時をこえる思い 第七話 龍牙作
「少年の悩み」
二つの家族の夏の光景。
それぞれ違う色彩を彩っていたと言えるように思う。
だが、季節は巡って街が白い雪に覆われる時が来た時、少しだけその二つの色は交わることになるかもしれない。
ガタッガタッ
見渡す限り白という色で表せるような風景の中、電車が走っている。
水田、畑、街並み……季節が違えば様々な色合いを見せているのだろうが、今はどの場所も白。
そんな中を走っていると、電車が奏でる音もさほど風景全体の静かな雰囲気を壊していないのだから不思議なもの。
「クスッ……もうすぐ着くわね」
さて、そんな電車の中で祐一の母である一葉は少し微笑みながら窓から見える風景を眺めている。
昔ほどではないとは言え、静かだなと感じるこの風景を見ていると、秋子たちの住む街が本当に近づいているのが一葉にはよくわかる。
そうやって街に近づいているのが改めてわかってくると、しばらくぶりに会うかわいい妹や姪のことがやはり思い浮かんできて自然と顔がほころんでくる。
祐一はもちろん会いたいと思っていただろうが、一葉とて秋子や名雪のことは好きなのだからやはり会えるのはうれしい。
まあ、夫も一緒に来れたらもっとうれしかったのだが、生憎夫は長期休暇はとりにくいのが常。
それだけは常々寂しく思っているのだが、こればかりはなんともしがたい。
とは言え落ち込んでいても仕方がない。
ならば楽しめることで思いっきり楽しむのが一葉の心情なのである。
昨年の冬は予定が取れなくて来れなかった埋め合わせもしようと思うし、もう一つ楽しみなことが一葉にはある。
それは何かというと――
「祐ちゃんもあの子に会うのが楽しみでしょうね〜♪」
――そう、祐一をからかう材料が増え……もとい、今回から会うのが楽しみな人物が増えているのも一葉をご機嫌にさせているのだ。
そして、まずは手始めにとばかりに意味ありげな笑顔で一葉は息子に話しかける。
内心、息子がどんな反応で切り返すかわくわくしている様子である。
さて対する息子の反応は――
「………」
――無言だった……。
真剣に何か考えている様子である。
「……ゆ、祐ちゃん、お母さんの話きいてなかったのかなっ?」
そんな反応を返されてしまった一葉は、心底ムカッとした。
期待していただけに、この反応は彼女にとってはいただけない。
しかし、息子はかなり真面目な表情で窓の外を眺めているので、何かを察してとりあえず怒るのは我慢したようだ。
とは言え、もう一度呼びかける一葉の口調は少し変であるし、微妙に表情も引きつっている。
本当はそんな反応はないじゃない〜〜!っと突き飛ばしたいところなのかもしれない。
「………」
「うーーーー」
そして二回目もまた無反応な祐一。
さすがに気に障ったのか、一葉は不満げに少しうなっている。
ここが電車の中でなかったら、祐一に拳骨をお見舞いしているところだろう。
秋子や名雪によく容姿は似ているが、一葉は二人より活動的なのである。
そのせいか、最近は落ち着いた秋子の方が年上に思われてしまうこともある。
息子を持ってもまだまだ容姿も若くて綺麗と見られる一葉なだけに、こういうときは母であると同時にお姉さんのようでもある。
「………」
「……いいもん。いいもん。祐一なんて知らないもん」
さて、まだまだ無反応を決めてくれる祐一だった。
一葉はもう完全にいじけてしまっている。
彼女はどよ〜んとしたオーラを発しつつ、窓に“の”の字を書き始めていた。
側にいる幼い祐一が対比としてあるので微妙な構図だが、相手が祐喜などであったらまた違った雰囲気をかもし出していたかもしれない。
(来年からいよいよ忙しくなるな……)
さて、終始無言であった祐一は何を考えていかたというと、やはりこれからのことについてだった。
秋子たちの住む街に近づくにつれて、彼は一葉のようにうれしい気持ちはもちろん浮かんできてはいた。
しかし、それ以上にこれからやらなければいけないことが頭の中を多く占め、祐一はかなり真剣になってしまっていたのだ。
時の間で一人で書物に没頭することの多かった彼は、少し集中しすぎる癖もついてしまっているのかもしれない。
それはともかくとして、彼は今後の予定を整理していた。
彼の考えではまず来年の夏に倉田姉弟、そして同じ年の冬に天野と彼女の狐を何とかしなければならないと考えている。
(佐祐理さんと一弥のためには本当はもっと早い方がいいかもしれないけど……確実に何とかするためにはやっぱり来年だよなあ…)
そして、まず最初の倉田姉弟のことから祐一はまとめ始める。
来年の夏――恐らくこの時期があらゆる意味でタイミングが良いと祐一は考えている。
ただ正直、心苦しいものを祐一は感じてもいた。
あの姉弟が仲良く過ごせるようになるなら、それは早い方がいいのは確かなのだ。
とは言え、あの二人の問題を解決するには彼らの両親にも働きかけなければ確実なものにはならないと祐一は考えている。
そうなると彼らの親――倉田代議士のような人物に働きかけるにはどうあがいても準備が要るので多少の時間はかかる。
また、働きかける有効な手としても一弥の危機の直前というぎりぎりのタイミングであればこそ、打てる手もある。
(とはいえ……俺はひどいやつなのかもしれないな)
色々考えた末にこの時期を選んだとはいえ、一人の少年の命の危険をチャンスとして利用しようとしている自分。
そんな自分を少し恐ろしくも思う。
だが、いくら時の間で学んだ知識を持っていようとも自分は一人の人間でしかない。
加えて今は小学生の身。
できることはどうしても限られてしまう。
焦って失敗してしまったらそれこそ元も子もない。
それだけは祐一も避けたかった。
(ま、一弥を確実に助ける秘術はなくはないんだが……これはいろんな意味で危険だから本当に最終手段だな)
尤も、祐一も保険もかけずに危険なことをするつもりはない。
しかし、その保険もこの世界では本来ありえない力を行使することになるので、何が起こるかわからない。
時の番人に注意されたように、世界が滅ぶなんていう到底現実感のないようなことが起こっても困る。
(失敗は許されない……か)
結局は今、自分が計画していることを成功させることが一番いいのだと改めて思い、祐一は覚悟を決める。
そして、もう一度頭の中で今後すべきことを確認していくのだった。
(さて、次は天野……まあ、天野の場合は俺の都合で時期を変えるなんてことはできないわけだが…)
しばらく倉田姉弟のことを考えていた祐一は、一区切りつけて今度は天野美汐のことを考え始めていた。
彼女が狐と出会うのは来年の冬。
こちらは変えようがない。
むしろ下手に干渉したら、出会いすらなくなってしまうこともありうるだろう。
(……出会いを初めからなくす。それも一つの解決法かもしれない。だけど俺は……それは嫌だ)
天野も自分もあの子達と出会わなければ、あんな悲しい別れはしなくても済んだかも知れないと言う考えは祐一にもないわけではない。
しかし、真琴と出会い、そして共に過ごした時間は祐一にとってとても大切なもの。
だから、初めからなかったことになんて絶対にしたくない。
それが……祐一の正直な気持ちだった。
そして、天野にとってもあの出会いはどんなものであれ、大切なものだったのではないだろうかと祐一は思う。
彼女は自分や真琴と出会ったことを後悔していないと言ってくれたのだから、多分この考えは間違っていないだろう。
(俺の勝手であの子との出会いをなくしたりなんてしたら……絶対天野に怒られるよな……といってもどっちにしても俺は自分勝手なんだが……はは)
結局は自分の勝手で未来を変えようとしているのが今の自分でもある。
どちらを選んでも自分勝手と言えなくもない。
そう考えると悩みの迷宮に入り込んでしまいそうで、苦笑が漏れる。
だが、自分はもう歩みだしている。
今は、自分が後悔しないような道を選ぶしかない。
祐一は不安や迷いを抱えつつも、あゆが願ったはずのこと、自分が信じていることを信じて少なくとも今はがんばろうと思い直す。
そして、頭の中で天野が出会う狐を救う術を整理していくのだった。
迷い悩みながらも祐一が歩む道。
でもそれは、決して彼だけが望んでいる道ではない。
それが証明される日がきっと来るだろう……。
(……う〜〜ん、ま、ここで考えられることはこのくらいかな……ちょっと考えすぎたかもしれんが、まあいいや)
結構な時間の間、頭の中で祐一は今後の行動や必要な秘術を整理したり、改めて組んでみたりしていた。
どうやらやっと一息ついたようである。
そもそもこの場でこんなに考え込む必要もないだろうが、祐一もやっぱり不安はあるのだろう。
ちなみに、未だに側で落ち込んでいる母親には気づいてないのである。
結構な親不孝ものと化している祐一だった。
(……そういえば、舞たちは元気かな?)
そして、一息ついてもふと思うのは母親ではなく舞たちのことだたった。
彼の視線の先はまだ、彼女たちの住む街に近づきつつある窓の外の風景にある。
だから、側の母親は視界に入っていないのだった……。
(多分大丈夫だとおもうけど……去年の冬休みも今年の夏休みも会えなかったからなあ……うむぅ)
舞とは時々電話で話しているし、幸にいたっては時々夢の中に遊びに来る。
そのためそれほど心配はしていないが、やはり直接会ってない時間が長いのはあまりいいことではない。
だから、ちょっとだけ苦い表情を祐一は浮かべている。
(……でも、何で昔の俺は舞に会いに行かなかったんだろうな……)
この一年、舞と連絡をとりあっていた祐一はふと思うことがあった。
もといたあの時間から十年前に舞と出会い、七年前にあゆとの悲しい出来事が起こるまで、何回かこの街に自分は訪れていたはず。
それなのに舞に会いに行かなかった自分……。
(いや……わかってはいるんだけど……な)
自分に疑問を投げかけたものの、実際のところはその答えらしきものは自分はもうわかっている。
ただもっと何とかできなかったのか。
そんな後悔の念が、時々彼に自問自答させてしまうのだ。
あの場所に自分を招いたのは舞の力なのである。
舞に出会うまで、自分はあの麦畑には一度も行ったことはなかったのだからそれは確かだろう。
そして、あの後、舞の力は自分を招いてはくれなくなっていたはず。
今の自分ならそれでもあの麦畑の位置を見つけることは出来たかもしれないが、あのころの幼い自分となるとそうもいかない。
無意識に舞が自分を遠ざけていたとしたら、なおさら無理だろう。
それに、この街に遊びに来るのは冬の方が多かった。
冬では黄金色の麦畑を見ることは出来ない。
(そして見つからないまま、幼かった思い出は薄れ……七年前を境に完全に……ってところか……く!)
自分のこととはいえ記憶が曖昧で実感はあまりないのだが、恐らくこんなところだろうと祐一はまとめてみる。
そうするとやはり自分が情けなくなる。
過去に戻る前に天野に、そして一年前に幸に癒された彼の心も、まだまだ自分を許すまでには時間がかかるのだろう。
彼の心には、後悔や悔しさで表せるような暗い感情がまだまだ根付いている。
(秋子さんと名雪も元気かな……? あの二人は今は幸せだけど、それが壊れたら本当にもろいから……もうあんな名雪の姿は見たくない……)
そして、そんな暗い気持ちを抱えたまま秋子と名雪のことも考える祐一。
気持ちが沈んでいたせいか、その思考にも不安が垣間見える。
その表情は見ていて少し痛々しい……。
(……ふぅ、よそう。また幸を悲しませちまうよな、こんな顔してちゃ)
しかし、祐一の表情から暗さが隠れるのにそんなに時間はかからなかった。
彼が今までとこれからで得ていくもの……それが彼自身の未来もまた変えていくのだろう。
そして、まずは今。
彼が窓の外から自分の向かいに座っている母へと視線を移すことで、また新しいことに気づくことになる。
尤も――
「――って母さん? なんでまたそんな不思議な行動をとっていらっしゃる?」
――彼が最初にわかるのは自分の母親が窓に“の”の字を書いていると言う事実なのだが。
「……ふんだ。お母さんを無視する祐一なんて嫌いだもん!」
「ご、ごめん、悪かったよ。母さん」
心底失敗してしまったと感じた祐一は、慌てて母に謝り始める。
自分の知る未来の名雪よりも、ちょっと年が上なくらいの容姿の女性に脹れられてしまっているという状況。
祐一としてはそれだけで少し妙な感覚を感じるが、更に相手は母親なのだ。
かなり複雑な感覚を抱きつつ、さすがにこれは自分に非があるとわかっているので祐一も一生懸命謝っている。
どうやらふと時計を見て、自分がどれだけ長く考えごとをしていたかわかったらしい。
(ど、どうする? これはかなり不味いぞ…)
「…………祐一」
「は、はい!」
そして祐一がしばらく謝り続け、それでもなかなか機嫌が直らなくて途方にくれ始めた時、一葉はジト目で祐一を睨みつつ彼の名を呼んだ。
突然のことであったし、かなり混乱していたので祐一は言葉を詰まらせながらも、早すぎるくらいにすぐに返事をする。
そして、心の中では次にどんな言葉がやってくるかドキドキしながら母の様子を伺うのだった。
「母さんじゃ……力になれないことなの?」
「えっ…?」
しかし、次に母の口から出た言葉は祐一も全く予想もしていない言葉だった。
また、さっきまでいじけていたあの雰囲気も瞬時になくなってしまっている。
今、祐一の目の前にあるのは、心底自分を心配してくれているという優しくも悲しそうな表情なのだ。
何が起こっているのかよくわからず、祐一は驚きとも呆然とも言えるような心境で声を出しつつ、母を見つめなおす。
「何を言っているかわからないって表情をしているわね……もう! あんなに思いつめた表情しているのを見たら何かあったと思うのは当然でしょう!」
「母さん……」
先ほどまでの祐一の表情。
それは一葉もよくは見ていない。
しかし、この一年と少しの間に同じような祐一の表情を何度か一葉は見ている。
今回はともかく、これまでは祐一としては隠していたつもりかもしれないが一葉には完全にばれていたのだ。
また今回にしても、かわいい息子に相手にされなかったのは本当に寂しかったのであのようにいじけていたが、冷静になれば息子が自分に気づかないくらい考えごとをしていたということのほうが気にかかると言うもの。
「それなのに……一向に相談してくれないし……」
特に目立った実害も見当たらなかったので、祐一が相談しに来てくれるのをとりあえず一葉は待っていた。
男の子だから自分で頑張りたいと思っているのなら、それに水を差すのも嫌だったというのもある。
また、とりあえず原因は今向かっている街にあるようなので、訪問の際までは一葉も我慢する気だったのである。
とはいえ、やはり幼い息子が自分を頼ってくれないというのは寂しかった。
「母さんじゃ役に立たない? そんなにあたしって頼りない?」
「……そんなことはないよ、母さん。ただ……今の俺の悩みは自分で解決したいんだ」
少し泣きそうになりながら話している母を見て、祐一は胸が痛んだ。
自分の至らなさが情けないを通り越して、愚かにも思えてくる。
でも、ふと返した自分の言葉で祐一は自分自身の気持ちに気付く。
あの悲しい出来事は自分のせいと祐一は思ってしまっている。
だからせめて、今度は自分の力でなんとかしたい。
祐一自身、あまり気づいていなかったのだが、そんな気持ちが彼の中にあったのは確かなのだ。
「だめ」
「え、あ、いや駄目と言われても…」
「うー……じゃあ、苦しそうだったら絶対力貸す。拒否権なし」
「え〜と…」
「せめて……それくらいはさせて頂戴よ。まだあんたは八歳であたしはあんたの母親なんだからね」
「……わかったよ、母さん」
「よし!」
やっと表情を緩める一葉を見て祐一は少しほっとする。
そして少しだけ頷いて良かったのだろうかと考えてみる。
本当にこれでよかったのかはよくわからない。
ただ……頷かなければいけないような気がしたのだ。
その理由は母が口にした言葉に少し引っかかるものを祐一は感じたから。
それが何なのかははっきりとはわからなかったが、何か自分は大事なことを見落としているような気がしてしまったのは確かだった。
「はぁ……それにしても祐一ってば急に大人びたこと言うようになったわよね?」
「そ、そうかな?」
「そうよ、我が子ながらあんたいったい何歳よ?って聞きたくなるときがあるわ」
「あははは…」
「あの舞ちゃんっていう子に会う前あたりからよね……」
「さあ、どうでしょう…?」
「……背伸びしたくなるお年頃というには、真に迫ってるしねぇ」
「え〜と…」
「……隠し事下手ね、祐ちゃんって」
「あぅ…」
さて、少し気も楽になったのか、一葉は調子を取り戻したらしい。
少々祐一にとっては答えにくいようなことを次々と発言していく。
対する祐一は母に引け目を感じてしまったばかりだっただけに、その母から次々と繰り出される言葉に全然対応できなかった。
さすがに一葉もそんな一杯一杯の様子な祐一は少し可哀相に思ったらしい。
苦笑を浮かべつつ、追求は程ほどにしておこうと思ったようだ。
それに……久しぶりに子どもらしい姿――見ていて笑みが浮かんで来るような困っている姿を見れて、ちょっと気分もいいようである。
「ま、今日はこのくらいにしてあげる♪ でも、いつか必ず全部聞き出してあげるからね♪」
「お、お手柔らかに…」
「イ・ヤ♪」
(うぐぅ…)
すっかり調子を取り戻してしまった一葉には絶対に敵わない。
祐一は改めて自分の母の手強さを理解させられたのだった。
だが、同時に――
「……自分の子どもの成長はうれしいものなんだけどね。その原因がわからないのは親としては寂しいことなの。それは覚えてくれるとうれしいな…」
(……覚えておくよ。母さん)
――自分の母は本当に心優しい面を持っている。
そのことも改めて理解させられたのだった。
「それと、念を押しとくけど……何かあったら絶対頼りなさい! 頼らなかったら承知しないわよっ!」
「……うん」
「お願いね。無茶しちゃダメよ…」
(……なんか俺、よくわからないけど間違ってたことがあるみたいだな……もしかしたら頼ることになるかもしれないよ。母さん)
自分の母の言葉と強気だったりもするけど優しくもあるその思い。
それを受け取った祐一は少しつき物が落ちたような感じがしていた。
(……ふ、ふふ……そうだな。俺は一人では何も出来ない子どもだったな、天野)
そして、ふと自分をあの悲しみの沼から引き上げてくれた少女のことを祐一は思い出してしまった。
彼女はそこまでは言っていなかったし、冗談と言っていた気もするがあながち冗談でもなかったような気がして自分が笑えてきた。
下手なプライドみたいなものをもって、一人でうだうだ悩んでいる頼りない子ども。
今の自分の様は正にその通りな気がして可笑しくなってくる。
しかも、失敗したくないと思っているくせに成功する確率を自分は下げているのだ。
小学生一人で倉田家に働きかけるより、誰かの力を借りた方がずっと旨く行く。
そんなことにも気づかなかったのかと、祐一は自分が情けないを通り越してもう笑うしかないように思えていた。
どうやら一葉のおかげで気持ちが軽くなったようで、祐一はいろんなことに気付き始めたようだ。
(とはいえ、だからっていきなり頼るのも負けたようで悔しいのだが、どうしたものか…?)
しかし、彼は少し負けず嫌いのようである。
これからの問題を解決するに当たって、誰かの力を素直にかりるというところまでは決心がつかないらしい。
とはいえ、思考はずいぶん明るくなっている。
一葉と天野のおかげで祐一の心に余裕が出来たのは確か。
後は時間の問題といったところか。
「あら? なんか急に表情が明るくなったわね? 祐ちゃん」
「う……そ、そうかな?」
「ふ〜〜ん♪」
さて、祐一は声に出して笑うことはしなかったが、やはり表情も明るくなっていたようである。
一葉はそれに気づき、不思議に思いながら声をかける。
そして、なんだか照れているような祐一を見て、一葉はちょっとは自分の言葉も効果があったのがわかったようでうれしそうに微笑む。
(はは……やっぱ敵わん)
祐一の方はと言うと、ニマ〜と言うような擬音ででも表すことが出来るような母の笑顔を見て、どことなく敗北感のようなものを感じてしまっている。
最終的に自分の力なさを簡単に認めさせられたからそう感じたのかもしれない。
さてこの後、祐一は少し立場の弱いままに母にからかわれ……もとい、可愛がられ続ける時間が続くのだった。
秋子たちの住む街に着くまでそんなに時間はなかったのだが、祐一にとってはなんとも長く感じる時間だった。
「やっぱし、寒い! 何でこんなに寒いんだ!!!」
そして街に到着したのだが、祐一の第一声はこれだった。
ちょっとやけになっているような気もするのは気のせいではないかもしれない。
電車の最後の時間は、一葉の予定していた通りに舞のことや名雪のことで祐一はからかわれ続けた。
恐らくそのあたりが関係しているのだろう。
「それは、冬だもの」
そして、その元凶たる母親は何事もなかったかのように普通に息子の言葉に答えを返していた。
「く、だったら、何で暑いときに連れてきてくれないんだ? そのほうが気持ちいいだろ」
「あら、そうでもないのよ。ここだって暑いときは暑いし、その時期が短くはあるけど」
「マジか!?」
「大マジよ。まあ、確かにマシといえばマシだけどね。短い暑さといっても夏休みとはかぶるわけだけし」
「そっ……そうだったのか………」
「大体夏に来るのは初めてじゃないでしょうに……」
「……あ」
「あはははは」
冷静に普通に返されたことにすこしむかついたものを感じつつ、しょうがないから思っていたことを口にして祐一は会話を保つ。
しかし最終的に自分で墓穴を掘るだけだった。
この街の夏も結構暑いこと。
それを知っているはずなのに忘れていた自分。
二つの意味で祐一はショックを受けて固まっていた。
一葉はそんな息子が可笑しくて大爆笑である。
「ゆういちーーーー!!!!!」
ドカッ
「ぐふっ」
さて、そんな失意に中にあった祐一に追い討ちをかけるように正面からの攻撃が襲ってくる。
「やっと帰ってきてくれたーーーーー!!!!!」
ゴキッ
「がはっ(くっ、首が…)」
そして、上空からも追撃。
祐一はそのまま意識を失ってしまった…。
「「あ、あれ、………祐一?」」
「あらら……」
そして、祐一が気絶する原因を作った二人の黒髪の少女は何が起こったかわからないといった感じに祐一に声をかけている。
とりあえず何が起こったか全部見ていた一葉は、突然起こった自分の息子の不運に少しだけ同情していた。
しかし、この突然襲い掛かって……もとい抱きついてきた少女に悪気は無いのが分かる一葉はどうしたものかと溜息をつくのだった。