時をこえる思い 第一話 龍牙作
「時の間」
始まりは目覚めから。
雪の街で紡がれた物語の中心にいた少年は自分たちの周りで不思議なことが起こっていることは知る由もなく、ただ静かに水瀬家の自室で眠っていた。
尤も……この少年が悪夢を見ずに静かに眠っていられる事に関しては昨日、ある少女に心を救われたからではあるのだが。
それはともかく、この少年――相沢祐一の目覚めから全ては始まる。
「ん……?」
祐一は目を覚ます。
そしてその瞳に映ったものを見て、彼はあることに気付く。
「知らない天井……だな」
とりあえず感想を一言、彼は口にしてみた。
前にも彼は同じことを自分の部屋で言ったことがあった。
だが、あの時は七年ぶりに水瀬家の厄介になる初日であり、引っ越してきたことを忘れていただけであった。
しかし、今回は本当に知らない部屋だなと思いつつ、彼は部屋を見回しながらベットから体を起こしてみる。
「……なんと! 俺ってば普段着に着替えてすらいるぞ。俺にいったい何があったというんだ!?」
そして体を起こした後、自分の姿にふと目をやると彼は更に驚いた。
確かに寝間着を着て寝たはずなのに、自分は今、いつも着ているような普段着を着ているのだから驚きもするだろう。
「まさか俺は寝ながら着替えたのか? そんな芸当俺には出来んぞ。名雪じゃあるまいし……っ!」
そして冗談だろうとは思いつつ、寝ながら着替えたのかと考えた時、そんな芸当を出来る自分のいとこを思い出して祐一は心に痛みを覚えた。
いとこである名雪がそんなことをしてくれたあの平穏な毎日――そんな日々と今との差があまりにも大きすぎることは、たとえ幾分救われた彼の心であっても暗いものを宿す。
「ちょっと考えてみるか……確か昨日は天野とものみの丘に行ってから、天野を家に送った後、帰って寝たはずだな…………考えてもわからんではないか。なんでこんなところに俺はいるんだ?」
だが、その心の痛みではっきりと目が覚めたので彼は今の状況を考え始める。
しかし、いくら考えても何でこんなところにいるのかは分からなかったようだ。
「お目覚めかな? 相沢祐一君」
「!?」
彼がそうして悩んでいるといきなり声が聞こえてきた。
先程見回したとき、この広くはない部屋には誰もいなかったはずだったのでかなり驚きながら声のしたほうを彼は向いてみる。
すると、向いた先には祐一よりは年上であろうが、恐らくまだ若いと言える年齢であり、足元に届くのではないかというほどの長い銀髪が目立つ男が立っていた。
(若い……が……なんか変だな? こいつの雰囲気は)
確かに姿は若い。
男から見ても美形といっても良いくらい綺麗な容姿でもある。
しかし、祐一は何か違和感を感じていた。
この男が持つ雰囲気は不自然なまでに落ち着いたものだったからである。
長生きした祖父母から感じるような達観した雰囲気に似ているような、あるいはそれ以上とも言えるような今まで感じたこともない落ち着いた雰囲気。
そんな妙な感覚に少し戸惑いながら、祐一は見知らぬ相手の様子を伺う。
「さて、ここはどこだと不思議に思っているとするならば〜♪ その答えはここは時の間(ときのはざま)という所で――」
「……おい」
「およ?」
しかし、男が妙に明るい口調で急に話を進め始めた時、落ち着いた雰囲気はどこかにすっ飛んでいってしまった。
おかげで、少し冷や汗すら感じながら身構えていた祐一は少し転びそうになっている。
彼としてはどちらかと言えば少し重たい空気に向かっているように感じていただけに、この男の軽い調子は力の抜けるものであった。
ちなみに男の方は男の方で、そんな反応の悪い祐一を不思議に思っているようである。
「どうかしたのかな? 祐一君」
「……とりあえず、あんたは誰だ?」
そして、よく事態が分からないとばかりの表情で男は祐一に問いかける。
祐一はそんな男の様子に調子を狂わせられながらも、自分のペースを取り戻そうと一つ一つ疑問を解決しようと質問を口にする。
「おお! これはすまない」
(ふむ)
男はそういえば自己紹介していなかったと気付いたらしく、自分の非を素直に認めて軽く会釈しながら謝ってきた。
そんな男の様子に祐一は少し好感を覚えながら、改めてこの男が何者か見据えようと男に目を向ける。
「私のことは時の番人とでも呼んでくれるかい?」
「……ちょっとマテ」
さて、男が名乗った名前は現実離れした怪しい名前。
再び祐一は少し転びそうになる。
加えてせっかく真面目にしようとしていたのにと、何故か悔しそうな様子でもある。
悔しさついでにとりあえず話が妙な方向にいってほしくはないので、祐一は男の話を止めることにする。
「ん? どうかしたのかい? 祐一君」
「……はあ……何だよ、時の番人って? あんた、頭大丈夫かって言うか病院行ってくれ。ついでにどこで俺の名前を知ったか知らんが、俺を誘拐しても何にもならないぞ」
「……ひどい言われようだね」
話を止められた男は、何故『待った』をかけられたかよくわからないらしく、不思議そうな表情をして祐一に尋ねる。
男のそんな妙な調子にだんだん呆れ始めたのか、祐一は相手にする気も失せ始めたようだ。
考えられることはそのまま口にして、男との会話を終わらせようとしている。
すると、さすがに今の祐一の言葉は酷いと男は思ったのか、少しだけ苦笑を表情に浮かべた。
とは言え、軽く笑っている程度なので、あまり困っているようには見えない。
「まあ、無理もないのかな? とりあえず私は正常だし、誘拐でもないから、安心するといいよ」
「じゃ、何だっていうんだ? あんたは。人を勝手にこんなところに連れてきておいて」
やはり男は困ってはいなかったらしく、あっさりと考えを切り替え、先ほどの祐一の言葉を流れるように否定していく。
相手にする気は失せ始めている祐一ではあったが、男の否定への切り返しは早かった。
彼の叔母といとこほどではないが、祐一も多少マイペースなところがあるため、こういう状況でもそれなりに自分のペースは保っているようだ。
それに先ほど考え付くままに口にしたものの、正直、単なる誘拐犯とは思っていなかったので嫌でももう少し話は聞くつもりであったのである。
「あはは、色々と事情はあるんだけど、それはまず置いておいて、なあ、祐一君、時をこえてみる気はあるかい?」
「はあ?」
「はあ?…って、なんか変なこと私は言ったかな?」
(……わかった。こいつは変な奴だ。相手にしないで逃げよう)
しかしながら、もっと訳が分からないことを言われては祐一も完全に相手にする気が失せると言うもの。
誘拐犯でなくとも変な奴であることは祐一の中では確定したため、彼はさわらぬ神に祟りなしとばかりに逃げようと考え始める。
(さてと……はて? ……ドアどこだ?)
しかし、改めてこの部屋を見返すと出口らしきものはなかった。
そういえば、先ほど見回したときも何もなかったのを思い出して祐一は再びわけがわからなくなってしまった。
いきなり現れたので気付かなかったが、考えてみればドアもないのに、先ほど見回したときはいなかったこの男はどこから現れたのか。
そんな疑問が浮かんだ彼は、会話を続けようとしていた男のことは忘れて考え込み始める。
「ははは……なんか失敗したかなあ? 考えてみよう…」
祐一のそんな悩んでいる様子を見て時の番人と名乗った男は再び苦笑を漏らす。
しかし、別に祐一の態度が気に障ったと言うわけではないらしい。
現に、ただ男は再び流れる川のように次の行動、思考へと移っていったのであまり深く物事を気にする性質ではないのかもしれない。
両方ともマイペースと言えるのだろうか……一つの部屋に二つの空間が出来ているようであった。
「う〜む、言葉が唐突過ぎたのかな? いやあ、人と話すなんてあんまりないものでね〜。すまない、順に説明しよう。ここは時の間、その名のとおりの場所というと簡単なんだがね……。まあ、君たちの住んでいる世界とは切り離された場所で――」
先に考えをまとめたのは男の方だった。
状況を判断したのか、すまなそうに男は軽く会釈する。
どうやら会話は苦手の様らしく、今も変な所がないか、わざわざ確認しながら話していると言う感じである。
とは言え、のほほんと言う擬音が似合いそうな穏やかな態度は崩していないので今ひとつ悩んでいるようには見えない。
そして、説明の途中でふと祐一の方を見つめなおした彼は何故か途中で説明を止める。
「あ、難しい部分はその内ゆっくりと説明した方が君も困らないかな?」
「……わけのわからない話を延々とされてもわからん。何を説明する気が知らんが、するなら簡単にしてくれ」
「むぅ……酷いなあ、君は」
ノリが軽いと言うべきか、ちょっと調子を狂わせる態度をしているにもかかわらず、変な気遣いを見せる男に祐一は心の中で溜息を吐きつつ、返事を返す。
一応返事は返したものの、本当のところ、祐一はまだこの男を相手にしたくはなかった。
だが、悩んでいてもさっき疑問の答えは出そうにないし、この部屋からの脱出方法もないのなら、とりあえず話を聞いて光明を見出すしかないと判断したようだ。
とはいえ、やはりあまり乗り気ではないため、口調に棘がある。
それ故、さすがにこの祐一の反応には少し困ったのか、態度は穏やかな様子を崩さずにしながらも男は不満を口にする。
「……気にするな」
「うん、まあ、そうさせてもらうよ」
「貴様……できるな」
「君には負けると思うよ?」
「そうなのか?」
「多分ね」
「ふっ、今度勝負を申し込んでやる」
「いつでもどうぞ」
「おう」
とりあえず、祐一は男の不満を簡単にあしらうつもりで言葉を返した。
ところが、不満を口にしておきながらあっさりとした男の返答に祐一は少ししてやられたように感じたようだ。
何の勝負なのかはともかくとして、端から見ると少しだけ仲がよくなってしまっている様に見える。
意外と波長の合う二人だったのであろうか。
「ふふ、やっぱり面白いね。君と言う人間は。……さて、ともかく今は説明を続けさせてもらおうかな? さっきも言ったように、ここは時の間。そして過去から現在まで続く全ての時を見ることが出来るんだ」
「ほうほう、とりあえず信じてみてあげよう」
「やれやれ……ともかく、私はここにいて全ての時を見てきた――」
「ふむ?」
男は穏やかな態度を崩さずに祐一の偉そうな言葉を受け流す。
そして、何か思いついたのか、男は一旦説明を止めて静かに目を閉じる。
祐一はいきなり間を置いた男の様子を少し不思議に思いながらもとりあえず、言葉に頷いておく。
「――つまり、君のあの辛い一月に起こったすべてのことを私は知っているんだ…」
(……な、なんだ……? 急に雰囲気が……?)
そして、再び男が目を開いたとき、その瞳には少し悲しい色が宿っていた。
さらには、最初に出会ったときに感じたあの静かで不思議な雰囲気も少し戻っていた。
常に軽く穏やかであったこの男のいきなりの変わりように驚き、祐一はその瞳と雰囲気に引き込まれていくように感じて困惑し始めている。
「そう、君のいとこ、名雪君をはじめとした悲劇の全て――事故、自殺、病死、心の崩壊、束の間の悲しい奇跡――それらが瞬く間に君の周りで起こった。あれは……見ているこちらもなかなか辛かったよ……」
「――な!?」
祐一は感じが変わった男に少しだけ動揺していたこと。
それに加え、先ほどからのやり取りで少し男と気が合い始めてきたことでやや緊張感を抜いていたこと。
この二つが合わさったことで、彼は話の内容に素直に驚きを見せてしまった。
しばしその動揺は続き、彼は言葉を失う。
(よし、驚いた♪ この少年とのやり取りは面白いけど、さすがにそろそろ真面目になって欲しいしね。ちょっと様子を伺うために待ってみよう)
そして男は、言葉を連ねた後も表面上は静かに祐一を見据えるような態度をとっていたが、裏ではこんなことを考えていた。
どうやら祐一が真面目になるように仕掛けを施したようである。
そもそも真面目な雰囲気を壊したのは誰かと言う疑問はこの男には欠片もない…。
それはとりあえず置いておくとして、男は表面上はやはり表情は変えないまま効果が表れることを期待している。
説明の方は一度ここでとめておき、祐一が落ち着くまで待つ気のようだ。
(……何故、こいつがここまで知っているんだ? 確かに幾つかは調べればわかることだが……こいつは……)
男の意図のことなどは気づいていないであろうが、男が説明をとめなくても祐一は考え込んでいただろう。
見知らぬはずの男が自分たちに起きた出来事を象徴する言葉を次々と発する。
その事実にかなり驚いてしまった彼は、なんとか落ち着こうと思考をめぐらしている。
秋子の事故や栞の病死などは、その気になれば調べればわかる。
冷静に考えれば、知っていてもおかしいことではないものではある。
だが、先ほど引き込まれた悲しみを宿した瞳が祐一は気になった。
さらには、その悲しみの色を瞳に宿した後から、声にまでも何か神がかり的な得体の知れない力を彼は感じてしまっていたのだ。
その瞳と声から、本当に自分たちの様子をその目で見たきたという説得力を感じてしまった祐一は、時の間という物語にはありそうだが現実には信じることはできないような話を少し信じる気になってしまった。
(な、何を馬鹿なことを考えてるんだろうな…俺は……洗脳ってやつだったら怖いな。……だが、束の間の悲しい奇跡、あれは普通のやつは知らないことだよな…?)
祐一は、自分の思考を馬鹿らしく思い、少し首を振って改めて考えなおす。
だが改めて考えてみても、束の間の悲しい奇跡と言う言葉にひっかかりを祐一は感じた。
その言葉があのものみの丘の狐に関する奇跡を指しているのだとすれば、普通の人間は知るはずのないことだと彼は思ったのだ。
「とりあえず……話を続けてくれるか?」
わからないことは多いし、もしこの男が自分を何らかの理由で洗脳する気なら、自分はおかしくなってしまうかもしれない。
祐一はそうも思ったが逃げることもできない今の自分にできることと言えば、やはりこの男から話を聞くことだけだとも思う。
それに、今は魅入られた感じはしたものの、悪寒は感じなかったし、特に自分に害を与えようと言う感じも先ほどからの態度からはどうにも感じることは祐一には出来なかった。
ここまで考えた所で、駄目で元々、困ったときはその時はその時だとばかりに祐一は話を詳しく聞くことに決めたようだ。
またこの状況に関係なく、話の内容自体は彼にとって何よりも気にかけていることである。
それもあり、先ほどのように嫌々話を聞くのでなく、真剣な眼差しで彼はこの男の真意を見据えようとしていた。
「ふふ。どうやら少しは話を真面目に聞いてくれる気になったみたいだね。じゃあ、話を続けるよ。君も分かっていると思うけど、あの悲劇の大半は君の過去の行動が影響している所が多いね?」
「ああ…」
男は祐一の態度が少し変わったことを快く思ったのか、穏やかに微笑み、そして話を再開した。
祐一は先ほど感じた神秘的な力はなくなり、またのほほんとした態度に変わりつつある男の様子を見て何か嵌められたように感じつつも男の言葉に頷く。
自分の過去の行動により、いとこである名雪を始め、あゆ、真琴、舞と言う名の少女たちのそれぞれの未来に大なり小なり影響を与えてしまった。
過去の記憶を取り戻した祐一はそう思っている。
だからこそ自分が憎く思えるくらい彼は悔やんでいるのだ。
「だが、言い換えれば君の過去の行動次第で多くが変わるかもしれないということでもあるね」
「……つまり、俺は過去に戻ってやり直せばいいとでもあんたは言う気なのか?」
「そういうことだよ。信じられないかもしれないが、君はそれを出来る状態にある。だが、過去に戻る云々以前の問題として、ただ戻ってもどうしようもない相手もいるだろう?」
(おいおい、マジか? まさか、本当に過去に戻るとくるとはな……。まあ、仮に戻ったとしても、確かにそのとおりなんだろうな。栞なんか特にそうだ)
半信半疑ながら、男の言葉からある推測をした祐一は彼に尋ねてみる。
男のほうは事も無げに答え、あっさりと話を進めてくれたので祐一は少し苦笑を漏らした。
どうやら本当に普通とは違う輩を自分は相手にしているのだと再認識しながら、一応男の言葉を省みてみる。
仮に過去に戻るとして、まずあゆ、名雪、舞の未来は過去の自分の行動を変えていれば何とかできると彼は思う。
真琴はと言うと、一見どうしようもなく思えるのだが、怪我を負った狐の状態の真琴を獣医にすぐ預けるなりして自分とあまりかかわらなくさせるか、野に帰さず、ずっと飼い続けるかすればとりあえず何とかなるかもしれない。
とは言え、エゴかもしれないが、どちらの選択肢もあまり気の進まない選択だなと祐一は感じて、悲しげな笑みを浮かべていた。
人としての真琴を自分勝手に望んでいる自分に、それが正しいのか疑問が浮かびはしたが、真琴のことはとりあえず今はおいて次の考えに移る。
そして最後に自分が過去では会ってすらいない人たちにも、自分が出来ることはあるかも知れないと考えた彼は順に考えていくと、栞だけはただ過去に戻っても本当にどうしようもない様に彼は感じていた。
あのずっと病気を患っていた少女のために、今の自分でも、もしかしたら何かは出来るかもしれない。
だけど、祐一は我侭とも、それは自分勝手な考えだと言われても栞の病気を治してあげたかった。
そして、よりいっそう我侭に考えさせてもらうなら、栞以外の他の子たち全員にも自分の考えうるベストの未来を願うならば、今の自分では力が足りないことが彼には痛いほどわかっていた。
彼は、七年前も、この冬も、自分の無力さを本当に感じていたのだから。
「今は……自分の無力さに苦しめられる時ではないよ」
「……ふっ、そうだな。話を続けてくれるか?」
「もちろん♪」
「…あんたって不思議なやつだな」
「そうかな?」
「おお」
「そうなのかな〜〜?」
穏やかな眼差しのまま、男は祐一を諭す。
祐一はそんな彼に少し感謝しつつ、話を続けてくれるように願う。
すると、明る気に言葉を返してくれたので、自然と苦笑を表情に浮かべながら、祐一は思ったことをついでに言ってみる。
結果、こんな反応をしてくれたので、天然と言うやつなのかと思いながら祐一はまた苦笑を浮かべるのだった。
「はは、ともかく俺に力が足りないのは確かだ。それで、あんたは俺に何をすればいいって言うんだ?」
「そうだね……ここでしばらく修行をしてみるといいと私は思う。私の役目でもあるんだけど、ここには過去から現在までの全ての記録がここには保管されているからね。色々と参考になると思うよ」
「ふむ、過去から現在……かなり壮大だな。確かに色々と参考にはなりそうだ。だけど、そういえばさっきも説明にはなかったが、時の間ってくらいだから未来のものはないのか?」
「残念ながら未来の分は未来自体が無数の可能性がありすぎ、処理しきれないために私自身見れないんだよ」
「そうなのか? だが、それなら栞の病気を治す方法とかはなさそうに思うのだが……?」
「いや、ここには、君の時代では失われた秘術、一般に知られることがない技術や医術がある。さらには他の星、君たちの言う異世界と呼ばれるようなところのものもあるんだ」
「なるほど、そこから必要なものを探せということか?」
「そういうことだよ。あ、ちなみに後で説明するけど、君自身の力で探してもらうことになるからね」
「そこまで甘くはないってわけか……」
祐一は質問を交えながら、男の話を聞き、最後には苦笑を漏らしてから、少しだけ考え込む。
はっきり言って、完全に信じることなど無理な話。
だが、彼は――
「騙されたと思って、その話のってやろう」
決断する。
どうせこんなわけの分からない状況にいる以上、出来ることをする。
端から見れば無謀とも取れるかもしれないが、彼は前向きに考えていた。
ただ、時の番人と名乗るこの男の言葉を信じた理由には、あの悲劇を変えられるという彼にとってはこの上ない魅力に惹かれてしまっている事も大きいのかもしれない。
「だが、色々と聞きたいことはある」
「なんか偉そうだけど、まあいいや。なんだい?」
しかし、意味もなく信じるほど彼は自暴自棄にはなってはいないし、様々な疑問も祐一の頭には浮かんできていた。
たとえ信じるにしても、まだまだ聞かなければいけないことは多いと真面目な表情で男と祐一は向き合う。
対する『時の番人』の方は先程からなんとなく偉そうな態度をとる祐一に、立場からして何か違うような気はしつつ、やはりあまり何事にも気にしない性質なのか、自然に応対しようとしている。
「仮にあんたの言うことを信じるとしてもだ。言ってみれば、あんたは神様みたいなものだ。そんな凄そうなあんたが、何故俺たちみたいな普通の奴に力を貸してくれるんだ?」
「仮に、か。それなりに疑り深いね。それはともかくとしてそこから聞くのかい?」
「ああ、もちろん俺がここにいる経緯とか、色々聞きたいことはあるが、まずはあんたをもう少し信用する材料が欲しいからな」
「なるほどね」
たとえこんなファンタジーのような状況を信じるとしても、時の番人と呼ばれるような存在が自分たちに力を貸してくれる理由は見当たらない。
そう思った祐一は、まずはそこから尋ねることにした。
対する時の番人は彼の質問を聞いて、『仮に』と言う言葉が少し気になりつつ、質問はそれでいいのかと尋ね返す。
そして祐一の説明を聞いて彼は何か感心しているような仕草を見せる。
どうやら、この場合は当然かもしれないがそれなりに用心深い祐一に少し感心したようだ。
「とは言うものの、君らに力を貸す理由は君がここにいる経緯から話した方が都合が良いんだけど?」
「そうなのか? 仕方ない。あんたの説明しやすい順番でも良かろう」
「それは助かるけど、やっぱりなんか偉そうだね。普通ってさっき言ってたけど、十分君にしても、君の周りで起こったことにしても普通ではない気がするんだけど?」
「……一応世界の歴史に関わるような伝説の勇者でもないごく普通の一般人だぞ」
「ちょっと強引な喩えだね。でも……そうか。君はあの日常が好きだったんだよね」
「まあな…」
(うむむ、失敗したなぁ…)
自分も英雄のような存在だったとしたら、時の番人と呼ばれるような存在が力を貸す理由は見つけやすそうに祐一は思った。
しかし、経験したことは確かに普通とは違うものも色々あるものの、一応自分は一般人だと祐一は思っている。
それに、彼は何気ないあの『普通』と呼ばれる日々が大好きだったことが、失ってから彼は気付いた。
だからこそ、彼は自分が『普通』の人間であることを大事に思う。
時の番人はそんな祐一の気持ちに気付き、少し困った顔をする。
祐一に結果的に辛い思いを再び呼び起こさせてしまったと失敗したように感じたからだ。
「ん、まあ、ちょっと普通ではないだろうけど、確かに君らは世界全体に関わるような特別な存在じゃない。だけど、むしろ、そんな大きな存在にかかわる方が私の立場としては本当に危ない時なんだよ。だから、こういう風に普通に力を貸すとしたら君のような立場の方が落ち着いてことに当たれるね」
「…ほう、そんなものなのか」
少し頭をかきながら、雰囲気を変えるように明るい調子で時の番人は話を続けだす。
祐一の方も今は暗くなっているときではないと思ったのか、気分を変えて彼の話に感想を述べてみる。
実際、どうやら力を貸すとしたら、伝説の勇者より一般人のほうがこの男はいいらしいのでそんなものなのかと妙な感心を祐一は抱いてしまった。
「はは、まあそういうものだよ。番人という仕事も本当に危機状態のときは気苦労が耐えなくてね〜〜。おっと、一応私が力を貸す理由の補助的話ではあるけど、いつの間にか話が脱線しているね。話を戻すとしよう」
「ああ」
よほど大変なことでもあったのか、時の番人は危うく愚痴に入りそうになったので話を戻すことにしたようだ。
恐らく、愚痴を言う相手もそう多くないんだろうなと祐一は思い、なんか神話によくあるような神様のように人間くさいなと感じつつ、祐一は彼の言葉に素直に頷く。
だが、実際の所、時の番人には全く愚痴を言う相手がいないわけではなかったりする。
その事実を祐一が知るのはかなり後になってからのことではあるが。
「さて、君がここにいる経緯を話す前に、最初に言っておくと、実は私がここに君を直接招いたわけではないんだよ」
「なぬ?」
「ここに君を運んだ直接の担い手は、言わばあゆ君だね」
「あゆが!? ……いったいどういうことだ?」
時の番人の裏事情はまだ先の話として、彼は本題に入っていく。
そして、彼が最初に伝えてくれた人物の名前に祐一はかなりの驚きを表した。
月宮あゆ――七年前にも祐一と深いかかわりを持ち、この七年間をずっと夢の中ですごし、不思議な奇跡のおかげで祐一とこの一月に再会した少女の名。
しかし、奇跡は終わり、彼女は再び病院の一室で眠り続けている。
そんな彼女が、自分をこの場所に連れてきたと言われても理解できないだろう。
「驚くのも無理はないね。とにかく説明していこう。君は七年前、天使の人形と共に三つの願いを自分が叶えてあげると言うプレゼントをしたのを覚えているかい?」
「ああ、とは言っても正確には覚えていた訳ではないが、今ははっきり思い出してるぞ」
「なら、願いことはまだ一つだけ残っていたのも覚えているね?」
「ああ、もちろんだ」
「その残っていたたった一つの願いなのだけれど、彼女の七年の長き眠りの中で、不思議な力を宿し初めていたんだよ」
「不思議な力…?」
「そう、まるで七年間一人で夢の中で待ち続けた頑張りに対するプレゼントみたいなものだよ。その願いは、どんな願いもたった一つかなえることが出来る……はずだったんだからね」
「はずだったって……どういうことだ?」
「あゆ君はね。たった一つのその願いを、君の大切な人全てを救うために使おうとしたんだ。だけど、救う対象、成さねばならぬことが多すぎたその願いは……叶うことはなかった」
(あゆ……この馬鹿やろう……欲張りだよお前は……っ! 自分のために使えば……お前は助かったのかもしれないじゃないか…。いつも……いつも……優しすぎるんだよ。お前は…)
祐一は俯きながら、心の中であゆに悪態をついていた。
あゆをからかってちょっと意地悪なことを言ったりすることは祐一にはよくあった。
だから、同じようなことをつい行ってしまったのだろう。
でも、それは本当の気持ちの裏返し。
本当は彼はあゆの優しさに感じ入っていたのだ。
また、彼はあゆと過ごしたあの大切な時間を思い出してもいた。
七年前、あゆは大きな樹から落ちて、本当に痛かったはず、それなのに自分を気遣ってくれた。
他にも楽しかったこと、何気ない普段の仕草。
それらが次々と思い浮かんできた祐一は、悲しみのこもった笑みを浮かべる。
あゆの願ったこと――あいつらしすぎる願いだと彼は思ったのだ。
だけど、その願いは叶わなかった。
更に言えば、自分もあゆのその気持ちに応える結果を出せなかった。
そして、せっかく起こった奇跡。
けれど、願いに不思議な力を宿したその奇跡は幸せを呼ぶことが出来なかった。
これはあゆだけではない。
不思議な力を持ったことで苦しんだ少女、命の代わりに人になったあの子。
どうして自分の周りで起こった奇跡は幸せへと導くことが出来なかったのか。
疑問、悲しみ、そんな様々な思いが、涙となり祐一の頬を濡らす。
「でもね」
「え…?」
時の番人の声を聞き、祐一は涙をまだ流しながらも顔を上げてみる。
見上げた彼の瞳に映ったのは穏やかな眼差しで自分を見つめる番人の姿。
そんなの番人の様子と、『でも』と言う言葉が少しだけまだ希望があることを祐一に思わせていた。
「あゆ君の願い……それは叶わないままに消えたわけではなかったんだよ」
「どういう……ことなんだ?」
「願いの持つ力、それはあゆ君の願いをかなえるほどの力はなかったが、消えたわけではない。力はまだ残っていたんだよ。願いを叶えられず、その力は発動できなかったのだからね」
「そうだったのか……でも、それじゃあ――」
「そう、力は足りなくては意味がない。確かにそうだった。だけどね。祐一君、君とそして君の心を救ってくれた女の子――天野美汐君。君たち二人の悲しみを越えて明日へと再び歩みだそうとした強さ。その強さが、眠っていたあゆ君に再び力を与えた」
「俺と天野が……あゆに力を……?」
「そう、ふふ、あれは驚いたね。君の声でも目覚めることのなかったあゆ君だったけど、夢の中では君たち二人の様子を見ていたんだ。そして、自分も負けないとばかりに再び願った。もう一度、同じ願いをね。すると、彼女の思いは君たちの思いすらも取り込んで光となり、君をここに連れてきたんだ」
(あゆ……がんばったんだな)
祐一は半ば呆然と自分の周りで起こった出来事を受け入れていった。
最後に起こった特大の奇跡――その大きさに彼は驚かされ、気圧されていた。
そして、絶望から希望へと急激に移り変わったことへの嬉しさが大きすぎて感情を上手く表現できなかったとも言えた。
ただ、祐一はあゆの頑張りを凄いと思い、しばらく目を閉じて、心を落ち着かせる。
(あゆに……負けてはいられないな)
あゆ、そして天野、二人の大切な人の思いが自分をここに運んだのならば、ここで何をすることになろうとも、自分は頑張らねばならない。
祐一はそのように思い、気持ちを強く持ちながら、自分の思いを確かめていた。
静かな時間がしばらく流れる。
「あゆは……頑張ったんだな」
そして、祐一は落ち着いた様子で静かに時の番人と再び向かい合う。
しかし――
「ああ、ふふ、それにしてもこんなにドキドキしたのは久しぶりかもしれないね。まさか彼女の奇跡がここまでのものをもたらすとは思わなかった。それに、そのまま叶えられないなら、願いをかなえる方法を君に与えればいいと彼女は考えたのかな? やるね〜〜〜」
「……な、なんか、すんごくワクワクしてないか? あんた?」
落ち着き始めた祐一とは反対に、常に穏やかであったはずの時の番人はその瞳に、子どものような好奇心を見せていた。
さらには見逃せば些細なことだが、落ち着いているように見える態度の中にも、ほんの少し興奮してるように感じられる部分が垣間見えた。
祐一は調子を狂わされた上に、まさかこんな調子で話しかけられるとは思ってなかったので、予想外の驚きを感じて、ちょっと腰がひけてしまっている。
「はは、やっぱりそう見えるかい? 実際、いろんな出来事を見てきた私も今回は本当にワクワクしてるんだよ。別に時間逆行自体は見たことがある。私のような存在があるのもそういう可能性があるためだからね。尤も、その時間逆行は私の管轄外からの時間軸からの訪問者だけどね」
「意味わからないんだが…?」
「まあ、難しいことは追々教えてあげるよ。とにかく見てきたことは本当にたくさんあるにはある。だけど、この時の間では体感することまでは出来ないんだよ〜〜〜」
「いや、笑顔のまま泣かれても困るんだが」
「おっと、これはすまない。それで、話を戻すけど、あゆ君の起こした奇跡に感心したことも力を貸す理由の一つではある。だけど、半分はこんな面白い状況で何もしないのは勿体ないという気持ちが理由だね。今後このような現象がまた起きるとは限らないからね」
「なんかえらい理由な気がするが……あんたの態度を見てると凄く納得が行く」
やはり見た目より興奮していたのか、祐一にはすぐ理解できないようなことを口に滑らせてしまったり、笑顔を浮かべたまま泣いてくれたり――つまりはうれし泣きと言うもの――何にせよ、さっきまでの穏やかな態度とはかけ離れた仕草をしてくれる男を見て祐一は少し困った表情を浮かべる。
なんか感動を台無しにされたような気がしつつ、力を貸してくれる理由に納得させられた気が彼はしていた。
(まあ、過去から現在まで全てを記録するなんてことをしてるんだ。学者肌っぽいのかもしれないな)
また、学者の中には、好奇心のために凄い行動を起こす人もたまにいることを思い出した祐一は、もし本当に体験というものを初めて経験したのなら、この反応も無理はないかと思い始めていた。
「さてと、いい加減私も落ち着かないとね」
(はぁ……ホント、調子狂う奴だなあ)
だが、言葉どおり、急に時の番人は落ち着き始める。
出会いからしてそうだが、本当におかしい奴だ祐一は思いながら、心の中で溜息をついていた。
「何もしないのもつまらないのは確かだが、私は時の流れを見守る番人。残念ながら深くは関われない。君から見れば、私もそう見えるのかもしれないけど、いわゆる神様みたいなものが決めたと考えてくれれば、わかりやすいかな?」
「ちなみに仮に深く関わったら世界が滅ぶってか?」
「ご名答。パチパチパチ」
(一応冗談だったんですが……)
「冗談じゃなくて残念だったね」
「もしかして……心を読んだ?」
「うん」
「えっち」
「……力を貸す気がなくなっ――」
「ごめんなさい」
「…現金だね。ふふ、やっぱり君は面白いよ。ちなみにもちろん冗談さ。試しだったけど君をからかうのもなかなかいけるね」
「おいおい。からかうのは俺の十八番なんだぞ。とらないでくれ」
「たまには受ける側になって見るのもいいと思うけど?」
「謹んで遠慮しよう」
「ちぇっ。まあそれはともかく、私ができることは、先ほど話した君が彼女たちを救うために必要なものを見つけるための場所と過去への片道切符を準備することだけ」
駆け足のように漫才めいたことをする二人。
お互い何か楽しそうな顔をしている。
(少し言葉に語弊はあった気がするが……まあ、わかりやすくいえたのかな?)
ただ番人はわかりやすい言葉を使おうと内心苦労していたようだ。
「はは、まあ、ともかくそれだけあれば十分さ」
「軽く言ってくれるな〜君も。ここの資料は膨大だよ? 彼女たちを助ける方法が見つかるまで永遠とも言える年月がかかるかもしれないよ?」
「そういう苦労なら今の俺には願ったり適ったりだ。たとえ自虐ととられてもいい。それに、あゆに負けてられないしな」
(良くも悪くもやる気あり……か)
時の番人は今の何気ない祐一の言葉から、今の彼の力の源には光と闇にたとえられるような二つの心を感じていた。
美汐に救われ、あゆに勇気付けれてた彼の心にもやはりまだ影が残っている。
時の番人は祐一の心を見透かしながら、表情には出さないが複雑な感情を少し抱く。
「まあ、やる気があるのはいいことだね。ちなみに安心していいこととして此処ならば体は歳を食わないということ。厳密には違うんだが、此処は時が止まっているのと同じようなものだからね」
だが、時の番人は特に何も言わず、まだ伝えていなかったことの方を話していく。
どうやら、その力の源も今後は変化するかもしれないと彼はその点でも期待することにしたようだ。
「それを聞いて少し安心。さすがにヨボヨボにはまだなりたくないのが正直な所だ」
「ふっ、私とてヨボヨボの君と永遠をすごすのはごめんだよ」
「それもそうか」
「「はっはっは」」
二人そろって豪快に笑っている。
やはり気の合う二人だったようだ。
だが、祐一は一頻り笑ってからまだ思うところが残っていたのか、少し表情を硬くする。
「なあ、もうちょっと聞いていいか?」
「ん? なんだい?」
「まさか、俺を着替えさせたのはあんたか?」
「ああ、別に直接着替えさせたわけではないけど、術でいつもどおりの服に変えておいたよ。流石に寝間着では過ごしにくいと思ってね。それが何か?」
「いや、あんたがヘンタイだったらどうしようかと」
「さすがに私も怒ってみようかな?」
穏やかな笑みは崩してないが、一瞬身も砕けるようなプレッシャーを垣間見せる時の番人。
「い、いえ、謹んで、私の言葉を無視してくれるとありがたいです」
「ちょっと残念、それはそれとして、その質問は本題の方じゃないね?」
「あ、ああ、さすがに鋭いな」
かなり冷や汗をかきつつ、祐一は姿勢を正して返答する。
よほど怖かったのだろう。
時の番人の方は少しからかっただけのようではあったが。
ともかく、本当に聞きたいことは別にあったようで祐一は落ち着きなおし始めている。
「……俺も正直な所、過去からやり直せるなら、これ以上のことはない。だけど、俺がいたあの時間はどうなるんだ?」
「ほほう、それに気付くとはね。思ったより頭が切れるんだね?」
「おい、こら」
「はは、すまない。ともかく過去に戻る君がそれを聞いてどうすると言うんだい?」
「確かにどうにも出来ないだろうな…」
祐一は今度こそ真面目な質問だとばかりに静かな口調で話し始める。
だが、時の番人が自分のことをどう評価しているのか、考えさせられる言葉を発してくれたので祐一は少し腹が立った。
番人は本気かどうかはともかく、とりあえず冗談だよとばかりに笑い、質問の意味を考え、尋ね返す。
尋ね返された祐一は確かに意味のない質問だったかもしれないと思う。
しかし――
「だけど、俺は天野に教えられたように、まだ出来ることはあった。天野との約束、それに加えまだ死んでない奴らのために俺が出来ること。そのあたりのことが……ちょっとな」
祐一には少し思うところがあった。
あゆの気持ちは嬉しいし、過去に戻れるのなら、これ以上望むものはない。
だが、自分は天野と約束したこと、即ち、やり残したことがあの時間にはある気が少しだけした祐一はやはり、現在の時間はどうなるのか気になってしまったのだ。
「やれやれ、現在と過去の両方を何とかする気かい? 欲張りだなあ。あゆ君のこと言えないよ?」
「う……さっきも心読んでたのかよ」
「まあね」
対する時の番人は悪いことではないかもしれないが、やはりそれは欲張りだろうと少し呆れていた。
この辺りを簡単に割り切っている辺り、やはりこの男は、普通の人間とは違うのだろう。
「とは言え、あの時間がどうなるか気になるのは自然のことなんだろうね。じゃあ、一応軽く説明はしておこう。君がいたあの時間は私の力で今は止めてある。そして、君が過去に戻る時に当たって時間を戻す」
「あの時間はなくなるってことか?」
「厳密には少し違うけど、君らの世界にある理論のように、あの時間が別の世界を構築するってことはない。私の力を使う以上、あの時間が一人歩きすることはない。一人歩きされたら、この場合、私の存在そのものの意味がなくなるのでね」
「あんたの存在の意味?」
「流石に私の存在など込み入った話は今は秘密にさせてくれるかな?」
「ああ、そこまで聞く気はないさ……そうか、全て元に戻るってことか……」
あの時間が元に戻る。
それがいいことのなのか、悪いことなのかは祐一にはよくわからなかったが、何か心にしこりは残るような感じがしていた。
尤も、自分は正直に生きたい。
たとえ反則的であっても、自分の願い――あの少女たちの未来が変わる――その願いが叶うなら、自分はその選択を選ぶ。
それが、自分の中での真実。
だから、迷ってはいけないなと祐一は目を閉じながら、考えていた。
「ふふ、だが、君がいたあの時間が完全に消え去るわけではない。たとえ時を戻ったとしても全ては保留になるに過ぎない」
「へ?」
「あらゆる物事は形を変え、再びまた形となすのだからね」
「はあ?」
しかし、時の番人はそんな祐一の心の葛藤をそんなに気にするものではないと言わんばかりに、意味深な言葉を発する。
そして、言葉を発した後はただ穏やかに微笑み、呆けてしまった祐一を意味ありげに見つめるのだった。
「その内、この言葉の意味がわかるよ。とりあえず考え付く全てが成し終えたら、ゆっくり考えていくといいよ」
「よくわからないが、今は考えない方がいいみたいだな」
「うんうん、それにね。ここで迷うことはあゆ君の思い、他の全ての思いを無駄にすることになる。まずは、ここで、そして時が来たら過去に行って頑張りなさい。全てはそれからだよ」
「そうだな……こんな反則的なチャンスを逃す必要はないよな。あゆや天野の気持ちを無駄にしないためにも」
(君も一役かっているというのに全く。それに、ふふふ、その二人だけじゃないかもしれないのにね〜〜)
「ん? なんで笑ってるんだ?」
「あはは、気にしないで、こっちのことだよ。さて、じゃあ、記録が保管されている場所に案内するよ」
「? ああ……」
祐一は時の番人の態度に疑問を感じながらもとりあえず元々不思議な奴だから気にしないでおこうと頷く。
そして番人が動き出し、ドアが無いはずだったこの部屋に何処かへと通じる入り口が壁に出来る。
其のことに驚かされつつ祐一はやはり、ここは普通の場所では無いことを再認識しつつ――
(絶対にあいつらを救う方法、見つけてみせるさ! かならず!)
そんなことはどうでもいいとばかりにやるべきことへの決意を高めていた。
少年の努力が今始まる。
あとがき
やっと復活……弁解の余地はないのですがお許しください。何とか頑張っていきますので(土下座