キ〜ン、コ〜ン、カ〜ン、コ〜ン

気の抜けるようなチャイムが昼時を告げる。
その音と供に教室という一種の密閉空間に束縛された生徒たちは一瞬にして脱力した。
しかし、全ての者がそうと言う訳ではない。

「じゃあ、明日までにここまでやっておけよ〜」

教師の、のんびりとした声が騒がしくなりはじめた教室内に響く。
しかし、そんな呑気な事を聞いている余裕など無い。
その声よりも早く、動き出した者たちがいた。

チャイムと同時に椅子を蹴り飛ばし、机の間を縫うようにして駆け出す。
その数、一人や二人というところではない。
何人もの人影が一斉に教室から飛び出していった。
あらん限りの昼食への叫びと供に。

「俺のヤキソバパン―――――――!」
「Cランチ―――――――――――!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「長森さ―――――――――――ん!」
「七瀬さ―――――――――――ん!」
「里村さ―――――――――――ん!」

中には若干違うのも混ざっているようだが。

私立御音高校。
その中の一室の教室で、我らが主人公、相沢祐一は嘆息した。

今日も学校は平和なようだ。






































とっておきのはなし〜新説恋愛進化論〜







































とりあえず、立ち上がってあたりに散らばった椅子を立てる。
こういった後始末をする人のことも考えて欲しい、と祐一は思う。
しかし、実際にその事を言った事は無い。
どうせ言っても無駄だからだ。
そんなことぐらい、この学校で一年以上生活をしていれば簡単に分かる事である。

ふと、椅子に伸ばした手が止まる。
正反対の方向から白い手が伸ばされていた。
顔を上げるとそこには少女。
互いに顔を見合わせ、小さくお互いに苦笑いを浮かべた。

椅子を全て片付けると、自分の席に戻って小さく息を吐く。
たいした労働ではないが、椅子を戻すのは結構面倒だ。
おかげで精神的に疲れる。

教室を見渡すと、ほとんどの者が昼食に向けて動き出していた。
机をくっつけあって、友達と昼食を取ろうとする者。
弁当を片手に、他の場所で食べようとする者。
ゆっくりと学食や購買へ昼食を買いに行こうとする者。
学校中がこの時ばかりは喧騒に包まれる。

祐一もご多分に漏れず、鞄の中から弁当を取り出した。
青いバンダナに包まれた弁当。
大きさはそれほど大きくも無いが、小さくも無い。
一般的な高校生の食欲を満たすには十分な量、と言ったところだろうか。



祐一は毎日、自分の弁当は自分で作っている。
そんな面倒な事、と普通の高校生なら言うだろうが、祐一の場合はそうもいかない。
食事が自分の生命に関係してくるからだ。

祐一の両親を知る者は語る。
あいつらの作ったものは料理なんかじゃない、と―――。

たとえばこんな話がある。
ある日、祐一が友達を家に連れてきた。
その時、妙な気を起こしたのか、通称『暗黒料理人』と呼ばれる祐一の両親が珍しく―――本当に珍しく手料理を振舞った。
結果は推して知るべし。
その友達は後にこう語った。
『川の向こうで先祖が並んでラインダンスを踊っていた』と。
以後、その友達が祐一の家に近づく事は二度と無かったらしい。



そんな環境で育った祐一だから、簡単な家庭料理ぐらいはお手の物だ。
それどころか、その腕は小さな町の料理店に勝るとも劣らない。
そんな祐一だから、毎日弁当を作るぐらいたいした手間とも思わなかった。

取り出した弁当の結び目を解く。
解きながら、祐一は今日、自分で作った弁当に思いを馳せた。
そういえば今日は玉子焼きがうまく焼けたな、とか。
あの外はしっかり、中は半熟の玉子焼きは堪らないな、とか。

そうこう思い返しているうちに結び目が解け、青い布ははらりと机の上に広がった。
弁当の蓋をはずす。
中から空っぽの弁当の底が覗いた。






































しばし沈黙。
やはり中には何も無い。

瞬きを何度かしてみる。
やはり中には何も無い。

目をごしごしと強めに擦る。
やはり中には何も無い。

隣の生徒に中に何か入っているか確認してみた。
やはり中には何も無い。

たっぷり三十秒ほど硬直。
と、弁当と布との間に挟まれていた手紙に気付いた。
不思議に思い、手を伸ばす。
別段妙なところは無い。
普通の手紙だ。
振ってみても紙同士が擦れる音しかしない。
カミソリメールの類とかでは無さそうだ。

では、なんだろうか?
きれいに折りたたまれた手紙を開く。
中に書かれていた内容を読んで、祐一はたっぷり一分ほど硬直した。

再び手紙を丁寧に折りたたんで、元あった通りに弁当と布との間に挟む。
弁当箱が飛び出さないようにしっかりと結ぶと、席から立ち上がった。
弁当を片手にもったまま教室を横切り、廊下へ向かう。

何事か、と教室内の生徒が見守る中、一、二度深く深呼吸。
そして、あらん限りの絶叫と供に、廊下を駆け出した。

「詩子――――――――――――――!」

その叫びは、先ほどの我先にと学食や購買へ急ぐ生徒の叫びと酷似していた事をここに記す。






































ちなみに、手紙の中にはこう書かれていた。

『三日弁当美味しゅうございました♪   by 詩子さん』

祐一が怒るのも無理は無いかもしれない。








































所変わって中庭。
季節は夏。
地面から垂直の位置に上った太陽がじりじりと不躾に照らしつける。
春や秋ならともかく、この季節に外……しかも、炎天下の下で昼食を取ろうという者はそう多くない。
そんな中、小さな木陰の下に、やけに目立つ二人の女生徒がいた。

一人は金髪。
その艶やかな髪を両サイドで三つ編みにし、肩を通して地面へ流している。
その両手には弁当がしっかりと握られ、マイペースに箸が弁当箱と口を往復している。

一人は茶髪。
肩にかかるほどの髪を、両サイドでピンで留めている。
その表情は豊かな笑顔で、金髪の少女の食事をじっと見ている。

何よりもその二人が目立つ理由は、制服が違うからであろう。

学校と言うものは排他的な場所だ。
他校の生徒と言うものはそれだけで注目の的であり、興味の的であり、軽蔑の的である。
金髪の少女の制服は私立御音高校のものだが、茶髪の少女の制服は明らかに他校のものだった。
しかし、誰も注意しようとはしないし、誰も追い出そうともしない。
それは高校の校風なのか、それとも生徒や教師の人柄なのかは判断が分かれるところだった。

何はともあれ、贔屓目に見ても美人の女性徒の姿はそれだけで注目の的だった。

「詩子」
「ん、何?」

金髪の少女―――里村茜が話しかける。
茶髪の少女―――柚木詩子は笑って答えた。

「何故ここにいるのですか?」

それは根本的な質問。
他校の生徒が堂々と入り込んでいるという事実。
その質問に詩子は笑って答えた。

「茜に会いたかったから」

答えになっていない。
茜は内心ため息を吐いたが、実際には無表情を浮かべていた。
どうせ言ったところでこの親友が言う事を聞くとも思えない。
それに―――。

「悪くはありません」
「え?何?」

どうやら口に出していたらしい。
聞かれなかった事に安心して――聞いていたら調子に乗るだろうから――ふと疑問。

「詩子」
「どうしたの、茜?」
「昼食はどうしたんですか?」

その質問に詩子は一層笑顔を浮かべる。
それはまるで太陽のようで――――――――茜は自分に出来ない表情を浮かべる親友に内心嫉妬した。
そんな茜の様子に気付かず、詩子は校舎を指差した。

「ご馳走してもらっちゃった」

校舎から一直線に走ってくる祐一を笑顔で迎えながら。






































「詩子――――――――――――――!」

木陰の前で急ブレーキ。
茜と詩子の前で祐一は荒い息を吐いた。
何せ祐一たちの教室は最上階である三階。
そこから全力疾走+絶叫でここまで走ってきたのだ。
いくら人並み以上に体力がある祐一といえど、その距離は辛かった。

「ご苦労様。はい、お茶だよ」
「おお、サンキュ」

詩子からコップに注がれたお茶を受け取る。
もちろん詩子の物ではない。
茜の物だ。

あ――――と、茜が声を上げるよりも早く祐一はそのコップに口をつける。
関節キス、という事実に茜は顔を真っ赤にした。
しかし、祐一はそんなことには気付かない。
当面の問題の原因が目の前にいたからだ。

「って、そうじゃない!」

お茶を飲んだ事で余裕が出てきたのか、再び祐一が声を上げる。

「詩子!お前俺の弁当食っただろう!」
「美味しかったよ」
「どうするんだ!もう購買にも何も残ってないぞ!」
「祐一君って意外と料理上手だったんだね」
「お前は俺に昼飯を抜けと言うのか!」
「また今度食べさせてね♪」

話が噛み合ってない。
茜は再び内心ため息を吐いた。

風が流れる。
暖かに。
軽やかに。
辿りつく事さえ出来なかった風が再び―――。

「さて、と」

その風に押されるように、詩子が腰を上げた。
自然な動作でスカートについた汚れを払う。
突然の事に、祐一はかける言葉を見失った。

「それじゃあ私はそろそろ戻るね」

宣言するように詩子は言う。

「じゃあねー」

二人が何か言うよりも早く、詩子はスカートを翻し、去っていった。






































「はぁ」

祐一は諦めたように肺の中に溜まった空気を出し、先ほどまで詩子の座っていた茜の隣に腰を下ろした。
暑い夏には似つかない、涼しげな風が祐一の体を撫でる。
火照った体には丁度良かった。

「あいつは台風みたいな奴だな」

思わず口に出す。
その言葉に、茜がクスクスと笑った。

「そうかもしれませんね。でも―――」
「でも?」

茜は微笑む。
丁度、先ほどの詩子の微笑みと対極に位置する微笑を。

「悪くは無いのでしょう?」
「まあ、な」

確かに、悪くは無い。
詩子の事を迷惑がっている自分のどこかで、振り回される事を楽しいと感じている自分を自覚している。
だが、それでも―――。
しかし、それだからこそ―――。

「もうちょっと節度って物を守って欲しいんだがな」
「否定はしません」

二人は顔を見合わせ、笑いあった。






































放課後。
解放の時間。
生徒達は思い思いの場所へと散ってゆく。
ある者は部活動へ。
ある者は商店街へ。
ある者はそのまま校内へ。
ある者は家路へ。
そして、祐一は一番最後の選択をした。

夕焼けに照らされる道を一人で歩く。
とぼとぼと。
変わらぬ足取りで。

寂しいと思ったことは無い。
悲しいと思ったことは無い。
ただ物足りないだけ。
ここには何も無いから。
彼女の笑顔も、彼女の声も、彼女の姿も、彼女の影も。
何も――――無いから。

家路を急ぐ。
急いだところで事態が変わるわけでもない。
自分の家に彼女はいない。
それだけが事実。
それだけが現実。

足が止まる。
いつの間にか自分の家の前についていた。
時間の感覚が無い。
どうやら随分と長い間、ぼーっとしていたらしい。
よく事故にあわなかったものだ、と我ながら感心してしまった。

見慣れた玄関。
いつもの様にノブを捻り、引き開ける。

「ただいまー」
「おかえりー」

彼女の声が―――――聞こえた。






































「何やってんだ、詩子」

帰宅早々、祐一は自分の家のリビングでくつろいでいる詩子に向かって言った。
詩子はソファーの上で体を捻り、祐一の方へ顔を向けた。
そこにはいつもの笑顔が張り付いている。

「おかえりー、祐一君。遅かったね」
「ああ、HRが長引いてな……ってそうじゃない」

思わず詩子のペースに巻き込まれそうな自分を自制する。
そこに、キッチンの方から別の声が聞こえた。

「祐一、彼女がいるならいるって言いなさいよ」

その声は、間違いようも無いほどに聞きなれた声。
キッチンから声の主が顔を覗かせる。
間違いなく、祐一の母親だった。
しわ一つ無いきれいな肌に、ニヤニヤと新しいおもちゃを見つけた子供のような表情を浮かべている。
いったい何歳なのだろうか、と息子である祐一でさえ思ってしまうことがあるが、その事は今回の話には関係ない。

祐一はからかいモードに入っている母親を無視して詩子の手をとる。
無理矢理引き起こすと、その手を引いて、二階の自分の部屋へと向かった。

後ろから母親の明るい声が聞こえた。

「後で何か持っていくわね」
「お構いなくー」

詩子が明るく言葉を返した。






































「で、何でお前がここにいるんだ?」

祐一の部屋。
殺風景な部屋の中に、机とベッドと本棚がその存在を誇示している。
それ以外の物は何一つとしてなかった。

万人が『つまらない部屋』と称するであろうその部屋の中を、詩子はベッドに腰掛け、興味深げにきょろきょろと見回していた。

「おい」
「え?」

祐一が再び呼びかけると、ようやく詩子はこちらを向いた。
どうやらさっきの声は聞こえてなかったらしい。

「だから、何でお前がここにいるんだ?」
「なんでだろうね?」

予想外の答えに、祐一は脱力した。
すぐに気を取り直す。
この程度でへこたれていては、詩子の相手は務まらない。

「だけど、多分ね―――」
「多分?」
「知りたかったんだよ」
「なにを?」
「それはね」

詩子は言葉を紡ぐ。
軽やかに。
風のように、軽やかに。

「祐一君を―――だよ」






































その日はいつもよりも蒸し暑かった。
昼の間に温められた空気が、いつまでも周囲にこもっている。
夜になってもその熱は引く事は無かった。

規則正しく並んだ街灯が暗い夜道を照らす。
心なしか、その光はこもった熱の所為で揺らいで見えた。
まるでステージのスポットライトのような街灯の下を、祐一と詩子が並んで歩いていた。

夜も遅い。
夕食を供に食べた後、祐一は詩子を送っていくことにした。
詩子なら別に何かあってもどうにかするだろうが、流石にこんな時間に一人で帰すのは気が引けた。

祐一の一歩先を詩子がくるくると回りながら歩いていく。
まるで踊り子のように。

「ねえ、祐一君」
「ん?」

いつの間にか、詩子は立ち止まって、祐一の前に立っていた。

「ちょっと公園によって行かない?」






































公園の中は閑散としていた。
当然だ。
時間が時間。
子供達もとっくに帰宅し、今は温かい家庭の中でのんびりとしている事だろう。
しかし、酔っ払い達もいないのはありがたかった。

静かな公園の中に踏み込む。
何処かからか虫の声が聞こえた。
昼の騒がしさとはどこか違う、優しげな虫の声。

詩子は跳ねるように先を進む。
祐一は遅れないようにその後をついていった。

満月と灯りに照らされた公園の中央。
そこでようやく詩子は振り向いた。
動きにあわせて、スカートが踊った。

「いい夜だね」

詩子が両腕を広げる。
夜を包み込むように。
夜を掴み取るように。

「そうだな」

祐一は特に否定もせず、素直に肯定した。

確かに今日はいい夜だった。
むっとする様な熱気にまぎれて、夏の匂いが立ち込める。
深呼吸をすると、胸いっぱいに流れ込んだ懐かしい匂いにむせ返りそうだった。

「こんな日は何も考えないで暴れまわっちゃいそうだよ」
「お前はいつもの事だろう?」

詩子は、そうかもね、と言って笑った。

「でも、こんな日だからこそ言えちゃう言葉もあるんだよ」
「例えば?」
「えっとね―――――」

詩子は笑っている。
いつもと同じ笑顔で。
いつもと変わらぬ笑顔で。
―――詩子は笑っている。



「私は祐一君が好きだよ」



瞬間、世界が止まった。
虫の声も、夏の匂いも、何もかもが消え失せた。
地面の感触さえ無くなり、自分自身が限りなく不安定だった。
ただ、世界にあるのは二人だけ。
自分と、目の前で微笑む少女だけ。

「私は祐一君が好き。どうしようも無いほどに好き。壊れちゃいそうなぐらい好き。壊しちゃいそうなほどに好き。だから祐一君の事を知りたいし、私を知ってもらいたい」

詩子は言う。
朗々と。
淡々と。
それが当然のことのように。
それは当然のことのように。

「でも、祐一君に迷惑はかけたくないし、祐一君の重荷になりたくない。だから、はっきりきっぱりすっきり素直に言って欲しいんだ」

詩子は笑う。
その先を言う為に。
その先を続ける為に。



「祐一君は私をどう思っているのかな?」



詩子は笑う。
詩子は笑う。
詩子は笑う―――――。

祐一は上を見上げた。
そこにあるのは深遠の闇。
深い黒に、薄く紫がかった遠い空。
その空に届くように。
その空に届くように。
祐一は嘆息した。

「知ってるくせに」
「それでも、だよ」

詩子は笑っている。
この先を予見して。
この先を予感して。

見上げた顔を戻す。
詩子の笑顔が視界いっぱいに入った。
その事に、大して驚きもせず、祐一は口を開いた。



「お前が好きだ」
「知ってるよ」



満月と灯りに照らされたステージの上。
彼らはキスを交わした。
初めての、キスを。




















後書き

祝(?)初の詩子SS。
しかも何故か祐一×詩子。
何考えてんだってツッコミが四方八方から聞こえる今日この頃。
どうも、愁です。

何故祐一×詩子になったのかと言うと、元々は浩平を出すつもりだったからです。
浩平×瑞佳として。
しかし、いつの間にやらそんなシーンはカットされてしまいました。
まあ実際のところは、愁が祐一×詩子が好きってのが八割方の理由ですが。

さて、愁の詩子萌えはすでに周知の事実ですが、実は愁は茜萌えだったりもします。
一度で二度美味しいとはまさにこのこと!(違)
と、言うわけで次作は祐一×茜!?
そこ!また祐一かよってツッコミは無しだ!

次回!祐一×茜による『蜂蜜練乳ワッフルは見ていた!』2038年完成予定!(激しく嘘)


あ、ちなみにタイトルは某アーティストの曲名を借りました。
分かった人はきっと自分と感性があうはずです。
お友達になりましょう(笑)
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