時をこえる思い
 第五話 龍牙作

「親子の絆とひと時の別れ」 







 ピンポーーン



「すいませーーーーん」


 祐一は舞を背中に抱えつつ、どうやらもう舞の家にたどり着いたようである。

 早速彼は玄関のチャイムを鳴らし、かつて一度も訪れた事はなかった舞の家を眺めながら、反応が帰ってくるのを待つ。


「ふむ。わりと普通の家なんだな」


 一頻りこの家を眺めてから、彼はふとつぶやいた。

 舞の家は、さほど特徴的なものはない、白を基調としているよくありそうな家だった。

 ただ、どうやら新しい家のようである。

 そんな家を見て、何か祐一は予想が外れていたような様子を見せている。



『普通じゃなかったら、どんな家を想像していたの…?』


 そして、祐一のそんな態度と言葉が気になったらしく、舞の中にいるまいは不思議そうに彼の心に尋ねかける。


「いやあ、剣とか刀とかある家なわけだし、もう少し古風な建築様式かと……」

『数年前引っ越してきたばかりだし、親子二人なんだよ。そんなに凝るわけないじゃない。お母さんも剣をやってはいるけど近くに道場があるから、家を稽古場にする必要ないしね』

「ふむ。そんなもんか。まあ、それはともかく、反応がないな。留守か?」

『そんなことないよ。いるよ』

「はーーーい」

『ほら』

「ふむ。そうみたいだな」


 反応があってから玄関のドアが開き、十年後の舞に良く似た女性が現れた。

 ドアをすぐ開けるのは無用心かもしれないが……この女性、全く隙が感じられず、いざとなればすぐ閉めることができそうである。



「どちらさま――――って、舞!?」

「あっ、はじめまして。舞の友達で相沢祐一といいます。その……一緒に遊んでたら、舞が寝てしまって……」

「……ああ、あなたが祐一君なのね。舞から話は聞いているわ。私が舞の母で、川澄真弥(まや)というの。よろしくね。祐一君」

「は、はい。こちらこそよろしくお願いします」


 さすがに自分の娘が担がれて帰ってきたら驚くのは当たり前であったので、舞の母――真弥は状況がわからなくて少しの間は戸惑っていたが、割と早く祐一の言葉に反応してくれた。

 どうやら祐一のことはここ数日舞からずっと話に聞いていたようであり、祐一の話をする舞の楽しそうな様子を快く思っていたので、真弥はとりあえず好意的に挨拶を交わしてくれたようである。

 祐一はそんな舞の母の対応に、助かったもの感じつつ、ちょっと予想よりあっさりした応対だったので多少驚いているようだ。



(舞は俺のこと、話してたのか?)

(うん)

(出来れば、教えておいてほしかったな。どう説明しようかと思って困ってたんだから)

(う……ごめん)

(ん…まあ、ちょっと気になっただけだから、そんなに謝らなくてもいいぞ)

(なら助かるけどね……はは)


 そして、予想とは違った反応だったため、祐一は少しの間目を閉じ、心でまいと確認をとることにしたようだ。

 彼にしてみれば自分が何者かをどう説明しようかと悩んでいただけに、真弥が大体のことを知っている事実は拍子抜け半分安堵半分な気持ちなのである。

 対するまいはそういえば言ってなかったと素直に謝っている。

 とは言うものの、祐一としては本当にちょっと確認を取りたかっただけのようなので、お互い確認不十分だったと苦笑いと言ったところか。

 尤も、表情にはどちらもそれを出していないのだが――


「ん? どうかしたの? 祐一君、急に目を閉じたりして?」

「え? あ、す、すいません。え…えと、ちょっと俺も眠くて、別になんでもないんですよ」

「あら、ごめんね。それなのに舞を背負って連れてきてくれたのね。ありがとう、祐一君」

「はは、別に大丈夫ですよ。これくらい気にしないでください」

(あちゃあ……これまた失敗したね、祐一)

(言うな…俺もそう思うが)


 ――とは言え、いきなり苦笑いを浮かべたらそれこそ怪しすぎるであろうが、目をいきなり閉じるだけでも相手から見れば疑問に思うところなのは変わりない。

 別に目を閉じなくても心で会話する術は祐一も身に着けていることは、今やっているので見てわかる通りなのだが――ちなみに目をつぶった方が疲れないら しい――結局のところ、一瞬のやり取りでもない限り人前で心で会話すること自体失敗であることに気づいた祐一は、自分の詰めの甘さが少し悲しかった。

 妙なところで術を覚えても使い方には気をつけなければいけないと言う教訓を学んだ祐一だった

 加えて、咄嗟についた嘘を真弥は信じてしまい、褒められてしまったので心ぐるしいものも感じて祐一は少し散々な様子である。


「へー、祐一君ってやっぱり優しいのね」

「い、いえ、そんなことないですよ」

「あらら、謙遜しちゃって、祐一君ってずいぶんお利口さんなのね」

「は……はは」

(祐一が優しいのは本当のことだよ? どうして困っているの? 祐一)

(……いや……はは……わからないなら気にするな)

(?)


 さらには駄目押しのように真弥に褒められてしまい、祐一はさらに心苦しくなりながらも言葉を返す。

 そして真弥から再び返ってきた言葉で、今度は自分が七歳の少年らしい――少なくとも十年前の自分らしい――対応をしていないことに気づく。

 またまた自分が情けなくなってきて、祐一は笑うしかなかった。

 そんな祐一の様子がよくわからなくてまいは彼の心にこうささやく。

 祐一としては自分は優しくないとも言い返したかった様だが、しかし今回ばかりは自分の情けなさの方が悲しくて、何も言う気にならなかったらしい。

 まいは何がなんだかよくわからなくて困っている。

 もし実体化していたなら、少しきょとんとした様子を見せくれていただろう。



「どうしたの? 祐一君?」

「はは…い、いえ、なんでもないですよ。気にしないでください」

「そう? まあ、そのほうがいいならそうするけど」


 さて、もちろん真弥もそんな祐一の様子を不思議に思ったようで、祐一を気遣ってくれている。

 祐一は自分の情けなさに苦笑しながらも、とりあえず話を流そうと真弥に曖昧な返事を返す。

 そんな少し引っかかる祐一の反応には少し疑問を真弥は感じたが、深入りするのもいけないかなと、とりあえず祐一の言葉に頷いてくれるのだった。

 それに真弥としては、今はこちらの方を自分は気にかけた方がいい気もしていたようである。

 こちら――祐一の背中ですやすやと気持ち良さそうに眠っている自分の娘に、苦笑を浮かべながら真弥は目を移し始めていた。



「それにしても……舞ったらしょうがないわね」

「あはは、でも、遊び疲れるほど舞が楽しんでくれたのなら、俺もうれしいですよ」

「…そういってくれるのはうれしいのだけど……ねえ、祐一君、君、本当に七歳?」

「あはは……一応そうです」

「一応って……なるほど、舞の言うとおり面白い子ね。あ、ごめんなさい、失礼だったかしら?」

「いえ、そんなことないですよ」

「本当に…君、お利口さんね」

「あはは…」


 真弥は妙に感心してくれているが、祐一としてはもう一杯一杯の様子だった。

 どうやら子どもらしく上手に振舞うことができるほど、自分は器用じゃないんだなと心の中で泣いているみたいである。


「ま、ともかく、わざわざおぶってきてくれてありがとう。あ、そういえばいつまでもこんな玄関の前で話しちゃってごめんなさいね。さっ、あがって頂戴。家の中でくつろいでね」

「い、いえ、おかまいなく。もう遅いですし。そういうわけにも……」

「んーでも、暗くなってきたから子供には危険な時間よ。親御さんには連絡するから泊まっていきなさいな」

「ええっ!? わ、悪いですよ。ごめいわくでは?」

「気にしない。気にしない。それに、娘が初めて連れてきた……いえ、連れられてきた、ね。そんな男の子のことは、母親としてよく知っておかないといけないからね♪」

「は、はあ……。 (……やっぱり、結構明るい人なんだな)」


 病気の床に伏せっていた過去の真弥の様子を、祐一は時の間で見てきたので知っている。

 確かに病気回復傾向になってからは明るい様相を見せ始めていたことは知っていたが、彼としてはやはり病弱だったころの印象が強かった。

 だがこうして直に会って話してみると、やはり印象的だったあの病弱なイメージとは大分異なるなと祐一は感じていた。

 そして、念のための予備知識として、ほんの少しだけ真弥の過去のことも祐一は調べていたので、少し振り返ってみると、なるほど、舞を生んで体を悪くしてから弱々しさが目立ってしまったが、基本的に明るい性格であったような気がする。

 今よりもっと小さいころの舞は本当に明るい女の子だったし、そう考えれば舞は真弥に似たとも考えられる。

 すなわち、この街に来てから舞の無意識の願いと力により少しずつ体調が回復していくにつれ、本来の性格が目立ち始めたと言えるのだろう。


 だだ、この街に来てから真弥は必要以上に明るく振舞い始めてもいるのもまた事実なのであった

 そうしているのは、自分の命を救うために迫害を受けるようになってしまった舞に責任を感じ、気持ちを強くしているためであろうか。

 しかし、不思議なことに、今、祐一が見ている明るい様子自体には違和感がない。

 それが意味するところは、ずっと真弥が望んでいた人――舞を受け入れてくれる人が現れてくれたのではと言う期待が、彼女の中で膨らんでいると言うことなのかも知れない。



「じゃっ、あがってね」

「……はい。わかりました」


 唐突に舞の家に泊まることになったことには戸惑いつつも、考えてみれば特に断る理由もない。

 そう考え直した祐一は、真弥の要望に答えることにしたようだ。

 尤も、考え直したもっと大きな理由は――


(わ〜い、祐一が泊まってくれるよ〜♪)

(こんなに…喜んでくれているんだしな)


 ――舞の中にいるまいが本当にうれしそうに喜んでいることに気づいたからであった。

 そんなわけで祐一は、真弥に家の中へと案内されていくのだった。












 さて、しばらくして――



「ごめんね。祐一」

「いや、気にするな」


 どうやら舞は目を覚ましたようである。

 目が覚めたら自宅にいたわけなので、そのことには驚かされつつも、祐一におぶってもらって帰ってきたことを知り、本当にすまなそうに舞は祐一に謝っていた。

 当然のことながら、祐一はそんなことを気にしてなどいないことを彼女に伝えているが、やはり舞としてはまだ申し訳ない様子である。


「……重くなかった?」

「女の子が重いわけないだろうが…」

「そ、そう…」

(むぅ、まだ申し訳なく思っているような微妙な表情だな…よし! ここは――)


 祐一は、さてどうしようかとと考える。

 いつものように軽い冗談でこの雰囲気を変えるのも一つの手だと内心は思う。

 しかし、今は舞の母――真弥の目も側にあるのであまり意地悪な冗談でからかうのもいかんだろうとも思う。

 よって彼は別の方法をとることにした。

 さて、その方法とは――


「まあ、舞の寝顔、かわいかったしな♪ 俺としてはもうけものだったぞ♪」

「!? そ、そんなこと…」

「わあ、舞、顔真っ赤!」

「おお! めちゃくちゃかわいいぞ」


 ――本心をいり混ぜたからかい……のようだ。

 まいも便乗している。

 しかし……意地悪な冗談は駄目だと思ったのはいいとして、半分口説きのような――本人に自覚はないだろうが――発言を女の子に、しかもその母親の前で躊躇なくやるあたり、祐一のその判断基準には疑問が残るかもしれない。

 祐一としては自分も舞も年齢がまだ幼いと考えているから、さほど恥ずかしくないのかもしれない。

 また、再び出会った幼い舞を妹か娘のように見てる部分が今、祐一にはあるとしても……なかなか困ったものである。

 さて、それはそれとして――


 ぽかっ! ぽかっ!



「わ〜〜ん! 舞が叩いたあ!」

「……痛いぞ。舞」

「二人ともうるさい!!!」

(むぅ……照れ屋なのはこのころからかわらずか…)

(あはは、舞ってば本当はうれしいはずなのに)


 照れ隠しにチョップしてしまう舞の癖……技とも言えるだろうか?

 それが、このころから生まれてしまったようだ。

 そんな舞の癖をこのころから見ることになるとは思っていなかった祐一もまいも、多少は驚きを覚えている。

 しかし、むしろ二人は、頬を赤く染めておいてこんなことをする舞を可愛く思う気持ちが強くて、つい微笑んでしまうのだった。




「ふふ、三人とも楽しそうね」


 そして、そんな三人の光景を、真弥は楽しそうに見ていた。

 どうやら彼女は前からまい、正確には舞の力が見えていたようだ。

 舞の力で一命を取りとめた彼女故、繋がりからか見えるのかもしれない。

 尤も、これまでは舞自身とは少し違う意思みたいな漠然としたものがそこにあると感じていた程度であり、少女と言う明確な姿が見え始めたのはここ数日前、つまり、まいが時を遡ってきてからではあるが。

 正直最初は驚いたようだが、舞とその少女が楽しそうにしている様子から問題はないと判断したようだ。

 事実、『あの子も出てきていいわよ』と真弥が言ってくれたので、まいは今、実体化しているのである。

 とは言え、普通はもう少し驚きそうなものだが――


(娘が二人出来たみたいでうれしいわ。それに……舞の力だって私の娘……そうなのよね)


 ――優しい母親である彼女にとっては、まいの存在は驚きよりも別の感情が先に立つようである。

 ましてかつて自分が患っていた病気を治すために生まれた存在である故、感謝もしていたのだろう。

 ただ、心の中で発した言葉は少しだけ自分に言い聞かせるような様子ではあった……。






 さて――


「真弥さんの料理おいしいですね」

「「あたしもお母さんの料理大好き」」

「ふふ、ありがとう」


 少し経ってから祐一は、夕飯をご馳走になっていた。

 どうやら本当に泊まることになったようだ。

 ちなみに余談だが、祐一が彼の母――相沢一葉に電話で舞の家に泊まることを相談したところ――


「認可♪」


 一秒だった。

 秋子もよく一秒で了承してくれるものだったが、その姉もまた同じ流儀のようである。


(でも、母さんも――祐ちゃんも隅に置けないわね――ってなんだよ)


 どうやら性格は秋子より軽いようである。

 だが、祐一の母である一葉は、心の内では急な変化を見せた息子に何か悪いことがあったわけではないことがわかり安心していた。

 実際、祐一を探しにいこうと家を出ようとし始めていたところだったようである。

 ちなみに余談ではあるが、機嫌がいいときは祐ちゃん、通常は祐一と彼女は呼び捨てにするようだ。




「おいしいなあ。俺のお嫁さんにしたいくらいうまいですよ。…は!! す、すいません。変なことをいってしまって……」


 真弥は舞の母親とは言え、姿は若々しく、未来の舞とほとんど変わらない。

 そのため、祐一はつい口が滑らせてしまったようだ。

 かなりおいしかったのは事実のようだが、その褒め方を彼はまた子どもらしくないやり方でしてしまったようだ。

 やはり、半分精神は大人なので油断しているとぼろが出るようである。

 そして、謝りつつ、またやってしまったと多少祐一は欝状態のようだった。



「あら。こんな若い子に口説かれちゃったわね。くすくす」


 さて、どうやら気には障らなかったようだ。

 内心は本当に七歳なのかと不思議に思っているようだが、どちらかというと真弥には祐一の反応は面白い反応だったらしい。

 祐一にしてみれば、おかげでセーフといったところ。

 ただし――


「「祐一!!!!!」」

「な、なんだ? 二人とも、突然どうした?」


 むしろ舞たちのほうに祐一の言葉は影響を示していたようだ。

 まだ未成熟な年齢の精神の少女とはいえ、好意を抱き始めている少年が先ほどのようなことを言えば思考が止まりもする。

 しばらく固まっていた二人だが、再起動し、言及したいことがあるようだ。


「「祐一は料理の上手な人が好きなの?」」

「へ? ん、いや、まあ、料理がうまいほうがうれしいことはうれしいかな?」

「舞!」

「うん!」

「「お母さん! お料理いっぱい教えてね!!!」」

「あら? ふ〜ん、そうなんだ。ふふ……はいはい」


 どうやら自分の母親にお嫁さんになってほしいという祐一の言は、別に本気でもなさそうだしということで頭から完全に捨て去ったようだ。

 むしろ気になったのは料理の上手な女性が祐一は好きということ。

 ならば、自分も料理が上手くなりたい。

 よって、料理上手の母に教えてもらい、料理をこれからがんばることに決めたようである。

 そんな娘の淡い気持ちのわかった真弥は、娘を微笑ましく思いながら、快く了解していた。



(なんだか燃えてるな。でもこんな舞もいいかもな。……うん? そういえば)


 祐一はそんな舞たちのことを見つめながら、ある意味当事者であるにもかかわらず、傍観者のごとく舞のかつては見ることがなかった姿に新鮮なものを感じているのであった。

 彼は舞が何故あんな行動をしているのかより、その行動自体に興味がいって深くは考えていないのだろう。

 まだ体は7歳と8歳というのも大きい。

 それと舞たちの持つ淡い気持ちとは方向性の違うもの――

 一度は失ってしまった舞を大切に思う親心とでも言うべき感情のほうが、今の祐一は大きいのかもしれない。


 だが、それはともかくとしても、彼はなにやら思いついたことがあるようだ。


「なあ、二人とも」

「なに? 祐一?」

「いつまでも舞とまいじゃどっちを呼んでるか分からないだろ。まい、名前を変えてみないか? 二人は同じ存在ではあるけど…この際だからな」


 まいの方を見て祐一は言う。

 微妙にしぐさ、目つきなどで、どちらがどちらかは分かるのだが、やはりややこしいであろう。


「なんか、いまさらだけどね」

「まい、そう言うなって……今気づいたのも確かに遅い気がするけど……」

「うーん……でもどんな風に呼んでくれるの?」

「まかせろ。俺の中にある乙女心を擽る宇宙、その名も乙女コスモからきっとすばらしい名前をあみ出してしんぜよう」

「祐一って…すごいんだね」

「真に受けちゃ駄目だよ、舞。それはそれとしてなんか不安だけど……とりあえず聞かせてくれる?」

「何気に酷いな……ま、いいけど…」


 祐一やまいと楽しんでいくうちに、迫害を受けたことによって生まれた影も薄れてきて、舞は持ち前の純粋さが目立ち始めてきたのか、祐一のなんだかすごそうな言葉の内容に舞は素直に感心してしまっている。

 だが、彼のことをよく知るまいはさすがにあっさりとしていた。

 祐一は、容赦ないツッコミに少し悲しくなりつつ、気を取り直してまいの新しい名前を考え始める。



「ふむ……よし! 次から選ぶがいい。まいまい。まいっち。ダンサー。マジカルまいりん。Etc……」

「全部嫌!!!!!」

「むむ! わがままだぞ」

「まじめに考えて!」

「失敬な! おれはいつだってまじめだ」

(うぅ…名雪の言葉を思い出すよ。祐一はいつもまじめに変なことを言うって言ってたような気がする……)

「……まいまい……かわいい……かも」

「ま、舞まで……うぅ……お願いだから今のから選ばないでぇーーー!!!!!」


 今にも泣き出しそうな様子のまい、正に心からの叫びだった。

 どうやら舞とまい、ものによっては感覚がずれているものもあるらしい。

 歩んだ年月が違うから……そんなところであろう。



「祐一君」

「はい? (し、しまった。真弥さんが見てたのに少しからかいすぎたか!?)」

「私が名づけてもいいかしら?」

「えっ?」


 そんなちょっと混乱気味の子どもたちを落ち着かせるように真弥はふと祐一に呼びかける。

 対する祐一は、真弥に呼びかけられたので、迂闊だったかと少し冷や汗をかいたが、予想外の真弥の言葉を聞いたことでしばらく呆けてしまった。


「クスッ、だってこの子だって私の娘ですもの。名前は親である私がつけてあげたいじゃない」

「「おかあさん……」」



 舞の母である真弥は、確かに舞を大切に思っていた。

 しかし、自分を救うために生まれた不思議な力が、結果、他者からの畏怖という形で娘を苦しませてしまったことに引け目を感じていたこと。

 それに加え、舞がその力のためにいじめにあい、苦しんだという事実そのものから……

 実を言えば、舞の不思議な力を受け入れるということには、真弥自身にも少し自信がなかったのだ。

 それに、自分は不思議な力で生きながらえた仮初の命に過ぎないかもしれないと言う気持ちが、自分だけでは最終的にはどうにもならないと言う考えを彼女にもたらしていたのかもしれない。

 しかし、待ち望んでいた舞のすべてを受け入れてくれるかもしれない存在、すなわち祐一が現れたこと。

 そして、舞の持つ不思議な力がどんなものであるか、直にまいを通して見据えることが出来たこと。

 この二つがきっかけとなり、真弥は舞の力も受け入れる覚悟と決心がはっきりとついた。

 それに、もうこれで、たとえ自分の命が仮初のものだとしても、舞の支えはなくなったりしないと感じた彼女は、将来の憂いなく全力で舞の力になれることもうれしかった。

 そうして心を軽くすることが出来た真弥は同時に、まいの様子を見ていて、この子も自分の娘だと本当に思うことが出来たのである。

 舞はその母の気持ちをなんとなく感じて、ちょっとうれしかった。

 舞もだんだんこの力を好きになる兆しが出始めていたから、その門出に母も加わったことを、無意識に舞は感じ取ることが出来たのが、うれしかった理由かもしれない。

 そして、まい本人は心から真弥の気持ちを感じ取ることができたので、本当にうれしかったのだ。




「真弥さん……。そうですね。よかったな、まい」


 さて、祐一の方はというと、先ほどまで軽いノリでまいの名前を考えていたその雰囲気が一転して変わっていた。

 彼もまた、まいが舞とともに母から娘として受け入れてもらったということにうれしさを感じていた。

 そして、彼は微笑む。

 その微笑みは、とてもあたたかいものを見るものに感じさせるものだった。

 もちろん、笑顔そのものは美汐やまいによって彼も取り戻し始めることはできていた。

 だけど、今浮かべている微笑みは少し特別なもの。

 今まではどうしても彼の笑顔は影が残ってしまうものだった。

 後悔と悲しみのために深く傷ついた彼なのだから、それは致し方ないことなのかもしれない。

 でも、今浮かべている微笑みは、舞たち親子から感じるあたたかさと、そして、再びこんなあたたかい時間を過ごすことが出来たという嬉しさが、自然に浮かべてくれた影のない澄んだ表情なのである。

 悲しみは知っていてもそんな微笑みを浮かべることが出来るようになる。

 それは、後悔しつくした彼が、自分を赦せるようになる兆し……ほんのほんの小さな一歩といえるもの。



(……あは、ちょっと見とれちゃった。祐一の笑顔、本当にあたしは好き。…だから嬉しいな)


 まいはなんとなく祐一のその微笑みの意味するところがわかる。

 だから嬉しいし、それに好きな人のそんな表情はいつまでも見ていたいと思う。



「………」


 舞には全部はわからない。

 でも、特別な存在になりつつある男の子が見せてくれた微笑みは見ていてとってもあたたかくなる。

 ただ、つい見とれてしまっている自分を不思議には思うものの、理由が自分にもよくわからなくてちょっと困っていた。

 その頬は少しだけ赤い。

 とっても可愛らしい様子だった。



(……本当に不思議な子、この歳でこんな表情が出来るなんて……)


 真弥は大人であるだけに、娘たちとは違う視点で彼の表情を見ていた。

 不思議であると同時に、こんな表情が出来る理由を考えると、少し心配もしてしまう。

 とは言え、今は何もわからない。

 だけど、もしこれからの時間で何かがわかっていき、自分に出来ることがあるならば、その時は舞たちのためにもこの子のためにも頑張る日が来るかもしれないとふと彼女は思った。

 今はそこで心配をとめておくことにする。







(でも……理由はどうあれ、舞たちも苦労するでしょうね…)


 そして改めて彼の表情を見ると、不謹慎かもしれないが、明るいと言うべきか、困ったことと言うべきか悩む所だが、この男の子の行き先を考えるとちょっと思うところも出て来た。

 舞の力を簡単に受け入れてくれたやさしいこの男の子のことだ。

 もしかしたら、他の誰かを助けてあげることもこれからの人生であるかもしれない。

 そして、その誰かが女の子で、もしこの男の子に好意をいだいたら、この笑顔はかなり危険だろうと思っていた。

 たださえ、自分ですらあたたかい気持ちにしてくれる表情だというのに、そこに好意がブレンドされたら本当に好きになってしまうだろう。

 今見ている自分の娘たちが、それを示してくれているような気が真弥にはしていた。

 しかも予想ではあるが、容姿も悪くないものに将来なるだろう。


(頑張らなきゃだめかも知れないわね…舞たち)


 なかなか鋭い真弥の予想の正否は、これからの祐一たちの行く末が示してくれる。

 恐らく大当たりであろうが。



「あ、あれ? みんなどうした?」

「……あ、ふふ、なんでもないよ、祐一。それじゃあ、お母さん、お願いできるかな…?」

「ええ、ちゃんと名前考えてあげるからね。それと、祐一君、別になんでもないのよ」

「はぁ……? ん? 舞、どうかしたのか?」

「よくわからない…」

「は?」


 三人に少しの間見つめられていることに気付いた祐一は少し戸惑いながら三人に尋ねてみる。

 だが、まいも真弥もよくわからない返事だったので彼はイマイチ釈然としなかった。

 ただ、舞だけは祐一が表情を変えても、まだ少し余韻が残っていたらしく黙っていた。

 そんな舞を不思議に思い、祐一は彼女に声をかけてみる。

 だが、返ってきた返事はよく理解できないものだったので、祐一はさっぱりわけがわからなくなってしまった。

 ただ、舞が自分の中に生まれた気持ちに戸惑っているために少し頬が赤くなりつつ戸惑ってしまっている様子だけは、ちょっと可愛いとは思ったようだが。

 もっとも、自分に見とれていたなどと思いつくほどナルシストでも祐一はないので、そんな仕草をしている理由はわかっていない。

 そんな二人の様子を、まいと真弥は少し苦笑を浮かべながら、楽しそうに見守るのだった。








「さてと、それじゃあ『幸(さち)』なんてどうかしら?」


 ちょっと変な雰囲気は続いたが、真弥はしばらくして紙に字を書き始めたことで気持ちが切り替わっていた。

 そして真弥は、考えた名前を三人に伝える。



「「「幸?」」」

「そう、川澄 幸。この子は、私が舞と一緒にいていられる幸せな時間を延ばしてくれた幸せの証。そのことへの感謝と意味そのものを字に込めたのだけど、どうかしら?」

「……ありがとう……お母さん……っ」


 名前の由来を説明してくれた母の言葉がうれしくて、我慢できずに涙ぐみながら、そっと母に「幸」は抱きつく。

 自分と言う存在は、舞が忌み嫌われる原因であり、この家族がそのことで迫害を受けることにもなったと言うのに、そんな自分に感謝してくれ、さらには――貴方は私たちに幸せを贈ってくれたのよ――という意味の言葉は幸にとっては……あまりにもうれしすぎる言葉だったのだ。



「いい名です」

「うん。これからもよろしく……幸」

「……うんっ!」


 本当にうれしそうに頷く幸。

 そんな幸を見て、本当に良かったなと思った祐一は優しい表情をしていた。

 舞もまた、以前から思っていた母を助けてくれたことへの感謝の気持ちが、再び大きく呼び起こされ、やはりこの子と一緒に歩んでいくべき――いや、一緒に過ごしていきたい――そう感じていたのだった。

 幸は、そんな祐一と舞の気持ちをも感じ、言葉に詰まるほど気持ちが一杯になっていた。


 そして、新たな名前をもらった少女を祝うかのように、この日は楽しい時間がずっと続いていくのだった。













「よし、今日は幸が鬼だな」

「ふふふ、すぐに捕まえちゃうからね〜」

「負けないよ、幸!」


 そして、次の日からずっと、祐一たちは三人で元気に麦畑の中を走り回っている。

 本当に楽しそうな様子だった。








 しかし、楽しい時間は瞬くままに過ぎていってしまうもの…。







 数日の月日が流れ、ついに祐一が実家に帰る日を、彼らは迎えてしまう。



「舞、泣かないでくれ」

「ぐしゅぐしゅ」

「ほら、舞。泣いちゃだめ。祐一君も、お母さんと一緒に帰らなくちゃいけないのよ」


 今回のお別れでは、きちんとしたお別れをしようと祐一は真弥も一緒に来てもらっていた。

 でも、そのため、素直になり過ぎてしまったのか、舞はただ泣いてしまっている。

 なんとか真弥は舞を慰めているが、まだ時間はかかりそうである。


「ぐす……。舞、祐一は信じられるよ。祐一はきっと帰ってきてくれるから……」


 幸とて祐一との別れは寂しい。

 だが、幸には、舞の感じている寂しさと共にある気持ち――何かに対する恐れの気持ちを直に感じ取ることができていた。

 そのため、自分も祐一と離れるのは嫌な気持ちを抑えつつ、舞の心の内にあるそんな心配はしなくていいと元気付ける。


「ぐしゅぐしゅ。本当……?」

「ああ!」

「祐一はあたしを避けるんじゃないの……?」

「――!」


 祐一の知る過去では魔物が来るから助けに来てと言う嘘をつくほどに、彼が自分から離れていくのを恐れた舞。

 たとえ、一緒にいた時間の間はどんなに祐一のことが信頼できても……

 いざ、ひと時の別れに立ち会ってみると、人が自分の力を恐れ、離れていく哀しさと恐怖が彼女を襲ってしまっていた。

 ――他人が自分の力を恐れて避けていく――

 そのことがこの純粋な少女の心に決定的な傷をおわせているのだ。

 多少祐一の知る過去とは違った今であっても、その心の傷だけは消えていない。

 故に……やはりこの一時、側を離れるときこそ、正念場であることは変わりなかった。

 祐一はそのことに気づき、今度こそ行動を間違えたりはしないと意気込み、心からの言葉を発していく。



「馬鹿なことを言うんじゃない! 最初に言ったろ。決して避けたりしないって! それに、すぐ側にはいられなくなるとしても、俺は絶対ここに帰ってくるぞ!」

「……絶対?」

「絶対だ。それこそ地球がどうにかなったって、俺は来るぞ!」

「「そんなことが起きたら……みんな死んじゃうよ?」」

 
 祐一のまっすぐな気持ちを込めた言葉を聞いた舞は、その真摯な思いを感じて落ち着きはじめたのか泣き止み、一言口にもらす。

 舞の安心と不安の入り混じったその問いに力強く頷きながら言葉をつづける祐一。

 そして舞は、自分に返ってきたまっすぐ過ぎると言えそうな祐一の言葉を聞いて、少し困ったように不安な顔をする。

 祐一は絶対と言ってくれるのは嬉しいけれど、本当にそんなことが起きたら祐一はどうするのか。

 幼さと純粋さからの不安を込めて、その疑問を舞は口にする。

 それは本当に祐一の言葉を信じる安心を得たいという少女の願いの表れでもある。

 幸にはそんな舞自身はよくわからないような舞自身の心にある不安も期待もよくわかる。

 だけど、祐一なら今度こそ舞の心を救ってくれると信じて微笑みながら、幸は舞と口を合わせて尋ねる。

 その言葉には、こう聞かれたらどうするのかなというちょっと意地悪な気持ちと、祐一ならちゃんと答えてくれるという彼を信じる気持ちが込められていた。



「それでも、俺は来る!!」

「……うん」


 理屈なんかを気にしていたわけではない。

 舞が望むのは、祐一が自分を避けないでまた一緒に過ごしてくれること。

 それを信じることが出来るようになりさえすればよかった。

 迷いのない祐一の強い気持ちのこもった言葉を確かに心強く感じることができた舞は、こくりと頷く。

 その顔は、涙の後はどうしようもないとしても、しっかりと微笑んでいた。


(疑問の答えじゃなくて……舞が本当に望んでいること、わかってくれたんだね、祐一)


 どこまでも強気な祐一と、やっと微笑んでくれた舞を見つめながら、幸は微笑む。

 この時間で、二人のこんな姿を見れたことが幸にはとても嬉しかった。


(あ……でも……クスッ)


 でも、祐一なら、本気で今の言葉を言ってくれているのかもしれないと思った幸は改めて笑みがこぼれそうになった。

 単に祐一は何も考えずに正しい選択を選んでくれたのかもしれない。

 それに自分はどこか、祐一なら本当にその言葉を実践してくれると思ってしまっている。

 ちょっとそれは祐一を信じすぎているのかなと、自分が可笑しくもなった。

 だけど、それくらい自分は祐一を信じているということなのかなと幸は悪い気はしていないようである。



「祐一が帰ってきてくれるの…まって…いるから」

「おお!! 絶対来る。必ず来る。それまで笑顔で待ってろ」

「うん」

「よし! さてと……俺は行くけど、さよならは言わないぞ。またな!」

「また」

「おし、幸も元気でな」

「舞が元気な限りあたしも元気、二人で元気でいるから大丈夫だよ」

「そうか。後、真弥さんもお元気で」

「ええ。祐一君もね。ちなみに……あまりにも来ないと、私が何かするから覚悟しててね。……地の果てまで探しに行くわよ」

 祐一がそれぞれと別れを締めくくろうとする中、わざと不敵な笑みを浮かべつつ、念を押す真弥。

 冗談半分、本気半分といったところか、祐一を少しびびらせるには十分だったようで、祐一は姿勢を正し決意を述べる。


「不肖相沢祐一、必ずや帰還します!!!」

「あはは、よろしい」


 そんな祐一の態度が面白くて真弥は笑い、そして安心する。

 ――この子なら本当に舞を受け入れてくれる――と。












 そして、祐一は舞たちを別れ、駅のホームへと入っていく。


「長かったわね〜♪」

「ご、ごめん。母さん」


 少し離れた場所で祐一の母――相沢一葉は彼を待っていた。

 どうやらからかいたくてうずうずしているようだ。

 姿はよく秋子に似ているのだが、明らかに雰囲気は異なるようである。


「ははは、祐ちゃん、あの子と別れるのがさびしいんでしょ?」

「かっ、かあさん!!」

(ふ〜〜〜ん。まんざらではなさそうね。名雪ちゃんが悲しむかしら?)

「あんまりからかわないでくれ…」

「まあ、後は帰ってからにしますか。じゃっ、行くわよ〜」

「むぅ……」


 祐一は、母親がこれから何を言ってくるかと思うと少し頭が痛くなったが、とりあえず渋々と自分の母親についていく。

 少しだけ先行きに不安はあるものの、でも心は軽かった。

 舞の未来は変わり始めていることが、彼にはうれしかったのだから。






 一人目の少女の歩む道は新たな道となった。



 相沢祐一の再び歩み始めた第一歩はきちんと踏む事ができたと言える。

 たとえ、彼自身の進まねばならない道はまだ長く続いているとしても……



















あとがき

 五話修正終了です。過去の舞さんは、魔物との戦いが始まっていないとは言え、祐一が出会う前に迫害から既に心に傷はあったわけですから、性格の 明るさはどの程度であるか正直なやむところです。まだまだですが、変わった未来で彼女の性格がどうなっていくのか上手く書いていけたら良いなと思います。

 では



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