ねえ、知ってる?

何処よりも深い夜。
何処までも静かな夜。
何処までも澄んだ夜。
何処までも綺麗な夜。
何処までも拡がる夜。

そんな日に"それ"は現れるんだって。

もしも、自分の知らない開けた場所で、触れられそうでさえある月を見たら、その先を良く見てごらん。
きっと其処に"それ"は来るはずだよ。
夢の世界へ続く、大きな真っ黒い機関車がね。
そうしたらそれに乗ってみようよ。
大丈夫、怖くなんて無いよ。
だって、その機関車は私達をを素晴らしい所へ連れて行ってくれるんだから!








































行こうよ―――夢の世界へ













































銀河鉄道"と"夜




























ふと、目が覚めた。
まず初めに自覚したのは自分が立っているという事だった。
はて、と首をかしげる。

昨日、確かに自分は布団の中で眠ったはずだ。
それなのに今、こうして立っているとはどういうことだろうか?

まさか自分に夢遊病の気があったとは思えない。
取り合えず彼女は薄っすらと目を開けた。

まず、目に飛び込んできたのは巨大な大木であった。
恐らく自分が数人集まっても囲めないほどに大きな大木。
大木は彼女の視界に納まらないほどに大きい。
その高さはまるで点に届かんとせんばかりだ。

彼女はぐるりと辺りを見回した。
どうやら此処は何処かの丘の上らしい。
"らしい"と言うのはどうにも確証が持てないからだ。
確かに一見此処は丘のように見える。
大木の元からなだらかに広がるがる坂から考えても恐らくは間違いないだろう。
しかし、その坂の先を見てみると霞がかかっているようにぼんやりとして何も見えない。
その先にあるのは"闇"だけだった。
もしかしたらその先には崖があるのかもしれない。
それとも民家の広がるただの街なのかもしれない。
どちらにせよ今の彼女には関係のない事だった。

彼女はとりあえず闇の先のことを思考から追い出すと上を見上げた。
そこには何よりも輝く黄金の月。
それは目が痛いほど美しく、触れられそうに大きく――――。


(触れられそう?)


はて、とまた彼女は首をかしげた。
どうしてだろうか?
何故そんななんて事の無い言葉に気を取られたのだろうか?
彼女は少し俯くように悩んで――――その理由に気付いた。



確かそれは彼女が小学校のときの事だったろうか?
クラスの中にとても明るい少女が居た。
少女はいつも友達に囲まれていて、自分の知っている話しをするのが大好きだった。

少女と彼女との間に直接的な繋がりはあまり無かったが、いつの日だったか彼女の話をふと聞いた事がある。
それは夢の国に続く機関車の話だった。
夜、自分の知らない場所で目が覚めた時、触れられそうなほどに大きな満月が見えたらその機関車が月からやってくるという話だった。

なんて事の無い、幼い少女の夢物語。
しかし、彼女は少し聞いただけでその話をひどく気に入った。
その後、少女は引っ越してしまい二度とその物語を聞く言葉で着なかったが、彼女は自分の中で何度もその物語を反芻した。
一度聞いただけだったが物語は彼女の中に根付いてしまったかのように一字一句間違えることなく思い出せた。



今の状況は物語の中にひどく似ていた。
いや、そのものだと言ってもいい。

彼女の中にじわじわと興奮が浮かんできた。
まるで幼い子供のような純真な感情。

慌ててすぐ側の月を見た。
じっと目を細めて、何処までも遠くを見つめようとする。
その瞬間、"それ"は現れた。


まず、遠くから汽笛の音が聞こえた。
静寂を打ち破る、低く響く音。
その音は自身の内側から響いている気さえしてくる。

その音と供に"それ"やって来た。
初めは黒い点。
月を背にして点が染み出るように現れた。
点はゆっくりと弧を描き、やがて線となった。
線はこちらに近づきながら面へとその姿を変えた。
面はだんだんと地面へ近づき、立体と言う明確な形を持って彼女の前に降り立った。

プシューという気の抜けるような音を立てて機関車はその扉を開いた。
中は薄暗く、ぼんやりとしていて良く見えない。
やがて暗闇の中から一つの人影が現れた。
人影は地面にするほどの黒いコートを着込み、黒い帽子を被っていたので性別は判断できなかった。

「乗りますか?」

人影は当然のようにそう聞いてきた。
その声は随分と若い。
恐らく十代後半から二十代前半に掛けての男性だろう。

彼女が頷くのを見ると、青年は帽子の下で少しだけ唇を歪め、機関車の中へ戻っていった。




















































彼女が中に乗り込むと、再び扉はプシューという気の抜けるような音を立てて閉まった。
取りあえず手近な席に腰を下ろす。
何気なく腰を下ろしたところは一両目の丁度真ん中の辺りだった。

彼女が腰を下ろすと、示し合わせたかのように機関車が動き出す。
ガクンと一度揺れるとそれっきり機関車からの振動が無くなった。
不思議に思って見ると、機関車はゆっくりと天に向かって走り出した。

機関車は登っていく。
街を越え、山を越え、雲を越えて何処までも昇り続ける。
やがて、暗い海に浮かぶ星が見えると機関車はその車体を平行に―――無論、基準が無いから平行なんて概念は無いが―――ゆっくりと戻した。

「どうですか、乗り心地は?」

突然後ろから声を掛けられた。
振り向くと其処には先ほどの青年が立っていた。
先ほどまで被っていた帽子は脱がれ、変わりに軽い感じの黒髪が頭の上にあった。

青年は彼女の目の前の席に座ると脚を組んで彼女の返答を待った。

「ええ、いいですね」

その言葉を聴いて青年は満足そうな笑みを浮かべた。

「そうですか、それは何よりです―――――――――――――――ところで、あなたの願いは何ですか?」

「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――はい?」

首をかしげる彼女。
それはそうだろう。
青年の話はあまりにも飛躍しすぎている。

青年はそんな事は気にせず話を続ける。

「まあ、この場合一般的に多いのは死者との再会と言うのが多いですね。
 無論、金や権力と言った意見が無い訳でもないんですが、こういった場所に来る人のほとんどがそういったことは望みません。
 透明な心で祈り、純粋な心で願う―――そういった人たちしか来れないんですよ、ここにはね。
 故に、あなたが此処に来たのは偶然ではなく、必然だと言うことです。

 さて、もう一度聞きます―――――――――――――――――――――あなたの願いは何ですか?」

青年はじっと彼女の眼を覗き込む。
深淵な漆黒の瞳が、自分の内さえも覗き込まれるような気がして彼女は眼をそらした。

「私は――――」

自分は何を言おうとしているのか?
そんな事はとうに分かっている。理解している。

「私は――――」

思い出されるのは彼女の笑顔。
屈託の無い、純真で、太陽のような笑顔。

「私は――――」

何を迷う必要がある。
思い出は思い出のままであるから美しいとでも言うのか?

「私は――――」

そんな事はただの自己満足に過ぎない。
それならば、私は――――――――――――――――――。





「私は、あの子に会う事を望みます」





彼女は言った。
一切の迷いも無く、一切の惑いも無く、彼女は言い切った。

彼女の答えに、青年は満足げに優しい微笑みを浮かべた。













































やがて、機関車はゆっくりとその動きを止めた。

再び扉が開く。
彼女はゆっくりとその先へと足を踏み出した。

まず目に入ったのはキラキラと輝く道だった。
道のようなものはあちこちで曲がり、太くなったり細くなったりしながら続いている。

ふと、既視感を感じた。
周りを見渡す。
彼女はその光景を見た事があった。

時に書物の中で―――。
時に地上から憧れて―――。

確かに彼女はその光景を見た事があった。

「天の―――川?」

「その通りです」

いつの間にか彼女の前には青年が立っていた。

「天空よりもさらに高いところにある全ての死者の還る場所、天の川。此処で少女は『星みがき』をしていますよ」

「『星みがき』?」

「行けば分かりますよ」

青年は何も語らず彼女の前をどいた。

恐る恐る一歩を踏み出してみる。
足元で星屑がシャク、と音を立てた。

「では、こちらです」

青年に引き連れられ、彼女は少女の元へ向かった。














































そこはあまりに幻想的だった。
あまりに幻想的過ぎて全く現実感がもてないほどに―――。

青年に案内された所には堆く星屑が積まれていた。
一つ一つが微弱ながらも輝き、おぼろげな光がより一層幻想的な雰囲気をかもし出していた。


其処に少女は居た。


少女は座り込んで星屑を磨いていた。
積まれた星屑の中から無造作に一つ取り、はぁ、と息を吹きかける。
そして、大切なものを愛でるかのように優しく手に持った布で磨いていった。
磨かれた星屑は一層美しく輝き、少女はそれを見て満足そうに微笑んだ。

「―――――」

突如、声がした。
その声を自分のものだと認識するのに数瞬かかった。

少女がゆっくりと振り向く。
その表情は以前見たとき全く変わって居なかった。
その笑顔はまるで太陽。

「久しぶり……だね」

「ええ」

しばし沈黙が流れる。
彼女は何を言おうか迷っていた。
少女はどこか沈痛な表情を浮かべて俯いていた。

やがて、少女が顔を上げる。
そこには決意の色が宿っていた。

「どうして此処に来たの?」

「えっ?」

予想だにしない質問。
いや、むしろそれは詰問だった。
少女は責めるように彼女に言い寄る。

「どうして此処にいるの?」

少女の眼光は鋭い。
その視線は一切の曖昧さを許さない。
自然と彼女は押されるように一歩下がった。

「分かっているでしょう?貴女は向こう、私は此方。私達はお互いに違う場所に居る事を―――。それなのに…貴女は来た。来てしまった。どうして思い出を思い出のままにしておけなかったの?」

少女が詰め寄る。
そこに居たのは彼女の知っているかつての少女ではなかった。

「私は………ただ、貴女に会いたかったから…」

「会いたかった?それだけで貴女は此処に来たの?それだけの為にあなたの思い出も、私の思い出も、何もかもめちゃめちゃに壊したの?」

また一歩、少女が詰め寄る。
また一歩、彼女が下がる。

「もう来ないで。貴女になんか、二度と会いたくない」

少女はそう言い放って、くるり、と後ろを向いた。
それは確かな決別だった。
それっきり、少女は何も言わなかった。

二人の距離はあと数歩。
しかし、彼女にはその距離は永遠にも感じられた。

彼女は後ろを向いて走り出した。
涙を流して走り出した。
だから、少女が最後に言った一言が聞こえなかった。

「ゴメンね――――――――――――――――――――――――――――――ありがとう」










































どれだけ走ったのだろうか?
気がつくと彼女は機関車の前に座り込んでいた。

呼吸が荒い。
動悸が激しい。
しかし、彼女は泣いていた。
泣きながら―――笑っていた。

「どうぞ」

彼女に白いハンカチが差し出される。
見上げると青年がいつもと変わらぬ笑みを浮かべてそこにいた。

ありがとうございます。と、彼女はハンカチを受け取ると、涙を拭いた。
その眼は薄く赤くなっていた。

しばらくして、彼女は落ち着くと、立ち上がって、

「ありがとうございます」

と言って、ハンカチを丁寧に返した。
そして再び、

「ありがとうございます」

その言葉に青年は満足げな笑みを浮かべた。

「別れは済みましたか?」

「はい」

彼女は走ってきた方向を見た。
きっとあの少女は再び星屑を磨いているのだろう。
再び始まりを待つ、死者たちを―――。

「私は"あの子"に『あの子』を被せていたんです。もう居ないと分かっている『あの子』を………」

彼女の告白は続く。

「分かっていた。もう何もかも理解していた。『あの子』はもう思い出の中にしか居ないって……。でも、私は―――」

「少女に会うことを望んだ」

青年の言葉に彼女は頷く。

「私はいつも"あの子"を見ようとはしなかった。いつも"あの子"の中にいる『あの子』の影を追っていた。忘れる事なんか出来なかった。別れ直す事も出来なかった。もう『あの子』はいないのだから。だから―――――――――」

彼女は青年に向かい合う。

「だから、別れ直させてくれて、ありがとう」

彼女は笑った。
それは、彼女の思い出の中にある少女の笑顔にそっくりだった。

「感謝する必要などありませんよ。此処は貴女の夢なのですから。幻影に感謝する必要など無いでしょう?」

「それでも、です」

二人は笑った。

その笑い声に混じって、がらがら、という音が聞こえてきた。
それはまるで、積んだ積み木が崩れるような、崩壊の音。

「お別れですね」

「そうですね」

理解していた。
これは世界の崩れる音。
彼女が夢から覚める音。

故に、この別れは以前から用意されていた必然だった。

「それじゃあ、後腐れの無いようにきちんとお別れしておきましょうか」

「そうですね」

青年は右手を差し出した。
彼女も右手を差し出した。
一瞬だけ重なる二人の手。
青年の姿は闇に溶けるように消えていった。

まじまじと自分の手を見つめる。
そこには確かに温もりがあった。
幻影の持ちえない温もりが――――。

崩壊は足元まで迫っていた。
恐らく此処から落ちた時、私は夢から覚めるのだろう。

大丈夫だ。
彼女は自分に言い聞かせる。

彼女は新たな決意と供に、崩れた足場と一緒に、その身を暗闇の中へ投じた。









































ふと、目が覚めた。
まず初めに自覚したのは自分に降り注ぐ太陽の光だった。
ぼんやりとした頭で枕もとの目覚ましを探す。
虚ろな目で確認した短針と長針は、それぞれ10と0を指していた。

一気に意識が覚醒し、同時に今日は学校が休みだと言う事実に思い当たる。
体中を倦怠感が駆け巡る。
同時に「なんで気付かなかったんだ」と言う軽い自己嫌悪を感じた。

はっきりした頭で考える。
何かとてもいい夢を見ていた気がする。

どうしようも無いほどに楽しくて、どうしようも無いほどに悲しくて、どうしようも無いほどに嬉しい夢。

内容は一向に思い出せなかった。
まあいいか、と思い、気を取り直して着替える事にする。













































彼女は身支度を整えると外へ出た。

焼けつくような直射日光。
九月になってもその勢いは衰える気配は見せない。

彼女は上を見上げた。
そこには月に変わって太陽がギラギラと輝いている。

息を深く吸う。
胸いっぱいに潮の香りが入ってくる。

彼女は駆け出した。
何時か空よりも高く飛べることを願って。







































―――――夏はまだ、終わる気配を見せない―――――














































後書け

………………………………………………………………………………………………何が書きたかったのでしょうか?

正直そんな気分です。
最初は彼女と少女の感動的(?)な再会劇を目指していたのに何処で捻じ曲がったのでしょうか?
彼女なんか少女に責められてるし…………。

ちなみに多分わかると思いますが、『彼女』は美凪で『少女』はみちるです。
それと、"あの子"は消える前のみちるで、『あの子』は美凪と異母姉妹のみちるです。
性格が変わっているのは気にしないでください。
物語を話していた人物のモデルは佳乃です。
青年は特にこれと言ったモデルはありません。

恐らくはAirSSに分類されるのでしょうが、あえて固有名詞を使いませんでした。
特に理由も無いんですがね(爆)

こんな駄文を読んでくれた方々(いるのか?)に最大限の謝辞をこめて別れとしたいと思います。
それでは。
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