彼の人に捧げる挽歌


第十三章  真実















 五月三日、月曜日。

 祐一達が通っている高校も、今日は祝日であるため、いつもは騒がしい校舎は、静寂に包まれていた。 校庭では、運動部の生徒達が、各々の部活動に励み、汗を流しているが、文化部はほとんどいないのだろう。 あるいは吹奏楽部などがいるのかもしれないが、少なくとも、今は何も演奏はされていない。
 そんな静寂の校舎に、ゆっくりと歩み寄っていく、三人の人影があった。 誰かの目に止まることもなく、それ故に注意されることもなく、三人は校内に入っていく。

「職員室にいるかな? 先生は」
「いると思う。部活だってやってるし」
「そうですねー。とりあえず行ってみましょう」

 その三人は、祐一と舞と佐祐理である。 祝日であるにも関わらず、さらに言えば、舞と佐祐理は既に卒業してしまっている、いわば部外者であるにも関わらず、それでも三人は高校にやってきたわけだ。
 受付で聞くと、何人かの先生はいるらしいので、一つ礼を言ってから、祐一を先頭にして、三人は一直線に職員室へと向かう。 歩く途中にも、舞や佐祐理は、きょろきょろと辺りを見回していた。 卒業してからほとんど日は経っていないが、やはり卒業してしまっている、ということもあり、ある種の感慨があるのだろう。 ことに、ここは三人の出会いの場でもあるのだ。 懐かしく思うのも、それは当然のことかもしれない。
 静寂の中とはいえ、三人で並んで廊下を歩いていると、まるで数ヶ月前にタイムスリップしたように、祐一には思えた。 細められた目の奥には、三人で歩いていた過去が見えているのかもしれない。 口にこそ出さないものの、舞と佐祐理も同じ事を思っているのか、少し遠い目をしている。

「それじゃ、入るか」
「うん」
「はい」

 感慨に浸っているのも悪くはないが、祐一達は、そんなことのためにわざわざ高校まで来たわけではない。 用事があるからこそ、高校までやってきたのだ。 それ故に、感慨に浸る気持ちを抑えて、職員室の前に立つ。 祐一は、二人に聞いて、頷くのを確認してから、職員室の扉を、ゆっくりと開けた。

「失礼します」

 三人の声が唱和する。 それに対して、職員室にいた数人の教師が振り返る。 祐一達にとって、見覚えのある先生もいれば、よく覚えていない先生もいる。 その中に、祐一の担任がいたのは、僥倖だったと言えよう。

「なんだ、相沢じゃないか。どうした? わざわざ祝日に学校に来るなんて」

 祐一の担任の石橋は、そう言いながら、持っていたコーヒーカップを机に置くと、立ち上がって祐一達の方に歩み寄ってきた。 他の教師達は、とりあえず問題はないと判断したのか、すぐに各々の机に向き直ったり、雑談に戻ったりしている。

「ん? そっちは倉田と川澄か。卒業生まで連れて、一体何しにきたんだ?」
「先生、少し聞きたいことがあるんです」
「何だ?」

 訝しげな様子の石橋だったが、祐一の真剣な表情から、何かを察したのか、祐一達を自分の机の方に連れていく。

「で、何なんだ? わざわざ祝日に私服で学校に来るだけの何かがあるんだろう?」
「はい。実は、去年の卒業生について、教えてもらいたいことがあるんですが」
「去年の? 倉田とか川澄のじゃなくて、その一年前のか?」
「そうです」

 不思議そうな石橋の声にも、祐一は調子を崩さない。 まっすぐに石橋を見据えながら、はっきりと喋る。 そんな祐一の調子に引っ張られたのか、石橋もまた、真剣な眼差しで祐一の方を見る。

「……一体、何を聞きたいんだ?」
「村岡洋子、という人が卒業生にいるかどうか、確認したいんです」
「村岡洋子? あぁ、確かにうちの生徒だったぞ」
「え? 覚えているんですか?」

 即座に頷かれて、祐一が、少し驚きながら確認する。 それにもまた、即座に頷く石橋。

「ちょっと今年に、な……」

 言い淀んだ石橋だったが、祐一達は、事故のことだろう、と察した。 あるいは、石橋も彼女の葬儀に参列したのかもしれない。 だが、敢えてそれについては何も聞かず、本題に入る。

「それで、その村岡洋子さんの家族について聞きたいんです」
「家族?」
「はい。彼女の父親は、総合病院の村岡医師じゃありませんか?」
「なんで知ってるんだ?」

 今度は、石橋が驚く番だった。 だが、祐一はそれには答えずに、さらに確認の言葉を続ける。

「それじゃあ、村岡医師の娘さんなんですね? 村岡洋子さんは」
「あぁ。一人娘だった、と聞いている」

 『だった』という言葉。 もう過去となってしまったことを意味するその言葉が出ると、祐一達も石橋も、思わず表情を曇らせてしまう。

「それで、一体なんなんだ? 何がしたいんだ?」
「今は、まだ何も言えないんです」
「なんだそれは?」

 続けて尋ねようとした石橋だったが、祐一達は何も言わないの一点張りだった。 結局、石橋が折れることになり、小さくため息をついて、追求を断念する。

「すいません、先生」
「……まぁいい。とりあえずあれだ、無茶はするなよ?」
「はい」

 そして、礼を言ってから、三人は職員室を出る。 来た時と同じように、三人で並んで出口へと歩いたが、さすがに、来た時のように、過去に浸ることはできなかった。
 出口に着き、受付で挨拶をしてから、外に出る。 視線を校庭の方に向けると、トラックを走っている一団が見える。 もしかしたら、陸上部かもしれない。 となると、祐一の従兄妹である名雪も、そこで走っていることになる。 もっとも、走っていたとしても、声をかけに行くわけにもいかないが。

 視線を前に戻し、三人は無言のまま、校門を出た。 そしてそのまま、速度を落とすことなく、歩き続ける。 部活に精を出す生徒達の掛け声も、どんどん遠くなっていく。
 高校の位置は、街の中心部や商店街などから多少離れているため、このあたりは、祝日の今日は静かなものである。 一戸建ての住宅が立ち並ぶここは、さしずめ閑静な住宅街とでも言えばいいだろうか。 都会の喧騒に嫌気が差した人には、この静寂は歓迎されることだろう。
 晴れ渡った空から、暖かい光が降り注ぐ。 歩いていると、じわりと汗をかくくらいの陽気だった。 そんな中を、三人は、ただ黙って歩き続けていた。







 高校を出た祐一達は、舞と佐祐理の住む家に向かっていた。 高校からそれほど距離もないため、ほとんど時間もかからずに、家の前まで辿り着く。 階段を上り、最上階にある二人の家に入ると、三人はようやく一息ついた。

「……可能性が高まってきたな」
「はい……」
「うん」

 祐一の言葉は、少し疲れているように感じられる。 それは、歩き続けたことによる肉体的疲労も皆無ではないだろうが、むしろ精神的疲労の方が大きいだろう。

「次は、用務員の人が交通事故を起こしているかどうか、か」
「えぇ」
「まずは、車を見つけなきゃいけない」

 舞の言葉に、祐一と佐祐理が、少し疲れたような表情に変わる。

「でも舞、一体どうやって捜すつもりだ?」
「そうだよ、舞。もし本当に山浦さんが事故を起こして、それを隠そうとしたのなら、どこに車があるか、全くわからないよ?」

 事故を隠蔽しようとしていたとすれば、それこそ車をどこに運ばれたのか、二人には皆目見当がつかなかった。 どこかの山奥に置いてきたのか、はたまたどこかの廃棄物置き場に隠しているのか、それとも海に沈めてしまったのか。 いざ隠すとなると、その範囲は、驚くほどに広い。
 自分達が捜すことを思って、二人が深いため息をつく。 これだけ広い日本の中から、隠された一台の車を探し出すなど、砂漠に落とした針を見つけ出そうとするようなものではないだろうか?  二人がため息をつきたくなるのも無理はないところである。
 だが、舞は、それでも表情を変えないまま、静かに口を開いた。

「ある程度の想像はつく」
「ホントか?」
「舞、本当?」

 驚いた表情で、思わず尋ね返す祐一と佐祐理に、舞は静かに頷いてみせる。

「私達の考えが正しければ、その車は、事故車ということになる」
「そうだな」
「その当時の彼の気持ちになって考えてみたらいい。彼はきっと、怯えていたはず。ひき逃げをして、それがバレることを、何より恐れていたはず」
「確かに」
「だとすると、車を捨てに行くのも、あまり遠くまでは行けないと思う。警察に限らず、誰にも見られたくないだろうから」

 もし警察に見つかったら。 あるいは、明らかに事故車とわかる車を運転しているのを、誰か知り合いに見られたら。 よほど肝の据わった人間でなければ、そうした他人の目が気になって仕方ないだろう。

「人をはねて逃げ出して、それが明るみに出るのを恐れていたのなら、なおさら」

 可能性の上では、その車が日本のどこにあるかもわからないわけだが、犯人の心境を考えれば、その範囲は、ぐっと狭まってしまう。 事故車を、わざわざ遠くまで運転していく度胸など、普通の人間にはないだろう。 ましてや、実際に自分が事故を起こし、人をはね殺していたのだから、なおさらだ。 一刻も早く、そして誰にも見られないようにして、できるかぎり早く捨て去ってしまいたいはずである。
 頷いている祐一と佐祐理に一度視線を向けてから、舞は続けた。

「そう考えると、他県まで行っているとは思えない。きっと、この近隣で、人があまりこない、それでいて車を隠せるような場所に運んだ可能性が高い」
「ふむふむ。で、そんな所があるのか?」

 一つ頷いてから、肝心の部分について、祐一が尋ねると、舞は深く頷く。 そして、窓の外に見える光景を指差しながら、自信に満ちた声で答えを口にした。

「考えられるのは、ものみの丘の近辺。おそらく山中かどこかに、無理やり乗り入れて、放置していると思う」
「なるほどな」

 舞の説明を聞いて、祐一が納得したように頷く。 佐祐理も、感心したような表情を舞に向けている。

「ところでものみの丘だけど、車で乗り入れられるような所なんて、実はあんまりない」
「ふむ……」
「けど、例外は存在する」
「どこだ?」
「あ、そっか、あそこだね? 舞」

 佐祐理が、思いついたように発言する。 具体的なことは何も言っていないが、舞は頷いて返す。 ただ、それで二人はわかったのかもしれないが、祐一はそうでもないらしい。

「え? ど、どこなんだ?」
「昔、あの丘を開発する計画があったんです」
「え? 住宅街を造るとか、そういうのですか?」
「はい。ですが、その計画は、不況の煽りを受けて頓挫してしまい、結局土地だけが手付かずのまま残されているんです」
「そっか。そこなら、誰も来なくて、車で乗り入れられる。そういうことですね?」
「そう。車がそこにある可能性は、決して低くないと思う。少なくとも、闇雲に捜すよりはよっぽどいい」

 舞の言葉に、祐一も頷いてみせる。

「それじゃ、早速行くか!」

 祐一はそう言うと、勢いよく立ち上がる。 だが、舞と佐祐理は座ったままだ。

「祐一さん、今から行くのは無茶ですよ」
「お昼ご飯を食べてからの方がいい」

 二人の言葉に、はっとする祐一。 確かに、隠された一台の車を捜すとなると、それなりに時間がかかるだろう。 功を急ぐあまり、空腹に悩まされては、どうしようもあるまい。
 苦笑する祐一を見て、二人も小さく笑う。 そして、昼食をとってから、探しに行くことにした。



 昼食後、三人は、まっすぐものみの丘へと向かった。 そして、荒れ放題の道路を歩きながら、山の奥の方へと歩いていく。 こんなところには、誰も来ないのだろう。 道路はぼこぼこで、まるで舗装されていない。 もし計画が頓挫していなかったら、今頃、ここもアスファルトで舗装されていたのだろうが。
 ほどなくして、広い場所に出る。 ある程度は造成も進んでいたのか、平らになっているところも多い。 だが、それも完全ではなく、さらに時間がかなり経っていることもあってか、本当に荒れ放題の土地になっている。

「ここか……」

 祐一がぽつりと呟いた。 隣の二人は、小さく頷くのみ。

「広いな、しかし」
「でも、探さないといけない」
「そうですよ、頑張らないと」

 疲れたような祐一の声に、二人が叱咤するような声で言う。 苦笑してから、二手に別れて捜すことを提案する祐一。 それが通り、すぐに別れて、それぞれに車を捜し始めた。
 隠すために車を運んできたのだから、そう簡単には見つからないだろう。 そもそも、ここにあるという考えだって、あくまでも舞の推理に過ぎない。 ここにあるという保障など、どこにもないのだ。
 そういう事情もあるからか、探し始めてすぐに、祐一は疲れたような表情に変わる。 本当にあるのか? もしかして無駄なことをしているんじゃないか?  そんな考えが、後から後からわいてきてしまう。
 舞を信じていないわけではないが、舞にしても、断言したわけではないのだ。 あくまで、可能性が高いというだけに過ぎない。 それ故に、どうしても不安が先行してしまうのだろう。

「あー、もう。どこにあるんだ?」

 しばらく捜し続けていると、思わず知らず、愚痴が零れる。 わかりやすいところ、簡単に見えるところには置いていないだろうと考えてはいても、こう見つからないと、愚痴の一つも出てしまうのだろう。
 造成したところには見当たらなかったので、次は山に無理やり乗り入れたことを考えて、少し山の中も覗いてみる。 鬱蒼と茂る森林の中には、人が踏み入れたような痕跡は、なかった。 それでも諦めず、移動しながら山の中に目を凝らす。 時折、小動物が逃げ出すのは見えたが、車など、影も形も見当たらない。
 もしかして、本当にないのでは? と思い出した頃、祐一の携帯電話が、着信を知らせる。 慌てて手にとる祐一。 電話はもちろん、舞と佐祐理からだ。

「もしもし?」
「見つけた。別れた所に戻ってきて」

 それだけの言葉のやり取りが終わると、すぐに電話は切られた。 通話料が安く済むのは結構だが、もう少し詳しく言ってくれてもいいのに、と思いながら、祐一は別れた場所に向かって駆け出した。 車が見つかるかどうか危ぶんでいただけに、気が急くのだろう。

「舞!」
「祐一、こっち」

 元いた場所まで戻ると、手を振る佐祐理と舞がいた。 祐一が声をかけると、舞は、ある方向を指差しながら、先に歩き出す。 それを追いかける祐一と佐祐理。
 歩いてほどなく行ったところ。 造成された場所からさらに山の方へ向かう箇所で、ぽっかりと穴が開いたように、木々が折れているのが見えた。 何かが通り抜けた証である。 緊張の面持ちで、三人が奥へと歩いていく。
 むせ返るような木々の香りが鼻をつく。 木々に日の光を遮られているため、少し薄暗い。 そんな中を歩いていると、風が起こす森のざわめきや、小動物の走る音、その鳴き声などが、遠く聞こえてくる。 普段ならそれに気を奪われるかもしれないが、今の三人は、それどころではなかった。
 それから少し歩くだけで、捜していたものは見えてきた。 白っぽい普通乗用車。 それが、まるで木に突っ込むような形で、放置されていた。

「……ナンバープレートがないな」
「いらなくなったから捨てただけなのか、それとも事故車なのか、それはまだわからないけど、捨てた人が持っていったんだと思う」
「だな」

 そう言うと、祐一は車の前方に回る。

「……前面が壊れてるな、かなり激しく」
「それも、木に突っ込んだせいか、人をはねたせいか、どちらかはわからない」

 舞は、あくまでも慎重に発言する姿勢を崩さない。 確かに、事故車の可能性は高いが、そうでない可能性もあるのだ。 詳しく調べないうちに断言するのは、危険である。
 だが、祐一は少し不満そうにしている。 これで事件が解決に導かれてほしいという意思の表れだろう。

「舞、お前はどっちなんだ? これが事故車じゃない方がいいのか?」
「そうじゃない。でも、先入観で全てを判断するのは危険。この車を調べて、その上で結論を下さなければならない」
「調べてって、どうやってだよ?」

 舞の言葉が正しいことはわかっていても、やはり気が急いてしまうのか、少し祐一は不機嫌そうに舞に問いかける。 そして佐祐理はというと、舞の言葉を待っている。 舞の言葉を信じ、舞の言葉に従うということだろうか。

「調べなければならないことは二つある。一つは、この車が用務員さんの車なのかどうか。もう一つは、この車が人をはねたかどうか」
「どうやって調べるんだ?」
「用務員さんの車かどうかは、ディーラーの人に聞いたり、用務員さんの部屋かどこかにあるはずのナンバープレートを調べればわかると思う」

 確かに、それしか方法はないだろう。 小さく頷いてから、祐一がさらに尋ねる。

「なるほどな。んで、人をはねたかどうかってのは?」
「それは、車体を詳しく調べればわかると思う。雨とかで流されてても、ルミノール反応は出るかもしれないし、事故現場で回収された車の破片との照合という手もある」

 舞は淀みなく答えるが、それに対して、祐一は、少し怪訝な表情に変わる。

「それって、俺達にも調べられるのか?」
「無理」

 舞の答えは、やはり淀みない。 できないことはできないのだ。 確かに、三人には、それらを調べる術はない。

「じゃあ、どうするんだよ?」
「警察に話すしかないんじゃないでしょうか?」
「うん。それしかないと思う」

 祐一に対し答えた佐祐理の言葉に、舞が続く。

「……いいのか?」
「ここまでくれば、警察に話してもいい段階だと思う。少なくとも、調べる価値はあると判断されるはず」

 舞の言葉に、祐一も佐祐理も、一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに納得の表情に変わる。 確かに、まだ物的証拠は何一つ存在していない。 全て状況証拠だけだ。
 しかし、車の持ち主が判明すれば、それは一つの証拠になるだろう。 それに、少なくとも、未解決のひき逃げ事件が解明される可能性は高い。

「車が用務員さんのものだって判明すれば、そこを突破口にできるかもしれない。やるなら早い方がいい」
「そうだね、証拠品もなくなっちゃうかもしれないし」
「……よし。それじゃあ、警察に話しに行こう」

 祐一の言葉に、舞と佐祐理も力強く頷く。 そして、三人はその場を離れ、警察に行くために歩き始める。 車が放置されている場所をしっかりと覚え、それから、まっすぐ警察署に向かった。







 警察署は、ものみの丘から少し遠い場所にあるため、そこに到着した時には、三人とも少し疲れた表情をしていたが、休む間も惜しんで、受付に向かう。 川越刑事に取り次ぎを頼むと、すぐに彼の元へ案内され、面会することができた。 事件が進展を見せていないからか、少しばかり不機嫌そうな表情だったが、それでも追い返されることもなかったのは、彼が事件の関係者だからだろう。 けれど、事件の解決に関して、何か有力な情報がもたらされると期待していたとも思えない。 祐一達にとってみれば、それでも何も問題はなかったわけだが。
 祐一達は、最初から順に、事件に関する自分達の考察について、全て話した。
 犯人の目的が祐一への復讐だ、と考えることによって発生する、多くの不自然な点。 そこから想像した、犯人の復讐の対象が、祐一ではなく用務員の山浦だったのではないか、という仮説。 その原因である可能性を持つ、三月十四日の深夜に起こったひき逃げ事件。 そして、山浦が最近車を手放したという話。 ひき逃げの被害者の父親が、あゆを七年間診ていた医者であること。 そして今日、山奥で発見した、ひき逃げしたと思しき車。
 淡々と話す舞の言葉に、最初はあまり気のない風だった川越も、次第に真剣な表情に変わり、話に聞き入っている。 同時に、色々と頭の中で考えているのだろう。

「だから、この車が用務員さんのものかどうかと、この車が三月十四日の事故を起こしたかどうかを、警察に調べてほしい」
「ふーむ……」

 舞の話が終わっても、川越はしきりに唸っているばかりで、明確な反応を示さなかった。 いきなり捜査の方向を変更する、というのは、抵抗があるのかもしれない。 実際、舞の話したことに一理あるのは認めても、何しろ証拠がないのだ。 無駄足に終わる可能性も、決して少なくない。

「しかし、証拠はないだろう?」
「ない。でも、車を調べて、もしそれが用務員さんの車だったら……」

 川越の懐疑的な言葉に、舞は素直に証拠はないと答える。 だが同時に、それでも可能性はあるのだ、ということも、重ねて主張することを忘れない。
 違うかもしれない。 だが、合っているかもしれない。 少なくとも、祐一への復讐と考えた時に生じる不自然な点が、この説ならば説明できるようになるのだ。 無視するわけにはいかないだろう。

「うむ……ひき逃げの犯行の証拠ではあるわけだしな」
「そう。それに、これが突破口になるかもしれない」

 事故を起こしている可能性のある車が放置されていて、その犯人を捜すことに、もちろん異論が生じる余地などあるわけがない。 もっとも、もし山浦がその車の持ち主であれば、容疑者死亡という形で、事件は終息してしまうわけだが。

「……よし、わかった。その車について調べてみよう。ついでに、その事故と今回の事件、それらと村岡医師の関係についてもな」
「お願いします」

 川越が決意を秘めた声でそう宣言するのを聞いて、祐一達は深く頭を下げる。 それを手で制して、川越が立ち上がった。 続いて立ち上がる祐一達。

「それで、その車が見つかったのは?」
「あ、それは……」

 佐祐理が、車を発見した場所を、川越に口頭で伝えた。 それをメモしてから、川越が、改めて祐一達に向き直る。

「それじゃあ、後は私達に任せてくれ。おい、白坂、行くぞ」
「はい、川越さん」

 呼ばれて立ち上がった白坂を連れて、川越が、慌しく部屋から走り去っていった。 それを見送ると、祐一達も警察署を出ることにする。 長居していても仕方がないし、そもそも長居していい場所でもないからだ。 祐一が先頭に立ち、部屋を出て、そのまま出口へと向かう。
 先頭の祐一が、警察署の外に出ても、後ろにいた二人は、なかなか出てこなかった。 何か忘れ物でもあったのかと思い、とりあえずその場で待つことにする。
 ふと、祐一が空を見上げる。 少しだけ雲がかかっている、けれど晴れと分類されるだろう天気。 雲の合間から、時折太陽が顔を出し、また時折顔を隠す。 地上ではそれほどではないが、上空では、風が強いのかもしれない。
 そんなことに、何となく思いをめぐらせていると、少し遅れて佐祐理が、さらに少し遅れて舞が、それぞれ警察署から出てきた。 歩み寄ってきた舞と佐祐理に、祐一が静かに話しかける。

「……終わる、のかな?」
「終わってくれないと困る」
「そうだね……」

 少し沈んでいるような三人の声。
 犯人が、祐一を狙っていたのであれ、山浦が狙っていたのであれ、そのどちらにしても、あまりに悲しい事件。 祐一が傷つけられ、山浦が殺され、けれど同時に、犯人もまた、傷つけられた人間なのだ。 あゆが死んだことが原因か、それとも村岡洋子という大学生がひき逃げされたことが原因か、それはまだ確定されていない。 だが、いずれにせよ、犯人を動かしたのは、悲しみという感情。

「……帰るか」
「うん」
「はい」

 三人は、並んで警察署を後にする。 足取りは軽やかに、とはいかないが、立ち止まっていても仕方がないのだ。 事件はもう、三人の手を離れてしまった。 あとは、警察が上手くやってくれることを祈るだけ。

「あ、お夕飯の材料を買わないと」
「それじゃ、商店街に寄っていこうか」
「それがいい」

 佐祐理が、突然ぱんと手を叩き、思い出したように呟いた言葉は、夕食の心配。 それを聞いて、少し目を見開いた祐一だったが、すぐに商店街行きを提案し、舞もそれにのる。 少しだけ、空気が軽くなった。
 家に向かっていた足を、商店街の方に向ける。 そうして歩いているうちに、少しずつ人通りが多くなってくる。 商店街は、きっともっと混んでいることだろう。
 そんな周囲の空気に流されるように、三人も、事件とは関係のない会話を交わす。 そうして三人の影は、仲良く寄り添いながら、街の雑踏の中に消えていった。








〜続く〜





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