時をこえる思い
 第六話 龍牙作

「二つの家族」
 










 舞とのひと時の別れから季節は瞬く間に過ぎていく。

 祐一にとってはあらゆる準備のために頭を回したため早くも感る日々。

 或いは、早く大切な人たちと会いたい、全てをなんとかしたいという気持ちばかり空回りして長くも感じる日々が続いている。

 そしてあの別れの時から1年がたち――




「一葉、俺はもう駄目かもしれん…」

「そんな!? あなた、しっかり!」

(たかが風邪で何やってんだか……)




 ――祐一は違う意味でも頭を抱えていた。












「息子よ、もし父さんが……」


 不必要なほどに弱々しく、祐一の父――相沢祐喜は自分の息子に声をかける。

 ただ、微妙に顔が笑っている気がするのは気のせいだろうか。



「はぁ……あのな、親父」


 祐一もそんな父を見て溜息を一つ吐いた後、父親が何か続きを話す前に話しだした。

 なんとなく自分を相手にしている気もしないではないので溜息も深くなる。

 こうしてよく見ると、やはり自分は性格も容姿もこの親に似ているのが祐一にはよくわかった。


「確かに風邪は万病の素っていうけど、そんなひどくもないだろ? 親父。それに、まだ八歳の息子にそんな冗談を言うのはどうかと思うのだが」

「……祐一のいけず」

「そうよ、祐一、酷いじゃない!」


 すっかりしょげたように祐喜が不貞腐れると、間髪いれずに祐一の母――相沢一葉が祐一を非難した。

 ちなみに父親はどこか芝居がかっているのがよく見れば分かるが、母親の方は妙に目がマジである。


「はぁ……」


 そんな不思議な自分の両親を見て、祐一はまた溜息を一つ。

 心から呆れているのだろう。


「なあ、母さん、やっぱり祐一からかい甲斐がなくなったな」

「うんうん、妙に大人っぽくなっちゃって寂しいわ」

(そこを突かれると痛いな。逃げるか)


 二人していじけ始めた両親を傍観しつつ、祐一は会話の風向きが少し悪くなってきたことに気付き、そろりそろりと部屋の戸の方に向かう。


「むむ、少し話しすぎたか、ちょっとくらくらする」

「い、いけないわ、休まなきゃ」

(……もういいや)


 しかし、息子のことはほって置いて二人の世界を作り始めるご両親であった。

 祐一は少し転びそうになりつつ、そそくさと逃げていった。















「……やれやれ、本当に何があったんだろうな、祐一は」

「ええ…」


 さて、祐一が部屋から離れたのが分かると、祐喜と一葉はそろって真面目な顔になる。

 少し表情は悲しそうだ。



「性質の悪い冗談すらものともしないか……ま、予想してたけどな」

「だからわざと言ったんでしょ?」

「まあな……しかし、ずいぶん成長したというか、なんというか…」

「色々調べたんだけどね……さっぱりだわ」


 少し、自信喪失したとばかりの一葉は苦笑を浮かべる。

 それを見て祐喜の表情も同じような表情になる。

 お互い、それなりに情報等には詳しいほうだと思っていたのだ。


「そうか……まあ、大体唐突だしな。去年の夏に帰ってきたときはあの街に行く前と全然違ったからなあ、正直驚いたぞ」

「あたしだって……ね。あたしの場合はもっと驚いたわよ、あなた。ある日顔をあわせたら、その前の日と全然雰囲気ちがうんだもの」

「…たしかにな。それにしても俺やお前が調べてもわからない…か。そもそもたった一日であーも変わるなんて変だしなあ」


 だが、二人して落ち込んでいても仕方ないと祐喜は口調だけは明るく話を続ける。

 言葉にせずとも一葉も祐喜の気持ちを理解し、話を続ける。

 とはいえ、二人ともいつものような覇気はあまりない。


「本当に……どういうことなのかしら……?」

「わからんが……とりあえずもう少し様子を見るしかないか……」


 少しだけ不安を表情に見せる一葉。

 そんな妻の気持ちを推し量りつつも、残念ながら祐喜のほうも解決策がみつからずこういうしかなかった。


「そうね、とりあえず何か問題が起きてるわけじゃないし……」

「いや、起きてるぞ」

「へ?」
 

 なんとかどうしようもない気持ちを抑えつつ話を軽くしようと一葉が呟くと、間髪入れずに祐喜は彼女の言葉を否定する。

 長年連れ添った夫の突飛な言動には慣れているとは言え、この状況では本当に夫の言葉の意味がわからず彼女は戸惑う。


「マイハニーの寂しそうな顔と、馬鹿息子のどこか悲しげな顔を見る機会が増えたことは由々しき事態だ」

「…もぅ、あなたったら」


 やはりこの夫には敵わないと一葉は思いつつ、顔を赤くする。

 さすがにもう自分は少女ではないことは自分でもわかっているが、この人の前だと自分は昔のままになってしまうんだなとちょっと気恥ずかしいようである。

 尤も、他人から見たら十分可愛らしい容姿ではあるのだが。

 相沢祐喜――大切な人を明るい気持ちにする芸当を自然に身につけている人物。

 その血はやはり、あの少年の父であることを証明している。



「はっはっは、まあ、だから何とかしたいのだが、原因がさっぱりだしなあ…。とりあえず原因があるとしたら秋子君のいるあの街の方にあるんだろうな」

「ええ、変わったのはあの街でだし、いきなり可愛いお友達作っちゃったみたいだし」

「ふっ…さすがはわが息子。ま、それはともかくとしてその…舞ちゃんだったか? その子は何か関係があるのか?」


 ちょっとだけ話題に明るいものが加わって二人とも、他人によく見せる楽しそうな笑みを浮かべる。

 それでいて真面目な話でもあるので、この二人は独特だと彼らをよく知る者は評価していたりする。


「ありそうだけど……微妙ね」

「でも、いい娘なんだな?」

「ええ、色々事情は抱えてそうだけど、あの涙を見る限り、あの子が祐一に悪い影響を与えていることは無いと思うわ」

「ふむ、ま、そもそも祐一の変化は悪い変化とは言い難いしな。悪い影響も何もないな」

「それもそうね。むしろあんな可愛い子と知り合えたんだから祐ちゃんも幸運だわ♪」

「お、気に入ったのか? その子のこと」

「まね♪ ちゃんと会ったわけではないけどとりあえずは好印象。名雪ちゃんに負けず劣らず祐ちゃんの将来の…うふふふ」

「やれやれ、我が最愛なる伴侶殿は今から嫁選びを始めているのか?」

「くすくす、だって面白いじゃない、あなた」

「ふっ、同感だ」


 二人とも自分の息子の変化に一抹の不安は感じつつ、自分の息子の将来について楽しそうに思いをはせている。

 お互い、息子の恋愛関係では絶対遊ぶ気満々のようだ。


「さてと、親としては息子の変化の原因は知っておきたいし、本当はあいつが何か問題を抱えているなら何かしてやらないと気がすまんしな」

「ええ、気をつけてあの子をみていかないとね。何故か分からないけど、ちょっとだけ危うげな感じもするし…」

「うむ、そこでなんとかしたいところだが、あの街に行く予定は残念ながら組めなかったし、お前たちだけでまた行かせようにも俺がこんなんだしな。く……こんなときに風邪を引くとは、この祐喜、一生の不覚!」

「そんなこといわないで! あなた! 貴方は立派にやっているんだから!」


 息子の心配はしているが、ちゃっかり雰囲気は作る夫婦。

 こんな風景はこの二人には日常茶飯事のことである。
 

「でも……やっぱり寂しいな、もうちょっと可愛い息子を堪能したかったのにな…」

「そうだな、成長を見守るのが一番の楽しみだから…な」

「それなのにいきなり成長しちゃって……うぅ……あなた〜〜〜……クスン」

「おお、よしよし」


 暫し二人だけの雰囲気を形作りつつ、一葉は一言漏らす。

 その言葉をしっかりと受け止めつつ、祐喜はちょっと泣き始めてしまった妻の頭を優しく撫でる。

 そして、妻には見えないようにしながらも表情を少し曇らせる。


(祐一、成長といってもお前はまだまだ…だな。意外と母さんは脆い所もあるんだ。今の涙は可愛いで済むが…本気で泣かせるようなことはしてくれるなよ……)


 ふと感じた不安を胸に抱きつつ、心の中で彼は少しだけ願うのであった。










「何で静かになったり、熱く語り合ったりしているかな……?」


 さて、その息子は両親の心配には気付くことなく、二人がいる部屋からは少し離れた縁側で二人の様子を不思議に思っていた。

 彼は自分の周りに目を向けることになるのはもう少し先……。

 今のところは彼の父が評価したとおり、まだまだ、のようである。


「しかし、このころの俺はあのラブラブ夫婦を自然に見てたんだな……う〜〜ん、幼いって凄いもんだ」


 妙なところに感心しつつ、祐一は空を見上げる。


「それにしても……熱いな。すっかり夏か……つまり、あれから一年。舞…泣いてないといいが……」


 ふと、先ほどの会話の前に、舞の家に電話をかけた時のことを思い出す。

 電話越しにも彼女の寂しそうな顔が分かるような声だった。

 そのことが彼の心を痛ませていく。


「すまんな……舞」


 今の彼にはそう呟くことしかできなかった。



















「………」


 祐一がそう呟いていたころ、彼のいる場所からは遠く離れた場所で一人の少女が悲しそうな顔で佇んでいた。

 一面に黄金色を形作っている麦畑の中でポツンと立っている黒髪の少女。

 周りの明るさの中でのその様は、やはり目に付くものを感じさせる。


「祐一は必ず帰ってくるって言ってた。……それに今年の冬には必ず来るって……それは嬉しい」


 言葉とは裏腹に、寂しげな少女――舞の表情から寂しさは消えない。


「でも……」


 その小さな手で周りに生えている麦の一つを静かにいじりながら、自分の寂しさを言葉に出しかける。

 この綺麗な麦畑の中でもしかしたら今年もまた祐一と遊べる。

 そんな淡い期待を舞は抱いていた。

 だから、その期待が叶わなくなってしまったことは……やはり悲しい。


「…舞、元気を出して」

 
 ふと舞に声をかける少女が、誰もいなかったこの麦畑に現れる。

 舞とそっくりなその少女――幸。

 一年前にその名前を母からもらった、舞の不思議な力のあらわれである彼女は精一杯の優しさで舞を慰めようとしている。

 彼女自身も祐一と遊べなかったのはとても寂しいことだったが、それよりも今は大切な舞の悲しむ姿をそのままにしておけないという気持ちが強かった。


「……うん、祐一は笑顔で待ってろって言ってた。だから、あたしは笑顔で祐一を待ちたい……」


 少しだけ寂しさを表情から取り払い、一年前からずっと遊んだり話したりした自分とそっくりな女の子に顔を向けようとする。


「でも……幸……今はちょっと泣いてもいいかな……?」


 しかし、やっぱり我慢しきれずに舞は泣きそうな顔になる。

 相手は自分とも言えるだけに、やっぱり本音を出したくなってしまう。

 楽しいことも悲しいことも、舞はだんだん幸にちゃんと打ち明けるようになってきていた。



「仕方ないなあ……なんてね♪ もちろん良いに決まっているよ。あたしは舞でもあるんだから、遠慮なんていらないよ。気にせず、どーーんとこい」

「うん……ありがとう、幸…………ぐしゅぐしゅ」

「よしよし」


 優しく舞の頭を撫でる幸。

 その様子は双子のお姉さんが妹が泣きやむように頑張っているようで微笑ましい。

 実際、幸も相手は自分でもあるけども妹のようにも感じていてちょっと不思議だった。

 でも悪い気はしない。

 むしろ心地よい気が彼女はしていた。

 ただ――


(祐一……そっちの事情はわかるけど、帰ってきたらたっぷり驚かせて上げるからね! 舞を泣かせた罰だよ!)


 ――舞の泣いている顔は見たいわけではないので、遠き地にいる祐一に対しては少し御立腹のようだ。

 事情は分かるといっても、やはりちょっとだけ怒っているのは本気。

 そんなわけで、帰ってきたら少しだけ困らせてあげようと悪戯心を掻き立てていた。

 この辺りは幸も普通の少女のように一年間過ごしてきたせいか、子どもらしい面も持つようになったようである。

 祐一にとっては喜んでいいことだが、悲しむべきことでもあるといったところであろうか。

 尤も、祐一がどう思おうと幸のちょっとした悪戯は成功することになる。





「舞〜〜〜幸〜〜〜」

「あれ……? お母さん?」

「お母さん……?」


 さて、そんなほんの少し先の話には関係なく時間は進む。

 幸の腕の中で舞が泣き止み始めたころ、舞たちの母――真弥がこの麦畑に現れた。

 幸はそのことにすぐ気付き、顔を母の声がした方向に向ける。

 やや遅れて舞もそちらを向く。

 真弥はずいぶん息を切らしているようで、どうやらずっと二人を探し回っていたようだ。


「ふぅ……二人ともやっと見つけた。どこに行くとも言わずに飛び出しちゃうんだもの」

「「……ごめんなさい」」

「あ、お母さんは怒っているわけじゃないのよ。でもお母さんに何か言って欲しかったなあ〜」

「「……本当にごめんなさい、お母さん」」


 何も言わずに家を出たこと。

 加えて母を心配させてしまったのが分かり、二人はかなりシュンとして落ち込んでしまった。

 
「あらら、ごめんなさいね、余計に困らせて」

 
 真弥の方は別に二人を落ち込ませるつもりではなかったので、失敗してしまったとばかりの表情を顔に浮かべる。


「ただ、お母さんもダメよね。祐一くんと遊んだこの場所、正確に知らなくて少し迷っちゃった。はあ〜、お母さん失格かしら」

「そ、そんなこと無いよ、お母さん」

「う、うん。ちゃんと教えてなかったあたしたちも悪いし…」

「ふふ、ありがとう二人とも」

「「え、と……」」


 二人の気持ちを明るくさせようと話す母に対して、舞と幸は順に母親をフォローしてくれる。

 そんな二人がとても可愛くて、真弥は二人に微笑みかける。

 二人とも少し照れているようだ。

  
「さてと……」


 そんな二人を微笑ましく思いつつ、真弥はしゃがみ込みながら二人の頭を優しく撫で始める。

 しばらくそうしてから彼女は幸の方に顔を向ける。


「お、おかあさん…?」

「まずは、ありがとう、幸。舞を慰めてくれていたのね」

「えっと…」

「だけど、締めは任せて頂戴ね♪」

「え? え?」


 真弥の話によくついていけず、幸は少し戸惑っている。

 そんな幸を真弥は少し面白く思いながら、まずは舞のほうに顔を向ける。


「舞ったら……いつの間にそんなに泣き虫さんになっちゃったのかしら」

「お、おかあさん」

「ふふ……冗談よ。全く、祐一くんも罪な男の子よね。私の可愛い娘を泣かせてくれちゃって」

「えっと……祐一のせいじゃ……」

「あらら、本当に好きなのね、祐一くんのこと」

「――!?」

「あはは、そんなに動揺しなくたっていいじゃない」

「お、おかあさん…」

「ごめんなさいね、からかっちゃって。でもね、舞。そんな祐一くんに会えないのは確かに寂しいだろうけど、祐一くんは絶対冬には来てくれるって約束してくれたわ」

「うん……」

「それでも、舞はさびしくおもっちゃうのよね…」

「うん……」

「それはしょうがないわね。でも、じゃあそんな時は――」


 そっと……真弥は優しく舞を抱きしめる。


「お、おかあさん?」


 母に抱きしめられるのはとても気持ちよいが、さすがにいきなりのことだったので舞は動揺しているようだ。


「――お母さんが慰めてあげる。泣きたい時は何時だって泣きついていいのよ。それとも、お母さんじゃ、祐一くんには敵わないかしら?」


 ふるふる


「そんなことない! あたしはお母さんも大好き!」

「そう……。ふふ……やっぱりかわいいなあ♪」

「わっ…ぷ」


 舞の返事を聞いて、真弥は我慢できずに更にギュッと抱きしめてしまった。

 一生懸命好きと言ってくれた娘がとても可愛かったのだろう。

 ちょっとだけ舞は苦しそうだが、それでも嬉しそうである。



(いいなあ、舞……クスッ)


 少しの間取り残される形となってしまった幸だが、そんなことよりどちらかというと嬉しい気持ちのほうが強かった。

 だから、ちょっとだけ舞を羨ましく思いつつも、心はほんわかしている。


(お母さん……あたしが知っているよりずっと元気になっている……)


 少しの間そのまま舞と真弥を見つめながら、幸はふと思う。

 そしてその変化は、舞が自分を拒絶しなかったという変化によって生まれたものの一つだということが幸には分かった。

 自分の知る未来において、真弥はまだ少し病弱だった。

 ……確かに舞はいつだって母が元気になることを願っていた。

 けれど願いの力――自分を拒絶してしまっていたから、その不思議な力の効果が薄れていたんだろう。

 でも、今回は違う。

 自分の力も信じて、舞は真弥が元気になってくれることを願ってくれている。


(うれしい…な)


 大事な母がより元気になってくれたこと。

 自分を確かに舞が受け入れてくれ始めていることが、形となってわかったこと。

 その二つの意味で幸はとても嬉しかった。


(これなら、動物園にもいけるかもしれないね……舞)


 幸の知る未来では、真弥の体調は仕事だけで精一杯。

 他のことを舞にしてあげたくとも、体がそれを許してくれないのが現実だった。


(祐一……ほんの少しだけでいろんなことが変わるんだね。でも……それはつまり、良いほうにも悪いほうにも簡単に変わっちゃうかもしれないって事だよね……)


 舞の心が救われているか、救われてないか、それはとても大きな違い。

 でも、そのきっかけはどちらにでも傾きやすいもの。


(だから、頑張らなきゃね! 祐一)


 舞の事だってこれから何が起こるかはわからない。

 そして、祐一は他にももっとやらなければいけないことがある。

 不安は色々ある。

 でも、だからこそ頑張らなきゃいけないと幸は心の中で強く思った。




「ね、幸、聞いてる?」

「え…あ、何? 舞」

「聞いてなかったの……」

「え、え…と」

 
 だが、そう意気込んでいた所に声をかけられて幸は戸惑いつつ舞に反応する。

 どうやら、何度か呼びかけられていたのに気付かなかったらしい。

 舞は少し怒っているようで幸はかなり困ってしまった。


「クスッ、まあまあ、舞、幸はきっと何か考えことをしていたのよ。許してあげなさい」


 心なしか脹れている舞をおかしく思いつつ、真弥は幸のフォローをしてあげる。

 真弥の言葉に助けられながら、幸もこれは不味いと言う思いが強くなったのか、舞に向かって謝り始めた。


「ご、ごめんね、舞」

「………」

「ふぇ〜〜ん、ごめんなさい〜」

「……ん、わかった」


 ちょっと涙ぐみながら謝ってくる幸を見て、舞も居心地が悪くなってきて折れる。

 もとよりそれほど機嫌が悪かったわけでもなかったので、ちょっと意地になったのは少し恥ずかしそうな様子である。


「よしよし、仲直りしたわね。それでね、幸、今日は二人の好きなものを作ってあげようと思うの。だからこれから買い物に行きましょうね」

「あ、そうなんだ。うん、わかったよ。舞、よかったね〜♪」

「はちみつクマさん」

(お……これがあったか。祐一、今度会うとき楽しみにしていてね〜)

「あらら、それ時々使うようになったわね。全く……祐一くんって面白い子なんだから」


 ちょっとご機嫌斜めだった舞も、幸とすっかり仲直りしたようで二人とも今晩を楽しみにしている。

 その際の言葉で、幸はとあることをひらめいたようだ。

 真弥がその言葉に複雑そうな表情を浮かべて話している間に、幸は作戦を練っている様子。



「さてと、お買い物に行く前に、幸……えい♪」

「わわ、おかあさん…?」


 真弥はそろそろ移動しようかと思ったが、その前に幸にしておくことがあると思い至り、幸を抱きしめ始める。

 突然のことに幸はびっくりしてあわてている。
 
 何事かと母の顔を幸は覗き込んだ。

 すると、母はとても優しい目で自分を見つめていることに幸は気付いて少し息を呑んだ。


「……幸だって祐一くんとこの夏に遊べなかったことは寂しいんでしょ?」

「!?」


 確かにその通りだったが、舞のこともあり、その気持ちを幸は表に出していなかった。

 それなのに真弥は気づいてくれた。

 幸の心に胸いっぱいになるような気持ちが溢れていく。


「それなのに、舞を慰めてくれたのね……本当に良い子」

「お、おかあさん」

 
 自然に真弥は幸に頬擦りしている。

 幸はうれしいけど、くすぐったそうにしている。


「でも、幸も舞と同じく、私の可愛い娘。だからお母さんには甘えてね♪」

「……うん」

「幸、ありがとう。幸のこと大好きだよ!」

「舞……」

「やっぱり二人とも可愛い♪」

「………」


 母の言葉に自然に頷く幸。

 そして、さっきの母の抱擁ですっかり落ち着いた舞は幸に感謝の言葉と共に抱きつく。

 そんな二人を本当に愛しそうに真弥は抱きしめなおす。

 幸はもう……なんだか胸が一杯だった。

 自然と涙がこぼれてくる。

 もちろん嬉しくて流れる涙だ。

 そして……幸は二人を強く抱きしめ返す。

 心の中には純粋な思いで一杯になる。

 このときばかりは、不安も何もかも忘れ自然とこんな言葉が溢れていく。







――守りたい――


――この家族を――






――ずっと見て行きたい――


――この笑顔を――


 
 

 


 

 
















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