時をこえる思い 第十四話  龍牙作 

「姉弟、それぞれの気持ち」













 
 さて、祐一たちがそれぞれの決意を確かめた時間から時は過ぎ行き、夜へと移り変わる。

 祐一は予定通り一弥の入院している病院へ潜り込んだ。


「……簡単に忍び込めたな。佐祐理さんにも出来たらしいが……まあ今はそんなことはどうでもいい」


 少し気になったことを口に漏らしつつ、一弥のいる病室に祐一は足を運んでいく。

 祐一にとって病院は悲しい思い出を呼び起こさせる場所でもあるため、無意識のうちに気を紛らわしていたのかもしれない。

 病院の廊下――この先にある不安と希望。

 大切な人たちが病院に運ばれたあの時と比重の違いこそあれ、今回もそんな二つの思いと共に祐一は歩かねばならない。

 しかし、あの時とはあらゆる面で決定的に違うということも確かなこと。

 言葉には過去の名残がみえたとしても、その瞳と足取りに迷いはなかった。


 しばらく歩いた後、病室の前に祐一は着いた。

 物音を立てないようにしながら、慎重に彼は一弥のいる病室のドアを開ける。

 そして部屋の中に入って、祐一は一弥の様子を確認する。

 すると、横になっている少年のその苦しそうな弱々しい様子がわかり、自然と祐一は眉をしかめる。


「ごめんな、待たせちまって……」


 苦しそうな一弥の様子を直接見たことで、祐一は仕方がなかったとは言え今日まで時間がかかったことにすまないという思いが自然と出て来てしまったのだろう。

 祐一は小さな声でポツリとつぶやいてしまった。


「……?」


 すると、一弥はもとより寝つきが悪かったためだろうか、祐一の存在に気づいて完全ではないが目を覚ましてしまった。


「あ、ごめん、起こしちまったな……まあ、どの道起きてもらうつもりだったんだけど、いやあ、すまんすまん」

「……?」


 起きてしまった一弥に少し驚きつつ、これからすることを思うと都合がよくもあるので祐一は少し複雑な気持ちになった。

 とりあえず場を和ませようとおどけてみせる。

 尤も、あまり効果はなく、意識のはっきりしてきた一弥は不思議そうな表情を浮かべてしまっている。

 ただ、不思議と怖がってはいない様子である。
 

「あ、あはは……と、とにかく、いきなりで怖いかもしれないが……その、話を聞いてくれるかい?」


 こくり


 一弥は頷く。

 この少年は確かにしゃべることが出来ないが、何もわからないわけではないのである。

 いや、むしろしゃべれない分、人の感情に敏感なのだ。

 それゆえ、自分に向けられる悪意や暗い感情を怖がって話すことができないともいえる。

 だが、逆に言えばその悪意等とは反対のやさしさなどの感情も、漠然とはいえ感じることが出来るのである。

 祐一から受ける感情は、いまだかつてこの少年が受けたことのないやさしさを秘めたものだった。
 
 この少年にとって、そのやさしさは突然現れた人に対する驚きを超えるほどのものであったのである。

 そのため、この少年は素直に頷いたのだ。



「いきなりでごめんね。でもどうしても話さなくちゃいけないことなんだ。君は、佐祐理さん…君のお姉さんのことが好きかい?」


 こくり


 一弥は頷く。

 なぜ、自分の姉のことを知っているのか――そんな疑問は幼いながらあったかもしれない。

 でも、別に頷いていいことだとも思ったのだろう、だから頷いたのである。

 ただ……「好き」と言う言葉そのものに頷いたというよりは、姉に対する「期待」や「願い」を込めて頷いたのかもしれない。

 一弥は姉に叱られるのが嫌で、姉を避けようとしたことは幾度かある。

 しかし、それは姉が「嫌い」というよりも、叱られて「辛い」と言う気持ちと何故か辛そうな顔で叱る姉と作る雰囲気は「悲しい」と言う気持ちの方が強かった。

 どうすれば楽しく出来るかはわからない一弥ではあったが、幼い子にはごく自然な感情である甘えたいと言うような気持ちはもちろんある。

 その気持ちは、一弥にとって唯一側にいる存在――佐祐理に向くのは自然なことだろう。

 一弥はまだ上手く感情を表現することはできないが、佐祐理に対する甘えたいと言うような「願い」の気持ちは確かに抱いているから、その気持ちが一弥にとって「好き」という言葉に繋がったといえるのかもしれない。


「そうか…」
 

 幼い一弥の気持ちの全てを理解することは祐一には流石に出来なかったが、一弥の表情からなんとなく理解できることは理解したような気がしていた。

 一弥の表情は辛そうでいて、何かを求めているような複雑そうな表情だった。

 佐祐理の本当の気持ちを知っている祐一は、一弥も同様に辛い思いでいたのではないかと思った。

 この姉弟は、互いに思い合いながらその気持ちに素直になれず、また、喧嘩という形でお互いの気持ちをぶつけ合うこと――喩え結果は嫌いと言う感情が生まれることはあるとしても――そのことさえ、知らない二人だったのではないだろうかと祐一は感じていた。

 ただ、二人とも我慢しながら苦しみ続けてしまった。

 その事実を思い、祐一は胸の痛む思いを感じていた。

 同時に、佐祐理がかつて話してくれた思いと今目の前にいる一弥の表情が重なり、祐一の持つ願いへの思いを高めていく。


(絶対に何とかしてみせる)


 そう心の中でつぶやいた後、この幼い少年のために祐一は言葉を続けていく。

 柄ではなかったかもしれないが、一弥の苦しそうな様子を見ていると、自然と祐一の口調はやさしいものになっていくのだった。

  
「……うん、実はね、君のお姉さんだって君のことが本当は大好きなんだよ」


 こくり


 一弥は頷く。

 一弥は姉が何かを我慢していることはなんとなくわかっていた。

 そして、その我慢しているものがとてもあたたかいものである様にも感じていた。

 あるいは、そうあってほしいと願っていたのかもしれない。

 いずれにしても、自分のために、姉は自分を叱り、そしてあたたかいものを見せてくれずただ何かに苦しんでいる。

 一緒にすごしている時の雰囲気からなんとなくそう感じていたこともまた彼を怯えさせ、言葉を発することを妨げていたのだ。



「……そうか。わかってたんだね。でも、君のお姉さんは君を立派な大人にするために、厳しく君に接している。自分の本当にしたいこと――君と一緒にいっぱい遊んで楽しく笑うということを、本当はしたいはずなのにね」

「………」


 難しいことはわからない。

 でも、そんな自分もやってみたいと思っている楽しそうなことを自分は何故かできないことは一弥はわかっている。

 それだけに、一弥は辛そうな表情をしながらとても寂しそうにしていた。


(こんな顔されちゃ、俺はたとえ死神が相手でもこの子を助けるだろうな。尤も、死神がお出でになる状況になんてさせないけどな)


 一弥の寂しげな表情を見て、祐一は一層この少年の力にならないわけにはいかないと感じていた。

 それだけ一弥から感じられる感情は子どもらしい純粋さがあった。

 

「……なあ、一弥君。そんなお姉さんを助けてあげないか?」

「………?」


 祐一の言葉の意味がわからなかった一弥は、その綺麗な瞳を軽く見開きながら不思議そうな表情をしている。

 そんな一弥の表情を見て、こう言い直したほうがいいかと苦笑しながら祐一は違う表現を考える。


「一弥君だって、お姉さんと一緒にいっぱい遊びたいだろ?」



 こくり



「じゃあ…そうできるようにしようじゃないか!」

「!?」


 今まで自分が最も望んでいるのにできないこと――それが出来ると言われてかなり驚いている一弥。

 やや信じられないというような様子でいる。



「無理じゃないさ。お姉さんだって本当はそうしたいんだから」

「………」

 
 まだ納得しきれていない様子の一弥。

 祐一はそんな一弥を気遣い勇気付けるような口調で、さらに話を続ける。

 

「遊ぶこと…それは悪いことじゃないよ。むしろ、大切なことなんだ。それに、一弥君はうれしくて笑うことと苦しくて泣くこと、どっちがいいことだと思う? 笑うことだと思うなら頷いてみて、泣くことならなにもしなくていいから」



 こくり



「だろ? それに一弥君は、お姉さんの本当の気持ちをわかってあげられるいい子なんだから、遊んだって決して悪い子になったりしないさ。お兄さんを信じてくれ」

「………」


 こんな風にやさしく、真摯に話しかけてくれた人は今まで一弥にはいなかった。

 それだけにこの人の言葉を信じたいように一弥は感じていた。

 だけど、やはりこれまで過ごしてきた時間から、自分に自信を持つことが出来ず、祐一の言葉に半信半疑の様子だった。

 祐一はそんな一弥に対して自分の言っていることは本当のことだとばかりに自信のある様子を崩さず、さらに話を続ける。



「君のお姉さんはそれがわかってないんだ。このまま、それがわからないまま、本当にしたいことをしないままだと、君のお姉さんは本当に、ほんと〜に苦しんだり、悲しんだり、泣いたりすることになるんだ。一弥君はそれでも、いいのかい?」



 ふるふるふる



 一弥は精一杯首を振った。

 この子は人一倍その辛さを幼い身で味わってきた。

 本当は大好きな――あるいは大好きになりたい姉にそんな辛さを味わってほしくなかったのだ。



「そうだよね。お兄さんは別に一弥君一人でお姉さんを助けろなんていわないさ。このお兄さんが手伝ってあげる。お兄さんはなんでもできるんだぞ。それにお兄さんの友達だって助けてくれるんだ。大丈夫、一弥君をいじめたりなんてしないさ」

「………ほ…ん…と…う…?」



 それが……一弥の初めての言葉だった。


 先ほどから祐一を通して感じている優しさ、姉と遊ぶことが本当に出来るかもしれないという期待。

 姉にあんな辛さを味わってほしくないと言う爆発的な感情の発生。

 あくまで自信を持って自分を勇気付けてくれたことで生まれてきた安心。

 このお兄さんだけでなく、他にも自分に優しくし接してくれる人がいるという喜び。

 それらが折り重なって一弥を一歩前に進ませ、言葉を紡ぎ立たせたのだ。
 


「はは、やっと話してくれたね。がんばったね。そのがんばるってことをなんていうか知ってるかい? 『勇気』って言うんだよ。とってもえらいものなんだぞ。そんなすごいものを一弥君はもてたんだ。大丈夫、お姉さんだって助けられるさ」

「………」


 少し照れながら、でも今度は自信がもてたのか、祐一の言葉を素直に受け取ってうれしそうにしている一弥。

 つい先ほどまで見せていた血色も悪く辛そうだった表情にも、少しだけ明るいものが見え始めている。


「怖かったんだろ。何も言ってないのに、お姉さんからはしかられ、幼稚園の子からはいじめられて、だからしゃべりたくなかったんだよね。もっとひどいことをされるのがいやだから……」

「……う…ん」

「お兄さんは絶対そんなことはしない。というより、一弥君といっぱい話して、いっぱい笑いたい、一弥君はそんなことしたくないかな?」

「…ち…が…う…し…て…み…た…い」


 一弥は自分の気持ちを分かってくれる祐一に勇気付けられていた。

 だから、今までは心の中で思うだけであった自分の思いを、まだ話すのに慣れていない口で、精一杯言葉を紡ぎだそうと一弥は頑張っている。


「そうだろ。君のお姉さんだってそうしたいはずさ」

「……そう…なの……かな」

「ああ。まだお姉さんが素直にならないなら、お兄さんがしかってやるさ」

「…お…ねえちゃん…を…いじ…め…ないで」

「はは、いじめるわけじゃないよ。しかるということは、一弥君が知ってるものだけじゃないんだ。大切なものもあるんだよ」

「……そう……なんだ」


 やはり叱るといった類の言葉には敏感になってしまっている一弥。

 自分の姉も自分のように苦しむのかと不安そうな様子の一弥を見て、祐一はその不安を取り除くように優しく言葉を付け足す。


「後、君のお父さんたちのことも何とかしてあげるからね。きっとお父さんたちとも笑えるようにしてあげるから…」

「…ほん…とう?」


 姉だけでなく、父や母とも楽しく出来る。

 それは一弥にとっては思いもよらないほどにうれしいことであった。

 それだけに、瞳を輝かせながら驚きと期待の入り混じった感情を素直に表情に出している。

 純真な目で自分を見てくるそんな一弥を、祐一は微笑ましく思いながら話を続けていく。


「本当だとも。ただし、一弥君にもお願いがある。さっきお兄さんが言った『勇気』。それを大切にして、一弥君もがんばるんだ。そうすればきっと君の願いも叶う。もちろんこのお兄さんもがんばるぞ。一緒に頑張ろうじゃないか」

「…うん…がんばって…みる」

「よし! あっ、ここでお兄さんと話したことは誰にも言っちゃだめだ。お兄さんと一弥君の男同士の秘密にしよう。どうだ、かっこいいだろ?」

「はは…うん……だれにも……いわないよ」

「よし。明日の朝、また来るからね。そのときは『おはよう』だ。あいさつはとっても大事なんだぞ」

「わかった。……まってるよ」

「だいぶ話せるようになったね。その調子だ。じゃあ、また。次に会うときはお兄さんの名前も教えるぞ」

「うん。また…ね」




 そして、祐一は病室を後にする。

 一弥の表情に笑顔が見えたことを嬉しく思いながら、でも先にそんな一弥の表情を見たことに関しては佐祐理には少し申し訳ない気持ちを感じていた。

 複雑な表情を浮かべつつ、祐一は外に出る。

 そして、ここからは少し遠い倉田家のほうに目を向ける。

 舞や幸たちがうまくやってくれたことを信じながら、佐祐理と一弥の新しい未来のためにまだまだがんばろうと思いを固めるのだった。











 さて、時は少し遡り、祐一が一弥に会っていた時と同じころ、舞と幸も行動を開始していた。



「お願い……届いて……あの子の夢に……」

(舞の思い……やっぱりすごいな……とても純粋で…やさしくて)

 
 舞の純粋な願いがもたらす不思議な力。

 その力で幸たちは、まだ直接出会ったこともない佐祐理の心に語りかけようとしていた。

 そして、舞の思いが自分の体を満たしていく心地がして、幸は改めて舞の力がどんなものであるかを感じていた。


(本当は……こんなにすばらしい力なんだよ。この思いがあるから、あたしは存在していられる。舞や祐一の力になれる)


 自分と言う存在を支えてくれている力。

 この力の持つ意味。

 幸は自分のことでもあることを、改めて強く確認している。

 かつての自分の姿である魔物のような不幸はもう二度と起きてほしくないと言う思いがその胸にはあったから、一層その思いは強かった。
 

(……祐一、こんな舞を守ってあげてね。とても純粋ということは間違いやすく、傷つきやすいということだから……)


 そして、二度とこの力が不幸を生むことがないように、舞の大切な存在へと思いをはせる。

 自分も舞を絶対に守ると言う気持ちは彼女の中に確かにある。

 しかし……自分と言う存在を振り返ると彼女には思うところがあり、その気持ちが祐一への言葉に表れている。

 彼女の願いの裏にある気持ち、それは何なのであろうか……。



「幸、頑張ってきてね」

「うん」

「あの子……佐祐理って子はなんだかとっても大切な人になる気がするから。あたしも頑張って願うよ、あの子のために」

「舞…?」

「なんとなく、そんな気がしたから。だから、よろしくね、幸」

「……うん!」


 幸が少し物思いにふけった直後、舞は幸に話しかけてきた。

 少し、舞の言葉に引っかかるものを感じた幸だが、彼女ですらかつては見ることもあまりかなわなかった舞の素直な笑顔を見て、顔がほころぶ気持ちの方が強かった。

 もしかしたら、舞と佐祐理の絆も何らかの形で時を遡っているかもしれないと冗談半分でふと思いながら、幸は佐祐理の夢の中へと出発する。

 出発した彼女も笑顔だった。

 舞の笑顔は幸の笑顔へと繋がる。

 そして、幸は舞の笑顔が大好き。

 何かを抱えていても、これもまた幸のまっすぐな気持ち……。



「幸……あたしの知らない色んな気持ちを持っているような気がする。でもいつか……教えてほしいな。幸、頑張って。そして……」


 幸の消えた場所見ながら、舞は幸のことを思う。

 二人は隠し事をするには、その距離はあまりに近い。

 だけど、それはこの二人にとって決して悪いことではないのかもしれない。


 舞は幸のことを思いながら、佐祐理、そして祐一のために……この夜、ずっと願い続けるのだった。

 













 そして、佐祐理の夢の中に幸は訪れようとしていた。

 祐一の場合は、彼が幸を拒むはずはないので簡単に入れるのだが、今の段階の佐祐理はそう簡単にはいかない。

 そのため、幸は舞の力でさらに自分の力を高めたわけなのである。

 少々強引な手段ではあるが、佐祐理の心は幸の力といくらか波長の合うものだったので声を届けることは問題なく出来そうだった。

 幸は、そのことに内心ほっとした。

 また、まだここでは親友ではない舞と佐祐理だけど、どこか繋がっている部分はあるような気もして少し嬉しそうな様子でもいる。



「さてと……こんばんはっ」

「ふぇ? どなたですか?」

「あたしは…幸…幸せの証…かな?」

「はぇ〜、そうなんですか? ところで姿が見えないのですけどどこにいらっしゃるんですか?」

「……今はまだ姿は見せれないの。そのまま聞いてくれる?」

「そうなんですか〜。少し不思議ですけど、わかりました」



 誰かと聞かれ、ふと自分の名に込められた意味を思い出して、そう思って良いんだよねと心のうちで確かめながら彼女は名を名乗る。

 それにこれからすることを考えると、ちょっと神秘的なほうが良いかなと悪戯心のような気持ちが出てしまい、付け足しも加えたようだ。

 対する佐祐理は、幸せの証という表現や姿を見せられないという言葉にさしたる疑問も持たず反応してくれる。

 そんな変わらないといっては変だが、自分の知っている部分を持つ佐祐理を見て少し微笑みつつ幸は話を進める。



「ふふ、声だけでごめんね。それでね。佐祐理は…今幸せ?」

「ふぇ? …………違うと思います」

 
 幸せかと聞かれ、少し考えてみる佐祐理。

 そして、今、自分が一番気にかけている弟の様子が頭をかすめ、佐祐理は悲しい表情を見せながら答えを言う。


「そう……それはなぜ?」
 

 佐祐理の表情を見て、少し心に痛みを感じた幸。

 しかし、彼女の心にまだまだ問いかけなければいけないことがある幸は、気持ちを落ち着かせながら少しずつ問うて行く。



「それは…」

「一弥君のこと、かな?」

「!?」

「驚かせちゃったかな? でもね。あたしは何でも知っているの。佐祐理の名前も知ってたでしょ?」
     
「あ、そう言えばそうですね。はぇ…幸さんすごいです」

「くす…そうかもね。それでね。あたしはあなたの本当にしたいことも知っている。ねえ、何故佐祐理は本当にしたいことをしないの?」


 自分の考えていたことを当てられ、さすがに驚くが、その次の反応は不信がるよりも素直に感心する佐祐理。

 もとよりの性格と、今は幼さもあいまってそういった反応をしてくれたのだろう。

 悲しみを抱えつつも、その独特な雰囲気は失っていない未来の舞の親友を見て自然に笑みがこぼれつつ、少しずつ、幸は本題へと入っていく。 
 
 この自分も好きな雰囲気の裏に、かつても今も隠れている佐祐理の悲しい気持ちを癒す第一歩をしっかりと彼女は踏もうとしている。


「ほんとうにしたいこと?」

「わかっているはずだよ、佐祐理は」

「………!」


 最初、幸の言葉の意味が佐祐理にはわからなかった。

 しかし、幸の静かな声の調子に引き込まれて行くうちに、その言葉が何を意味しているか気付き始めた佐祐理は表情を変える。



「だめです! それは一弥のためにならないんです!」


 そして、次の瞬間にはそう叫んでいた。

 今までその考えを元に我慢してきた。

 それが正しいことだと幼さゆえにも信じてきた彼女には、この考えはそうそう変えられるものではない。

 だが、最近感じ始めている疑問や不安が彼女の心を混乱させているのか、温和な彼女に普段とは違う激しい感情を起こさせていた。

 


「それは……なぜ?」


 そんな激しい感情を見せる佐祐理の気持ちを確かに受け止めようと、幸は必死に自分の気持ちを落ち着ける。

 そして、佐祐理が静かに見据えられていると感じるほどに、落ち着いた声で幸は彼女に問いかけるのだった。


「一弥には、お父様のように立派な人になってほしいんです。そのためには、甘やかさないで、厳しくしなきゃいけないんです。それが正しいことなんです」

「本当に……それが正しいことだと思ってるの?」

「え…?」


 尊敬する父から教えられた言葉から導き出したこと。

 それを疑うということは、まだこの時の佐祐理には思いもよらないことであった。

 それだけに、かなりの驚きを示している。


「一弥君の今の様子を見ていても……本当にそう思えるの?」

「それは……でも! わたしは……」


 
 そして、幸は佐祐理の心にさらに問いかけていく。

 佐祐理は本当はそうは思っていない自分が自分の中にあることを薄々感じながらも、その自分の感情に自信が持てずに混乱している。

 ただ、今まで過ごしてきた時間がそうさせるのか、何か反論しようとはしたが言葉は続かなかった。

 


「……ね、佐祐理、正しいって何なのかな?」

「え……?」


 恐らく何が何なのかわからなくなり混乱している佐祐理に、先程のように静かに心に訴えかけるのではなく、明るく幸は話しかけ始める。

 急に聞こえてくる声の雰囲気が変わったことで幾分緊張が解け、また言葉が意味するところもよく理解しきれず佐祐理は呆けてしまった。


「ふふ、よく分からなかったかな? ならこう聞くね。佐祐理はお父さんたちが自分を正しく育ててくれたと思っているんだよね?」

「はい」

「そっか、なら佐祐理、今の一弥君と、佐祐理が過ごしてきた時間少し比べてみてくれないかな? そして考えてみて、佐祐理は今、忙しい両親の代わりをしている。でも本当に両親が自分にしてくれたことを、佐祐理は全部やっているのかな?」

「………!」


 父と母は自分を厳しく正しく育ててくれたと佐祐理は思う。

 だが、思い出や覚えていなくても何か感覚的なものは残っている記憶にないもっと幼いころを振り返れば……決して厳しさだけではなかったような気がする。

 楽しいこともあったはず、だが、一弥との思い出に楽しいと感じたものはない。

 その自分と一弥の差が何を意味するのか。

 明確な答えを出せないまでもなんとなくその差が大変なもののように思えて、佐祐理は不安になっていた。
 


「そして………あまやかさないとは…厳しくするということと…決して同じとは限らないんだよ」


 そんな佐祐理の様子から、佐祐理に大事なことを教えるきっかけを与えることが出来たと感じた幸はまた一つ。

 佐祐理の心に波紋を投げかけるような言葉を贈る。



「それは……どういう意味ですか?」

「ふふ、明日、一弥君に会いに行ったとき、いろんなことがわかるよ。一人の男の子のおかげでね!」

「幸さん…いったい何を言って……?」



 佐祐理の問いには答えず、自分が伝えるべきことはもうほとんど伝えていた幸は問いの答えに代えて、意味深な言葉で佐祐理に返す。

 対する佐祐理は自分の質問に答えてくれず、ただ謎を深める発言をしてきた幸に心底困惑している。



「最後に、佐祐理は素直になればいいんだよ。それが何よりも大切なこと……じゃあ、今はバイバイ」

「そんな……待ってください!!」



 佐祐理の叫びにはこたえず、幸は最後の一言を言って佐祐理の夢から舞の元へ帰っていった。







「すぅ…すぅ…」

「がんばったね、舞。……祐一、佐祐理を……お願い」



 幸が舞の元へ戻ってきてみると、ずっと願い続け、力を使って疲れたのだろう。

 舞はぐっすりと布団で寝っていた。

 そんな舞を気遣いつつ、幸は後のことを祐一に託し、佐祐理が一弥との幸せを手に出来るよう祈っていた。











 全ては……明日……

















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