時をこえる思い 第二十三話 龍牙作
「天野美汐」
祐一は誰にも言わずに家を出た後、しばらくして天音神社へと到着していた。
今は、先日、美汐と夕菜が再会した階段を上っているところのようである。
「しっかし、確かに長い階段だな。よく夕菜を担いでこれを上ったもんだ、天野も」
術に頼らずに出来ることも増やそうと何気に最近鍛えている祐一にとってはさほど苦でもないのだが、やはり少々長いとは感じるくらいの階段のようである。
尤も、美汐も見かけによらず、結構鍛えているので何とかなったのだが。
とはいえ、祐一にしろ美汐にしろ、小学校低学年の身体キャパシティというものがある。
やはりそのくらいの年齢にはこの階段は身体的には厳しいのである。
(さてと……大抵のことは時の間でやったからな。後は夕菜に術を試みるだけか)
祐一はひょいひょいと階段を軽快にかけながら、頭の中で今日やることの確認をしていた。
祐一があの時の間で最優先で探していたものは、栞の病を治す方法と、今回必要な真琴と夕菜を救う方法だった。
やはり、この二つだけは過去に戻っただけではどうしようもないことの代表格だったから、最も念入りに調べ、失敗することがないよう何度も構想を練り返した。
それだけに、術式に関しては過去に戻った今になってやることはほとんどない。
せいぜい、忘れないように復習することだけである。
栞については、医術なので、この過去においても準備することはたくさんあるが、さし当たって夕菜たちの場合は術を試みるだけなので、後は成功させるのみ。
そういうわけなので、確認するといってもあまり確認することは少なかったので祐一の思考はすぐ現実に戻る。
(よ、はっ、とや、うーん、こういう階段を走りがけたくなるのは、俺もやはり今は子どもだからかな〜〜)
時間に余裕があると言うほど、余裕もないが、別に走る必要はない。
思考を中断した祐一は、それが分かっているのに自然と走っている今の自分を不思議に思って、我ながら難儀な自分の精神に思いをはせる。
尤も、喩え体が大人になったとして、その時こういった階段を前にして走らないのかと聞かれたら、祐一は登らないOR走るが答えなのであるが。
(んー、誰もいないから良いけど、天野に見られたらやっぱりここは走る場所じゃないと怒られるのかなあ?)
まだまだ続く階段を駆けながら、今度はこんな姿をこれから会う人物が見たらどうと思うだろうとふと考えると、祐一の表情には苦笑いが浮かんでくる。
端から見ても、容姿は悪くないのに、何でああも妙に礼儀正しいというか、祐一曰く「おばさんくさい」のか、彼にはよくわからない。
美汐からすれば、彼女の行動は自然な行為であり、「物腰が上品」なのであるから、なかなか人間というものは不思議である。
(んー、でもまあ、それが天野だし、だから俺も楽しいのかもしれないけどなあ)
天野美汐改造計画を立ち上げようかなどと思いながら、けれど何故か絶対失敗に終わるのが初めからわかる気がして、祐一は少し悩む。
彼女からすれば、訳の分からないことで悩まないでくださいと苦情が来そうだが、祐一にとっては結構真剣な悩み。
しかし、まあ、そんな天野美汐であるからこそ、自分も楽しいやり取りが出来るのだとも思い、半分は答えの出ている悩みでもある。
本当に今の祐一の思考を知ったら、彼女から苦情が来そうだが、彼女の気持ちはどうあれ、祐一は楽しそうである。
苦笑いから始まった思考だが、彼は最初から最後まで楽しそうなのである。
ただ、裏返せば、これから会う人物は今は自分を知らないということを考えたくないということなのかもしれない。
喩え美汐が何もしらなくても、自分が知る天野美汐でないとしても、祐一は彼女のことを絶対に助ける。
それは祐一の、ゆるぎない決意。
けれど、その内にある寂しさは、喩え祐一がそれを乗り越えようとも、存在することは事実。
だから、何れ彼が分かる事実は、かなり嬉しい誤算。
(……あ、特にすることはないといっても、これまで天野家と何の接触もとらなかったのは……不味かったか?)
さて、階段を駆け上がる行為ももう間もなく終わることになって気付いたことがあり、祐一の体は一時停止する。
なかなか滑稽な正にフリーズ状態な姿だが、冷や汗すら流れそうな祐一自身にとってはそんなことを気にする余裕はないようだ。
(う、うーむ、しかし、俺には直球勝負ぐらいしか手はなかったような……)
佐祐理の時とは内容が違うだけに、母親達の助力の元に接触というのは何か不自然、というか、親同士が知り合いになってもこの件にはあまり意味はないと祐一は思った。
それに、この神社にやってきて、天野に友達なろうと声をかける自分も祐一には想像できなかった。
というか、むしろそんなことをすれば天野の性格上、相手にされないのではとも祐一は思う。
百歩譲って、そうしたとして、その後、この街にいないときのほうが長いのに仲良くなるよう努力しながら、夕菜と出会うまでそのことを内に秘めながら一緒に遊ぶという芸当も自分にはできんと、我ながら悲しいが、悪戯は好きでも、小細工みたいなことは苦手なのですと、少し祐一は心の中で泣いていた。
第一、普通の友人がいきなり、今回のような事を持ちかけたら、人間関係がややこしくなるだろうとも思った。
また、彼自身に自覚はないかもしれないが、未来での影響か、祐一はあまり美汐に隠し事を抱えて接したくないという気持ちがある。
この気持ちもまた、あらかじめ知り合っておくという選択を彼が選ばなかった理由でもあるのだろう。
(ま、まあ、竜人さんたちは夕菜の事情を知っているんだし、何とかなるよな?)
小一時間、自己弁護を行っていたような状況の祐一だが、とぼとぼと歩き出しながら、腹を括ることにした。
何れにせよ、直球勝負以外もう方法はないのである。
術は完璧でも、それ以外が……な、祐一であった。
(それにしても、竜人さんたち……か)
夕菜の事情を知る彼らなら、夕菜に何れ不幸が訪れることも、普通の方法では救うことが出来ないこともわかっているだろう。
だから、話自体は何とか進められるのではないかと思って腹を括ったわけであるが、そんな竜人たちのことを考えると、また別に少し思うことがある。
喩え、驕りであろうとも、素直な気持ちとして、また束の間の奇跡を知るものとして、彼らのために何かできないだろうかと祐一は思ってしまうのだ。
しかし、タカトのことは自分が生まれる数十年前の話、直接的にはどうしようもない。
だから、自分に出来ること――夕菜を救うことが、彼らのプラスになればと思うしか、ないのだがと、複雑な表情を祐一は浮かべる。
(欲張りか……ま、俺はとことん欲張りに行くと決めたんだ、というわけでよろしく、大聖金老狐)
ふと、時の番人に指摘されたような自分のエゴとも言える心を可笑しく思いながら、けれど、自分はできることをとにかくやると決めたのだと思い、今回力をかりる存在のことを考える。
何も出来ないという思いは、祐一にとっても考えるだけで辛い思いだから、できるだけなんとかしたい。
そして、何とかできる方法を自分はみつけたのだから、実行するまでと、祐一は階段を歩いていく。
先ほどまで走っていた一段を、今度はしっかりと一段一段踏みしめるかのように。
「ただ……ちょっと、危険かな?」
少々不穏な独り言を呟きながら。
「さて、着いた、着いた」
階段を登りきった祐一は、この時点では訪れることのなかったはずの神社の境内を不思議な気持ちで一寸眺める。
そうしてから、さっさと天野たちに会わねばと、気を取り直して祐一は辺りを見回す。
少し、緊張しているのは今日を逃せば、事態は深刻になると考えているから。
今日という日は、夕菜が熱を出す日なのである。
あの熱はいわば、夕菜たちが、人である状態を保とうとする最初の抵抗のようなもの、全てが狂いだす前兆ともいえる。
しかし、言い換えれば、運命に抵抗する夕菜たちの生命力が頂点に達している時でもあり、夕菜たちを救う最良の日でもあるのだ。
今日以前は人として安定しているために、余計なことは出来ず、しかし、今日を逃せば、もはや夕菜たちの生命力はかなり弱まる。
それだけに、祐一の心では緊張が高まっていた。
実は、探している対象が、もうすぐ自分にぶつかりそうな状況であることに気付かないほどに、である。
「姉さんーーー! こっちだよーーー!!」
「む、頑張るね! 夕菜!! って、あ、駄目、夕菜、人にぶつかります!」
「つかまらないよーー って、はぅ!?」
「へ!?」
ドカッ
「ぐは!?」
「きゅ〜〜〜」
「ああ……」
真剣に視点は見当外れの遠くを見ていた祐一は、間近の脅威に気付かず、対処できずものの見事に夕菜と一緒に倒れこんだ。
美汐は、そんな二人を見ながら、普段の自分なら起こりえなかっただろう事態に天を仰いでいる。
夕菜と遊ぶことがこの頃の美汐の日課、ただ、元が狐であるためか家の中ではやはり窮屈なのか、夕菜は自分ではよく分からないが時々家の中での遊びでは落ち着かなかった。
美汐は、そんな夕菜を不思議に思いながらも、体を動かすことは健康にも良いですしと外に出てみましょうと出た所、何故か走りだしたくて夕菜はそわそわ。
意外と活発なところもある妹だとわかり、運動的な遊びも最近は行っていたのである。
そして、今回は鬼ごっこの真っ最中。
美汐や美里の影響で落ち着きはあるほうの夕菜だけれど、いざ走り出したら疲れるまでは止まらない。
美汐の方も、夕菜につられる形で、鬼ごっこに夢中になっており、つい二人とも前方不注意。
ぶつかった相手が
――竜人なら、やっと幼い孫らしい姿が見れたと喜び
――美里ならば、普段見ない美汐に驚き、さめざめとちょっと嘆きながら、やや困り
――見知らぬ人なら、その人の性格次第、けれど、あまりよろしくないはないだろう事態。
そして、実際ぶつかったのは祐一、知り合いとも言えるし、そうでないとも言える相手、はてさて――
(俺って……体当たり、結構くらった覚えがあるような?)
最近では、意識が昏倒するくらいのものを双子さんに。
未来では、たい焼き好きのうぐぅ。
肉まん好きのあぅー。
バニラアイス好きな……。
愛情表現、反射あるいは本人曰く感動の再会、復讐、「嬉しくてつい体当たり」なんていう理不尽な理由とか。
いやいや、そもそも体当たりでないものもあるなあ、我ながら分からなくなったよあははと、悲しいような、笑いたいような気持ち。
――とりあえず、ぶつかってきたことにはあまり怒りとかそんな気持ちは浮かばなかったようだ。
ただ――
(なあ……俺がこれからやることって、真面目な話なんだよな?)
――正にその通りなのだけど、ちょっと、格好がつかない自分が悲しかった。
「夕菜、大丈夫、それと、あ、あの、大丈夫ですか?」
「う、ああ、大丈夫だ。多分慣れてると言えるから」
「は?」
「あ、いや、気にしないで」
「は、はあ」
体を起こしながら、とりあえず双子ダブル攻撃ほど威力はなかったので、気絶はしていないと祐一は笑う。
なんて、美汐にそんな事情がわかるはずもなく、彼女は当然、呆け顔。
そして、我ながら自分の言葉の変さ加減に思い至り、祐一はお茶を濁す。
美汐にしてみれば、ますます訳が分からないけど、とりあえず、ぶつかった非はこちらにあるから、あまり角は立てるつもりはない様子である。
そんな美汐を見て、失敗したかなと思いつつ、彼女のことはまずは置いておき、まだふらふらしている夕菜へと祐一は目を移し、彼女に手を貸しながら気遣う。
「俺のことより、大丈夫かな? 君」
「ク…? はぅ! ごめんなさい。追いかけっこに夢中で気付かずに――」
「いや、こちらも気付かなくて悪いことをしたね」
「そんな……」
さすがに基本は礼儀正しいのか、夕菜はかなり落ち込んでいる。
ぶつかった相手に気遣われて、返って困ってもいるようだ。
祐一としては、実際の所、あれだけ近くまで来ていて、気付かなかった自分も情けなくて正直、悪いことをしたと思っている。
さすがに意地悪する時と場を、今は心得ているので、当然の反応をしたまでなのだがと祐一もまた困っていた。
それに、実際に夕菜が怪我をしていたら大事だが、怪我の功名といえるような状況になったことは、少し祐一としては得した気分とも言えるのだから、あまり腹も立たないのである。
「とにかく、申し訳ありませんでした」
「私も、原因の一つですので、本当に申し訳ありません」
「あ、いや、そんなに謝られるとこっちも困るんだけど」
「「それでも、すいません」」
「はは…」
ぶつかったのだから当然と言えば、当然なのだが、相手は八歳と七歳の少女。
祐一からすれば少々丁寧すぎると思うので、やはり苦笑を浮かべるしかない。
(それにしても、真琴とは大違い……もしかしてあいつの口の悪さは俺のせい……?)
そして、ふと思い当たったことに、祐一は少し愕然となる。
結構、祐一自身おちょくった彼女の態度も、実は自分が師匠だとわかれば、当然落ち込みもするというもの。
「あの、どこか怪我しちゃったの?」
「あの…大丈夫ですか?」
「ん? あ! ごめん。ごめん。考え事してただけ、ぜんぜん大丈夫」
だが、ぶつかった相手にいきなり黙られたら、困ると言うもの。
少女達は不安になり、恐る恐る声をかけてきた。
祐一は、二人のその様子に気付き、慌てて取り繕うのだった。
「「よかった…」」
「息もぴったり……仲がいいんだね」
「あ、そう…見えますでしょうか? なら嬉しいです」
「うん、私、姉さんが大好き!」
「夕菜……クスッ」
(いいな、こういうの……なくしたくないよな、絶対に……)
何処も普通の仲の良い姉妹と変わらないくらい仲がよく、幸せそうな夕菜と美汐。
何も知らなければ、当たり前にすら思える光景。
しかし、そんな当たり前こそが、どれだけ大事なものか。
そう思うと、祐一は切ない気持ちで一杯になる。
そして、これからすることの源でもある、それが、この気持ち。
「ク? また、どうされたのでしょう?」
(先ほどから不思議な方ですね、この方は……でも、何故? この人を、この人の表情をみているととても切なくなるような……不思議な気持ちになる……)
特に深い意味はなく、夕菜は急に黙り込んだ祐一をただ不思議に思って首をかしげる。
その傍らで、美汐は複雑な表情を浮かべていた。
不思議――口が悪い人間なら妙な人というかもしれないが、それはともかく、そんな祐一を少し怪しいとは美汐も思った。
しかし、それ以上に何か、この男の子に気にかかるものを感じた。
何かはよくわからないが、この人の今の思いに何故か惹かれるような、そもそもこの人自身に対して惹かれるものがあるような、そんな自分ではよく分からない気持ち。
そんな気持ちを感じている美汐は、自分自身に対して驚きながらも、何故かこの気持ちに抗うとか、否定するというような反応はできなかった。
やはり、それは、何かが訪れる兆し……。
「ク? ……姉さんまで黙ってしまっては私はどうしたら?」
「ん、ああ、すまない、また考えことをしちゃった。まあ、それだけだから、君、落ち着いて」
「あ、あの、はい」
三人いて、他二人が真剣な雰囲気で黙ってしまうシチュエーションに立たされた夕菜はおろおろするばかり。
幸い、いち早く祐一の方の意識は現実に戻ってきたため、困っている夕菜を見て落ち着かせる。
声をかけられた夕菜は、慌てながらも改めて祐一の顔を見ると、何故か自然と自分が落ち着いて行くのを感じていた。
祐一の穏やかな表情に、大好きな姉やおじいちゃんたちとどこか同じものがある、そんな気がしたから。
「ん? あれ、俺の顔に何かついてる?」
「ク? いえ、なんとなく姉さんやお爺様と、その顔ではなく、えーと、と、とにかく似てる気がして」
「? そうかな?」
少し見つめられている気がした祐一は、夕菜に尋ねてみたが、どこか要領を得ない答えだったので首をかしげる。
対する夕菜は、自分が変なことを言ったと思うのではなく、伝えたいことが伝えきれないことに困っているように少しおろおろしている。
そんな夕菜を見て、よくわからないが微笑ましさから笑みがこぼれてきて、やはり真琴より可愛げがあるなあと祐一は思った。
(……でも、そっか。あいつも根本は同じ。最初はむかついたけどな、あはは。もしかして、なんとなく分かるのかな、俺が、天野たちと同じものを知っていると)
そして、ふと真琴のことを思い出して夕菜の気持ちがなんとなく分かった。
けれど、それは買いかぶりだよとも言いたい気持ちが出て、なんとも言いがたい気持ちになる。
自分は天野や竜人さん程、やさしくはないと思うぞ、と。
だが、喩え祐一がそう思おうと、彼女達にとっては等しく、ぬくもりを与えてくれた存在であることには変わりはない。
だからこそ、夕菜は祐一に大好きな姉と同じものを感じたのだから。
「ん、それはそうと、俺、実はここの神主さんに会いたくて来たんだ。いらっしゃるかな?」
「ク? あ、はい、姉さん、お爺様は、確か社殿のほうにいらっしゃいますよね?」
「……あ、何? 夕菜」
「む、姉さん、何も聞いてなかったの?」
「え、あの」
「そういえば、さっきから黙ってたね……もしかして俺が怪しいと思って? く、俺ってそんなに不信人物に見えるのか!?」
「はい。あ、その…」
「なんですとーー!?」
「!?」
祐一としては冗談だったのに、あっさり肯定されてとってもびっくり。
美汐としても、口が自然に動いてしまったようでびっくり。
夕菜は、祐一の叫び声にただびっくり。
「あ、いえ、でも、外れでもないような…」
「酷いよ、みっ――」
「みっ?」
「――みっ、見た目で決めるなんて」
「何か、不自然ですね」
「全然そんなことないぞ」
「やっぱり怪しいではないですか」
「うわーん」
「ク?」
ついつい、前のノリで名前も聞いてないのに愛称?で呼びそうになって祐一、困る。
先ほどは即答して悪いと思ったが、やはり不信人物かもと、美汐さん、思いなおし中。
展開についていけず、そして、会ったばかりなのに、二人が何故かしっくりきている気がして、とっても不思議だなと夕菜は思う。
「うう……初対面なのに汚された」
「ひ、人聞きの悪いこと言わないでください」
いきなりおかしなことを言われて、美汐は焦る。
先ほどの不思議な気持ちも雲散霧消。
美汐の中で、祐一の評価はがた落ちへと向かいつつある。
しかし、思考が現実に戻ったことで初対面という言葉は確かにその通りでもあると冷静にもなったのか、一つ咳をして彼女は口を開く。
「確かに、初対面なのに私も失礼いたしました。それでお爺様に何か御用なのですか?」
「………」
「何か?」
「いや、なんでも!」
「?」
本当にこの娘さんは八歳なのかなと素直に疑問に思い、祐一はついついあの言葉を言いそうになる。
しかし、今度は完全に抑えた。
それでも、美汐には不信がられてはしまったが。
未来以上のギャップだなと、内心思いながら、場を取り直す。
だが、未来を思い出したことで、こんなことをしている場合ではないと思い至り、流石の祐一も自分の癖に自己嫌悪する。
変わらないといっては変だが、そんな美汐を前にして、気が緩んだのかと自分を叱咤しながら、頭を振り、一瞬目を瞑り、そして開くと共に意識を変えていく。
真剣な態度、それは確かに重要だ。
しかし、今の祐一の真剣な態度は、どこか、危うげだった。
真剣なのに、何かを見失っているかのようにも感じられる、危うい覚悟というべきものが、見えるのだ。
「そっか、君は神主さんのお孫さんなんだね、うん……とっても、大事な用なんだ」
「! ……わかりました。すぐに呼んできますから」
急に雰囲気の変わった祐一を見て、美汐はぞくっと鳥肌が立つ思いを感じた。
消えたかにみえた先ほど自分の内で渦巻いていた気持ちが、警報を鳴らす。
この人の力にならねばならない。
そして、このままではいけないと。
自分の心なのに、まるで訳が分からない。
怖い、だから、お爺様を呼ぼう。
でも、この気持ちに力を貸してあげたい。
だから、この人の願いを聞き入れよう。
やってくる何かを感じながら、そんな二つの思いを胸に、美汐は竜人のいる場所へと向かっていった。
(怪しいと思われたかな、やっぱり……今後この世界で天野とどうなっていくかわからないけど、ちょっと寂しくなるかもな…)
(……いったい?)
残された二人のうち、祐一は怪訝な様子の美汐に本当に少し寂しそうな表情を浮かべて美汐を見送っていた。
それでも、覚悟は揺らいではいない。
それが、一層、彼の中にある危うさと寂しさを際立たせてもしまっているのだけれど。
実際は話の当事者であるが、取り残される形となった夕菜は訳がわからず押し黙る。
けれど、先ほどのようにおろおろとはしない。
この人から、感じられるものに圧倒されているようで、動けない、そんな感覚だった。
風だけが、夕菜の髪のリボンを揺らしている。
冬の風は、やはり冷たかった。