時をこえる思い
 第十二話 龍牙作

「少年の力になる人たち」








「母さん、秋子さん……頼みがあるんだ」


 さて、朝起きて人心地ついたころ、祐一は名雪のいないうちに早速二人に協力を仰ごうとしていた。

 決めたからには即行動するあたり、やはり今の祐一は何もしないでいることは耐えられない気持ちが大きいのだろう。

 ちなみに名雪はこのころはまだそれほど朝寝坊と言うわけではないが、冬休みでもあり、早起きと言うわけではさすがにないのでもう少しゆっくりしている。


「あら? 結構早かったわね」

「ふふ…ちゃんと頼ってくれるんですね」


 一葉にしても秋子にしても、多少は自分の言ったことは効果があっただろうと思っていたが、少し結果が出るのが早かったので少しだけ面食らっているようだ。

 だが、やっと悩みを話してくれる祐一にほっとする気持ちが強く、二人ともうれしそうに微笑んでいる。



「はい。それであの……倉田代議士って知ってますか?」

「えっ、倉田さんですか? ……ええ、あの倉田さんなら」

「確か……この地方で今がんばってる人よね。ここの名門の家柄だし。そうよね、秋子?」

「はい」


 今回の祐一の悩みは、さすがに秋子にも一葉にも察することはできなかった。

 それだけに、今、祐一が何を抱えているものが気になっていたわけだが、まったく予想外の言葉から話を切り出されたので、さらに疑問が大きくなった二人は多少困惑している様子である。

 それでも、出来るだけ冷静にしようと祐一の言う倉田代議士について二人は確認し合うのだった。



「その倉田さんの子ども達のことなんだけど……姉と弟の二人でね。本当は仲良くなれるはずなのに、それができないんだ」

「どこでその話を仕入れたかは……今は置いといたほうが良いみたいね。それでなぜ、仲良くなれないの?」


 当然の疑問が一葉の頭には浮かんだ。

 しかし、祐一がその質問には答え難そうなのが彼の困った表情から彼女には分かった。

 そのため、せっかく祐一が話し始めてくれたのだからと、とりあえず彼女はまず話を聞くことにしたようである。


「俺と同じくらいの歳のお姉さんのほうが、忙しい両親に代わって弟を面倒みてるんだけど、親の甘やかさないでという意見をそのままに、自分の弟に優しくしたいって気持ちを殺して厳しく弟に接しているんだ。それが立派な大人になるためと、厳しすぎるほどにね」

(ふむ……多分その子も純粋だから……それが返って裏目にでっちゃっているのかしら?)

   
 一葉は祐一の話を聞きながら、その姉のことをちょっと考えていた。

 純粋と言う言葉は必ずしも良い意味ばかり持っているわけではない。

 まだ幼い子どもは加減を知らず、その純粋さゆえやりすぎてしまうこともある。
 
 また、代議士のような家なら恐らくしつけも厳しいだろう。

 そうなって来ると親の言葉に忠実にもなりやすい。

 純粋さとは危険な面も持っていると一葉は思う。


(けどまあ……そこも子どもの可愛いところなのよね)


 しかし、同時にそれが子どもの可愛いところだとも彼女は思う。

 ふと祐一を見つめて、彼女は息子のもっと幼いころの出来事を思い出す。

 お花は水をやれば喜ぶとだけ聞いた祐一は、水をやりすぎて植木鉢をあふれさせたこともあった。

 これは些細なことだが、他にもやりすぎが怪我の素になるようなことはいくらでもあった。

 もちろん、自分はその度に注意したり、時には怒鳴ったりしたものだ。

 そして息子は、ふてくされたりしつつもその度に行動を直していった。

 ああいう時の脹れ顔も、しぶしぶ間違った点を直していく様もいじらしくてとても微笑ましいと一葉は思う。

 もちろん、やり直してうまくいった時の得意顔も一葉はとても大好きだった。

 そこまで思い出した一葉は、やはり姉弟の親のことが気にかかり始めていた。

 無論、各家庭の事情と言うものはあるのだから、それほどうるさく言うつもりはない。

 けれど、ああいう子どもの姿を見ないのは勿体ないというのが一葉の正直なところである。
 

「そして、ご両親はそのお姉さんを信じているから、特に何も言っていない。だけど……このままだとその弟の命にかかわる」

「「!?」」


 そして祐一の話はその親の話に入り、彼の発言の前半部分は予想はできたものなので複雑な気持ちを感じたが、それよりなにより後半の発言に一葉は驚かされた。

 また、恐らく一葉と同じように色々と考えながら祐一の話を静かに吟味していたのだろう秋子もまた大きく反応を示していた。

 他人の家の教育方針や家庭事情が祐一の気にしている問題と言うのなら、それはそれで第三者が容易に手を出せる問題ではないため難しい。

 しかし、命が関わるとなるとさらに別の大きな問題があるのではと二人とも思ったのである。


「どういうことですか?」

「はい、別に暴力を姉が振るってるわけではないんですけど……その弟は、体が弱いんです。それに、言葉が話せません。おそらく、今度入る幼稚園でもそのことでいじめられると思います。家庭と外の二重の精神的苦痛、幼い病弱な子供にそれは酷ですよね……」

「特別の教室では…?」

「倉田さんは、普通の教室に入れるつもりです」

「………」

「……もう少し考えてからその選択は選ぶべきでしょうね」


 一葉は多少きつめに発言し、一葉ほど表には出てはいないが無言だった秋子からも小さな怒りが感じられた。

 確かに、物によっては普通の生活をしたほうが言葉も話せるようになるかもしれない。

 たとえ今後も話すことが出来なくとも、普通の生活に慣れていたほうがいいという見方も出来る。

 だが、幼く、なおかつ病弱であり、家庭内でも問題があるとすれば状況も変わってこよう。

 その家庭内の実情を把握していないにもかかわらず、その選択を選んだとすればあまり良い選択とはいえないと二人は思う。

 また、仕事に集中してまだ小学生になったばかりの娘に幼子の世話の多くを任せ、子どもの状況を恐らく把握しきれていない親が、果たして幼稚園の職員では手に負えない部分までしっかりと配慮できるのかという疑問も残る。

 加えてこれは予想にしか過ぎないが、代議士の息子という世間体を気にしているとすれば更に大きな問題ともなるだろう。


(二人ともやっぱ母親なんだな。俺や名雪は幸せ者か…)
    

 もし、自分たちの考えている悪い予測が当たっているならば、子を持つ親としては許せない気持ちが二人の母親には多少なりとも生まれていた。

 聞いた話だけで判断するつもりもないが、祐一の様子から嘘をついているとは思えない。
 
 いずれにしても真剣に事に当たる必要があると、二人とも思ってくれているようだ。

 そんな風に感じてくれている親と叔母を祐一は少し誇らしく思っていた。

 

「それで、祐一さんはどうしたい……いえ、どうするつもりなんです?」

「俺は、その姉弟を助けたいんです。そのためにまずは会って話をしないといけませんが、初めに弟と会うつもりです。いずれその弟が病院に入院することにな ると思うので、その直後をねらいます。危険な賭けだけど、一度大変な自体になれば家族にも見えてくるものもあると思うんです。後、誰にもその弟と会うのを 邪魔されたくないので、俺は夜中に病院に忍び込みます」

「……わが子ながらすごいこと考えるわね。なぜか、あんたなら簡単に忍び込めそうな気がするし」


 祐一の少し長い説明を聞いてから、一葉は苦笑を浮かべる。


「それに本来なら忍び込むなんて了承しちゃいけないことなんだけど……母親失格かしら? あたしは許可したいと思っちゃってるの」

「ふふ。姉さんったら。ちなみにわたしも了承ですね。いけない大人ですね。わたしたち」

「クスッ、そうねえ。ま、時期は流石は我が息子、少しかわいそうだけど的確な時期だわ」

「悲しいことですが……人はその時になってみて初めて気付くことが多いですからね」


 しかし、次の瞬間には少し意味ありげな微笑みを浮かべつつ、一葉は秋子と談笑し始めていた。

 何か面白そうなことをみつけた時の表情というものなのであろうか、そんな微笑みである。

 秋子はそんな姉の思惑を察して、こちらも姉の企みに乗り気なようである。

 ただすこしだけ、自分の言った最後の言葉の意味を考えると悲しくも思っていた。


 
「えっと……それで手伝ってもらえるのかな?」


 祐一はやや独特な雰囲気の二人にすこし気圧されていたようだ。

 だが、少し間を置いてから気を取り直して祐一は二人に尋ねた。


「もちろんよ、そもそもあたしたちから頼って欲しいといったのよ。それにあんたがそこまでしようとしている理由と事の真偽を確かめるためにも、協力させてもらわなくっちゃね」

「ええ、それに、そんな話を聞いて黙ってなどいられませんし、祐一さんが今言ったことをするようなら……」

「わが子だけにそんなことをさせるわけに行かないじゃないの♪」

「……ありがとう、母さん、秋子さん」


 あっさりとして、それでいて祐一のことをちゃんと思っていると感じさせる彼女たちの言葉。

 祐一は二人の気持ちに対して言葉に詰まるものを感じながら、しっかりと感謝の言葉を述べる。

 正直な所、相手が自分の最も信頼している人間である二人が相手とは言え、祐一もこんな話をいきなりしてまともに受けてくれるか自信はなかった。

 加えて、今の自分の言動は子どものものではないことは祐一も重々承知の上だ。

 それでも、協力を仰ぐためには直接事情を説明する方法しか思いつかなかった。

 あまりの自分の子どもらしくなさに心配されるだけでお仕舞いではないかと言う危惧もあっただけに、祐一は内心ほっと胸をなでおろす。

 同時に、自分を本当に大切に思ってくれ、また自分の言葉を真剣に受け止めてくれた二人に本当に感謝していた。

 そんな彼の表情はとても綺麗なものだった。

 その安心した様子には子どもらしい素直さを、深く感謝している態度には成熟した心を感じさせる。

 外見の幼さとその内面は二重に見るものに心に来るものを感じさせ、同時にこの年齢でこの表情を浮かべる彼に不思議な思いと心配を感じさせる。


(……ほんとにもう、いつの間にこんな表情するようになったのかしら? もっと聞くことはありそうね。そのうち全部聞き出してやるわ!)

(……いい表情をするようになりましたね、祐一さん。成長するのが楽しみです。でも……まだまだ隠していることはありそうですね)


 祐一を最も大切に思っているであろう二人もまた、感動と心配で心がいっぱいになっていた。

 今はまず、今回話してくれたことを全力で助けるだけだとしても、今後もこの子のために何かしなくてはいけないと二人は決心を固めるのだった。






「さて、何から始めようかしら?」


 祐一のことを思いつつ、今すべきことをしようと意気込んだ一葉は祐一にではなく秋子に向かってこう話しかける。

 まだ肝心の具体的な祐一が一葉たちにやって欲しい頼みごとを聞いていないのにもかかわらず、もうやるべきことはわかっているような雰囲気である。
 


「まずは正確な情報の確認ですね」


 こちらも詳しく聞かずとも祐一が自分にしてもらいたいことをしっかりと予想だてているようだ。

 やはりこの方たちの洞察力は高い。


「そうね。その辺はあたしたちの実家と家のだんなに任せましょう」

「そうですね。後は逐一情報を得て、最悪の状態になるのを防ぐようにして……」

「後は、倉田さんご夫妻と接触をいつでも取れるように手配してっと……他にある、祐一?」

「……説明をまだしてないことまでよくわかったな?」


 二人のすばやいやり取りに祐一は少しついていけなかったようだ。

 少々呆けつつ、辛うじて出来たことは数ある疑問の内の一つを口にすることだけだった。


「まあね♪ 聞いた話じゃ、両親にも問題あるわけだし。その辺は親は親同士、こちらにどんと任せなさい。それにあんただけじゃあ、倉田家の状態を常に把握しておくなんて無理でしょうしね。でも子供たちのほうは自分で何とかしたいんでしょ?」

「ああ……俺と……友達とでな」

「一つ、聞いておきます。倉田さんのお子さんたちと祐一さんは知り合いですか……?」

「いえ、今は……赤の他人です。詳しくは言えないんですが……」

「今は……ね。まあ、話が進んでいけばわかることか」

「そうですね。まずは動きませんと」

「ええと……疑わないの?」


 いくらなんでも赤の他人で質問の答えになっているとは自分でも思っていない祐一は、さっさと話を流した二人に困惑している。

 そんな祐一を見て、二人はにこやかに微笑む。


「ふふ、聞いてみただけです」

「ここまで変な話は自分の手で状況を把握するほうが、説明に困っているあんたに聞くより建設的って気もするし。それにね。あんたは冗談は好きだけど、こんな冗談は言わないように育てたつもりよ。大丈夫、あたしも秋子も祐一を信じてる。態度が本当に真剣だしね♪」

「………」


 あまり納得の行く理由ではないかもしれない。

 だが、この二人にとっては祐一が真剣な様子でいることだけがとりあえず動くには足る理由であった。

 二人が自分をどう思っているか感じ入った祐一は言葉に詰まってしまっていた。



「でも態度と言えば……あんた本当に成長しすぎよ! 育てる楽しみが減っちゃったじゃないのーー」


 そういいつつ、祐一の頭をぐりぐりし始める一葉。


「痛い、痛いってば母さん!!」

(でも……本当に寂しいな……何があったの? 祐一)


 行動とは裏腹にこんなことを考える一葉。

 やはり、内心は急に子どもらしくなくなってしまった祐一が心配だった。

 たけどもう少し……息子が自分から話してくれる日を一葉は待ってみる。

 彼女は祐一の何かを決意した様子からまだ全部に触れてはいけないと、何があったか聞きたいのを我慢する気なのだ。
 
 ただし、あまり時間がたってしまうようなら強行突破に踏み切るつもりであるようだが。



「それになんでその歳で秋子にはずいぶん丁寧な敬語を使うわけ?」

「そういえば何故です?」


 一葉の突然わいた疑問に秋子も同意を示す。

 かく言っている秋子も1年と少し前までは、子どもに応対するのにふさわしい砕けた口調で祐一に接していた。

 だが、去年の夏に祐一は敬語で自分に話しかけてきた。

 まだ早いような気はしたが、一人前に扱ってほしい年頃なのかと秋子は思って彼女もまた敬語で返してみた。

 すると、祐一は普通に会話を続けるので、秋子はとりあえずこのままにしておこうと思いつつも不思議には思っていたようである。

 尤も態度にそれは出ていなかったのだが。


「えっ? あ、え〜と……なんとなくその方が落ち着くし……秋子さんには敬語を使わないと失礼な気が……」


 さて、急にそんなことを聞かれて祐一はあたふたしている。

 この感覚はもう少し年齢を重ねないと普通は感じないような感覚であることを、完全に失念している様子である。

 更に墓穴を掘っている祐一であった。

 とりあえずそれは置いておくとして話を戻すが、祐一はこの時間に来てからもつい秋子には未来で接しているように話しかけてしまっていた。

 例外はあるが基本的に年上の女性には言葉遣いを気をつけていた慣れがあったし、しかも秋子に対しては多くの感謝を祐一は抱いていただけに、そのまま敬語で話しかけてしまったのだろう。

 だが、秋子も表面上それほど気にしていない様子だったので、ここで言われるまで祐一は問題にしていなかったのだ。



「ふ〜ん……お!」

 
 さて、そんな祐一の反応を不思議には思いつつ、何かを思いついたかのように一葉は微笑みを浮かべる。

 先ほどみせた面白い遊びを見つけたというような微笑み……しかし、今回は邪笑というべきであろうか、そんな微笑みである。

 祐一の様子に疑問はあるが、ここでそれを追求しても良い答えは帰ってこない気が彼女はしていた。

 だったら、せっかく思いついた楽しいことを実行した方が建設的と考えたようである。


「もしかして……祐ちゃん、秋子に惚れたの?」

 
 そして、一葉は真顔で爆弾を投下させる。


「な!? 母さん、変なこと言うな!!!」

「だって〜〜尊敬する年上の女性に初恋するってよくあるじゃない♪」

「勝手にそういう状況にするな!」

「あらあら」


 すると、残念ながら母の罠に祐一は簡単に引っかかってしまったようだ。

 他の人が相手ならばともかく、母親が相手では祐一はかなり弱くなるようである。

 これからおもちゃにされることには気付いてないだろう。

 過度に反応してしまっている。

 ちなみに秋子は、頬に手を当てて困っているのかそうでないのか分からない、祐一にとってはよく見慣れたポーズをとって状況を見守っている。


「う〜む、でもねえ、祐ちゃん、さすがに叔母は法律で無理よ。名雪ちゃんなら大丈夫だけど」

「人の話を聞けええええええ!!!」

「こんなおばさんでは祐一さんにはあいませんよ。姉さん」

「……あ、いえ、そういうことではないです……俺にはもったいないくらいですが――」

「あらあら」

「ふむふむ、お世辞ではないわね。これはもしかしたら……でも名雪ちゃんを悲しませちゃあ駄目よ。祐ちゃん♪ それともそんなにあたしの弟になりたいの?」

「いい加減にせんかーーーーーー!!!!」

(やっぱりこんな祐ちゃんのほうが面白いわね♪)

(まだまだ、姉さんも祐一さんで遊びたいんですね。ご愁傷様です。祐一さん)



 祐一はどこまでも話を進める自分の母に激昂して叫んでいた。

 一葉は期待通りの反応をしてくれる祐一を内心うれしく思いつつ、祐一で遊ぶのであった。

 秋子は両方の気持ちを察しながら、そんな二人を朗らかに見守り続けるのだった。










 そしてしばらく祐一は母に遊ばれる時間が続いた。

 祐一が疲れたころを見計らって一葉は遊ぶのをやめ、話を戻して今後のことについて秋子と話していた。


「さ〜て、ふふ、久しぶりに腕が鳴るわねぇ〜」

「現役引退は、まだ早いですからね」

「主婦もいいけどね」

「それは同感です」

(……二人ともいい人なのは確かなんだけど……いや、母さんは変わったところもあるがな……しくしく。でもいったい何の仕事してるんだ?)


 母親にからかわれて疲れながらも、祐一はこの二人の謎がやはり気になっていた。

 しかし、祐一がこの二人の秘密を知るのはまだまだ先の話である。

 





 さて――


「幸!!! 二対一な上に、全方位雪玉攻撃なんて、めちゃくちゃひどいぞ!!!!!」

「おもしろいでしょ」

「おもしろくない!! このままじゃ風邪を引く!!!」

「ねえ、幸。さすがにこれじゃ祐一、一回もあたしたちに勝てないと思う…」

「そうかな? う〜ん。じゃあ、舞と祐一が組んでみなよ」

「それ…いいかも…」

「よし!! 舞、必ずや幸に打ち勝とうぞ!!!」

「はちみつクマさん」

「負けないよー!!!」



 一葉たちに相談した次の日、祐一は舞たちと雪合戦をしていた。

 幸にいたってはその力を大いに活用していた。

 舞は祐一とコンビを組むことができて、少し照れながらもとてもうれしそうである。

 ちなみに一葉に遊んできなさいといわれて祐一はここにいる。

 もちろん彼女の裏にある気持ちは、祐一に子どもらしい時間をもってほしいため。

 たとえ祐一が佐祐理に関することで母を手伝おうとして抵抗しようとしても……祐一が勝てるはずもなかった……。






 また水瀬家においては――


「祐一、かまくらを作ろ!」

「寒いから、却下」

「うー。祐一、昨日雪の中いっぱい外に出てたのに…」

「でもな。結構作るの大変だろ?」

「うー。そうかもしれないけど…でも!」

(……名雪か…こんなことであの時俺がしたことの償いになるかわからないが…)


 祐一がいた時間から七年前、彼は名雪の心を傷つけてしまった。

 そのことが今の祐一に重くのしかかっている。

 他にも多くのことを悔やんでいる祐一は、贖罪の意識とでもいうものを持ってしまっている。

 彼の今の考え方が正しいかは疑問が浮かぶものかもしれない。

 だが、たとえその考え方が正しくないとしても、名雪との時間を結果的に大切にすることは悪いことではない。

 そこから先はこれから次第……。



「ふむ。名雪さん、君はどうしてもかまくらを作りたいと言うんだね?」

「えっ…うん」


 突然雰囲気の変わった祐一を見て、名雪はちょっとしり込みする。

 何を言う気なのだろうかとちょっと心配のようだ。


「よし、では作ろうじゃないか。目指せ! 富士山!!」

「そんなにおっきいの作れないよ〜」

 

 

 








「くっ…これでは子供一人入れるかどうか」


 さて、相変わらず真面目に変なこと言ってくる祐一に名雪が受け答えをした後から数時間が経って、とりあえずかまくらは出来た。

 しかし、子どもだけの力ではそれほど大きいものは残念ながら出来なかった。

 さすがに遊びに秘術を使うわけにもいかないのだろう。

 とは言え、ちょっと大きいことを言った祐一としては悔しい様子で出来栄えに不満を述べている。


「でも、祐一と遊べてうれしかったよ」

「……そ、そうか」
 

 だが、名雪の方はとてもうれしそうな様子を見せながら、たおやかに微笑んでいた。

 作っているときは、かまくらの中でおもちを焼けたりしたら楽しいと口にもらしてはいたが、祐一と遊べたことが何より彼女にとってはうれしいこと。

 だから、素直にその気持ちを彼女は表している。

 祐一もそんな名雪を見て悪い気はしていないようで、少し照れているようだ。



 





 さて、このように毎日のように彼女たちと祐一はこの冬は遊んでいくことになった。


「力をかりるってのは……俺が何もしないってわけじゃないんだがなあ……」


 彼はそんな日々の中で困ったように独り言をつぶやく。

 確かに力を借りた方が自分ひとりでやるよりうまくいくと言うことには納得したが、この状況は少し彼には不本意なものだった。

 色々と頑張るために自分は時の間で苦労したのわけでもあるので、ちょっと複雑な気持ちなのである。

 もちろん、舞や名雪たちにも楽しい時間を過ごしてほしいとは思っているから、彼女たちと遊ぶことも自分のやるべきことだとは思っているが、やっぱり納得のいかない面はあるのだ。





 しかし、祐一には一葉たちが行っていること以外にもやらなければいけないことはまだまだある。

 そういった意味ではこの時間は彼にとって休息とも言える時間なのだ。

 しばし、彼にはこの時間を大切に過ごしてもらうことは良いことであろう。

 だが、二人目の少女を救う時の歯車は既に動き始めている。

 休息は……長くはない。 
 














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