時をこえる思い
 第二十六話 龍牙作 

「共に行くもの、託されたもの」








 祐一は二度目、そして夕菜や真琴の例もある。

 美汐は、母性的な女性と言えるかもしれない。














 けれど、ね。










 彼女も、年頃の女の子なのです。




















「この状況、端から見れば、恋人同士に見えるのでしょうか……?」








 今までは余裕がなかったから表にでませんでした。









 しかし、ふと妄想を口にしてしまう、女の子らしいと誰かさんなら言うだろう癖も、実は彼女にはあるのです。












 それはそれとして、自分の状況から連想されることに気付いた美汐は顔が真っ赤になっていった。

 題して、命がけで戦った忍ぶ恋人である若武者の戦の疲れを癒す姫君、という自分の役回りを想像して、ポーッとした表情になる、

 先程までの女神は、どちらに旅立ってしまったのやら。


(は!? わ、私は何を!? 相手は相沢さんではないですか!?)


 そうです、相沢さんに私はそんな気持ちなんて――と、彼女は頭を振り、確認するかのように彼の顔を見る。

 しかし、それがいけなかった。

 いや、よかったのかもしれないけれど。


(そ、そんな女性を射止めるためにあるような、優しさと深さをもった澄んだ表情、しかも寝顔なんて、何時習得なさったのですかっ!?)


 見事に撃沈されました、ええものの見事に!――と、また彼女の顔は沸騰していく。

 そういった雰囲気を感じ取れる女性でなければ、あるいは好意を持っている人でなければ、実は効果は薄いのだけれど、彼女は大げさに祐一の寝顔を評価している。

 何故なら、過去に戻る前から、彼女は祐一に惹かれつつあったのだから。

 彼女の場合は、深さも感じ取れるわけだけど、むしろ、今回は止めを刺されたというべきか。

 とりあえず、彼女には最大級の効果があるのは確かだった。


(そんな表情を見せられたら……私とて、駄目になってしまいます……)


 と言うべきか――


(いえ、もう認めます! 射止められてしまいました! ならば、こんなこんなうれしいことはないでしょう♪)


 ――というわけで、美汐さん、激しく暴走中。

 今度は嬉々として、祐一を抱きしめるのでありました。







「ん、あれ?」


 しかし……聖母の揺り篭にいたはずだったのに、恋に恋する女の子に襲われ――もとい、抱きつかれている状況に変わったら、やっぱり眠っていても驚くのか、祐一は目を覚ましてしまった。

 さすがに、目もはっきりしておらず、状況はよくわかってはいないようであるが。


「あれ? 天野。そうか、やっぱり調子が悪くて気を失っちまったんだな。受け止めてくれたのか、いや、すまな、い――」


 いまいち、まだ分かってない様子。

 まあ、まちがってはないのだけれど。

 でも、だんだんなんか変だと思い始めてきたのか、祐一も戸惑い始めている。


「いや、その、なんだ、もう大丈夫だから、放してほしいんだが」

「♪」

「あの、天野……天野さん、みっし〜?」

「♪」

「ぬ、ぬぬ、結構力が強いですなあ、天野さんや」

「♪」

「いや、その、なんだ、年頃の娘さんがはしたないですよ?」

「♪」

「……とっても恥ずかしいのですが?」

「♪」

「どうしたら……?」



 そんな祐一に天の助け――



「う……ん……あれ?」

「おお、夕菜、起きたのか?」

「ク? あ、えっとたしかあなたは……? ……あの、何で姉さんに抱きしめられているんですか?」

「いや、俺にもよくわからないんだ。とりあえず何とかしてくれるとありがたい」

「はぁ……? よくわからないのですが、わかりました。ねえさ〜ん」


 ユサユサ 


「♪」

「ね〜え〜さ〜ん」


 ユサユサ


「♪」

「……だめみたいですね」

「そんな……夕菜の声にも反応しないなんて……おい、どっかおかしいのか!? 天野ーーー!!」

「!☆? うぐぐ、あ、相沢さん、落ち着いてください」

「あ、あの、少々姉さんが苦しそうです」


 ――助け……にならなかったのかなったのか。

 とにかく、大切な夕菜の声にすら反応しないことには、さすがに祐一も驚愕して暴れだす。

 理由を理解……することは難しいか、しかし、そこまで真剣になることはないのだから、困ったものである。

 美汐はこれまでの反動なのか、凄いトリップの仕方だった。

 だが、さすがに夕菜のことは聞こえてないわけでもなかったようで、美汐には多少の気付けになっていた。

 だから、正気にはすぐ戻ってくれたようである。


「ひ、酷いではないですか、相沢さん」

「いや、すまん、しかし、あまりにも反応ないのでな」

「……私、そういえば何をしていました?」

「覚えてないのか?」

「はて――」

「まあ、天野は可愛いから、悪い気はしなかったんだが、さすがにな――」

「――(パタリ)」

「――って天野ーーーー!?」

「何が何だが、わからないです……クゥ〜」


 ……思い出して、冷静になっただけに恥ずかしく、また、祐一の言葉は嬉しすぎて、美汐は気を失った。

 自分らしくも無いこと言った、やはり疲れているのかなあと我ながら思いつつ、祐一は笑おうとしたら、これ。

 祐一、わけがわかるはずもなく、思いっきり驚く。

 夕菜は起きたばかりだし、展開についていけなくて、泣きそうになっていた。




「それにしても、こんな姉さん始めてみました」

「いや、俺もだよ」


 焦ったものの、何処も悪くなさそうだったので、とりあえず二人は夕菜が寝ていた布団に美汐を寝かせてから困ったように言葉を交わす。

 二人とも、本当に心から驚いたと言うような表情である。


「姉さんのことは、目が覚めてからにいたしますとして、あの、本当にありがとうございました。これで、姉さんと何時までも一緒にいられます」

「俺がやりたかったことだから、気にすることは……ってあれ? 何が起こったかわかっているのか?」

「はい、あれだけの力が送られてきたのです。私の記憶も戻りましたし、それに、少しだけ、あなたの記憶も混じって流れてきました」

「そうか、俺の記憶に関しては、まあ、気にしないでくれるとありがたい」

「ク? そうなのですか? はい、わかりました」

「……あ、ありがとな」

「ク?」


 とっても素直な反応に祐一は返って困ったのだが、そんな祐一の気持ちはよくわからないようで、見つめられて夕菜は小首をかしげている。

 そもそも、記憶の内容がよくわからなかったというのもあるのだが、夕菜としては祐一がいうのならば、その通りなのだろうと純粋に思っている。

 これは本来の性格もあるが、記憶の内容はともかく、祐一のその深い思いと優しさはその身に文字通り受けたので、夕菜は祐一のことを心から信じても大丈夫な人間だと思っているのだ。

 つまり、慕う最高ランクの美汐と並んで、彼女にとっては祐一は全幅の信頼を寄せる相手となったというわけである。

 まさか、そのような評価を受けているとは知るわけはないので、祐一はたじろぐばかりだが。


「でも、記憶が戻ったのなら、丘の家族とかは、いいのかい?」

「それは、大丈夫です。いつでも会えますし、私の気持ちは分かってくれていると思います」

「そっか……君らの性分は君ら自身が一番分かっているんだったな」

「はい」


 迷いなく夕菜は頷いた。

 それを見て、祐一は改めて、この子達にとって自分達が教えた人の温もりというものがどれだけ価値があるのか思い知らされた気がした。

 かつて、怪我が治ったら野に帰すのが当然と思って選んだ選択は、逆に例えば飼うことを決めた場合と同じく、自分の独りよがりな考えであったのであろうかと、少し悲しくもなった。

 だから、心の中ですまないと真琴に謝っていた。

 でも、今は「今」を見ようと思う。


「何かあったら、言ってくれな。いつでも力になるから。(ポン)」

「ク? 〜〜〜♪」


 綺麗な狐色の髪の頭に優しく掌をおいて、祐一は微笑む。

 この子も、そしてきっとこの子と良い友達なるんじゃないかと思う真琴も、今度こそ守りたい。

 一瞬驚きながらも、夕菜はそのあたたかなぬくもりが嬉しくて、幸せそうな表情を浮かべている。

 それを見ていると、祐一も自然と顔が綻んでくるようで、徐に置いた手で彼女の頭を撫でていく。

 夕菜には、それがなんだか本当に気持ち良いのか、もっと笑顔になる。

 癖になってしまいそうだなあと、妹を持った気分で祐一もなんだか楽しかった。



「……。(じー)」


 で、その本物のお姉さんは、頭を撫でている祐一にも、撫でられている夕菜にも、ちょっぴりジェラシー。

 どうやら、目も覚めたようで、起き上がってあたりを確認したら、和やかな光景が目に入った。

 光景はいいものだし、邪魔するのも気が引けるので、声をかけずにいるのだが、とっても羨ましそうである。

 自分で撒いた種とは言え、夕菜に優しくする一号をとられたことも悲しい。

 先ほど祐一への恋心にも気付いた分、純粋に夕菜も羨ましいからさらに悲しい。

 さめざめと泣き寝入りしてしまいましょうかと、やけにもなりかける。

 けれど――


「お、目覚めたんだな、全く、心配したぞ」

「あ、姉さん、目が覚めたんですね。よかったですっ♪」

「もう、二人とも大好きです!」

「わぷ」

「ぬわわ、まだ起きていないのかぁあ!?」


 ――自分のことを忘れることなく、好きな人は笑ってくれ、可愛い妹は抱きついてきてくれる。

 なんと、幸せなことだろうと、美汐はいつもの礼儀も忘れて抱きしめるのだった。




「何が何やら、わからんのだが、大丈夫なんだな? 美汐」

「はい、それはもう――って、はい?」

「あ、呼び方か、嫌だったか?」

「いえ、そんなことはないのですが、どうしてまた?」

「いや、夕菜だけ名前で呼んで、付き合いのあるお前を苗字ってのもなんか変だからな」

「確かに私もそれは寂しいですね」

「だろ?」

「それでは、私も祐一さんとお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「無論、かまわんぞ、美汐」

(でも、美汐、祐一さん……ああ、一歩前進したのですね)


 呼び方からして、未来では一歩遠かった自分が祐一に近づいたような気がしてうれしくて、再び美汐はほわわんと想像力を掻き立てる。

 そういえば、せっかく八人の中で唯一苗字で呼び合っているのだから、もっと大きなイベントでもよかったかもと勿体なくも思う。

 でも、仕方がない。

 ここで名前を呼ぶのを受け入れないなんて、人としてどうかと思うから。

 ああ、でも。


「何か、また妙なオーラが……?」

「姉さん、変わってしまわれたのでしょうか……?」

「まあ、気にしないほうが良いかもな……」

「はい……あ、私は祐一様とお呼びしますね」

「何故、様付け?」

「なんとなくです」

「……まあ、いいのかな?」

「ク?」


 なんか狐の耳がピョコンとはえてきそう。

 はっとして、祐一は思考を中断する。

 何か人として間違った妄想をしてしまったような気がして、はたして様付けを認めてよかったのだろうかとも思う。

 しかし――
 

「ク?」


 ――いや、本人の意思は尊重しなくちゃなと納得するのだった。



「なんだか……楽しそう、じゃな?」

「あ、竜人さん、それに美里さんも隆景さんも」


 時間も大分たったからか、料理も出来たようで竜人たちはそれらを運んできてくれたようである。

 ただ、居間に入って竜人は少し不思議な空気を感じて、歯切れの悪い感想を口にした。

 特にいつも落ち着いた自慢の孫が、何か違う。

 伝承や昔話を読んでいるとき、あるいは少女漫画なるものを読んでいるときに特に似ていなくもないけれど、なんだろうと竜人は首をかしげる。

 でもまあ、料理を冷ましては不味いと後回しにしようと思って、運ぶ作業を続けた。


「まあ、起きておったのなら、ちょうど良い、ちと遅いが飯にしよう」

「あ、ありがとうございます。でも、良かったんでしょうか、俺も?」

「当たり前と言うか、君と夕菜が主賓じゃよ。食べてくれんと困ると言うものじゃ」

「では、お言葉に甘えます。凄くお腹すいていますから」

「うむ、婆さんの飯は上手いぞ」

「それは楽しみです」

「まあ」

(ふふ、こういうところは相変わらず自慢げであるな、竜殿)


 楽しそうに料理を並べていく竜人を見て、美里はうれしそうにしながら同じように準備していく。

 隆景は、喧嘩はしても実は愛妻家である夫をおじいさんになっても続けている親友に笑みを浮かべながら、夕菜と祐一の容態を確認する意味でも二人に向き合う。


「とりあえず、大丈夫そうであるな。……ところで、美汐ちゃんは、いったいどうしたのであるか?」

「俺にも分からないのですが」

「はい……」

「……春ではないであるがなあ」


 何気に酷い隆景であった。




「す、すいませんでした、お婆様、すぐに手伝いもせず」

「いえいえ、でも珍しいですね、美汐さん。どうかしたのですか?」

「い、いえ、何でもないのです」

「? そうですか?」

 
 美里は少し疑問は残っていそうだったが、深く聞くつもりはないらしい。

 少々、美汐が本当に困っている気がしたからである。

 実際、美汐は、穴があったら入りたいと思っていた。

 夢や御伽噺に想像を膨らませることは、このくらいの年齢の子にはあっても不思議は無いだろう。

 美汐が伝承などが好きなのも、そんな側面の表れでもある。

 しかし、今回は少々勝手が違うと自分でも思い、やや自己嫌悪に陥っていた。

 だが、彼女にとっては本当に初めての恋。

 大いに悩むことにはなるだろう。


「これで、全部ですね、では、たんと召し上がってください」

「「「「「いただきます」」」」」


 御魚、お鍋に、山の幸、どこぞの料亭かと思う品揃えだが、祐一はよほどお腹がすいていたのか、気にせずにもくもくと食べていく。

 ただちょっと、新鮮すぎる、気はするのだけど、肉も知らないものがあるような気もするし。

 けれど、本当にそんなことより――


「もぐもぐもぐ……ク? お爺様、私の顔に何か?」

「いや、落ち着いて食べるんじゃよ、夕菜」

「? はいです」


 ――ちゃんと、箸が使えているという運命が変わった証の方に、目は向いていた。

 もう大丈夫なのだと、皆、微笑む。






 さて、皆が食事に盛り上がってきたところで――


「うにゃあ〜〜〜」

「あら、猫さんですね。何処から入ってきたのでしょうか?」


 一匹の仔猫が登場。

 襖を閉じていなかっただろうかと、美里は首をかしげる。

 確かに、一見するとただの猫なのだが――


「な!? まさか、ぴろ!?」

「え!?」


 ――見覚えのある猫に、祐一は驚いた。

 祐一の話を聞いて、ぴろのことを知っている美汐も続けて驚く。

 ぴろとは、祐一と真琴の関係を改善する役割を果たした猫である。

 それだけに、祐一は見間違えるということはないのだが、さて?



「なんじゃ? どうしたのじゃ、二人とも?」

「くんくん……このにおい、もしかして?」

「察しの通り、我だ、夕菜」

「あ、大聖金老狐様なのですね、やはり。こんにちはです」

「うむ」

「可愛い格好なのですね」

「そうなのか? 自分では良く分からぬが」

「へえ、金老狐か、こりゃまた……って」


「「「「「なんですとーーーーーー!?」」」」」


 自然に会話を交わす夕菜と仔猫に、一瞬祐一も普通に流しそうになるも、次の瞬間、他全員と共に異口同音に叫ぶ。

 まあそもそも、猫がしゃべっていること自体驚きに値することだろう。

 まして、さっきまであれだけ存在感を放っていた存在と同じと言われれば、さらにというもの。


「驚くのも無理はないがな。しかし、あの姿では力を抑えたとしても人間界を歩くわけにもいかぬだろう。人間界にいる時は、普通はこの姿なのだ」


 さすがに無理もないとわかるのか、うんうんと頷きながら説明する仔猫。

 とっても異様な光景なので、夕菜以外、さらに言葉もなく固まる。

 それを見て、まあ、溶けるまで待つかと金老狐は物思いに耽る。

 そういえば、この姿で動いていたら、祐一に力を送るのは億劫だっただろうなと思い、時の番人の忠告に少し感謝していた。



(な、なあ?)

(ほう、心での会話の術も身につけておるのか、なかなかだな)

(ああ、まあな。しかし、マジなんだな)

(うむ)

(そして、さらにぴろなわけか?)

(左様)

(うわ〜〜)


 フリーズからいち早く脱した祐一は、金老狐の心に語りかけた。

 そして、確定した事実に驚くしかなかった。

 少々、情けない声を心の中であげている。


(時の番人が教えなかったのは……まあ、わかるであろう?)

(ああ、それはもちろん。あの野郎が、こんないいネタを俺に明かすわけがない)

(お互い、苦労するな)

(まったくだな)


 美汐のことといい、本当にあの野郎と祐一は殴りたい気持ちだった。

 金老狐は、もんのすごくその気持ちが分かるのか、心の言葉にすら溜息が混じりそうだった。


(でも、なんだ、力になってくれたんじゃないか。あんたがいなければ、俺と真琴はいがみ合って終わっていたかもしれないんだぞ?)

(流石に、三連続で何もしないなど、嫌であったからな……御主は記憶を封印していたというアクシデントもあったしな)

(ありがとな)

(しかし、結局は――)

(それは、いいっこなしだ)

(――そうか……しかし、祐一よ、食べ物の名前は酷いと思うぞ)

(う……すまん)

(まあ、ピロシキはともかく、ぴろならこの姿にふさわしいだろう。さすがにこの姿で大聖金老狐などど呼ばれたくもないしな)

(それもそうだろうな)






「なるほど、また後でとは、こういう意味であったか」

「うむ」

「しかし、まさか、猫の姿とはな、わしも修行が足らんな」

「そうそう見破られるようでは、我も困るからな。仕方なかろう。なお、この姿の時は、祐一がかつてつけてくれた名である「ぴろ」と呼んでくれ」


 金老狐と祐一の心の会話が終わる頃には、隆景たちもフリーズしていた思考から溶けたのか、それぞれ改めて驚いたと表情を崩していた。

 金老狐も、人間に見破られては立場がないと笑って、気落ちしている竜人に話しかける。

 敵わぬ存在と暗に言われているものだが、まあ仕方ないかと竜人は苦笑しながら、ふと気になって口を開く。


「ということは、祐一君は知っておったのではないのかな?」

「いえ、確かにぴろには会ったことあったんですが、金老狐とは知らなかったんですよ」

「う〜む、なるほどのう」

「とりあえず、よろしくお願いしますね、ぴろ」

「うむ」


 とりあえずそういうことにしておくかと、竜人が下がる中、美汐はぴろに向けて挨拶をしていた。

 親しき仲にも礼儀あり。

 いや、何か違うか。

 とにかく、厳密には初対面ではないが、改めて確かによろしくだなと、竜人は美汐とぴろの様子を見ながら、思うのだった。




 さて、中断してしまっていた食事もその後、何事もなく終了し、後片付けということになっていた。

 とはいえ、祐一はあまり動けなかったので外され、美汐はその看病と言う形で残ることになった。

 夕菜も竜人たちには休むように言われたのだが、やりたいといって聞かなかったため、彼女も三人と一緒に手伝いにいっている。

 そのため、この居間には、現在祐一と美汐、そして大聖金老狐改め、ぴろが集まっている形となる。

 良い機会であるからと、三人?はこの者たちだけで話せる内容を話し合い始めるのだった。


「しかし、美汐は時を遡ってくるは、大聖金老狐はぴろだは、全く驚きの連続だよ、今日は」

「ふふ、そうでしょうね」

「当然、今頃、色々隠していたあやつは笑っておるだろうな」

(ご明察〜〜あははーー)

「ああ、今日は空耳が聞こえる日だなあ……はぁ」

「本当ですね……」

「聞こえるはずは……ないのだがな、やれやれ」


 そう、実際は本当笑っていたとしても、時の間からここに声が届くはずはない。

 しかし、あまりにも鮮明に想像できしまうので、お三方とも苦笑を浮かべるしかなかった。


「まあ、それはともかくとして、しかし、美汐が来れたという事は、あゆも来るのか?」

「それは私は知らないのですが、ぴろはどうですか?」

「うむ、知っておる。今回の一件だけはあやつのせいでわからなかったが、大抵のことは我も時の番人並に知っているからな、結論を述べると、月宮あゆは時間をこえておらん」

「何故なんだ?」

「……そなたたちに起こった最大の奇跡。その力も、そなたら二人を時をこえさせることに精一杯であったとのも理由の一つ。現に二人を同じ時間に送る力はなかった。時の番人は時を戻すことはできても、未来の人間の意識をそのまま過去に送る力はないからな」

「なるほど」

「だが、それだけではない」

「まだあるのですか?」

「うむ、今回の時渡り、無論、そなた達二人と、そしてここにはいないが、幸も合わせて三人の思いもそれをなした力だが――」

「幸?」

「ああ、舞の……いや、その内、紹介しつつ、説明するよ、美汐には」

「わかりました、ごめんなさい、ぴろ」

「――続けるぞ? だが、あゆの願いがなければ、成り立たなかったのはわかっておるな?」

「ああ」

「ええ、あゆさんの願いがなければ、私たちの思いがいくら強かろうと、無理だったでしょう」

「うむ、そして、そなたらも知っている通り、あゆの願い、それは彼女の七年という歳月と、彼女の命と思いの全ての結晶だ。だから、全てを賭けて願ったあゆ本人には、時の間に来るだけの力は残されていなかったのだ。奇跡の力は関係なくにな」

「「………」」

「他人のために、己の全てをかけることのできる……優しい子なのだな、月宮あゆという少女は」

「ああ、本当に……優しすぎる奴だよ」

「だが、彼女の願いが、そなた達の思いと重なり、奇跡を起こしたのだ。ならばこれは、そなたらに、彼女の願いが託されたといってよいであろうな」

「そう、ですね」


 そういうことだなと、美汐も、そして祐一も静かに頷く。

 その意味するところに、自分達は応えねばならないと、二人とも改めて意思を強くしていた。


「あの時間のあゆに礼が言えないのは残念だ。尤も、あゆが覚えていようとなかろうと、ハナッから俺はあゆを助けるつもりだったけどな」


 そういって、祐一は笑う。

 美汐への気持ちと同じく、彼女への感謝と決心は何があろうと揺らぐことはない。


「そもそも、あゆの願いってのは、俺がかなえてやれる範囲のものなんだ。だから、かなえてやる、その願いを俺が」


 それに、思う。

 あゆの願いは、自分の大切な人たち全てを救うという願いだった。

 ならば、その大切な人たちには、あゆ、お前も含まれているんだぞ――と。


「私にも、もちろんお手伝させてくださいね。ここで何もしないのは人として不出来でしょう」

「そんな台詞ばっかだなあ、美汐は」

「失礼な言い方ですね…」

「はは、でも、いいのか?」

「本気で聞いているなら、怒りますよ? 祐一さん。たださえ祐一さんはがんばりすぎなんですから」

「そうだな、今回のような無茶ばかりしては、美汐や、そのあゆの気持ちも踏みにじることになるぞ」

「……そう、かもな」


 本当に怒っている美汐を見て、祐一は思う。

 どうして、そこまで本気になって自分を助けてくれるのか――と。

 しかし、改めて過去で学んだことを考えれば当然なんだったなと思いなおす。

 そして、また、チクリと何かが引っかかった。

 ぴろの言葉で、それがより明確に感じられてくる。

 でもまだ何が引っかかっているのか……わからなかった。


「……さて、次はその月宮あゆの番なのだったな」

「あ、ああ。本当なら真琴と会ったあの冬に、真琴と別れた後……冬休みももう終わりって時にあゆには会ったんだがな」

「もっと早くにしなければいけないことが、ありますものね」

「やっぱ美汐にはわかるか、ああ、その通りだ」

「再び、背負う業を増やすか……我は止めぬよ。見届けさせてもらう、全てを」

「お前もか……ああ、見てろ! 俺は全てを何とかして見せるからな!!」


 一つ一つやっていく。

 それが全てへと続く、最良の近道。

 だから、次は、命を賭けて願ってくれた少女の為に。














 時の間――


「うん、頑張ってね、君なら出来るさ、祐一君」


 時の水晶球を見終えて、時の番人は機嫌よさそうにティーカップをあおっている。

 またひとりで飲むようになったのは少し寂しいけれど、今日は気分が良いから気にならないと満足げにカップを置く。


「それにしても……とっても楽しかったなあ♪」


 いくつか、世界に干渉できないはずの自分が考えた仕掛け――ほとんどが隠し事だったが。

 それが、上手く溶け合ってくれて、全ての張本人である彼としては、大満足だった。

 ついつい、祐一たちにその波動が伝わってしまったのではないかというくらい楽しかったのだろう。


「でも、これで私は、後は完全に傍観者、か」


 しかし、急に寂しそうな表情にもなる。

 以前の祐一にかけた術も終わっているし、わざと隠していたことも皆分かってしまった。

 これで、本当に自分はもはや何も干渉できない。

 それがやはり、彼には寂しかった。

 だからこそ、今回は一層熱心に彼らを見ていたのかもしれなかった。


「でも、きっと大丈夫だよね、美汐君もいるし、それに――」


 ふと、違う水晶球を見る。

 先ほど、心が張り裂けそうなくらい心配し、飛び出そうともした黒髪の少女が映っていた。


「気付かないことにも、他の人たちが気付かせてくれるだろう。きっと大丈夫……」


 彼は一人ではないのだからと、瞳を閉じる。

 そして、寂しげに微笑む。

 ただ、もう自分には出来ることはないかも知れないけれど――と。

















あとがき
 今回も、元々一話だったものが長くなったので分けたパターンなので、この話自体は前回更新時にほとんど終わっていたのですが、題名悩んだり、次のあゆ編との兼ね合いを考えたりして更新渋っているうちに、風邪ひいたりで遅くなりました。申し訳ありませんです(ぺこり
 また、まだ具合悪かったり、卒論がラストスパートなので次回以降の更新は未知数になりますが、どうかお許しください(土下座

 後、なんでも私宛に拍手コメント頂けたようで、本当にありがとうございました。
 まさか、いただけるとは思ってなかったので嬉しかったです。
 私のほうでも返事コメントをこのあとがきで書かさせていただきますね♪
 厚かましいかもしれませんが、もし、これからも頂けるようでしたら、あとがきにてお返事返させていただきます。
 K9999さん通じてですので、時間の差はご容赦の程を。
 
 >>時をこえる思いキタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!!!
 二ヶ月くらい後の返信というのもおかしな話でごめんなさいです。
 待たせてごめんなさい&喜んでもらえてうれしいです。
 
 >>龍牙さんキター!!
 >>呆れるほど遠くからこっそりと応援します。
 >>ごゆっくりどうぞ。
 応援ありがとうございます。
 しかし、遠いってどこでしょうね(笑
 ネット上ですから、ほとんどが遠いとも――なんて言っちゃお終いですかね(爆
 うぅ、しかし、読者の皆様のお気遣いさせてしまうとは情けない限りですが、ありがとうございますね。
 とにかく、続けていきますので!

 >>龍牙さん来てたー!!遂にみっしー!!
 >>では15話だったのが24話ー!先は長い、どんどん応援ですー
 ぐはー!(ダメージ100)
 と失敬、応援ありがとうございます。
 いや、実際改訂前なら名雪編まで行っているだけに、私自身話数が増えたものだと思っていたので、うぃ、先は長いですが期待に応えられるよう頑張るです。
 しかし、話数が増えたことにより、もう一人の主役とも言うべき美汐さんの出番も遅くなって、いや、あはははー(笑ってごまかすな)
 最後の美坂姉妹なんてさらに遅くなっちゃった訳で、うぐぅ(涙


 ではではー


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