時をこえる思い 第十一話 龍牙作

「夢にて」







 食事や入浴も済み、水瀬家でも家族が眠りにつく時間へと時は移っていく。

 祐一もまた今は寝る準備をしているのだが、頭の中では早速できることをしようと、幸と連絡を取ることを考えていた。

 今日一日で考え方を変えた祐一は、早速それを行動に表している。

 なかなか切り替えの早い祐一であった。

 尤も、佐祐理の幸せを願うなら、佐祐理の親友であった舞の存在も重要だとは彼も思っていたからこの決断は早かったのだとも言える。


「しかし……夢の中ででも呼んでよ……か」


 さて、そんなわけで祐一は幸を呼ぼうとしたわけだが、改めて彼女を呼ぶ方法――彼女が去年の夏に示してくれた方法を思い出したところで彼は苦笑を浮かべる。

 幸は人の夢――正確には人の心かもしれないが――それに語りかける力があることは、祐一も過去に来る前から知っている。

 そのせいか、去年の夏は普通に流してしまったが、冷静に考えるとこの連絡方法には問題があるのではないかと後でおもった。

 確かに、夢の中での会話は他の人に聞かれることはまずないであろうから、邪魔されずに連絡を取りたいときは重宝する。

 しかし、幸からという点ではあちらから祐一の夢に入っていけば良いわけだが、自分から連絡を取りたいときはどうしたらいいのかと祐一は思ったのである。


「まあ、この前俺の夢に遊びに来た時に聞いてはみたんだよな。そしたら――」




『祐一が何処にいても、あたしは祐一が呼んでるってすぐわかるんだよ』




「――まいったよな……」


 その時、曇りのない澄んだ笑顔ではっきりとそう言われてしまった祐一は否定する気も笑う気も起きなかった。

 とても気恥ずかしい思いがして、つい照れてしまいそうになるのを必死で我慢したことを祐一は覚えている。

 同時に、純粋な願いこそ彼女たちの力。

 その意味を改めて理解したような心地がしたものだった。



「さて、では信じて眠るといたしますか。ちゃんと来てくれよ、幸。嘘ついたら針千本飲ますぞ〜」


 そんな冗談を口にしながら、祐一はベットに横になり、目を閉じる。

 冗談は口にしているものの、自然に眠りについていっている。

 やはり、幸のことを祐一は信じているのだ。





「祐一、呼んだ?」

「は、早いな」

「クスッ」


 とは言え、自分でも眠りについたと思った瞬間にいきなり意識が覚醒したような気がするほど早い幸の登場は、さすがに祐一も驚いた。

 そんな驚いている祐一を面白く思いながら、幸はこれくらいなんでもないとばかりに明るい表情を浮かべて笑っている。

 彼女の祐一に対する気持ちは本物であるということがよくわかる仕草だった。


「だから言ったでしょう。あたしは祐一のためならたとえ火の中水の中、お呼びとあれば即参――」

「……さて、佐祐理さんのことだが」

「――うぅ……あっさり流された。酷いよ、もう」

「ふっ、時間が惜しいからな」

「むぅ〜〜〜」


 そして、幸はちょっと得意そうに自分の気持ちを宣言しようと思ったのだが、祐一にあっさり流されてしまった。

 まあ祐一としてはこれ以上幸の純粋な気持ちをぶつけられるというのは気恥ずかしいから、強引になっているといえる。

 実際彼の表情は不自然なくらい真面目に装っているように見えた。 

 幸はその祐一の裏の気持ちには気付かないのか、不満気に頬を膨らませている。

 いや、今は祐一の心の中に入り込んでいる幸なのだから、本当は気づいているはずである。

 不満なのは祐一の素直じゃない態度である可能性が大きいだろう。

 尤も、大げさに脹れている辺り、祐一のそんな彼らしいところも彼女は楽しんで彼と接しているのかもしれない。
 


「むぅ〜……でもそうだね。今はまず佐祐理のことが大事だよね……祐一、それでどうするの?」


 ちょっと不満は残るものの、幸としても佐祐理のことはとても大事なこと。

 祐一との時間も程々にして、本題に入ろうと思ってくれたようだ。

 
「ああ、俺はまず一弥から何とかしようと思っているんだ」

「そっか。今回はそのためにこの街に来たの?」

「いや、直接接触するのは来年の夏だ。少し心苦しいけどな……とりあえず今回は準備だけさ」

「祐一がそうしようと思っているなら……それでいいと思うよ。あたしは祐一を信じてるし、祐一の考えていることは少なくとも間違っていないと思う」

「そうか……サンキュー、幸」


 理由があるとは言え、すぐに助けようとしない自分は正しいのか。

 そんな疑問を祐一とて多少は持っているし、迷いが全くないわけではない。

 祐一のそんな心のうちを察した幸は、祐一の心を軽くさせようとしっかりと元気付ける。

 そんな幸の心配りと優しさに感謝の気持ちを表しながら、祐一は少しだけ心が軽くなっていく気がしていた。
 

「ふふ…あ、それであたしは何をしたらいいの? 言っとくけど何もするなは無し。佐祐理は舞の親友だったんだよ。絶対に力を貸すからね」


 幸は祐一の表情に明るさが見えることを嬉しく思って少し微笑むが、彼の表情を堪能する前に釘を刺しておこうと思った。

 幸の気持ちは本当の気持ち。

 祐一を助けたい気持ちと同等に、舞の大切な親友であった佐祐理のために何かしたいという気持ちも幸は大きい。

 それに、魔物として舞と戦うしかなかった彼女はその中で佐祐理に怪我を負わせてしまったことも悔いている。

 その強い気持ちは祐一に負けていない。

 祐一の手助けがしたいと言う気持ちもあいまって、今の幸は強気であった。


「……そうか……そうだよな」


 幸の真剣な姿を見た祐一は、少し表情を穏やかに緩める。

 考えてみれば、幸も自分と同じように佐祐理を助けたいと思うのは当然だと祐一は思った。

 ならば、ここで彼女の気持ちを無駄にすることの方が愚かなことだろう。

 そんなことにも気付かなかった自分への情けなさと彼女の純粋さが、祐一の気持ちと表情を砕けたものにする。


「じゃあ……佐祐理さんのほうを任せていいか? 具体的にして欲しいことはな……」

(あ、あれ? ……まあ、いいか。取り合えずちゃんと聞かないとね)


 もとより彼女の力をかりる決心をしていた祐一だったが、ここにきて力をかりねばならない気持ちが高まったので、彼は彼女にやって欲しいことを自然と口にし始める。

 幸としてはたとえ断られても祐一を説得するつもりだったので、この祐一の素直さは少し拍子抜けしたようであった。

 だが、ことがことであるため、自分がすべきことと祐一がやろうとしていることをしっかりと理解するために、まずは真剣に話を聞こうと思ったようだ。





 さて、祐一の話を簡単にすると、彼が幸にして欲しいことは祐一とは別に幸の方でも佐祐理に接触してもらいたいということらしい。

 





「ふ〜ん、大体分かったよ」

「そうか。後は佐祐理さんの親御さんのほうだが……母さんと秋子さんの力を借りるかもしれないな……」


 しばらくの間、細かい説明をしていた祐一は幸が大体のことを理解してくれたことを確認すると、残った点を一応説明しようと口を開く。

 一弥は自分、佐祐理は幸から働きかけるとして、次は親と思考を進めていくとする。

 すると、やはり親の方は子どもの自分が直接接触するより、あの二人に頼んだほうが色々と問題がないと改めて祐一は思ったようである。

 とは言え早速あの二人に頼ることが出来てしまったのは、祐一としてはなんとも言いがたい状況なので少し迷いが言葉に出てしまったようだ。


「ふふふ」

「なんだ? 俺、変なこと言ったか?」

「違うよ。うれしいんだよ。祐一があたしたちを頼ってくれるのが。きっと、祐一のお母さんたちもあたしと同じ気持ちだと思うよ」

「そんなものなのか?」

「だって、祐一があたしたちを大切に思ってくれるように、みんなも祐一が大切なんだよ。頼ってほしいと思うのは当然だよ」

「……そうか……ありがとう、幸」


 約1年半前会ったときは、自分たちには普通の生活を送って欲しいから、舞のもつ不思議な力には頼らないという祐一の気遣いを幸はうれしく思った。

 しかし、何の力にもなれないほうが、実際は最も寂しいと幸は感じ始めていた。

 だから、祐一が少しだけ迷いながらも、自分から自分たちの力を借りてくれることにうれしさを感じて自然と幸は微笑んだのだ。

 また、幸も前の一件以来、舞と真弥と本当の家族として過ごしてきたことで家族というもののあたたかさを理解しつつある。

 それゆえ、祐一が大切なものに気付いてくれた気がしてなんとなくうれしかったのだろう。

 幸のそんなあたたかな気持ちを感じてか、祐一も自然と表情に微笑みが生まれてくる。

 同時に、自分を大切に思ってくれる幸の気持ちが嬉しくて、祐一は素直に感謝の言葉を述べていた。

 







(だ、だめ……ま、待って、こ、ここでそ、そんな綺麗な澄んだ笑顔と感謝を向けられたら、あ、あたし、たえられないよ〜)


 しかし、その祐一の曇りのない感謝と微笑みは幸に予想外の影響を与えていた。

 ただでさえ祐一のその笑顔は、この1年と少しでだいぶ普通の女の子らしくなってきていた幸には、前から持っている祐一への好意と合わさってなかなかの攻撃であった。
 
 そこに悲しみを知り、その上で喜びを知ったものが生み出す澄んだ思いが本当の意味で重なる。

 今、幸がいる場所は祐一の夢、言わば祐一の精神の中なのだ。

 いつもは表情だけでは全ては分からない精神的なものも、今の幸には全部感じることが出来るということ。

 一応人の精神に入っているのだから、精神の海に飲み込まれないよう幸も気をつけてはいた。

 だが、今、祐一からもたらされている感情は決して嫌なものではなく、むしろうれしいものであるため、正に言葉通り気持ちを受け取りすぎてしまったのである。

 とりあえず害になるようなことは避けたものの、祐一の気持ちでもう幸の心は満腹状態なのは変わりない。

 加えて、油断すると祐一の感謝と言う彼女にとってはとてつもなく甘美な思いが自分の中に流れてくる。

 つまり、この自分を囲んでいる誘惑に勝つのは幸にとっては結構大変なのである。

 


「? どうしたんだ? 幸? 苦しそう……にも見えるがそれにしてはなんかうれしそうな顔をしているし……?」

「はにゃあ〜〜」

「……さ、幸……本当に大丈夫か?」


 さて、必死に頑張っている幸の様子は他人から見ると、うれしそうな表情をしつつ、頬を赤く染めながら多少もだえていることしかわからない。

 自分のせいでこうなったとは流石に祐一にはわからないので、彼女のいきなりの変容に戸惑うしかなかった。

 自らを抱きしめながら、頬を赤く染めて悶えている幸の姿……危険と言えば危険な状況なのかもしれない。







「………はあはあ……う、うん、だ、大丈夫だよ、祐一」

「いや……答えるのにすんごく間があったし、とても大丈夫そうに見えないのだが?」

「も、もう大丈夫だから、気、気にしないで」

「よくわからんが……わかったよ」

(あはは……あ、危なかったよ〜ここで気絶なんかしたら恥ずかしいし……このまま今晩祐一の夢から出られなくなっちゃったら舞も心配するだろうし)


 結構頑張って至福のときに幸は耐えていたようだ。

 一応結界を張るなどして危険はなくしたものの、祐一のあたたかい気持ちにこのまま一晩身を委ねたくなってしまっていたようで、危なかった。

 幸としてはそんな一日があってもいい気がしていたが、そんなことになったら舞がどう思うかと考えて何とか我慢したようである。



「ま、とりあえず、佐祐理さんの事は頼む」

「うん!」


 しばらくして幸が落ち着いたのを確認すると、疑問は尽きないが聞くのも何か不味い気がしたので祐一は自然に話を締める。

 幸としてもさっきのことは恥ずかしくて説明しにくかったようなので、元気に返事をしてさっさと帰っていった。



「でも……もうちょっと祐一の夢にいてもよかったかな……?」


 しかし、帰る途中幸はふと独り言を漏らしていた。

 もう少し、祐一の笑顔と感謝の気持ちに浸っていたかったという気があったらしく、今はちょっと残念そうな顔をしている。 



 こんなことがありつつ、時間は夜明けに向かっていくのであった。















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