銀貨、銅貨の3種類があります。

銅貨100枚が銀貨1枚で、銀貨100枚が金貨1枚という感じですね。



それでは、こーんな適当なものですが、適当にお読みいただければ……

ではまた次回に。





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