上品な匂いが充満する空間。 その匂いは甘く、人の心を落ち着かせるには十分だった。 古来より、甘いものは精神を安らかにさせるということはよく知られている。 寝る前にココアを飲むことは精神を安定させるということも広く知られているだろう。 話がそれたが、その甘い香りが漂う空間の中を着物に身を包んだ一人の女性が手に盆を持って歩いている。 短めな赤毛に、どこか上品そうにみえるその女性は着物が良く似合っていた。
「はい、団子お持ちしました」 「ありがとうございます」 「注文は以上ですよね?」 「はい、それだけです」 「では、ごゆっくりと」
その女性は注文の品を客に渡すと、一礼して去っていく。 物腰が上品と称してよいだろう。 お手本になるくらい優雅な礼であったのだから。
そんな彼女に一つの声がかけられる。
からかいを帯びている声で、男性のものだった。
「ふむ、やはり天野はおばさん臭いと」 「失礼ですよ、相沢さん」
その男の名を相沢祐一。 三度目は和菓子屋で勤め始めた若き高校生。
御代
はいくら?
第四話
『
茶屋
の私闘? 目的を達成すべく
集金
せよ!』
「第一、何故相沢さんがここにいるのですか!」 「はっ? いや、アルバイト」 「
そういうことを訊いているわけではありません!
」 「他に何か訊くことがあるのか?」 「
ですから!
」 「どうでもいいが、声が大きいと思うぞ」 「あっ!」
のらりくらりとかわす祐一に激昂して声を荒げた美汐は慌てて周りを見渡す。 彼女の目には、クスクスと笑っている従業員が見えた。 その目は好奇の目であり、彼女を追い詰める。 要するに、痴話げんかと見られているということである。
「ち、違うんです!」 「天野さんがそこまで慌てるなんて珍しいわね」 「気にしなくていいんですよ」 「そうそう、それくらいなら皆がすることだから」 「で、ですから!」
その見方を否定しようとする美汐だが、従業員の皆さんは物分りが良すぎた。 彼女の態度を見て、そのような言葉を言うぐらい物分りが良い。
「ですよね、全く天野にも困ったモンです」 「そうよね、こんなに恥ずかしがらなくていいのにね」 「そうそう、ただのスキンシップの一環ですのにね」 「もう少し柔らかくなってもねー」 「やっぱり、固いですか?」 「それはもう……」 「
いい加減にしてください!
」
自分の事に付いて目の前で議論されて普通の人間が平気なわけは無い。 もちろん、美汐は普通の人間である。 条件反射で叫んでしまった。
「……………ねぇねぇ、相沢君」 「なんですか?」 「いつもこんな感じなの?」 「いえいえ、叫んだりはしませんよ」 「つまり、ここでは被っている猫の皮をはいでるのね」 「そうですね、ここの態度が普通だとすると、学校と私生活ではオーバーキャッツモードということですね」 「やっぱり天野さんは……」 「
ですから、いい加減にしてください!
」
間を置いて再び始まった談義に、美汐は先ほどより大きな声で叫ぶ。 ここでアルバイトをするようになってはや2週間。 ここまでからかわれたのは初めてだった。 原因はわかっている。 目の前で楽しそうに笑っている相沢祐一という固体名の男性である。 この瞬間、彼女は祐一を敵と認識した。
「そうね、そろそろやめましょうか。天野さん、これを一番にお願いね」 「あ、はい」 「そうだぞ、アルバイトならきりきりと働け。というわけで、私に仕事はありませんか?」
貴方にはいわれたくありません、と心の中で付け加えると美汐は盆を持って一番のところまで持っていく。 しかし、ちゃんと一人称を『私』に変えている祐一の姿を見て、少々感心していたりもする。 アルバイトとはいえ、社会の一環であるので、一人称を帰ることは常識ともいえる。 美汐は祐一がそこら辺の事に関しては無頓着だと思っていたのだ。 まぁ、常識ですしね……言葉に出さず彼女は仕事を果たすべく消えていった。
「今はお客さん少ないから相沢君にはやることないのよね……」 「いえ、アルバイトの手前上、私は身をすり減らしても働く次第にございます。というわけで、何か仕事を」 「じゃあ、次のお客さんの注文を取ってきてね」 「はい、わかりました!」
祐一はそう叫ぶと、注文をとるときに失敗をしないように頭の中でシミュレートを開始する。 以前働いていた牛丼屋とは違い、いくつもの品があるのだ。 それをするのはある意味当然といえる。
「でも、今回は失敗しなさそうだな……受けもいいし。天野がいることがちょっと問題といえば問題だが」
頭の中でシミュレートしていたはずなのだが、いつの間にか祐一は今の自分の境遇の事を考えていた。 ここのバイトをすることが決まって、はや三日目。 時間帯の違いで、いままで美汐とは接触しなかったので、今日はちょっとぶつかってしまったが問題はないだろうと考えている。 もし、彼女が聞いていれば『大有りです』と答えていたに違いは無い。 ちなみに時給が750円で、三時間勤務。
「まぁ、妥当なところだよな」
それよりも北川が恐ろしいけど……と付け加えることも忘れない。 もちろん口に出してはいないが。 何せ、殆ど面接もせずに彼は今までのバイトが決まっている。 ただ、店に入り『相沢ですが……』と言っただけで話が決まってしまうのだ。 自分の友は一体何をしているのかが非常に気になる近頃の祐一。
「相沢君、お客さんがきたわよ。お願いね」 「はい、わかりました!」
再び接客をするようになって早三日。 ここまではミスというミスはしていないので、シミュレート通りに動けば大丈夫だ。 そう祐一は自分に言い聞かせる。 いい加減金を貯めなければ、本気でどうにもならないのだ。
「ご注文はお決まりですか?」 「え、えっと……お団子!」 「団子ですか、種類はなんにしますか?」 「しゅ、種類?」 「はい、色々な種類がありますが。例えば、あんこやみたらしなど……」 「あ、あぅー……じゃ、じゃあみたらしください」 「みたらしですね、何本ですか?」 「え、えっと……五本!」 「わかりました、それではお飲み物は?」 「あ、あぅー!」
奇妙な叫び声を上げる目の前の女性。 何故女性かとわかったかというと、ただ単純に声の質である。 どこかで聞いたことのあるような気がする声なので、祐一は頭の記憶から該当者を掘り出そうとする。 そして、ほんの僅か二秒で該当者がはじき出された。 『あぅー』という独特の発音。 どこか情けないような声。 間違いなく居候二号の真琴だった。
「ま、真琴!? なんでお前がここに!」
祐一は、該当者が出ると答辞に思わず叫んでしまっていた。 すぐに後悔するが、出してしまった言葉は戻りようがない。
「あ、祐一ぃー!」
悪い意味で予想を裏切らず、真琴が彼の名前を大声で叫ぶ。 渋面に彩られた彼の顔は、やっちまった……という言葉で表すのが最良である。
「お客さ……」 「祐一、なんでここにいるの?」 「ですか……」 「あ、真琴の後をつけてきたんだ! 変態ー!」 「お前なぁ……俺が先にここにいたのにどうやってつけるんだよ」 「あ、あぅーそういえばそう……」 「んで、注文はなんだ?」
目の前でしぼれていく真琴に祐一は助け舟を出す。 助け舟と言っても、それは自分に対する助け舟である。 はやく注文してもらわなければ、自分がまたヘマをやらかすかもしれないからだ。
「じゃあ、祐一に任せる……」 「あ? いいのか?」 「うん」 「わかった、じゃあお前でも食べられるようなものにしとくな」 「うん、わかった」
いやに素直だな、と祐一は心の中で呟く。 普段天邪鬼な真琴はこんなにも素直に祐一の言うことを聞いたりはしないものだ。 注文を取った祐一は、オーダーを言う前にチラリと真琴の方を振り返る。 そこには落ち着かないように畳の上に座り、そわそわとしている真琴の姿があった。 きょろきょろと辺りを何かを探すように見渡しているその姿に、祐一は閃いた。 いや、閃いたのではない。 真琴の事を知っていれば、少し考えただけでわかることだった。
「おい、天野!」 「なんですか? 突然」 「ちょっと来い」 「はぁ」
いきなり呼ばれた美汐は小走りで祐一の元へと行く。 幸いに、何も仕事は受けていなかった。
「なんでしょうか?」 「ここに団子が五つある」 「……私を馬鹿にしているのですか?」
意味不明な事を言った祐一を、据わった目で睨みつける。 その眼光はいつもの祐一を怯えさせるには十分すぎたが、今日の彼はそれにびくともしなかった。
「これを持っていってくれ」 「はぁ? 何故ですか? 相沢さんの……」 「いいから行って来い、お前を待ってるやつがいるんだよ」 「お、押さないでください! き、着物が!」 「とっとと行け!」 「な、なんなのですか!」 「よし、完璧」
遠ざかっていく美汐の声に、祐一は満足そうに肯く。 真琴がこんなところに来ている理由。 それは非常に簡単なことだった。 ただ、美汐に会いに来たのだ。 そうでなければ、真琴がわざわざこんなところに来る理由は無い。 寧ろ、それが理由だと考えれば恐ろしく簡単に説明が付く。 真琴は美汐を慕っている、ただそれだけの理由で。 妖弧という人間ではない存在の真琴には、極端に友達が少ない。 それは人間として教育されていないのだから当然であろう。 その中、美汐は真琴の絶対の親友なのだ。 いや、もしかしたら保護者の如き信頼すらも得ているのかもしれない。 そのような理由を考えれば、わざわざ美汐に会うためだけに来たとしても全く不思議ではない。
「ふっ、我ながら良い仕事をしたぜ!」 「あら、相沢君。本当に良い仕事ね」 「って、店長!? な、何故ここに!?」 「あら、お邪魔かしら?」 「い、いえ! 邪魔なんてとんでもない!」 「それにしても相沢君。いけないわねー仕事を放棄したら」 「はぅ! こ、これにはわけが!」
祐一の背に冷たい汗が湧き上がる。 これやばかった。 果てしなくやばかった。 何せ、他人から見れば美汐に仕事を押し付けたようにしか見えないのだ。 しかも、見られた相手が店長。 その状況は祐一の思考を最悪の方向へと導いていく。
「でもね、良い仕事をしたから許してあげるわね」 「え?」 「ほらあの二人を見て御覧なさい」
店長は美汐と真琴を指差す。 そこには仕事を忘れ、笑っている美汐。 無邪気に、本当に楽しそうに笑っている真琴がいた。
「あ、あれが天野……?」
祐一は呆然と呟く。 彼の目に映っていたのは、本当に楽しそうに笑う美汐の姿であった。 その笑顔はいつも見ているようなものでなく、周囲のものを和ませるある意味真の笑顔だった。
「ね、良い仕事をしたでしょ」 「……あ、はい」
その笑顔に見とれていた祐一は、店長の言葉で正気に戻る。 そして、頭を振る。 またもや他の女性に見とれてしまった自分を責めながら。
しかし、その笑顔は長くは続かなかった。
美人薄命、そのような言葉もあるように、これもまた真であったのかもしれない。
そう、パリンという小気味の良い音と共に……その笑顔は凍りついた。
まさに一瞬の出来事であった。
真琴の手が、茶飲みに当たり……それがたたみに落ちて割れた。
ただ、それだけ。
「……あれって、すっごく高いのよね……どうしようかしら?」 「……………ねぇ、店長」 「なにかしら?」 「私の首と弁償でなんとかなります?」
「……北川」 『お前なぁ……月宮さんにプレゼントしたかったんじゃねえのか?』 「……うん、したい」 『それが今度は……はぁ……』 「だってよ……あの光景を捨てるのはよ……」 『まぁ、それがお前なんだけどな……わかった、次を探しといてやる』 「恩にきる……」 『次は失敗……してねんだよな。まぁ、頑張れ』 「……ああ」
決算
目標額 35,000 所持金 24,400 収入 0 支出 500×5(昼飯代)+15,000(弁償代)=17,500 結果
6,900
目標差額 28,100
後書き T:えっと、なにやら話が飛びすぎで分からないという方。 T:本気でいそうなので、凄く怖いです(汗 T:こんな作品ですが、見捨てないでくださいね(滝汗 T:備考*題と中身は関係なし。
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