あれからどれくらい走っただろうか?





     どれくらい泣いただろうか?





     彼女はそれすらわからなかった。





     ただわかっているのは、自分のいる場所。





     それと、一つの事実だけ……

























     少女はもう雪すら残っていない切り株の上に座っていた。

     無我夢中に走り、気がついたらここにいた。

     目から涙が流れ、その跡が弱くなった日の光に照らされていた。



     彼女が祐一の前から逃げ出して――厳密には違うが――既に三時間が経とうとしていた。



     まだその頬は、その瞳は濡れている。

     涙が止まってはくれなかった。







     彼女は一言も喋らない。

     ただただ泣いているだけだった。

     切り株の上で、泣いているだけ。

     それ以外に彼女は何もすることが無い……何もできない。



     気づけばその切り株の上にいた。



     祐一との思い出の場所に座っていた。

     七年前の冬に自分が悲劇にあってしまった木の切り株。

     その七年後、悲劇ではない事が起こった場所。





    「ボクが祐一くんを縛ってたのかな……」





     暗い森の中、更に日の光が弱まった中、あゆは呟く。

     七年前彼女が祐一に会った時から紡がれていた物語。

     それはハッピーエンドに終わった。



     だが、あゆは違うことを思う。



     自分がいなければ良かったのではないか、と。



     あの日、あの場所での事件で祐一は心を閉ざし、記憶を失った。

     そして、紆余曲折を経て祐一はもとに戻った。



     しかし、彼女は思う。



     自分みたいな人間がいるから祐一は好きにできない、と。



     彼女は自分が祐一の重荷になっているという事を常日頃から考えていた。

     だから、我侭も言わず祐一と付き合っていた。

     そして、祐一はあゆが自己主張をしないから、その現状に甘えて彼女を顧みる事をしなかった。

     彼女のその態度もまた今回の事に拍車をかけていたのだ。









    「帰ろうかな……秋子さん心配してるよね」



     彼女は弱弱しく呟くと、切り株から立とうとする。

     身寄りの無い自分を引き取ってくれた家主の事を思いながら、切り株から立とうとする。

     だが、足は言うことを聞かず切り株から立つことはできない。

     家に帰り祐一と顔をあわせることが苦痛で、足が動かないのだ。



    「うぐぅ……」



     祐一の事を再び考えた彼女は独特の言葉を発し涙ぐむ。

     彼のことを思い出すと、悲しくなってくるのだ。

     例え自分は捨てられた――もとい相手にされていないと分かっても好きなものは好きなのである。

     否、愛しているのだ。

    「……祐一くん……寂しいよぉ……」















    「あゆーーーーーー!」















    「えへへ……祐一くんの声の幻聴までしてきちゃったよ……」















    「あゆ! どこだ! 返事をしてくれ! ここにいるんだろ! どこだ!」















    「本当に祐一くんの声……? そんなことないよね……ボクなんかを探しに来るわけないよ……」















     そのあゆの呟きと共に、前方の茂みが揺れた。















    「見つけた……見つけたぜ……やっと、見つけた……」







     そして、出てきたのは祐一だった。







     膝に手をつき、荒い息を立てる。







     その行為だけでどれだけ肉体を酷使していたかわかる。













    「祐一くん……どうして……?」



     あゆは後ずさりしながらその言葉を紡ぐ。

     追いかけてきてくれたと思いたかった。

     だが、もしかしたら、本当に嫌いなった旨を伝えに来たのかもしれない。



     それを考えると怖くて怖くて仕方なかった。



    「はぁ……な、なんで……逃げるんだよ……」

    「う、うぐぅ……」



     一歩一歩近づく祐一に、一歩一歩退くあゆ。



    「………あゆ……話を聞いてくれよ。こっちに来て、聞いてくれ」



     荒立った息を静めながら、彼は先ほどまで彼女が座っていた切り株に腰掛ける。

     その手には、袋が握られているが、あゆからは見えない。



    「……うぐぅ……」



     切り株に腰掛けた彼に、彼女は話しかけることができない。

     それどころか、近づく事もできなかった。

     これ以上厳しくされたら……拒否されたら、自分がどうにかなりそうだったから。



    「なぁ、あゆ……本当に来てくれないか?」



     彼はあゆの方を向いて、優しく言いかけるが彼女は動こうとしない。

     否、動けない。



    「そうだよな、ずっと酷いことしてきたもんな……」



     祐一は呟きながら、切り株から腰を浮かせる。

     その行動をみたあゆは、体をこわばらせ一歩後ろに歩く。

     怖かった。

     ただ、怖かった。

     失いたくない。離れたくない。

     その想いがあゆの心を締め付ける。

     けれど、その気持ちはは祐一には届かない。

     だから、彼にできるのは一つだけ。

     自分が悪いと思っているから、一つだけ。







     そして、祐一は行動した。













    「ゆるしてくれ! 俺が、俺が全部悪かった!」













     地面に頭をつけ、精一杯の大きな声で。

     謝罪した。













    「……え?」













     そして、あゆは驚きの声を上げた。

























    「すまなかった、本当に……本当に! 許してくれ、頼む。この通りだ!」

    「ゆ、祐一くん?」





     いきなり謝り始めた祐一に、あゆは戸惑いを覚えた。

     すっかり嫌われてしまったのだと思っていたのに、自分が全て悪いんだとばかりに祐一はいきなり謝り始めた。

     彼女にはそれがわからなかった。





     いや、結論は出ていた。





     もしかしたら祐一はまだ自分を嫌ってはいないのだろうか、という都合のいい結論だ。

     勿論、彼女はその考えを打ち消す。

     彼女はそんな都合のいいことなど無いと思っていたから。

     微かな希望を打ち砕かれるのが怖かったから。



    「すまない! 本当に、すまない! 許してくれ!」



     だが、目の前では必死に頭を下げる祐一。

     彼女はそれにまた期待を持つ。

     そして、打ち払う。





     それを繰り返した。











     何回目だろう……祐一が頭を下げて。











     何回目だろう……あゆが期待を振り払って。















    「あゆにプレゼントするために、あゆを寂しくさせているなんて……すまなかった!」















     と祐一が叫んだのは。















    「ボクに……プレゼント……?」

    「そうだ、あの時だ……二週間前の一緒に買い物に行ったとき……あの時の」



     あゆは帰ってきた祐一の返事を吟味する。

     否、吟味する必要なんて無い。

     彼女にとってまだ二週間前の出来事は記憶に新しかったから。

     彼との最後の幸せな思い出だったから。



    「そうだ、忘れてた……あゆ、受け取ってくれ!」



     土下座をしたまま、祐一は手に持っていた袋をあゆに向かって差し出す。



    「俺がバイトして、頑張って金溜めて買ったんだ! 受け取ってくれ!」



     祐一は手を伸ばしたまま叫ぶ。

     怖かった。

     もしあゆが受け取ってくれなかったら。

     もしあゆが自分をすでに嫌ってしまっていたら。

     そう考えると怖くて仕方なかった。     



    「ボ、ボクにくれるの?」

    「当たり前だ、そのためにバイトしてたんだ」

    「じゃ、じゃあ……ボクは……ボクは嫌われてないの?」

    「当然だ! あゆを嫌いになるわけないじゃないか!」

    「信じていいの? 信じていいんだよね?」



     その言葉と共にあゆの目から再び涙が零れ落ちる。

     そこで彼は彼女もまた……いや、自分以上に怖かったのだと知った。



    「当然じゃないか、さぁ受け取ってくれ。俺からの二回目のプレゼントだから」

    「う、うん」











     そういった彼女は笑顔だった。





















     そして、二人は喋る。





















     今まで話せなかったことを。





















     謝罪を込めて、祐一は一所懸命話す。





















     それにあゆは答える。





















     二人はずっと話し続けた。





















     バカな話から、アルバイトの話まで。





















     次から次へと。





















     そして、日が暮れ、夜が来る。





















     そして、『帰ろう』と祐一があゆの手を引っ張り……





















     祐一はそのまま倒れた。





























































    「んで、相沢。お前って奴はなぁ……」

    「言うな、寂しくなる」

    「月宮さんと仲直りしにいったかと思えば、救急車で入院だもんな。普通はできねぇぞ」

    「言うな……」



     そう言って祐一は潤から体を背ける。

     プレゼントを渡し、仲直りしたまでは良かった。

     その後に話をして、仲直りできたのは記憶に新しい。



     そして、あゆの手を引きながら倒れたことも記憶に新しい。



    「風邪引いて走り回って、肺炎で倒れたなんてお前くらいだぞ?」

    「だから言うなって言ってるじゃないか!」



     潤の言葉に祐一は叫ぶ。

     つまり、祐一は風邪だと思っていたのは肺炎で、それが悪化して倒れたのだ。

     ちなみに、肺炎を甘く見てはいけない。

     一年に何人もの死者が出ている病だ。



    「まぁ、死ななかっただけいいと思え」



     冗談の口調で潤が話す。

     彼は祐一が倒れたと聞いて、一目散に走りかけてきた人物の一人。

     目が寝不足で充血していることは全然気にしていなかった。

     祐一に抱きついて泣き叫ぶあゆを無理矢理寝かせ、更に他の者達もまた無理矢理寝かせたので、寝不足なのだ。

     秋子だけは寝なかったというか、協力者であった。



    「んで……だな……その……」

    「あん? どうした?」



     急に歯切れが悪くなった祐一に潤は疑問の声を上げる。

     しかし、この時既に潤には祐一がなんと言うか完全に予想できていた。



    「あゆ……どこだ? 俺……そのまま倒れちまって……その……」



     潤は案の定とばかりにに笑う。



    「ああ、すぐ来るよ。後一分もしないぜ」

    「そ、そうか……よかった……」



     今度はもっといっぱい話そう。

     ベッドに寝たままだけど、きっと許してくれる。

     彼は心の中で呟く。













     そして、ジャスト一分後。















     控えめなノックとそれを許可する祐一の声でドアが開かれた。







































    「…………」

    「…………」





     そして、男二人は絶句した。



     彼らの目の前に立っていたのは、一人の美しい女性だったから。



     二人はその女性に完全に目を奪われたから。



     潤は手に持っていた本を落とした事に気づいていない。



     祐一はだらしなく口を空けて、呆然とする。



     そして、何も喋らない。











     その沈黙がどれくらい続いただろうか。





     女性がおどおどとした感じで口を開く。





    「うぐぅ……何か喋ってよ……」





     そう控えめに口を開いた。











    「あ、あゆ……だよな?」





     祐一は目の前にいる女性に確認の言葉を発する。

     目の前にいる女性は、あゆと同じ言葉を使っている。



     だが、外見はまるで違った。



     綺麗に整えられた髪に、いつもとは違う洋服。

     元来子どもっぽいあゆだが、その姿は十分に大人の女性として祐一の目に映っていた。

     可愛らしさは消えず、そして、大人の女性の美しさも兼ね備えている。



     完璧な美しさといえた。



     だから祐一は呆然としていた。

     だから潤は見惚れていた。



     目の前の女性――月宮あゆに。





    「うん……ボクだよ。お、おかしくないかな? 秋子さんからお化粧もしてもらったんだけど……」



     自信なさげに俯いて喋るあゆ。

     彼女は自分がおかしくないのかが、非常に気になっていた。

     初めて着る服に、初めてする化粧。

     服はもちろん祐一がプレゼントしたちょっとだけの高級品。

     その姿を見せたくて、秋子の『どうせなら』と言う言葉に化粧をして、彼女はやってきたのだ。



    「全然おかしくなんてない……すごく可愛いし、綺麗だ。こっちに来てもっとよく見せてくれないか?」

    「う、うん」



     手招きをする祐一にあゆは歩み寄っていく。

     それと同時に潤はこっそりとドアへと歩いていき、音をたてずに外へ出る。

     これからの二人に自分は邪魔だったから。

































「なぁ、あゆ……いっぱい、いっぱい話しよう」

































「いっぱい?」

































「ああ、二週間話せなかった分。それと、さっきは途中だったしな」

































「うん!」

































「と、そのまえに」

































「わ、わ、わ! ゆ、祐一くん!」

































「もうちょっとこのままでいさせてくれな……俺はこの温もりを失うところだったんだから」

































「う、うぐぅ……」

































誰もいない病室で、祐一はあゆを抱きしめ、あゆは彼女特有の言葉を発する。

































彼はキスはしない、彼は抱きつく方が好きだから。

































そして、彼は思った。

































次もまた、今度は普通に喜ばせてあげようと。

































今度は失敗せずに、また、笑顔が見たいと。

































さて、次の……

































御代はいくら?

































作戦終了!




























































後書き

T:はい、御代はいくら?完結させていただきました。

T:思えば、短い物語でした……

T:じゃなくて、長い話……でもありませんね。

T:この物語は、俗に言うアフターストーリーをくみ上げてみました。

T:お楽しみいただけたでしょうか?

T:まぁ、感想三つも着たんですよ!(感涙

T:感想を書いてくださった皆様! そして、読んでくださった皆様!

T:最後にこんな文を記載してくれたけー様!

T:真に感謝いたします!

T:これを持ちまして、後書きとさせていただきます! ありがとうございました!

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