時をこえる思い 第二十四話 龍牙作 

「夕菜を救う力」











「君かの? わしに用があると言う子は?」

「はい、とても大事な用があって参りました」

(この少年……いったい?)


 さて、何かいつもと違う美汐の態度に不信がりながらも、竜人は孫についてきた。

 そして、祐一と対面する。

 美汐に感じるものとは質が違う、明らかに年齢不相応な雰囲気と迫力に、竜人は息を呑みながら、口を開く。


「ふむ、そういえば、まだお互い名乗っておらんの、わしはここの神主をしておる天野竜人じゃ」

「俺は、相沢祐一といいます」

「では、祐一君とやら、どんな用なのじゃ?」

「はい、単刀直入に言います。……俺は、今、あなたたちの間で起こっている束の間の奇跡を束の間でなくすためにやってきました」

「!? な、なんじゃと!?」

「信じられないかもしれません。でも俺は全てを知っているんです。あのものみの丘の狐たちの持つ力のことも全て……」

「なんと…」


 まさか、こんな少年から聞くとは思いもよらなかった言葉に竜人は心底驚いていた。

 信じる信じない以前の問題だろうと、竜人は気持ちの整理がつかない心持だった。

 しかし、この少年は束の間の奇跡のキーワードともいえる、ものみの丘の狐たちのことを知っている。

 ということは、それだけで今自分達の周りに起こっていることに関しての知識はあるということだとは思い至り、強制的に納得させられたような思いで一言だけ口から漏れた。

 言葉としては、娘さんは悪霊に取り付かれている、だから助けに来ました、という詐欺師の台詞ともとれるかもしれない。

 けれど、ここは神社で、しかも病気を患っているでもなんでもないのにそんなことを言ってくる馬鹿はいないだろう。


「束の間の奇跡? …ものみの丘? いったい何のことを言っているのですか?」

「???」

「………」


 そう、まして、言葉が具体的過ぎ、局地的過ぎるといえるのだから、少なくともただの詐欺とかそんなものではない。

 意味が分からず戸惑っている孫達を尻目に、とにかく話を聞こうと竜人は改めて祐一を見据える。

 孫達には悪いが、今は少年と話すのが先と口を開く。


「今の言葉、確かにわしらの現状を突いておる。……だが、一応聞く。何故、このことを知っておるのじゃ?」

「お爺様?」

「すまぬ、美汐や、まずはちょっとこの子と話させてくれ」

「はい…」


 自分のあずかり知らぬところで、何か大きなことが動いている。

 そんな気がして、美汐は不安になり、祖父に声をかけたが祖父の真剣な表情と言葉に押し黙る。

 そして、また複雑な気持ちになる。

 美汐は、先ほどから心の中に渦巻く気持ちが現実のものになるようで怖くもあり、同時に、この気持ちに力になることが出来たようで嬉しくもあるのだった。
 

「説明は難しいのですが、ただ、俺も同じものを経験したということですよ」

「な!?」

「あなた方のことを知っている理由にはならないかもしれません。でも、今は、俺を信じてください! 俺はもう、あんな思いをするのも他の人にさせるのも絶対にいやなんです!!」

(凄い……気の迫力じゃな)


 姿を見るだけなら、少年が熱心に叫んでいるとしか取れないかもしれない。

 しかし、多くの時を生き、人を見る目も培ってきた竜人は、その真剣な瞳を見ただけて、その深い感情と信念を感じ取り、この少年がただの少年ではないことがわかった。


「頼みます。俺を信じてください。このままでは――」

「わしらのときと同じ結果に終わる、と言いたいのじゃな」

「――それでは酷な言い方になりますけど……その通りです」

「そうか」


 けれど、同時に年齢相応に幼さを感じるような面もあると感じて竜人は表情を崩す。

 追いすがるような目、誰が悲しむ姿も目に焼き付けたくないという言葉どおりのその儚さすらその身に宿した思い。

 少年が生まれる前のことである自分達のことも知っているというのは、明らかにおかしい話だが、そのことに気付くことなく、ただ自分のまっすぐな思いをこの少年はぶつけてきてくれる。

 そんなちぐはぐさとまっすぐな思いが、返ってこのご老人の心を動かした。

 この子が持つ、深い悲しみは真のものだと。


「君を、信じよう」

「……ありがとうございます!」

「何、というか、実際本当に助かるのなら、礼を言うのはわしらじゃろう? それに、真であれ嘘であれ、このままではわしらではどうしようもないと思っていたところじゃ、情けない話じゃがな……」

「竜人さん……」

「うむ、やはり、君は悪い奴じゃないの。まあ、これでも人を見る目はあるつもりじゃし、さっきも言ったように対策はなかったのでな、君に賭けてみるのも悪くはない。して、具体的にはどうするんじゃ?」

「それはですね――」

「あの、よろしいでしょうか? 先ほどから一体何の話をしておられるのですか?」

「――あ、ごめん」


 我ながら、直球勝負過ぎる気はしただけに、喜びも一入だったのか、祐一はすぐに話を進めようとしたが、肝心の当人たちのことを忘れていたことに思いいたり、祐一は謝った。

 見れば、夕菜のほうは見るからにもはや何がなんだかさっぱりと言った感じで、まいってしまっているので、祐一も表情を苦くする。

 しかし、そういえばと美汐の方を見ると、疑問は確かに口にしているが、どこか落ち着いているように感じたので不思議に思った。


(何故か、分かる気がするんですが、分かるわけないではないですか!?)


 というのも、本人が一番そのことに面食らっていたりする。

 明らかにわかるわけない会話だったのに、納得している自分が訳分からなかった。

 今日はとても変な日ですと言いたくもなる。

 ただ、悪い気はしないのが、美汐にとっては本当に謎なのであったが。


「そうじゃな、ここまで来たら話すべきなのかも知れんな」

「はい、それには賛成なのですが、竜人さん、できれば動きながら話を――」

「あ、れ……?」

「夕菜?」

「――まさか!」


 竜人の言葉に頷きつつ、祐一は時間も余裕はそんなにないと思って同時進行でいこうと予防もかねて竜人に話しかけた。

 しかし、とまどっていた夕菜が、一瞬、ピクッと体が痙攣を起こすようにしてから倒れたのを見て、祐一は驚愕する。

 思ったよりも、多少早いのだ。


「夕菜!?」

「竜人さん! 本気でお孫さんへの話は、行動の合間に! 熱が発生して、おさまった後では遅いんです!」

「何!? く、そういえばそろそろじゃったか! わかった、祐一君、まずはどうするんじゃ?」

「勝手な申し出かとは思いますが、俺と皆さんを天音神社の本殿に連れて行ってくれませんか?」

「なに、本殿にじゃと? 普通の神社も本殿を通常は一般には開放せん。ましてわが神社は、いや、時間が惜しいか、先代や一族にしかられることなど、この際、どうでもいい、わかった」

「あ、あっさりしていて、大変恐縮です」

「しかし……この社の力では――」

「確かに、この社の力だけではどうしようもありませんが、必要ではあるんです」

「――わかった! 美汐や、悪いが居間にいる婆さんと隆と一緒に本殿まで来るんじゃ、それと、わしが美汐に全て話してくれと言えば、全て話してくれる。夕菜はわしにまかせるんじゃ、行くぞ!」

「は、はい」


 驚いて夕菜を介抱していた美汐を尻目に、祐一と竜人は話を進めた。

 そして、本殿へと向かうこととなった。

 混乱している美汐ではあったが、竜人の剣幕に押され、自分の内なる心にも促され、体はすぐに動くことができた。

 慌てて走っていく美汐を見ながら、祐一はいきなり始まった状況に舌打ちしながらも、しかし、夕菜を助けるという絶対の覚悟を確かめながら竜人と一緒に走り出すのだった。





 そして、急いで皆は本殿に集まった。

 話を聞かされた美汐も、祐一にまだ立ち会っていなかった美里も隆景もそれぞれにわかには信じられない状況であった。

 しかし、既に事は始まっているので無理矢理自分を納得させていた。


「本当に、大丈夫なのですか、えっと、相沢さん?」

「ああ、大丈夫、俺を信じてくれ」

(……何故? こんな、言葉だけで、こんなにも私は信じられるのです?)


 そんな三人を見て、段取り悪くてすいませんと思いつつ、祐一は不安を代表して言葉にした美汐に力強く応える。

 祐一を見るたびに安心して行く自分をとても不思議に思いながら、美汐は考えを逸らし、一番の心配でもある夕菜のほうへと目を移す。

 祐一もまたいよいよだと、祭壇に寝かされている夕菜へと向き直る。

 念のため、他の風邪とかではないように、隆景には容態を診てもらった。

 そして、やはり、時が来たことが分かり、祐一は深呼吸しながら、精神を集中させていく。


「祐一君、わしらにできることは他にあるかね?」

「夕菜さんのことを強く思っていてください。今から行うことには彼女の存在を支えてやる強い絆が必要ですから」

「わかった」

「では、始めます」


 我ながら、このようなオカルト関連に関係する日が来ようとは思っても見なかったがと思いながら、祐一は再び一息、呼吸を整える。

 端から見れば、胡散臭いことこの上ない。

 けれど、自分の周りでは過去に戻る前から、既に色んな事が起こっている。

 大体、その極めつけの最たる例が、その時間逆行だろう。

 
(それに……この社、本気で気が充実してるものなあ)


 精神を高めながら、場所として選んだこの神社の本殿の力を感じて、聖域というのはこういうものかと納得している。

 入ったものは誰であれ、そう感じるだろう、所謂非科学的な感覚。

 ここには確かに、そういった”力”がある。

 なにせ、自分はそれを本命ではないとは言え、今から使うのだから。

 祐一は徐に指で印を結ぶ。

 その姿は、今までになく緊張している。

 実際には、初めて本気で使うことになる秘術である。

 しかも、失敗は許されない。

 祐一は、かなり気負っているのだ。


我は願う…この社に宿りし高天原の神々の力よ…わが力を高め給へ…


「これは、天野家に伝わるものと同じ……しかし、これだけでは」


 印を結ぶことにより、言葉に言霊を乗せ、霊的な力、思いの力を具現化させる。

 その行為が、多くの人に信じられた時代では、その「信じられる」というだけで、力も発揮し、様々な術も考えられた。

 今となっては信じるものは少なく、それに比例して例外を除き多くが力も薄れたため、正に「秘術」と称される術であるが、実際、これは祐一も天野家の伝承で得た術である。

 だから、竜人もこの術自体は知っている。

 当然竜人も、この力で何とかならないかと考えたものだが、だめだった。

 天音神社は具体的な祭神はいない。

 この社は、日本神話における神々の世界、高天原の力そのものを宿した社なのである。

 そして、高天原に抱かれる人々のイメージ、信望、精神的な力、長年にわたり蓄えたられてきたその力は、全てを人一人に操りきれはしないほど強大である。

 また、狐達、どちらかといえば天の天津神に対して、大地の国津神系に属する狐たちの性質とは相性も悪いため、竜人は使用を断念したのである。

 祐一も、この術では助けられないとは分かっている。

 しかし、この術を応用することで出来ることの幅は広がる。

 それに、これからすることを考えると、祐一の力、身体能力をあげる必要があるから、そのためにもこの術が必要だった。


我は望む…天よ…海よ…地よ…全てを存在せしめん理よ…我は願う…我が前に横たわりしものの存在を許し給へ…


 そして、第二段階といえようか、次の行程に祐一は移っていた。

 狐が人になる――それだけで、この世界に存在する理、法則を無視している。

 そのことに気付いた祐一は、それが奇跡を束の間にしてしまう要因でもあるのだろうと考えた。

 単純、あるいは当たり前のことですましてしまいそうだが、できることは全てやろうと祐一はどうにかならないか、考えた。

 気休めかもしれないが、既に夕菜はここに存在しているという事実がある。

 ということは、多少は認められているのだと思い、力を込めた詞で、その認識を高めることが出来ればと思ったのだ。


 第一の行程では、祐一の体が神秘的な光で覆われ、紫や青、複数の色を明滅させながら、多少広い神殿を祐一を中心にオーロラのような光が蔓延していく。

 そして、第二の行程では夕菜の体が同じように光で包まれていく。

 正に、得体の知れない力というべき力で宙に浮き上がっていく夕菜を見ながら、祐一は額に汗をにじませながらここまでは成功していると確認していた。

 さあ、ここからが肝心だと祐一はさらに意識を集中させ、意気込む。

 しかし、もとより限界以上に集中力を高めているのだから、どこか辛そうな様子を見せてもいた。


我はこのものに授けん…このものを人たらしめんとする力を…









「だが、いったいそんな力をどこから引き出すというのだ?」


 所変わり、誰もいない特殊な空間で、数十本の尾を持つ狐――大聖金老狐は祐一の様子を遠視の術で伺っていた。

 神殿内を覗けるのは、それだけの神格があるということ。

 それだけの存在もわからぬ力――はたしてそれは?


其にもちいる力はあまりに強大…そのような力をもつは…狐族の長…大聖金老狐に他ならぬ…


「なに! いかん! その力は」

「そうだ、それは無理だ。我の力を発動させれば…その社といえ…中にいるものは無事ではすまん!!」


 竜人と金老狐は驚愕したかのように、叫ぶ。

 神殿内ならば、あるいは以前述べたようには消し飛ばないかもしれない。

 だが、もし、それだけで祐一がこれを決めたなら、それは不味い。

 神殿の結界で防いだとしても、中にいるものは無事ではすまない。

 そして、恐らく無理に暴発する力を押し込めた以上、この空間そのものが消滅し、結局金老狐自身の力には無害な夕菜も助からないだろう。
 
 そんな竜人と、違う空間に感じる金老狐に対して、祐一はそんなことは承知していると口元を緩め、続けていく。



然るに…その力…大聖金老狐の御身が奮うには…あまりに強大…されど……


「どうする気なのだ…?」


その力…我が体…我が命を依り代とし…我を通じてその力をこのものにおくらしめば…如何になりけん…


「!?」


如何にその力…強大といへども…我という器を介せば…絶大な破壊の力を生むことなく…このものに力をおくること…可ならんや


「ふ、ふははははは!!」


 金老狐は祐一にいっぱい食わされたとばかりに笑う。

 人の体を触媒にする。

 そんなことは考えもしなかったからだ。

 心のどこかで、人を侮っていたのであろう自分には考え付かぬことかと豪快に笑う。


面白い!!


 楽しげに笑い、全ての尾を広げ、空間全体に力を満たし、その力を解放するべく黄金色の光を放ち始める金老狐。

 この方法、確かに効果的だが、触媒となる祐一の負担は計り知れない。

 そのことがわからぬ金老狐ではなかったが――


「我も賭けてみたくなった! そなたに!!」


 ――それすら知った上で覚悟を決めている男の覚悟を、本当に信じてみたくなっていた。

 それに、時の番人の言葉も。



「我が力、存分に受け取るがいい!! だが、心せよ! 主が耐え切れぬときは……その命失うことになる! 覚悟せい!!」





「来た! 受け取れ、夕菜ぁぁーーーーー!!! うおぉぉぉおーーー!!!!!」


 直視することは不可能なほどの黄金色の莫大な量の光が、祐一へと落雷のように落ちてくる。

 体がきしむのではないかと感じられるほどの莫大な力をものともせず、祐一は印を結んだまま、その光を夕菜に向けてはなっていく。

 その光景が、目が霞みながらも見続けようとしている美汐や竜人にとっては永遠とも言える時間続いていくことに恐怖すら感じていた。





「やはり! 厳しいか、祐一! 本当に耐え切れるのであろうな!?」


 力を送ることはとめないながら、祐一の体の様子を感じ取り、人間の感情で判断するなら、目を背けたるような祐一の体の内側からの崩壊に金老狐は渋い表情で舌打ちする。

 この方法なら、一度に無理な力を出すことなく夕菜に力は送れるし、夕菜自身は相性が良い上に、力をすぐさま崩壊しかかっている体の維持にまわされるので、何の問題もない。

 だが、祐一は――



「クッ!? 予想はしてたけど、なんつう力だ! 体がバラバラになりそうって、の……は、このことだなあ! ……ぐはあ!!」

「祐一君!?」

「相沢さん!?」



 ――吐血していた。

 既に内臓はかなりのダメージをうけている。

 体表面上も、所々血が吹き出てきそうなのが、祐一自身にもわかった。

 それでも――



「負けるかああああ!!」



 ――倒れない、諦めもしない。



「ぐふ、こんな、こんなの、なんだってんだっ!!」



 ――こんな、痛み、なんでもない。



「そうさ、こんなもの! 次々と大切な人が目の前で傷つき、死んでいくのを、心が壊れていくのを、ただ見ているしかできなかった辛さに比べたらぁああーーーーーー!!」



 ――それに、自分は見ていただけなんだ。

 ――あゆは樹から落ちたとき、どれだけ痛かったんだ? 七年意識がなかったってどんな思いになるんだ? 

 ――秋子さんの事故現場、どれだけ悲惨だった?

 ――佐祐理さんの体が血に染まっていた、それを見ていた舞も、二人とも、どれほど傷ついたんだ?

 ――そして、舞も、自分に刃をつけつけた。死ぬってのはどれほどの痛みだ?

 ――死を宣告され、栞の自分に刃を向けた時の痛みは、生きたいの生きれないってのはどんな想いなんだ?

 ――名雪、香里、佐祐理さん、天野、大切な人を、支えを失った心の痛みは、どれくらいなんだ?

 ――そして、真琴、夕菜、命が束の間で、徐々になくなっていくって、どんな気持ちなんだよ!?

 ――俺は……それを……っ!



「だから、こんなのなんでもないんだーーーーーー!!!」
 


 ――血が、どれだけ、この身から溢れようとも。

 ――この身が、どれだけ壊れようとも。



「たとえ、俺が――」

「そこから先は言わせません! 相沢さん!!」

「――え?」

「あなただって、どれだけ傷ついたと思っているんですかっ!」

「あま……の?」

「それに、まだ、あなたには救いたい人がたくさんいるはずでしょう! こんな所でその歩みを止めてしまうおつもりですか!?」

「天野……」



 ――泣いていた。

 ――自分を助けてくれた人が。




「約束したではないですか? 側にいるって……」


 そう、自分達は約束した。

 遥かな未来で、と。

 繋がっていた、彼の危機に、今の美汐と未来の美汐が。


「そうやって、私を助けて下さるのではなかったのですか?」


 ――未来から来た自分は、とてもあたたかい気持ちと約束と、大切な願いと思いを持って来てくれました。

 ――もちろん、ちょっと怖いです、自分がどうなるのか。

 ――でも、これは受け取って、力になりたいと思います。

 ――そうしなければ、人として不出来でしょう。

 ――それに、私は、夕菜のお姉さんですから。

 ――だから、一緒に頑張りましょう。

 ――未来の私

 ――この時の私



「天野……なのか?」

「はい、何が何でもあなたの側にいるといったはずです」

「いや、それにしたって」

「なお、先ほどの言葉の続きが、勝手に死ぬという内容でしたら、私も後を追いますので」

「ちょっちょっ!」

「クスッ、そんな――」

「…ああ、そんな酷な事はないでしょう、だぞ、全く。それじゃあ、何のために俺は今、体がボロボロなのやら」

「――それだけ、言えるのでしたら、大丈夫そうですね」

「んーー、死にそうなんですけど?」

「では、私も――」

「わわ、いい、手伝わなくて良いから! もう終わりますんで!」

「――凄いですね……相沢さん。でも、口調が変ですよ」

「誰のせいだよ……たく、こういうときは、励ましてくれるもんだと、俺は思うぞ」

「相沢さんですから……ね」

「どういう意味だよっ、こんちくしょう」




「……くく、くはははは。全く、人間というのは不思議だな」


 方や、口からは血が出ており血色も悪い、体のいたるところには血痕が見え始めている。

 方や、大粒の涙を瞳から零しながら、必死に笑顔を浮かべようとしている。

 それほどの状況なのに、あのような会話を行い、かつ行程はとめることなく、夕菜への力の供給はもう終わろうとしているのだ。

 しかも、長年一緒にいるかのような雰囲気。

 この様を見て、呆然としている三人のかつての知り合いの姿も頷けると金老狐は本当に愉快そうに笑う。

 
「天野」

「はい?」

「ありがとな」

「…はい」

「と、いうわけで最後の仕上げと行きますか!」

「頑張ってください」

「おう!」



 光の全てが夕菜の体へと収束する。



我が命、そしてこの場に存在せしものたちの思いを以てこのものの存在の絆とす…はぁーーー!!!



 ドゴーーン


 
 物理的な爆発ではなく、光と音のみによる霊力の爆発というものが起こる。

 そのあまりの光の量に、美汐も竜人たちも、誰も目を開けていられなかった。


「相沢さん! 夕菜!」


 それでも、美汐は光が収まりきるかきらないかの瞬間から、二人のいた位置に駆け出していた。

 竜人たちが目が開けられるようになった頃には、倒れている祐一と夕菜が確認でき、美汐が二人を介抱しているところだった。

 
「二人とも、しっかり!!」

「……う……」

「……ん……」

「気を失っているだけ……ですね、ほ…」


 祐一の体は心配な面があるが、今の自分は死んでいない限り助かる手立てを持っている。

 そして、夕菜も、熱もなく、気も安定している。

 成功したのだと分かり、美汐はヘタと座り込んだ。

 彼女にしてみれば、今までかなり気を張っていたのだ。

 今も流れる涙が、それを如実に表しているだろう。

 極めつけに最後のあの爆発だ。

 破壊的なものではなかったとは言え、やはり心臓が止まりそうなくらい驚いた。

 だから、今、とてつもなく安心して力が抜けたのだ。


「成功……なのかの?」

「そうだ」

「「「!?」」」

「あ、あなたが、大聖金老狐さまなのですね」

「うむ、天野美汐よ、その通りだ。そして、久しいな人間達……四,五十年ぶりか」

「やはり、そなたが、祐一君の詞にあった、大聖金老狐か」

「うむ」


 突如として現れた、竜人、美里、隆景にとってはなつかしくも悲しみを思い出す存在に驚きと、複雑な思いを抱く。

 それは、金老狐も同じなのか、一瞬瞳に切なさを宿すが、しかし、「今」を勝ち取ったものへと、祝福と敬意でもってすぐに顔を向け直した。

 自分より数十倍はありそうな大きな、しかも神々しさを湛える狐を前に、さすがに美汐はたじろぐが、その表情から感じられるこちらへの好感を感じて、少し安心していた。


「しかし、原理としては単純だが、とんだ荒療治をしたものだ」

「全くです」

「そうか、やはりそなたも」

「はい」


 金老狐の素直な感想に美汐を率直に頷く。

 それを見て、どうやらこの娘にすら、あやつは事の詳細を教えなかったのだなと察する。

 察しの通りですとばかりにまた美汐は頷く。

 話が分からないだろう三人には悪いが、時の番人の話をみだりにするものではないのだろうという少女の理解に、聡い娘だと感心しながら、しかしと、金老狐は溜息もつきたくなる。

 なんとか、あの食えない男を、懲らしめる手立てはないものだろうかと。


「よくわからんが、荒療治か、確かにそうじゃな。今も微妙じゃが、昔のわしがこれを思いついたとて、体が耐え切れんかったじゃろう」

「そうであろうな、それにこれは、自分の命はもとより、暴走したら周りも全て巻き込む大博打だ。思いついても、普通は実行せぬよ」

「さらりと危ないこと言うのう」


 最初の感想はともかく、頷きあいは少し疑問が残った竜人だが、とりあえず自分も思ったことを口にした。

 触れても、あまり良い回答は期待できそうにないというか、美汐の急な変化についていけていないといったほうがいいか。

 竜人はわかることから、まとめて行くつもりだった。

 しかし、金老狐の危ない言葉に冷や汗を感じて言葉もなくなってしまった竜人。

 後悔はしていないが、普通じゃない少年を信じたということかと、今になって少々焦る。


「尤も、この少年は色々考えているがな、我の力を選んだ時点でも色々考えているが、力の暴走対策もしっかりとな」

「ほう」

「この社の結界、これでまずは外への被害を防げる。そして、もし、自分が耐えられなければ、我に力を返すよう術式を組んでいたようだ……無論、その時術者本人はただではすまんがな」

(相沢さん……)

「そなたの、思う気持ちも尤もだな、美汐よ。しかし、そなたのおかげで上手くいった、よかったな」

「そ、そうですか?」

「祐一は明らかに気負いすぎていた、あれは危うかった。それを助け、いつもの調子に戻させる手腕は見事だった」

「手腕……」

「ふっ、そうだな、意図してできるものでもない。そなたとこやつの絆か、よいものだな、人の絆とは」

「……え(ボッ)」

「ぬぬ」

「あら?」

「ほほう」


 言われた言葉の意味、そして、先ほどの自分の発言、色々振り返った美汐は、誰も見たことがないほど真っ赤な表情を浮かべていた。

 これにはおじいさんズ、会話についていけそうもなかった美里と隆景も思うところがあったのか、三者三様の反応を示す。


(この娘は優しかった。しかし、脆さはあった。それが、ここまで強くなるとは……人が言うように女は恋をすれば強くなるか……そういえば、千年ほど前に戯れにあやつも言っておったな。だが、どうやら、真のようだな)


 初々しい反応を見せる娘子を微笑ましく思いながら、ふと思う。

 人の言葉には、いろいろと真理もあるものだと。

 そして、少し笑みを浮かべてから、夕菜と祐一へと体を向ける。


「まだ話せば成らぬことはあるだろうが、今はこの二人を別の場所で休ませるのが先であろう?」

「ん、おお、そうじゃな、どれと」


 竜人は、少々思うところがあったが、それもその通りだと祐一の体を抱える。

 見た目にそぐうことないその軽さに、竜人は思う。


(こんな小さな体で、あんな術を成功させたんじゃな…)


 それに比べて自分はと思うと、本当に情けなくなる。

 そのためか、先ほど思うところも消えた。

 いや、むしろ、これほどの少年なら、可愛い孫とどんな関係であれ、良い関係を結べるなら喜ばしいことだろう。

 まあ、気が早いことかもしれないがと、笑いながら夕菜のほうも見る。


「竜殿、夕菜ちゃんは、拙者が運ぶか?」

「ああ、隆、頼む、婆さんと美汐は、看病の準備よろしく頼むの」

「承りましたわ」

「はい」


 そして、四人とも本殿を出て行く。

 それを見送った後、金老狐は術が行われた場所を眺めながら呟く。


「……最後の詞は夕菜の寿命を調整するため、おのれの命を枷としたか。これならば、祐一が生きている限り、普通の人として生きることができる。我と同じ存在になるのを防いだか……本当に色々考えておるな」


 それだけでなく、恐らく夕菜の力のセーブも兼ねているだろう。

 それに寿命の件は本人と話してから、また結びなおす心積もりなのだろうとお人よしな少年を思い浮かべながら金老狐は予想する。

 自分のように生きたければ、祐一の枷を緩めるか、外せばいいだけのこと、後は本人の望むとおりにすればいいと金老狐も思うのだった。



「しかし……今回のような方法をもう一度真琴に使うことは多分出来んぞ。どうするつもりなのだ?」


 だが、色々考えていることは分かったが、この方法は二度同じように出来ない理由がある。

 金老狐はそれに思い当たり、怪訝な表情で本殿を後にした。

 しかし、その答えは何れ分かること。

 いまはただ……夕菜の命が束の間のものでなくなったことを素直に喜ぼう。


 三人目の、そして祐一とともに奇跡を担った少女の時の歯車も、穏やかな音色を奏で始めていた。













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