「む……?」

 パチッと目が開く。

 もちろん俺の。

 とりあえずパチパチと瞬きしてみる。

 それからなんとなく枕元の時計に目をやる。

「……習慣ってのは恐ろしいな、しかし」

 時刻は見事にいつもの起床時間。

 だが目覚ましは鳴ってない。

 なぜか? それは簡単だ。

「くそ……せっかくの日曜なのによ」

 そう、今日は日曜、つまり休日。

 時間に追われることなく、のんびりと惰眠を貪っていられる、数少ない曜日なのだ。

 それなのに、こうして目が覚めてしまった。

 だからか、体を起こしながら、知らず愚痴が口をつく。

 のんびり寝るつもりだったのに、体はどうしてこう正直なんだろう?

「はぁ……」

 ため息1つで心を切り替えることにする。

 目が覚めた以上、もう起きるしかないだろう。

 いつまでもゴロゴロしてるのも好きじゃないし。



 着替えて部屋を出ると、つい名雪の部屋の方に目がいってしまう。

 これも毎日の習慣の賜物だろうか?

 まぁ、どうせまだ寝てるんだろうし、どうでもいいけど。

 とりあえず、朝食を求めて、階下へと向かうことにする。

「おはようございます」

 挨拶をしながら扉を開ける。

 もちろん、秋子さんに向けての挨拶だ。

 あの人が俺より後に目を覚ましたことなんてない。

 今日も今日とて、俺より先に起き、このリビングのドアの向こうで、朝食の準備をしているはずだ。

 だからこそ、挨拶しながら扉を越えたのだが。

「あ、おはよう、祐一」

「おはようございます、祐一さん」

 部屋の向こうの光景は、俺の想像を超えていた。















2人の1日















「……名雪、どうしたんだ? 何かあったのか? こんなに早く起きるなんて。体調でも悪いのか?」

 名雪の体を気遣っての発言だったのだが。

「……ひどいよ、祐一。わたしだって早起きくらいするよ」

 どうやら失言だったらしい。

 ぷくっとふくれて、わたし不満ですってアピールしてる。

 あんまり怖くないけど。

 っていうか。

「どうせやるなら、平日にやってくれ」

「……努力はしてるんだよ」

「前向きに善処とか、検討中とか、そういうのと同じレベルだな」

「よくわからないけど、ひどいこと言われてる気がする……」

「まぁそれは置いといてだ。今日は日曜だぞ? もっと寝てればいいのに」

「そんなのもったいないよ」

 言うやいなや、ずずいっと身を乗り出してくる。

 真っ直ぐに俺を見る名雪……くそぅ、かわいいじゃないか。

「今日は、一日中ずっと祐一と一緒にいられるんだよ? 寝てるなんて、そんなもったいないことできないよ」

「……恥ずかしげもなくそんなこと言うな。こっちが恥ずかしくなる」

 にこにこと満面の笑顔で、全くこのお嬢さんは……

「恥ずかしくなんてないよ?」

「俺は恥ずかしいんだ」

「照れ屋だからねぇ、祐一は」

「笑うな」

 クスクスと笑われると、何だか意味もなく負けた気分だ。

 ……秋子さんも笑ってるし。

「はいはい、いいからいいから」

「何がいいんだ? おい」

 っていうか、引っ張らんでいい。

 イスくらい、自分で座るっての。



「今日の朝ごはんはね、わたしが作ったんだよ?」

 名雪が、相変わらずにこにこと笑いながら、テーブルの上に朝食のメニューを並べていく。

 ふむ、と名雪に目をやってみる。

「……おぉ、よく見ればエプロンしてるしな」

「気が付いてなかったの?」

「人間ってのはあれだ。大きな衝撃を受けると、小さな衝撃を気にすることなんてできなくなるのさ」

「……もしかしてひどいこと言ってる?」

「そんなまさか」

「嘘くさいよ、祐一」

 むぅ、疑いの眼差しを向けてくるとは。

「名雪、お前は彼氏さんの言うことが信用できないのか?」

「祐一は真顔で嘘つけるから」

「……」

「彼女さんの言うことは信用できるでしょ?」

「……強くなったな、名雪」

「祐一に鍛えられてるからね」

 や、そこでグッとガッツポーズとらんでも。

 にしても、名雪も手強くなったもんだ。

 ちょっとしたからかいにも過剰に反応してくれてた頃が懐かしい。

「わ、祐一が遠くを見てるよ」

「名雪、男の人には色々あるのよ」

「そうなんだ……」

「名雪、そこで納得するな。秋子さんも、もっともらしいこと言わんでください」

 なんか最近、秋子さんにからかわれる回数が多くなった気がするのは、俺の気のせいなんだろうか?

 ……気のせいじゃないんだろうな、きっと。

 気を取り直して、朝食に取り掛かることにしよう。

 どうやら今日は和食のようだ。

 味噌汁の香りが鼻をくすぐってくる。

 うむ、うまそう。





「おいしい?」

「わかってるだろ?」

「ううん、わかんない」

「どうしても言わせたいらしいな」

「うん」

 にこにこと笑う名雪と、そんな名雪をじっと見る俺。

 結局、軍配は名雪に上がることになるわけだが。

「……美味」

「素直じゃないね」

「ほっとけ」

 せめてもの抵抗のつもりだったのに、何かちょっと呆れられてしまった。

 余裕の表情で微笑んでるし。

 どうにもしようがないので、無視して食べることに専念することにした。





 言うまでもないことだが、名雪の作る飯は、問答無用でうまい。

 さすがに秋子さんの娘だけはある。

 和洋中華何でもござれ。

 なんか最近部活を引退してから、秋子さんに料理を習い始めたらしく、その腕は上昇一途。

 当然作った料理は俺が食べるわけだが、どれもこれもうまいのだ。

 何より、俺のために料理を作ってくれてるってのが嬉しい。

 口に出して言ってやったりはしないけど。





「ごちそうさまでした」

「おそまつさまでした」

 冗談半分にペコリと頭を下げてやると、名雪もペコリと頭を下げてきた。

 こんな風に素直なところは、さすが名雪だ、と思わせてくれる。

 基本的に名雪は素直なのだ。

「なんでお前まで頭を下げるんだ?」

「……なんとなく?」

 や、お前が首を傾げるな。

「なんで疑問形なんだよ」

「……なんとなく?」

「……もういい」

 相変わらず謎が多いやつだ。

 まだ首傾げてるし。

 多分、本気で考え込んでるんだろう。

 名雪はそういうヤツだ。



「名雪、祐一さん」

 名雪が首を傾げてるのを見てたら、突然秋子さんの声が聞こえてきた。

 振り向くと、外出の準備完了状態の秋子さんがいた。

「急な仕事が入ったので行ってきます。帰りは遅くなると思うから、お夕飯はお願いね」

「うん、わかったよ、お母さん。いってらっしゃい」

「わかりました。気をつけてくださいね、秋子さん」

「えぇ、わかってますよ」

 ちょっと意味ありげに微笑んだ秋子さんだったが、時間がないのか、すぐに出かけていった。










「ん〜……」

 飯を食って腹が満足したからか、なんか眠くなってきた。

 ソファに身を沈めて、そのまま眠りに落ちようか、とか思う。

 ムリは体に良くないし。

 人間、素直が1番なのだ。

 ではお休み……



「えいっ」

 と、まどろみかけたところに、いきなりの掛け声。

 遅れて、太ももにかかる荷重。

「……何やってんだ? 名雪」

 目を開けてみたら、名雪と目が合った。

 ただし、角度が90度ずれてるから、見詰め合ってるとは言いがたいけど。

 早い話が、名雪はころんと寝転がって、俺の太ももを枕にしてるわけだ。

 何がそんなに楽しいのか、相変わらずの笑顔で。

「見てわからない?」

「あぁ、そりゃもう色々と」

「膝枕だよ?」

 ふてぶてしくもまぁ、さらっと言ってのけちゃったよ。

 ってか何なんだ? その、当たり前のこと聞くね? って言わんばかりの笑顔は。

「許可も得ずにか?」

「彼女さんの特権ってことで」

「聞いてない」

「言ってないもん」

「降りろ」

「やだ」

 こうなるともう、お手上げだ。

 どっちかが引くまで不毛な言いあいが続いてしまうのだから。

 そんなもんで俺達の仲がこじれるわけもないが、エネルギーの消費は厄介だ。

 仕方がないので、俺が引き下がることにする。

 うむ、俺ってば大人の対応。



「ん〜♪」

 気持ちよさそうに伸びをする名雪。

 勝利を収めた気持ちになってる……ってわけでもなさそうだ。

 鼻歌交じりにご機嫌な様子を見るに、単純に気分がいいだけらしい。

「気持ちいいか?」

「最高だね」

「最高か」

「うん」

 膝枕1つでここまで幸せそうな顔のできるヤツも珍しいと思う。

 っていうか。

「……普通逆じゃないのか?」

「気にしない気にしない」

 至極真っ当なツッコミだったはずだが、名雪は笑顔を絶やさず、パタパタと手を振ってくる。

 どうやら、膝枕をしてくれるつもりはないらしい。

「彼女さんならやってくれてもいいだろう?」

「だってそうしたら、わたし寝転がれないもん」

「それだけの理由で?」

「十分だよ」

 どうやら、どいてくれるつもりは全くないようだ。

 これはテコでも動きそうにないな。

「……じゃ、今度してくれよ」

「了承〜」

「秋子さんのマネか?」

「似てた?」

「あんまり」

「わ、ひどい」

「でも、見込みはある。精進しろ」

「うん、わたし頑張るね」

「……あぁ」

 話がおかしな方向に行ってる気がする。

 あー、なんか俺もどうでも良くなってきた。

「……寝るか?」

「うん、そうしよ」

 そうして昼日中から寝ることにする。

 不健康と言いたくば言え。

 睡眠欲は、人間の基本的欲求の1つなんだから。










 しばらく眠ってたが、ふと目が覚める。

 そして、目が覚めた途端、すんごい空腹を感じた。

 腹がへったから目を覚ましたのか、目を覚ましたから空腹を訴えてるのか。

 どっちにしても、腹がへってる事実は動かないんだが。

 というわけで、俺は食欲に忠実に動くことにする。

 これも基本的欲求の1つなのだ。

「なーゆきー、起きろー、起きてくれー。腹へったんだよー」

「ん〜……もうちょっと〜……」

 くそぅ、目を覚ましてくれねぇ。

 早起きの弊害がこんなところで出るとは。

「って言うかお前、寝てるのもったいないとか言ってたのにそれかよ?」

「祐一と一緒にいてるからいいの〜……」

 空腹でなかったら素直に喜ぶとこだが、今は鳴き続ける腹の虫を大人しくさせるのが先決だ。

「いいから起きてくれー、名雪ー、頼むー」

「んー……」

 粘り強く揺らしたおかげが、ようやく目を開けてくれたよ。

 まだ半分寝てるみたいな感じだけど。

「ふぁ……」

「あんだけ寝て、まだ眠いのか、お前は」

 時計を見れば、午後1時。

 午前9時くらいから寝てたわけだから、4時間も寝てたのか……ちょっとびっくりだ。



「それで、何かリクエストはあるの?」

 どうやらちゃんと目を覚ましてくれたようだ。

 ちょっと名残惜しそうにしながらも、ソファから立ち上がって、俺にそんなことを聞いてくる。

「名雪が作ってくれるものならなんでもいい」

「ストレートだね」

「そんだけ俺の腹がテンパってると思ってくれ」

「テンパってるって何?」

「……とにかく大変だってことだ」

「わ、そうなんだ。初めて知ったよ」

 名雪が、わざわざ手を口元に当てて、驚きのポーズを取る。

 相変わらず、驚いてるのかどうか疑問に思えてしまう表情だ。

「驚かんでいいから、早く頼む」

「うん、わかったよ」

 にこっと笑って、エプロンを着けると、いそいそとキッチンに向かってくれる。

 何ていうか、名雪が俺の彼女なんだなーって思う瞬間だ。

 何だかんだで、名雪は優しいし、可愛いし、家事全般何でもできる、実によくできたお嬢さんだ。

 んー、実は俺ってすんごく幸せなんじゃなかろうか?

 楽しそうに料理してる姿見てると、そう思ってしまうのだ。

 北川とかが見たら、血涙流すかもしれん。

 惚気たいのはやまやまだが、もったいないから見せてやったりはしないけどな。



 でも今はとりあえず腹がへった。

 無粋と言いたくば言え。

 腹がへっては戦はできないのだ。

 空腹ごときでできなくなる戦ならするな、と言われるかもしれんけど。





「できたよー」

「おー」

 名雪の声に、のろのろと体を起こしながら返事。

 テーブルには、湯気が立ち上ってるのが見える。

「今日のメニューは何かね?」

「ラーメンだよ」

「うむ、ご苦労」

 向かい合って席に着き、とにかくまずは一口。

 ずるずる、とすすってみる。

「ん、うまい」

「ホントにストレートだね」

「腹へってると何でもうまく感じるのさ」

「それはちょっと微妙だよ」

 んむ、ホントに微妙な表情をしてるな。

 何が気に食わんのかね?

「うまいのは事実だぞ?」

「だから微妙なの」

「そういうもんか?」

「そういうもんだよ」

 頷く名雪。

 頷き返す俺。

 や、よくわからんけどな。

 まぁ、色々あるんだろう、きっと。



「にしてもこれ、インスタントじゃないよな、当然」

「もちろんだよ」

「秋子印?」

「秋子印」

 謎なブランドを作り出してしまった。

 娘である名雪も満足気に頷いてるんだし、それでいいのかもしれんけど。

「すんごいよな、でも」

 麺にスープに、おまけに具まで。

 もう何から何まで秋子さんお手製。

 つか、ナルトまで作るってすごすぎ。

「うん、お母さんだから」

「秋子さんだもんな」

 その一言で済ませるのもどうかとは思うけど、実際それ以上言うことなんてないし。

 ここは素直に賞賛するしかないだろう、やっぱり。

「でも、わたしも今習ってるんだよ」

 ちょっと胸を張りながらそんなことを言ってくれる名雪。

 視線がそっちにいってしまうのは、まぁしょうがないだろう。

「ん? 名雪、ラーメンまで作ろうとしてるのか?」

「うん」

「麺を?」

「麺も」

「……スープも?」

「スープも」

 自信たっぷりの態度。

 これはもしかしたらもしかするのかも……

「……ナルトは?」

「鋭意努力中なんだよ」

 ……血の繋がりってすごいなぁ。

 こうやって受け継がれていくのか。

 なんかもう、感動していいのか呆れていいのかわからん。

「……そうか、頑張れ」

「うん、任せてよ」

 ガッツポーズはとらんでいいから。





「は〜、食った食った。ごちそうさん」

「どういたしまして、だよ」

 カチャカチャという水洗いの音を聞きながら、またソファに身を沈める。

 我ながら怠惰だとは思うが、飯食ってすぐに動けるわけもない。

 んじゃ、一体いつ戦をするんだろう?

 んな意味のない考えが頭を過ぎるが、すぐに忘れることにする。

 どうでもいいし。

「これからどうするんだ?」

「お買い物に行きたいんだけど」

 水洗いしながらもきっちり返事は返ってくる。

 さすがにこっちを向いてくれたりはしないが。

「夕飯の材料か?」

「それだけじゃないけどね」

「おーけー、わかった。んじゃ、少し休憩したら一緒に行くか」

「うん」

 なんか声が弾んでるな。

「買い物が楽しいのか?」

「祐一と一緒ならね」

 くるりと振り向いて笑顔。

 ……やられた。

「あー……まぁ、そうか」

「うん、そうだよ」

 その余裕の笑みは止めてくれ、色々ショックだから。










「さ、行こ」

「おー」

 寒い。

 やっぱり冬は寒い。

 何つーか、ちくちくとくる、寒さが。

 ちょっとだけ、家を出たことを後悔し始める。

「祐一、祐一」

「2回呼ぶな、1回でわかるから」

「手、繋ごう」

 聞いちゃいねぇ。

 もういいけどさ。

「何で?」

「寒いし」

「根性で耐えろ」

「えー?」

「えー、じゃない。恥ずかしいだろうが」

 クラスメートに見られて冷やかされんのはもう慣れたが、やはり恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

 しかし表情を見る限り、名雪は引き下がりそうにない。

「恥ずかしくなんてないって」

「恥ずかしい」

「気にしちゃダメだよ」

「気にする」

「むー、祐一わがままだよ」

「待て、それは違うだろ」

 いかん、このまま行くと押し流されそうだ。

 ここは1つ、強引に押し切るのが吉と見た。

「ほら、行くぞ」

「わ、待ってよ祐一」

 コートに手を突っ込んだまま俺が歩き出すと、慌てて名雪がついてくる。

 作戦成功だな。



「うー……」

「唸るな」

 テクテクと歩きながら、でも後ろは見ない。

 見てやらない。

「うー…………えいっ」

 名雪の掛け声と同時に、コートのポケットにいきなり何かが突っ込んでくる。

「うわ! 何してんだ、おい」

 何か、じゃない。

 名雪の手だ。

 離すものか、とばかりに俺の手を掴んでくる。

「これならいいでしょ?」

「いいわけあるか!」

 ポケットから手を出して、ブンブンと振る。

 俺の手を握り締めた名雪の手も、それにつられてブルンブルンと振られる。

「はーなーせー」

「やーだーよー」

 くそ、楽しそうに笑いやがって。

 振り回してる俺がアホみたいじゃねーか。

「手を繋ぐ必要がどこにあるんだよ!」

「この方があったかいから」

 そう言うなり、名雪は握ってる手の力を強めてくる。

 ギュッと握られた手は、確かに暖かい。

 だが、ここで引くわけには……っ!



「ほら、行こうよ」

「わ、おい、引っ張るな! 腕を振るな!」

 いきなり歩き始める名雪。

 俺の立場なんて塵ほどもないのか?

「男の子なら細かいこと気にしちゃダメだよ」

「お前は俺の母親か!」

「手がかかるって意味では近いかもね」

「否定しろよ!」

 冬の空に、そんな意味不明の押し問答が溶けていく。

 あー、なんかアホみたいだ。





 結局、もうホントに手を離してくれそうになかったし、しょうがないので好きにさせることにした。

 こうなった名雪は手強いのだ。

 ムリヤリ引っぺがそうとしようものなら、思いっきりご機嫌を損ねてしまう。

「あったかいね」

 ……それに、マイナスばかりじゃないんだし。

 確かにあったかいのだ、名雪は。

 名“雪”なのにあったかいとは、これいかに?

「祐一、くだらないこと考えてるでしょ?」

「……なぜわかる?」

「だって祐一だもん」

「理由になってないぞ?」

 つか、返答としても不出来だろう。

「祐一のことは何でもわかるんだよ?」

 えへん、と言わんばかりに得意そうな顔。

 よし、その挑戦受けた。

「ほう、じゃあ俺のスリーサイズを言ってみるがいい」

「言ってもいいけど、合ってるかどうかわかるの?」

「わからん」

「じゃあ意味ないよ」

「うむ、そうかもしれん」

 っていうか、知ってるのは本当らしい。

 こいつ、ホントに侮れん。

「じゃあ、俺が名雪のスリーサイズを」

「こんなとこで言ったりしたら、今日の祐一のご飯はなし」

「ひどっ!」

「言わなきゃいいだけだよ」

 まぁ、そうだな。

 つか、いい加減くだらん。



「んーで、何買うんだ?」

「あ、まずはあそこの八百屋さんで」

「りょーかい」

 ポテポテと八百屋に向かう名雪。

 引っ張られる俺。

 って!

「おい! いい加減離せ! 買い物するんなら、手は繋がんでいいだろうが!」

 むしろ繋いでたら邪魔になるだろう。

「うーん……」

「いや、悩むなよ」

 首を傾げて、何やら葛藤しているらしい。

 つか離せばいいだろうが、離せば。

「帰りも手を繋いでくれる?」

「なんでそこまでせにゃならんのだ」

「じゃあ離さない」

 うわ、脅してきやがったよ。

 そんなにムスッとした顔せんでもいいだろう。

「片手塞がってどうやって買い物する気だ?」

「お店のおじさんに頼むからいいもん」

 俺の脅しは効果ゼロだったらしい。

 くそ、またしても俺の負けか?

「あー、わかったわかった。ちゃんと帰りも繋いでやるから、さっさと離せ」

「りょーかい」

 途端にまた笑顔に戻る。

 ホントにころころと表情が変わるね、名雪は。

 見てて飽きない。

「おじさーん」

「お、名雪ちゃんか。今日は彼氏と一緒にお買い物かい?」

「うん、そうだよ」

「かー、仲いいねぇ」

「うん、いつもラブラブだよ」

 頭を抱える。

 俺達の仲は商店街公認なのか?

 ってか、言いふらすな、お前は。

 や、そりゃ事実だけどさ。



 それからも、行く先々で名雪が惚気るもんだから、俺の肩身はものすごい狭かった。

 ってか果物屋のおばさん、俺の肩をバンバン叩いてこないでくれよ、頼むから。

 まぁ、秋子さんと名雪は、この商店街では結構な人気者らしいから、しょうがないかもしれんけど。

 名雪といちゃついてる俺に対して恨み持ってるヤツもいるとか、冗談半分に教えてくれたり。

 ってか、それはシャレにならん。

 冗談であることを心底願うよ、マジで。










「家に帰るにはまだ早いよね、どうする?」

「んー……」

 こんな聞き方してるけど、キラキラと輝いた目を見る限り、名雪の考えてることは1つだろう。

「百花屋に行きたいわけだな」

「わ、よくわかったね」

「わからないわけないだろう」

「さすが彼氏さんだね」

 いや、違うだろう。

 名雪という人間を知ってるヤツなら、誰でもわかると思う。

 まぁ、よくわからんが嬉しそうにしてるし、一々ツッコんだりはしないけど。

「まぁいいや、行くか」

「うん」

 もちろん、手は繋いだままだった。

 もうどうでもいいさ。





「いらっしゃいませー」

 カランカラン、という涼やかな音色を聞きながら、百花屋に入る。

 見慣れた感のあるウェイトレスさんが、笑顔で俺達を出迎えてくれた

 うむ、満点の笑顔だな。

「祐一……」

「う……」

 睨まれた。

「わたしがいるのに……」

「い、いや、別に見とれてたわけじゃないぞ」

「そっか、やっぱり見とれてたんだね」

 口を尖らせてる。

 すんごい不機嫌そう。

 っつーか全く信じてくれないのか。

「うー……」

「ほ、ほら、イチゴサンデー食べるんだろ?」

 忍び笑いをしてるウェイトレスさんに案内された席でも、名雪は唸り続けてる。

 ってか、周囲の目が痛い。

 あんまり客がいないのは救いだが、それでもゼロじゃないのだ。

「ごまかそうとしてる」

「そ、そんなことないって。ほら、今日は俺が奢ってやるから」

「祐一、いつもいつもわたしがイチゴサンデーにつられるって思ったら大間違いだよ」

 うぉっ、視線が強くなったよ。

 こりゃヤバい。

「わ、悪かった……許してくれよ、名雪」

 確かにモノでつるってのは良くなかったな、反省。

 と、それが伝わったのか、名雪の表情が少しだけ緩んだ。

「それじゃ、ペナルティで、明日の登下校はずっとわたしと手を繋ぐこと」

「ぐわっ……それは恥ずかしすぎるぞ、いくらなんでも」

 慣れの問題じゃない。

 学校中の人間にそんなの見られるのは、いくらなんでもキツい。

 そりゃ、俺達の仲は知れ渡ってるけどさ。

「破格の条件だよ」

 にっこりと笑う名雪。

 勝利を確信してるって感じだ。

 そして、それは間違いない。

「わ、わかった……」

「うん、それじゃ注文しよ」

 再び機嫌が直った名雪は、嬉々としてメニューを開く。

「って、イチゴサンデーだろ? メニュー見る必要あるのか?」

「気分の問題だよ」

「さいですか」

 俺も決まってるし、名雪もイチゴサンデーを頼むことには変わりないらしい。

 そうと決まれば、ウェイトレスを呼ぶべし。



「ご注文はお決まりでしょうか?」

「いつもの」

 掴みのギャグだ。

「わかりました。イチゴサンデーとブレンドコーヒーですね? しばらくお待ちください」

 ……通じたよ。

「すごいね、祐一」

「いや、この場合は、お前の方が影響強いと思うが」

 ってか、そんなに感心した眼差しを向けないでくれ。

 その意図はないだろうが、なんかバカにされてる気がするんだよ。





「おいしかったね〜」

「お前はホントにうまそうに食うよな」

 あんだけおいしそうに食べてくれる客は、そういないはずだ。

 きっと作った人も満足してるだろうよ。

 ちなみに、勘定は割り勘だ。

 彼氏彼女の関係になってからというもの、名雪に奢ることはない。

 名雪曰く、対等な関係の基本らしいが。

 なんだか彼氏として、ちょっぴり寂しいような嬉しいような、微妙な心地だ。

「それじゃ、はい」

「ん」

 差し出してきた手をしっかと握る。

 ギュッと握ると、同じくギュッと握り返してくれる。

 恥ずかしくはあるが、嬉しくもある。

「帰ってご飯の支度しないとね」

「今日の飯は何なんだ?」

「それはできてからのお楽しみ、ということで」

 繋いでない方の手を上げて、チッチッと指を振る名雪。

 今イチ意味はわからんが、教えてくれるつもりがないことだけはわかった。

「そうか。じゃあ期待しておくことにしよう」

「うん、祐一の期待は裏切らないよ」

 弾むような声で嬉しくなるようなことを言ってくれる名雪は、中々にかわいらしい。

 誰かの歌で、何でもないようなことが幸せだとかいうのがあったが、そのとおりだ。

 これだけで幸せになれる俺が安上がりなのか、これだけで幸せにしてくれる名雪がすごいのか。

 よくわからんが、とりあえず2人とも幸せなわけだし、まぁいいか、と思う。










 プルルルル、という電話の呼び出し音が聞こえた時、俺達は、夕飯食い終わってテレビの前でまったりしてる最中だった。

 ちなみに秋子さんはまだ帰ってきてない。

 色々と忙しいのだろう。

「名雪ー、電話だぞー」

「んー……」

 あ、ダメだ、半分寝てる。

 瞼が閉じそうになって、くくっと上がって、でもまた閉じそうになって、の繰り返し。

 背中に氷でも突っ込んだら、これがカッと見開いてくれるのかもしれない。

 まぁ、後が怖いからやらんけど。

「なーゆきー、電話だって」

「んぅー……」

 ユサユサと揺らしても、意味不明な言葉が漏れるだけ。

 しゃーない、俺が出るしかなさそうだ。



「はいはい、今出ますよっと」

 律儀にプルルと鳴り続ける電話機に向かって、ちょっと駆け足。

 こんな時間に電話っていうと、秋子さんか学校の連絡網とか香里とかくらいしか考えられんし。

 あんま待たせるのもまずかろう。

「はい、水瀬です」

「あ、祐一さんですね」

「あぁ、秋子さん、どうしたんですか?」

 電話の相手は秋子さんだった。

 むぅ、もっと早く出ればよかったか。

「えぇ。実はちょっと仕事が長引いてしまって、終電に乗れそうにないんですよ」

「えぇっ?! 大丈夫なんですか?!」

 電車がないのはヤバい。

 ちょっと心配になってしまう。

「はい、会社がホテルを用意してくれてますから。それで、帰るのは明日になりますので、よろしくお願いしますね」

「あ、はい、わかりました」

 ふむ、とりあえず一安心か。

「それじゃ、戸締りはちゃんとしてくださいね」

「了解です」

 ふむ、それは大切だ。

 このあたりの治安は悪くないとは言え、戸締りにガスの元栓は基本だろう。

「それから、避妊は忘れずに」

「……了解です」

 ちと小声で。

 まぁ、それは大切だし。

 そのあたりの理解はあるとは言え、責任取れるようになるまでは、避妊は基本だろう。

 ってか、いちいち言わんでもいいでしょうに。

「ふふっ、それでは名雪にもよろしく言っておいてくださいね」

「あ、はい、お休みなさい、秋子さん」

「えぇ、お休みなさい」

 ガチャ、と電話を切る。

 立ち尽くしてても仕方がないので、再びリビングに戻る。



 にしても、秋子さんにも困ったものだ。

 特に最近は、俺をからかって楽しんでる節もある。

 そりゃまぁ、反対されるよりはいいけど。

 でも、名雪とそういう雰囲気になってる時に、これ使ってくださいね、と乱入してくるのはいただけない。

 そりゃ、避妊は大事だけども。

 同じ家に住んでるということで、北川なんかによく羨ましがられるが、世の中そんなに甘くはないのである。

 家が一緒なのにホテルとか使うのもどうも変だし、こう、タイミングが難しい。

 秋子さんは応援してくれてるけど、それが却ってブレーキになってしまったりすることもあるわけだ。

 まぁ、ブレーキでいつも止まるわけじゃないんだが。





「ゆういち〜、だれから〜?」

 リビングに入ると、間延びした声が出迎えてくれた。

 糸目になりつつある状況を見るに、結構眠そうだ。

「秋子さんから」

「お母さんから?」

 そこでパチッと目が見開いた。

 やはり秋子さんが絡むと名雪の表情も違うな。

「おぉ、なんか仕事が片付かないから、今日は帰ってこれないって」

「え? 大丈夫なの?」

「ホテルに泊まるって言ってたから大丈夫だろ」

「そっか、それなら安心だね」

 ホッとした表情に変わる。

 名雪と秋子さんの絆を再確認できる1コマだ。

 まぁそれも今更って感じだけど。



「他には?」

「戸締りをちゃんとするように、だって」

「うんうん」

「あと避妊忘れるなって」

「……ぅー……」

 あ、真っ赤になった。

 うんうん、このあたりはまだ初々しくてグー。

「うー……笑わないでよ、祐一」

「今更照れることでもないだろう。もう何度も」

「わーわー!」

 いきなり大声を出す名雪さん。

 顔を真っ赤にしながら手を振って、必死に俺の声を制そうとする。

「誰も聞いてないだろうが」

「そういうことじゃないよ!」

「はっはっは、気にするな」

「気にするよ」

 ちょっとふくれっ面になってる。

 うむ、突っついたら面白いかも。

 別にやるつもりもないが。

 にしても、今日の負け分を取り返した気分だ。

「うー、なんかヤなこと考えてる顔だよ……」

「失敬だな」

「あやしいよ」

「まぁ、とにかく秋子さんからの伝言はこれだけだ」

 まだちょっと睨んできてる。

 とりあえずここで話は切っておこう。



「うーん、でもお母さん、まさかそのために泊まりの仕事してたりとかしないよね?」

 ちょっと不安そうなというか、申し訳なさそうなというか、そういう表情。

 ふむ、やはり秋子さんが心配なんだな。

「それはないだろう、さすがに」

 秋子さんはそういう配慮はしない。

 そうしたら、俺や名雪が恐縮してしまうことくらいお見通しだろうから。

 それにだ。

「大体、家に秋子さんがいてもやることあるだろうが」

「ぅー……」

 あ、また真っ赤になった。

 って、思い出してんのかよ、今。

「お前の部屋が防音バッチリってとこも大きいよな」

 目覚ましの大音量のためにやった防音設備が、こんな形で役立つとは、人間何がどう役立つかわからないものだ。

 まぁ、人間じゃなくて壁だけど。

 まさか、こうなることを見越して防音設備にしたわけじゃ……ないよな?

「とにかくだ。秋子さんはそういう気遣いはしないって。今日はたまたま忙しかっただけだよ、きっと」

「……うん、そうだよね」

 不安げな表情は消えたようだ。

 うむ、やっぱり名雪は笑顔じゃないとな。





「さて、それじゃ行こーか」

「え? え? もう?」

「はっはっは。思い立ったが吉日って言葉があるだろう?」

「ちょ、ちょっとタンマ。まずお風呂に入ってから……」

「終わってからでいいだろ? どうせ入るんだし。手間が省けていいじゃないか」

「わ、わ、ダメだよ〜」

「気にしない気にしない」

 ちょっと渋る名雪の背中を押して、いざ2階へ。

 事が始まったらそうでもないのに、始めるまでが結構渋るのだ、名雪は。

 そういう反応もまた良しなんだが。

「ほ、ほら、わたし汗かいちゃってるし……」

「冬場だから気にならない」

「わたしは気になるんだよ」

「あー、もう、仕方ないな」

 こうなったら、言葉ではなく行動で示すべし。

 背中を押してた手で、くるりと名雪を回転させる。

 そのまま流れるような動きで、一気に口付ける。

 名雪の目にちょっとだけ驚きの色が過ぎるが、すぐにとろんとした目に変わる。

 もう、こうなればこっちのもの。

 しっかりと抱きしめると、一気に体の力が抜け、名雪は俺に全体重を預けてくる。

 名雪の手が俺の首に回され、俺の手は名雪の腰に回される。

 何と言うか、ジャストフィットって感じだ。

 やはり相性がいいんだな、とか思う瞬間だったりする。



「……いきなりなんてひどいよ」

「ひどいか?」

「うん」

「じゃ、どうする? やめるか?」

「……いじわる」

「彼氏さんの特権ってやつだな」

「聞いてないよ、そんなの」

「言ってないからな」

「うー……」

 あ、ちょっと拗ねた。

 今日やられたことの仕返しだったのだが。

 でもまぁ、それでも俺から離れないというのは、つまりそういうことなんだろう。

「はっはっは、名雪はかわいいなぁ」

「うー……ちょっと複雑だよ」

 まぁ、いつまでもぐだぐだと喋ってるつもりもないし。

 もう一度促したら、今度はさすがに素直に頷いてくれた。

 ふむ、今夜は長くなりそうだ。















 ホントに張り切りすぎて、翌日揃って遅刻してしまったのは、ここだけの秘密だ。

 当然、走ってるのに手を離してくれなかったことも。

 それをクラスの連中に思いっきりからかわれたことも。

 秋子さんだけは、あらあら、と笑ってただけだけど。

 まぁ、これが俺達の日常ってことで。


















後書き



ども、名雪SS書いてみました。

うむぅ、いまいち名雪の可愛らしさが表現しきれなかったか……難しいなぁ、やっぱり。

そもそも、誕生日に間に合わせるつもりだったのに、全然間に合わなかったし。

こんなモノで、名雪ファンは許してくれるのだろうか? うーん……



とりあえず、祐一と名雪の、日曜日の何でもない光景を描きたかったんですよね。

この2人の付き合いって、なんかこう、まったりした感じになりそうなイメージがあるのですよ。

そういうイメージが出てればいいなぁ、とか希望的観測を述べてみる。



にしても、短編を書くのって、ホントに難しいです。

他の人のSS読んでると痛感するんですよねー、自分はまだまだだなーって。

特に名雪SSとかは、ホントにレベル高いですからね、やっぱり。

さすがメインヒロインだ、とか痛感してみたり。

でも、名雪ってホントにかわいいです。

そりゃ人気も出るよなぁ……

というわけで、名雪の魅力を再認識したGaNでした、まる。





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