「ぬーー……」
一人の男がベッドの上で唸り声を上げている。
ベッドの上でごろごろと転がり続けているので、埃が舞っている。
いくら自分の部屋だからといって、かなりの迷惑であることは言うまでも無い。
だが、そんな事をしているにもかかわらず、彼のいる部屋は綺麗だった。
綺麗に掃除された部屋からは清潔感が感じられる。
本棚には一杯の漫画。
テレビやゲーム機こそ無いにせよ、一般的な男子高校生の部屋である。
「ぬーーー……」
本日二度目の呻き声。
彼の手には通帳が握られている。
そして、目の前には財布。
彼はその両方をじっくりと見ている。
穴が開くほどじっくりと。
そこには黒い文字で数字の羅列が刻まれていた。
否、刻まれているであろうはずのところだった。
そこには文字が輝いている……0とだけ。
御代
はいくら?
第一話
『火急的速やかに集金せよ!』
「はぁ〜母さん仕送り忘れてやがる……どうしろってんだよ……」
今年でめでたく18歳を向かえ、婚約できる歳となった祐一はベッドの上で呻く。
だが、もちろん今の彼に婚約云々は関係が無い。
今、彼の問題は仕送りを忘れている親の事だった。
「昼飯は……大丈夫だけど……」
彼は財布の中身をチェックする。
福沢諭吉さんが二枚顔を覗かせている。
その他には夏目漱石さんが五枚。
高校生の財布にはあるまじき量の金銭だが、これが金を下ろした後といえば納得してもらえるだろう。
ついでに、これが一ヶ月の生活費であるということをわかってもらいたい。
「明日からは……節約するか?」
憂いを帯びた声で呟く。
学食で一食500円の昼飯を食べたと仮定すると、一ヶ月で最高15,000円。
つまり、実質自由にできる金は10,000しかないのだ。
元々彼は節約屋なので、これだけの自由ができているだけの話ではあるが……
そして、彼は真面目な男で、叔母がいらないといっている生活費もきちんと振り込んでいるため仕送りがなければ、かなり追い詰められる。
元々水瀬家は女一人子ども一人の家庭であり、自分という異分子がそこに入ってしまった。
そして、半ば自分のせいで転がり込んだ新たな居候が二人。
彼とて金の貴重さは知っている。
そして、稼ぐ大変さも知っている。
これ以上の迷惑をかけるわけにはいかなかったのだ。
「はぁ……どうすっかな……」
彼はベッドから起き上がり、カレンダーを見る。
そこには赤丸で囲まれた15という文字が見える。
それは仕送りの日を表しているものであり、今日は16である。
完全に仕送りを忘れられているのだ。
「祐一くん、起きてる?」
「ああ、起きてるぞ。入れ」
その言葉と共に、一人の少女がドアを開けて中へと入ってくる。
あの冬に切られた髪は完全にはもどっていないものの、適度に長い栗色の髪が少女の動きと共に揺れる。
この少女の名を月宮あゆ。
自分の命すら省みず奇跡を起こした少女であった。
「祐一くん、暇かな?」
「ああ、かなり暇だが?」
「じゃあ、買い物行こうよ!」
「俺がか?」
「うん。秋子さんに買い物頼まれてるんだ。それでね、一人じゃ寂しいから一緒に来てくれるかな?」
「ふーーーむ」
祐一は手を組んで暫し熟考する。
ここで彼がついていかなかったならば、あゆは悲しむであろう。
あらゆる奇跡が起きたあの冬が終わり、祐一達の街には春が訪れていた。
彼はあゆをからかいはするが、それは愛情の裏返しでもある。
要するに素直ではないのだ。
だから、彼はここでも悪戯をする。
「じゃあ、たいやき俺に五個な」
「うぐぅ! そ、それはだめだよ! ずるいよ!」
その悪戯にあゆはとても慌てる。
彼女にとって、たいやきとは最高の美酒に匹敵するほど大切なものであるのだ。
もちろんそれがわかっているからこそ、彼はダシにつかうわけだが。
「ははは、冗談に決まってるだろうが!」
「うぐぅ〜酷いよ!」
彼女の頭を叩きながら、笑いかける。
それに不服とばかりにあゆが頬を膨らませているのは、無視している。
あゆがそうこうしているうちに、祐一はさっさと身支度を整えていく。
残金二万五千の財布も忘れない。
「んで、あゆいかないのか?」
「あ、い、いくよ!」
その祐一の声に、あゆはすぐに駆け寄ってくる。
今日も二人は仲が良かった。
「えっと、これで全部だよな?」
「うん、全部だよ。手伝ってくれてありがとう、祐一くん」
「まぁ、秋子さんの手伝いだしな」
素直に言い返さない祐一。
いつもの事なので、あゆは祐一のそれになれてきている感があり、その行為にクスリと笑みを漏らす。
いつもは手玉に取られているのだから、少し嬉しいのだ。
祐一の手には買い物袋がぶら下がっている。
あゆに決して持たせようとはしない。
彼曰く、『あゆに持たせたら、中のものがぐちゃぐちゃになる』だ。
もちろんそんなものは方便で、女性にそのようなことをさせたくないというのが実情。
ましてや、自分の大切な人ならば当然である。
「〜〜〜♪」
横で笑っているあゆを見て、祐一は顔を綻ばせる。
あゆが楽しそうにしていると、自分までも楽しくなるのだ。
惚れた弱みというやつであろうか。
今、目の前には元気に笑っているあゆ。
事実を知った、あの冬にはもう手に入らないと思ったもの。
それだから、祐一は嬉しい。
それ以外にはいらないとまで考えている自分がどこかにいるのも感じている。
「うわぁ……」
あゆが街頭のショーウインドを見て、感歎の声を漏らす。
その視線は飾られている服にいっていた。
目は爛々と輝いている。
しかし、一瞬後その目は落胆に変わる。
「だめだよね……お金ないもん……」
そう弱弱しく呟くあゆの声を確かに祐一の耳はとらえた。
「あゆ……」
祐一の口から自然と声が漏れる。
運がよくその声街角の雑音であゆの元へは届いていない。
祐一は全てを分かっていた。
あゆの発言の意味を。
何故そのような事を言うのかを。
あゆは優しい人間である。
人のために命を差し出すほどに優しい人間なのである。
そんな彼女が自分の欲望のために、秋子に金をもらえるはずがなかった。
あゆが持っている服は、どれもこれも名雪の下がりや、退院した時に買ったもの。
その時もあゆは必死に金がかからないような服を選んでいた。
あゆはできるだけ迷惑がかからないように行動しているのだ。
そのため、好物のたいやきすら買わない……いや、買えないといった状況すら起こしていた。
「おい、あゆ。かえるぞ!」
「あ、うん!」
祐一はあゆを少し強引に呼びつける。
これ以上あの寂しそうな顔をみたくなかったから。
呼ばれたあゆは、すぐに笑顔を取り戻し祐一の後をついていった。
その顔にあの寂しげな表情はなかった。
「……どうすっかな……」
あの後水瀬家に戻った祐一は、自室に入り頭を悩めていた。
頭を悩めていた問題はもちろんあゆの事である。
あのような表情をあの冬からみることは無かったからだ。
「あいつ……たいやき食ってれば幸せそうな顔してたからな……」
静かなクラシックの音楽が流れている部屋で祐一は呟く。
クラシックの音楽は密かな彼の趣味であり、何枚もCDも持っている。
金の都合により、こちらでは二枚ほどしか買っていなかったが。
「ああーちくしょう! 考えがまとまらねぇ!」
頭を掻きながら祐一は叫ぶ。
クラシックを聴いていれば纏まる考えが、一つも纏まらないのだ。
今の彼の考えていることはいかにしてあゆを喜ばせてあげるか、であった。
普段たいやきだけであゆは喜んでいる。
だが、今回の表情は決してたいやきでは無理だということは少し鈍い彼でもわかった。
「あゆも……女の子なんだよな……」
本人が聞いたら怒られそうだが、祐一はあゆには服装云々のそれは無いと思っていた。
何分、あゆはたいやきさえあれば世界は幸福だという考えもあるぐらいたいやきを愛しているからである。
そのため、祐一はあゆに対して普通の女性に関するものを思い浮かべてはいなかった。
あゆの見ていた服を祐一は頭に思い浮かべてみる。
それなりに良いもので、値も張るものの、あゆにはよく似合いそうな一品であった。
「そうだ! 俺が買ってやれば……って無理か」
浮かんだ案を、すぐさま消し去る。
何故なら、仕送りが無い彼に一揃え35,000円という大金を出せるわけが無かった。
現在の全部の所持金でも25,000円、足りようハズもない。
だが、好きな……いや、愛している女性に贈り物の一つでもしてやりたいのが男である。
しかし、先立つものが無い。
それに祐一は苦しんでいた。
「……金……金……かねぇ……」
普段は使っていない頭を最大限に働かせる。
どのようにすれば金がたまるのか。
もちろん家主に貰うわけにもいかない。
悩みに悩んだ祐一がある結論にたどりつくのにそう長くはかからなかった。
「そうだ! 北川に頼んで、アレを!
彼はそう叫ぶと、一目散に手持ちの携帯で北川という文字を探す。
『はい? 何か用か?』
数回のコールの後に聞きなれた悪友の声が聞こえてくる。
彼は大きく一息息を吸い、大声で叫んだ。
『頼みがあるんだ!』
後書き♪
作者TANUKIN:はい、初めての方も多いと思いますが、けー様の知り合いでSSの足元にも及ばないSS作家のTANUKINです。
T:今回は『御代はいくら?』をお届けいたします。
T:このお話は、まぁ……そんな話です♪
T:お気にいられたら幸いです。
T:それでは、短いですがこれで終わります。
T:今後ともよろしくお願いいたしますね♪
T:それでは……(ふかぶか)